第252話 ハッピーウェディング哲真兄
芝田の兄哲真と恋人の市川が、結婚式の段どりを相談していた。そこには芝田・村上・中条・秋葉も居る。
「式場は上坂会館でいいわよね?」と市川が確認。
「招待客は?」と秋葉。
「双方の親戚とか・・・」と市川。
「うちに親戚とか、殆ど居ないけど」と芝田兄。
すると市川は「私の所はそれなりに。それより、父と兄に正式な挨拶をしなきゃだから」
「行かなきゃ駄目?」と芝田兄。
「父が、どうしても自分と兄の前ではっきりさせろって」と市川。
「はっきりって何をだよ」と芝田兄。
市川は「哲真君が気にしなくてもいい事よ」
芝田兄は「いや、気になるだろ。もしかしてあの二人って、アレか? 俺の娘は誰にもやらん・・・みたいな」
「そんなのじゃないから。それと、出来れば拓真君にも」と市川。
「兄弟二人で娘離れできない馬鹿親を宥めると? よくあるよね。娘の彼氏だって知ると、日本刀抜いて斬りかかって来るとか」と村上が芝田に笑って言う。
「それを母親が止めたりするんだが、早苗さん、母親居ないんだよね?」と芝田。
「だからそんなのじゃ・・・」と困り顔の市川。
すると秋葉が「そんなの漫画やアニメの中だけでしょ? それにお兄さん、相手の家には何度も行ってるんですよね?」
芝田兄は悩み顔で「そうなんだけど、結婚が決まったら明らかに雰囲気が険悪になって・・・」
そして週末、芝田兄弟は市川に連れられて市川家へ。
市川の父と兄が出迎える。
市川は父と兄に「哲真君、連れて来たわよ。それと弟の拓真君。結婚したら一緒に住むのよ」
「初めまして、拓真です」と芝田。
「よろしくね。これからは家族だ」と市川父。
緊張しっぱなしの哲真は、三つ指をついて、恐る恐る口を開く。
「この度はこんな事になって、まことに恐縮で・・・」
「兄貴、それは違うと思うぞ」と、あきれ顔で兄の耳元で囁く。
市川父は「何言ってるんだ。目出度い事なんだから。娘をもらってくれるんだ。なあ静雄」と、意味ありげに隣に居る長男に振る。
「そうだね、父さん」と市川兄。
二人とも笑顔が引きつっている。
客間に通される。お茶と茶菓子を前にあれこれ聞かれる。
「君は高卒だったね?」と市川父。
芝田兄は「すみませんごめんなさい」
「いや、弟さんを養うために働いたと聞いている。立派じゃないか。なあ、静雄」と市川父は、意味ありげに隣に居る長男に振る。
「そうですね」と市川兄。
父と兄の目つきが誰かを威嚇しているようだ。怯みっぱなしの哲真は、床の間に飾られた日本刀に思わず目が行く。
話題が挙式の話になる。
式場の話、披露宴の招待客の話、段取りの話、結婚衣装の話。父と兄が次第に苛立ちを募らせているのが解る。
突然、父親が大声を出した。
「もう我慢出来ん・・・すまん、哲真君、大声を出してしまって」
「いや、そんな・・・」と芝田兄。
「俺だって言いたい事があるんだ」と市川兄。
市川は大声で「二人とも、そういう話は後にしてよ」
市川父も負けずに大声で「お前の結婚相手をこうして目の前にして、黙ってなんか居られるか」
そんな彼らを見て、哲真は覚悟を決めた。
「お二人の気持ちは解ります。俺ってこんなだし、けどきっと早苗さんを幸せにして見せます。お二人の気が済むなら、どんな試練だって・・・」
「は?・・・」と市川父。
「君、何言ってるの?」と市川兄。
芝田兄は「いや、違うんですか?」
市川父は爆笑した。
「もしかして私が、娘は誰にもやらん・・・とでも言うと思ったかね?」
市川兄も爆笑。
「それで、あそこの日本刀で斬りかかるとか?」
「そんなのは漫画やアニメの中だけだ。私が言いたいのは君とは直接関係の無い話でね」
市川父は芝田兄にそう言うと、隣の市川兄に言った。
「お前は妹に先をこされて恥ずかしくないのか。お前はこの家の長男なんだぞ。さっさと腹を括って結婚しろ」
「そういう結婚圧力が嫌なんだよ。早苗の結婚は俺とは関係無いだろ」と市川兄。
「人には結婚だって子供作るのだって死ぬのだって順番というものがあるんだ」と市川父。
自分たちの世界で言い争う市川親子を前に、芝田兄弟、唖然。
話を終えて市川家を後にする芝田兄弟。市川が車で送った。
「お兄さんの結婚相手って決まってるんですか?」と芝田。
「兄の彼女は父の上司の娘でね、父、上司からせっつかれているのよ」と市川。
「それであんなに必死に」と芝田。
「いい人ではあるんだけどね」と市川。
「権力者の婿みたいなもんか」と芝田。
楽しそうな市川。ほっとした表情の兄。
「ところで俺って、兄貴の新婚生活の邪魔じゃないのか?」と芝田は訊ねる。
「何言ってんだ。お前は何があったって俺の弟だ」と芝田兄。
「それに私、弟が欲しかったの」と市川。
芝田兄は「お前だって早苗さんに憧れてただろーが」と笑う。
「いや、それは・・・」と困り顔の芝田。
市川は楽しそうに言った。
「拓真君、可愛いなぁ。それより哲真君、私のためにどんな試練でも受けてくれるんだよね?」
「いや、それはお父さんとお兄さんの気が済むなら・・・って」と焦り顔の芝田兄。
市川は「何? あの二人の言う事は聞くけど、私の言う事は聞いてくれないの? 哲真君ってもしかしてホモ? ホモなの?」
「そういう話じゃないだろ」と芝田兄。
上坂会館で式の予約。
上坂市にあるこじんまりとした結婚式場。
招待客は芝田家から数名、市川家から十数名、職場から数名。そして村上家、中条家、秋葉家の面々。
仲人は職場の上司だ。
式典は小規模な神道式の部屋。
式典の設備を見た市川は「ブーケを投げるって無いのかしら」
「あれは教会式」と芝田兄。
「松本さんって子は神社でやったそうだけど」と市川。
「そういうスペースは無いからなぁ」と芝田兄。
そして披露宴の会場。
芝田は新郎の父の代わりにひな壇に座る事になった。
そんな事を村上のアパートで話す芝田。
「今のところ唯一の家族だって無理やり・・・」と困り顔の芝田。
「新郎父の挨拶とか、するんだよな?」と村上。
「それ、自分で考えるのかよ」と芝田。
「当たり前だ」と村上。
「どう書けばいいんだよ。村上が代わりに書いてくれよ」と芝田。
村上は「文芸部員が何言ってる」
そして当日、式場の神道式の部屋に、両家の家族が立ち会って、式を執り行う。
神主が祝詞をあげて、夫婦の盃を交わす。
終わったら記念撮影、そして披露宴。
幾つものテーブルが並ぶ。仲間たちも用意されたテーブルに着く。
村上、中条、秋葉と中条祖父・秋葉母・村上父、そして杉原と津川。芝田兄の結婚式と聞いて、杉原が秋葉に混ぜてくれるように頼んだのだ。
仲人の挨拶。新婦の父親の挨拶。
新郎側として挨拶する芝田は柄にも無い役目に緊張しっ放しだ。
宴が盛り上がり、仲間たちは揃って新郎新婦にビールを注ぎに行く。
ついでに双方の父親役にも・・・。
「拓真君、そのタキシード」と秋葉が言って笑う。
「似合わないって言いたいんだろ?」と芝田。
秋葉は「被害妄想強すぎだよ。馬子にも衣装って言うけど、よく似合ってるわよ」
芝田は「その諺、誉め言葉じゃないから」
「褒めてるわよ。みんな言ってるよ。お笑い芸人みたいだって」と秋葉は笑う。
「やっぱり褒めてないじゃん」と芝田。
新婦がお色直しに立ち、新郎が各テーブルに挨拶廻り。
村上たちのテーブルに来ると、杉原が自己紹介した。
「君が秋葉さんの友達だね?」と芝田兄。
「はい。それで、少し聞きたい事があるんです。私の姉なんですが、杉原朋恵って憶えてますか?」と杉原。
「あの杉原さんの妹さんかぁ。憶えてるよ」と芝田兄。
「姉の事、どう思ってましたか?」と杉原。
「嫌いじゃ無かったなぁ。性格的にちょっと苦手ではあったけどね」と芝田兄。
「そうですか」と杉原。
宴も深まり、次々にビールを注ぎに来る招待客。
すっかり酔いの回った芝田兄。
中条が心配そうな声で「そういえばお兄さんって・・・」
隣に居る弟にいきなり抱き付く兄。
「止めろよ兄貴、俺にはそういう趣味は」と迷惑そうな芝田。
「解ってるって」と芝田兄。
そして反対側の新婦に抱き付く芝田兄。
招待客の何人かが面白がってスマホを向けてシャッターを押す。
調子に乗って、スマホを構えて後ろに近付いた女性客にいきなり抱き付こうとする芝田兄。
新婦はドレスの裾から太腿に仕込んだハリセンを出して新郎の後頭部を思い切り叩いた。




