第256話 中条さんの勇者様
中条が異世界転生ものの小説を書いた。
ニート化した転生勇者をせっついて戦わせるために異世界に送り込まれたヒロイン。題名は「転生勇者督戦隊」
文芸部で、これを俎上に載せた論評会。
みんなで中条の作品を読む。
主人公は地方小領主の息子として転生し、首都の貴族学校に入学後、クラスでいじめを受けて不登校になり、故郷に戻って部屋に引き籠った。
そんな主人公の部屋に女の子が転移した。
「誰だよお前」と主人公。
「あんた、こんな所で何やってるのよ。ってかここに勇者が居るって聞いたんだけど、まさかあんたの事じゃないでしょうね?」とヒロイン。
「勇者だぁ? 俺を馬鹿にしに来たのかよ」
そう言い放つ主人公にヒロインは言う。
「勇者となるべく転生したものの責務を怠って怠惰に引き籠った奴の尻を叩けって神様に命じられたのよ。すごいスキルを持っていながら、何やってんのよ」
「自分の息子が世界を救う勇者だとか馬鹿な妄想を垂れ流す中二病親のせいで領民から馬鹿にされ、ちょっと才能があるからってクラスの奴等から妬まれていじめられ、俺の青春は真っ暗だ。前世なんぞ知るかよ」と息巻く主人公。
「あんた、前世の事忘れたの?」とヒロイン。
「だから知らないって」と主人公。
「異世界転生ってのは、前世の記憶が命なのよ。こんな中世みたいな世界で文明知識持ってるだけで、ものすごいステータスなんだから」と息巻くヒロイン。
主人公は「知るかよ」と言い捨てる。
騒ぎを聞きつけて部屋に入った主人公の両親。
「誰? その子」と母親。
「異世界から転移してきたとか馬鹿な妄想語ってる危ない女だ」と主人公。
「再び神の奇跡が」と父親は感動の涙を流す。
「信じるのかよ」と主人公はあきれ顔。
父親は「お前だって勇者となるため神が遣わしたのだとお告げを受けたんだ」
主人公はあきれ顔で「ただの願望夢だろーが。これだから中二病親父は。大体、中二病ってのは自分が特別な存在だって妄想で、自分の子供が・・・なんて他力本願をプラスとか情けないにも程がある」
そんな二人の会話を聞いて母親が言った。
「ところで前から気になってたんだけど、その中二病って言葉、どこから来たの?」
「知るかよ」と主人公。
ヒロインは言った。
「あのね、中二病って、あんたが居た前世の言葉よ。中学校の生徒がよく発症するから、そう呼ばれてるの」
「中学校って貴族学校のことかい?」と父親。
「あの世界では庶民も学校に行って小中高大と最大16年の教育期間があるの」とヒロイン。
「つまり前世の記憶の一部って事?」と母親。
「知らねーよ」と主人公。
「この子の前世ってどんなだったの」
そう目をキラキラさせて訊ねる母親に、ヒロインは言った。
「ただの引き籠りよ。みんなに苛められて、子供部屋に逃げた弱虫だったわ」
主人公は「苛めは苛めた奴等が悪いんじゃないのかよ」
「責任転嫁だわ。苛めはルールのあるスポーツなのよ。苛める側は悪くないの」とヌケヌケと言うヒロイン。
激怒する主人公は「何だよそのトンデモ論は。ネットに書いたら炎上じゃ済まんレベルの暴言だぞ」
「苛められた本人に原因があるのよ。コミュ力とか味方作り戦略とかダメダメだって事じゃない。今だってそれで引き籠ってるんでしょうが」と居直り顔のヒロイン。
「人権を何だと思ってる」と言って憤る主人公の言葉に、父親は不思議そうな顔で尋ねる。
「その・・・人権って何?」
「前の世界で大人が垂れ流す、つまらない建前論よ」と平然とした顔で言い放つヒロイン。
「お前ってそういう事を平気で言う性根の腐った奴だったよな」と主人公。
「女の子にそういう事を言うの? 女性の権利を何だと思ってるのよ」とヒロイン。
「つまらない建前論はどうしたよ」
そう言いつつこみ上げる怒りが、彼が封印してきた何かを呼び起こす。
そして主人公は「思い出した。お前、前の世界で幼馴染だった・・・」
「そうよ。やっと思い出したのね?」とヒロイン。
主人公は言った。
「お前、小さいころの曝露話とか言って、ある事無い事言い触らしたよな?」
「そんな事あったっけ?」とヒロインはとぼける。
「あれが原因で、俺、みんなに苛められて引き籠ったんだぞ。全部お前のせいじゃないか」と頭を抱える主人公。
ヒロインは「私が悪いの? 苛めは苛めた奴が悪いんじゃないの?」
「さっきと逆の事言ってないか?」と主人公。
「人権尊重、弁護士呼んでよ」とヒロイン。
「ここにはそんな者は居ない」と主人公。
「裁判制度くらいあるでしょ?」と言うヒロインに対して主人公は言い放つ。
「中世では領主裁判権が常識だ。つまり裁判官は俺の親で俺はその跡取りさ」
「跡取りったって引き籠りじゃない」とヒロイン。
「お前、その引き籠りを止めさせるために来たんだろーが。こーなったら復活して最凶の暴君になって、俺を馬鹿にした領民に圧政敷いてやる」と主人公。
父親は主人公の手を取り「そうか、跡を継いでくれる気になったか」
「何言ってるのよ。勇者が言う事じゃないわよ」とヒロイン。
「勇者なんて知るかよ。お前なんか、こーだ」と主人公。
「止めてよ。痴漢変態強姦魔」
ヒロインを押し倒す主人公。暴れるヒロイン。
両親は能天気な会話とともに、部屋を出る。
「すっかり仲良しね」と母親。
「心強い仲間が来てくれたんだ。勇者パーティの第一歩だ」と父親。
部屋を出て行く主人公の両親に、ヒロインは大声で「ちょっと、あんたらの息子でしょ。これ、どーにかしてよ」
傷物にされたと毛布をかぶるヒロイン。あちこち包帯に絆創膏の主人公。
「信じられない。レイプは魂の殺人よ」と無理な涙声を上げるヒロイン。
「お前が言うと、逆に悪くないんじゃないかと思えるのは何でだ?」とあきれ声の主人公。
ヒロインは「ってかまさかこの世界、本気で合法じゃないでしょうね?」
母親は「大丈夫、親としてきっちり責任を」
「自首させるのよね?」とヒロイン。
「責任とって結婚を」と嬉しそうな母親。
主人公とヒロインは声を揃えて「冗談じゃない。誰がこんな奴と」
そんな二人を他所に盛り上がる両親。
「実に目出度い」と父親。
「初孫は男の子かしら」と母親。
「俺たちの話を聞けよ」と主人公。
「何怒ってるんだ。お前は童貞卒業したんだぞ」と父親。
「今日はお赤飯よね」と母親。
ヒロインは天を仰ぎ、両手を握りしめて「何なの、この世界は!」
「あれは単に呑気なだけだから」と諦め顔の主人公。
「あんなのが領主でここの領民やっていけるの?」とあきれ声のヒロイン。
その時、一人の農民が、大きな籠を持って嬉しそうに館に来て、主人公の父親に言った。。
「領主様、大根芋の初収穫です。どうか召し上がって下さい」
「これは立派な」と父親。
農民は「領主様のお陰て私たち楽しくやってますから」
そんな能天気な図を見てヒロインは「どこの世界にも提灯持ちって居るのよね」
「お前もクラスのトップのパシリだったもんな」と主人公はヒロインに言う。
ヒロインは平然と「あれは生存戦略よ。そんな事も出来ないからあんた苛められたんじゃない」
「俺の悪口言い触らしたのも生存戦略かよ」と主人公は苛立ちを嚙み殺す。
「私さえクラスに居場所があればいいのよ」とヒロイン。
「お前、最低だな」と主人公。
そんな二人に気付いた農民は、ヒロインを見て父親に言った。
「あの、こちらの方は?」
「息子の婚約者で」と父親。
主人公とヒロインは声を揃えて「違います」
「初体験のお相手」と母親。
「おやまあ」とはしゃぎ出す。
ヒロインは慌てて「ちよっと胸、触られただけよ」
「そうなのか?」と父親。
「そうだよ」と主人公。
「お赤飯、楽しみだったのに」と父親は残念そう。
「他に気にする事があるでしょうが」とヒロイン。
父親は「そうだな。初孫の名前を考えないと」
「いや、やってないから」と主人公。
別の農民が嬉しそうに館のドアを開けて、主人公の父親に言った。
「領主様、娘に孫が生まれまして、ぜひ名前を」
さらに別の農民が嬉しそうに館のドアを開けて、主人公の父親に言った。
「領主様のお陰で嫁と仲直りできました」
主人公の両親と楽しそうにわいわいやる農民たちを、あきれ顔で見るヒロイン。
そして「何なのよこいつら」と言って口を尖らせる。
主人公はあきれ顔で言った。
「支配が緩くて締め付け無しに楽に暮らせるんで、みんなが慕ってるんだよ」
この後、ヒロインはこの領主の養女になって、主人公は彼女と一緒に貴族学校に戻る。
ヒロインは得意の生存戦略で主人公の悪口を言いふらしてトップの大貴族令嬢に取り入るが、トップに仕掛けた信用失墜工作が失敗して、主人公と一緒に懲罰房送りになる。
だが、教官仲間から馬鹿にされてる教官見習いの年下系女性僧侶が彼らに同情し、ヒロインは彼女を騙して利用しようとするが、年下系女性僧侶の魔法の暴走で校舎は半壊。責任を問われて三人で逃亡し、それが彼らの冒険の始まりとなった。
読み終えて、部員たちがわいわいやりながら、好き勝手に感想を言う。
「典型的な残念系ギャグだね」と森沢講師。
「この年下系女性僧侶は攻撃系魔術師の娘で、白魔術に憧れて僧侶をやってるんだけど、そっちの才能はからっきしなの。けど攻撃呪文は無敵で、主人公たちはこの人から魔法を教わるの」と中条。
「かなりお人好しなイメージ湧くんだけど」と鈴木。
「流され体質で男性に好かれて、主人公を含めていろんな人に優しくして、ヒロインは比較されて怒ったり」と根本。
「よくあるよね。主人公がロリな天才魔導士に魔法教わりながら相思相愛になるって」と真田。
「実は40才過ぎてる合法ロリなんだけど」とネタバレしちゃう中条。
「それでヒロインがオバサンとか言って馬鹿にするんだけど、実はハーフエルフの長命体質で人間の年齢に換算すると十代前半でした・・・なんて設定があったり」と村上。
中条は眼を丸くして「何で解るの?」
「癒し系の愛されキャラですよね」と中川。
「何だか中条さんみたい」と桜木。
「へ?・・・」と中条唖然。
「優しくて自己主張激しい系と反対で、みんなから愛される」と真鍋。
「私って愛されてる訳じゃ・・・」と中条。
「自覚無かったの?」と戸田。
「そういう所が里子ちゃんよね」と秋葉。
中条は「ごめんなさい、設定変えます」
「変えなくていいから」と部員たちは声を揃える。
「けどさ、督戦隊って事は一人じゃないんだよね?」と芝田が言った。
中条が続きを書いてきた。再び論評会。
「新キャラは、前の世界で主人公をいじめてたクラスのクィーンといじめリーダーって訳かぁ」と桜木。
「つまり魔法が使えるようになった主人公に仕返しされる」と根本。
中条は「そんなつもりじゃないんだけど」
「けど、いじめ犯罪の報いを受けて痛い目に遭うんだよね?」と戸田。
「それはちょっと可哀想」と中条。
「悪者が痛い目を見るのは当然よ」と根本。
「けど、そういう報いを受けるような行動をするよう設定してる訳だよね」と村上。
「まあ、読んでみようよ」
全員で作品を読む
そして読み終えて・・・。
「この2人、滅茶苦茶痛い目に遭ってるじゃん」と部員たち声を揃える。
「そうかな?」と中条。
「書いてて自覚無い?」と秋葉。
「最初から、ラブホでやってる最中に街中に転移して公然猥褻罪で捕まったら警察の留置場で主人公たちと再会とか」と真鍋。
「面白いかなぁと思って」と中条。
「自業自得がえげつなくて笑える」と根本。
「ごめんなさい。書き換えます」と中条。
「書き換えなくていいから」と部員たちは声を揃える。




