第251話 中条さんと鼠の女王様
心理学研究室では毎年、動物の行動実験を企画した。
迷路を作ってマウスを放ち、分かれ道で左右どちらに行くか・・・。
「かなりマンネリだよね」と、佐藤や佐竹ら学生たちは言う。
「そろそろ新しい指向が欲しいよね」と船山助手も言った。
村上が中条を迎えに心理学研に行くと、学祭の出し物の企画を話していた。
佐竹は村上に「生化学研ではどうなの? また人口子宮の公開だよね?」
「胎児の酸素栄養循環の手掛かりを掴んだからね。その成果を見せられる」と村上。
「研究が進展するとマンネリ化も防げるよな」と佐藤。
「いいなぁ」と佐竹。
「そっちは何をやるんだ?」と村上。
「毎年おなじみのマウスの迷路実験」と佐藤。
「右に行くか左に行くか・・・って奴か」と村上。
二年生が好き勝手言う。
「桜木さんなら戸田さんに行くか根本さんに行くか」
「村上さんなら中条さんに行くか秋葉さんに行くか」
佐竹は「中条さんに悪いだろ」
その時、村上が言った。
「まてよ、それ面白くないか?」
「お前と秋葉さんをくっつけるのが?」と佐藤。
「そうじゃなくて、単に左右どちらに、じゃなくて、メスを二匹置いて、どちらに行くか」と村上。
「つまりモテマウスは居るか?・・・って訳か」と船山助手。
「けどさ、それって所詮はフェロモンだろ?」と佐竹。
「けど面白いじゃない。客は喜ぶと思う」と島本。
他の学生たちも乗り気になって、意見が出てくる。
「もしフェロモンが多いメスが居たとして、全部のオスがそれに殺到するのか。もしかしたら競争の少ない方に流れる奴も居るかも」
「フェロモン物質って抽出できるのかな?」と一年生の一人が言った。
「できる筈だよ。揮発物質だから扱いは面倒かも知らんが」と村上が説明。
「後さ、二次元メスにフェロモン塗って、騙されるオスがどれだけ居るか」と二年生男子の一人。
「種明かしに、これがフェロモンですって言って嗅がせてみる」と二年生女子の一人。
村上は笑って「あれは実はかなり臭い」
「下着のくんかくんかと同じ?」と三年生の一人。
佐藤が「あれは本能というより、単にマスコミに流されてるだけだろ」
実験を繰り返す。
生化学研でフェロモン物質を抽出する。
そして企画の中身を固める。
「どちらがオスを引き付けるかでメスを競わせる。優勝したらマウスのクィーンって訳だ」と船山助手がまとめる。
「ミスマウスコンテスト?」と中条。
「司会は誰がやる?」と三年生男子の一人。
「島本さんはどう?」と佐藤。
島本は乗り気になって「いいわよ。それでコスチュームはバニーガールのネズミ版?」
「スーツをもふもふしたのに」と一年生。
「ワンピース型をビキニ型に」と三年生男子。
「いいわね」と島本。
佐竹が心配顔で「いや、11月は寒くなるぞ」
「で、頭にマウス耳の飾りをつける?」と島本。
「それってデスラーランドが使ってる奴と同じか?」と佐竹。
「あそこは著作権がうるさいからなぁ」と村上。
「けど、頭に耳をつけるってウサ耳とかと同じだろ」と佐藤。
「とりあえずデザイン変えてみるか。工業デザイン研究室に頼んで・・・」と船山助手。
メスのマウスを小さな檻に入れたのを二つ用意し、オスを放ってどちらに行くかで競う・・・という基本線を元に、あれこれアイディアが出る。
「投票用紙に予測させるってのはどうだ?」と佐藤。
「どうせなら競馬みたいな賭け事でも」と佐竹。
「大学祭で賭博は駄目だろ」と船山助手。
「仮想通貨を配給して賭けさせるというのはどうかな?」と村上。
「仮想通貨って何?」と中条。
村上が「子供銀行の玩具のお金の事だよ」と身も蓋も無い事を言う。
大学祭当日。
ドローン遠隔観光の開催式の後しばらく経った頃。大学敷地の一角に設置された会場。
関係者が集まり、準備を整える。その中には中条と村上も居た。時間が近づき、観客も集まる。
そして開演。
バニーガールのスタイルを真似たマウスガール姿の島本の司会の元、心理学研の坂口教授が挨拶に立ち、船山助手が説明。
投票用紙が配られる。
「各レースの勝ち鼠予測をお書き下さい。投票用紙は出走直前に回収します」と司会の島本のアナウンス。
二人組の男性客がそれを見て「まるで競馬だな」
「俺、こういうの得意だから」ともう一人が笑う。
そして「それ、自慢にならないと思うぞ」
マイクを握りテンションを上げた島本の司会が来客を煽る。
「では先ず第一レース。出走しますはトミー君。競うはシャロンちゃんとリタちゃん。シャロンちゃんは小柄なボディーがキュートな小ネズミ、対するリタちゃんはちょっと大きめ我儘ボディーなグラマーマウス。トミー君はどちらを選ぶか。では用紙をお書き下さい」
二匹のメスマウスは左右並んだ小さな檻に入る。佐藤と佐竹が用紙を回収。
「ではトミー君、スタート」
トミー君、しばらく二つの檻の前でまごつくが、まもなくシャロンの檻に行って鼻で突く。
「選ばれたのはシャロンちゃん。二回戦進出です。ちなみに勝敗予測はシャロンちゃん13標、リタちゃん15標でした」
喜ぶ観客、悔しがる観客。
そんな彼らの反応を楽しむように、司会の島本はボルテージを上げて・・・。
「では次のレース・・・。第二レースに出走しますはジロー君。競うは・・・」
十数回行われる一回戦でメスは半分になる。
だが、敗者復活戦と称して、複数のメスの檻を置いて一匹のオスを放つバトルロイヤル形式のレースが用意されている。
これで数匹のメスが二回戦に行ける。
二回戦では複数のオスを放って、どちらが多く引き付けたかを競う。
「では二回戦第一レース。競うはシャロンちゃんとマリーちゃん。ちなみに出走するオスたちの中には、一回戦でシャロンちゃんを選んだトミー君も居ます。彼はどちらに行くでしょうか。では各オス一斉にスタート」
ほぼ全部のオスがマリーへ。
「マリーちゃんモテまくり。あのトミー君まで浚ってマリーちゃん勝利です」
三回戦が終わり、上位四匹に絞られる。
「では最終レース。勝ち残ったのはマリーちゃん、エリザちゃん、ローズちゃん、サツキちゃんの四匹。この四匹の檻を置いて、全オスを放って、一番人気のメスがクィーンとなります。では投票用紙をお書き下さい」
これまでの各レースでのオスの集め方を記録していた客たち。
それぞれ、これまでのモテ具合を計算して予測を書く。そして投票用紙を回収。
「では、最終レース。全オス一斉にスタート」
それぞれの檻にオスが集まるが、半数のオスはマリーへと走った。
司会はボルテージMAXで「マリーちゃん優勝です」
優勝マウスのマリーにクィーン認定式。
司会の島本がおもちゃの小さな冠に接着剤を塗って籠に入れたマリーに。
マリーは紐で繋がれているが、島本はネズミが苦手だ。小さな冠を手にマウスの隙を伺う。身構えるマウス。
素早く冠をマウスの頭に乗せるが、飛びつこうとしたマウスの動作に、思わず飛びのく島本。
その拍子に、後ろにあったマウスの飼育容器を倒してしまい、一斉にマウスたちが脱走した。
悲鳴を上げて逃げ惑う女性客。
捕虫網を持って追いかけ回す男子学生たち。
その騒ぎの中で、中条は物陰で怯えている一匹のマウスに気付いた。頭に冠を載せている。
「おいで、怖くないよ」
そう言って両手を差し伸べる中条の、指の匂いをかぐマウスのマリーは、その掌の上の乗った。




