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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第25話 吉江さんの告白

 期末試験も終わって夏休み直前、清水が写真部の部室で写真データの整理・・・の名目で、撮り集めた女子の写真を眺めていると、突然ドアが開いて「清水君、いる?」と女子の声が部室に響いた。

 清水は慌ててデータフォルダーを閉じて、戸口を振り向く。そこに居たのは吉江菜奈子だ。

 容貌は悪くないが、クラスでもあまり目立つ存在ではない。そのくせ化粧は凝るほうで、校内で知られたイケメンに告白しては振られる、いわゆる恋愛脳である。

 (そういえば、この人の写真を撮った事って無いな)と思いつつ、清水は「何か用?」と尋ねる。


「私の写真を撮って欲しいの」という吉江に清水は面食らった。

「写真って、俺の二次元嫁のコレクションに入れて欲しいと?」と清水。

「違うわよ! まだそんな事やってたの?」と吉江は思わず声を荒げた。

 そして一呼吸置くと話し始めた。

「私、夏休みまでに彼氏が欲しいの。告白する相手も決めてあるんだけど、これまで失敗続きだったから、決め手が欲しいの。向こうは私の事知らないから、呼び出す手紙に私の写真入れて、好印象持ってもらおうと思ったの。なるべく可愛く撮れてるやつ。中条さんでさえもあんなに可愛く撮れたんだから、出来るよね?」



 清水は考えた。プロはスタジオでモデルと対話し、おだてたりしながら相手の気分を盛り上げ、指示を出して表情を作らせる。だが女子と接する機会の無い清水に、そんなスキルは無い。

 出来るかどうかは解らないが、自分から撮って欲しいと申し出る女子などめったに居ない。


「解った。引き受けるよ。じゃ、とりあえず学校出ようか」と清水。

「ここで撮るんじゃないの?」と吉江。

「街を歩きながら吉江さんを観察して、いい表情をした時シャッターを押す。意識すると固くなるんで、なるべく撮られてるって意識しないで欲しい。どうかな?」と清水。

「それって、デートみたいな事するの?」と、吉江は確認した。

 そう言われて清水もハードル高いかと思ったが、今の自分に出来るのはそれしか無い。

「まあ疑似かな? 俺とじゃ何だかなぁって話だろうけど、なるべくナチュラルに楽しいっぽい気分を盛り上げるのが大事なんだ。プロのモデルなら自分で自然な表情造れるんだろうけど・・・」と清水。

 吉江は清水を見る。イケメンではないが見れない容姿でもない。あの趣味さえ気にしなければ、それなりの気分は保てるのかも・・・。



「解った」と吉江は答え、二人は学校を出て街を歩き、ショップや公園など、吉江が楽しめそうな場所を転々とした。

 途中で甘い物を奢ってあげたりもし、二~三回シャッターを押したものの、満足いくようなものにはならなかった。

「ここらへんが限界かな?」と清水が思った矢先、通りの反対側から歩いてくる牧村・柿崎・直江の三人に出くわした。


 吉江と清水を見て「なになに? 吉江さん、清水で妥協したの?」と言う直江に「ちげーよ! ってか妥協って俺を何だと・・・」と言いかけた清水は、隣にいる吉江が目をキラキラさせている事に気付き、思った。

(これだ)


 清水は牧村ら三人に事情を話し、しばらく自分達二人を混ぜてくれるよう頼んだ。

 憧れの牧村と同行することで、吉江の気分は高揚した。恋愛脳の彼女にとって牧村は「付き合いたいイケメン」の筆頭であり、水上が決めた「みんなの牧村君」のルールさえ無ければ、とっくに告白していた筈だ。

 また柿崎は牧村ほど目立たないが、落ち着いた人柄で女子の受けも悪くない。チャラ男の直江は好かれてはいないが、女子との会話には慣れている。

 彼等と過ごす時間の中で笑顔に緩む吉江に向けて、清水は何度もシャッターを押した。



 やがて二人は牧村らと別れて帰路についた。別れ際に吉江は尋ねた。

「ところで清水君の言う魅力的な表情って、結局何なの?」

「やっぱり一番は満面の笑顔かな」と清水。

「どうして?」と吉江。

「人は楽しかったり幸せだったりすると笑うだろ。目の前の人が幸せだと、自分も幸せな気持ちになれるじゃん」と清水。



 吉江は帰宅すると、ベットの上で清水が言った言葉を思い出した。清水は自分が彼の隣にいる時、自分の笑顔を清水自身の幸せと感じていたという事なのか。

 もしこの告白が成功して、相手が自分の恋人になったとして、自分は相手の幸せを、そのまま自身の幸せと感じるのだろうか。

 自分は、隣にいる男性の幸せなどどうでもよくて、自分の幸せのための道具としか思っていないのではないのか。

 多分そうなのだと思う。そしてそれは自分が彼氏になって欲しいイケメン達も、同じなのだろうと思っていた。


 (そういえば清水君が隠し撮りした中に、私の写真があるって話は聞いた事無いな)と思い出し、自分は本当に幸せな笑顔を知らなかったのではないか・・・と自問したが、牧村達と接して楽しかった事を思い出した。

 これから彼氏をゲットして、その幸せを満喫してやるんだ・・・と前向きに考えよう、と吉江は自分に言い聞かせた。



 翌日吉江は学校で、清水から写真を受け取った。

「結果の報告は要る?」と聞くと清水は「もちろん。俺の写真の良し悪しの成果でもあるからね」

 結果はメールで送る事にして、吉江は用意した手紙に写真を入れ、相手の下駄箱に入れて放課後を待った。

 放課後、清水は部室で女子の写真データをぼーっと眺めていた。吉江からの報告を待つでもなく、何となく「何かをする」気分ではなかった。

 その時スマホの着信音が鳴って、開けると吉江がOKを貰った報告だった。


「清水のおかげでイケメンゲットだぜ! サンクスね いっちょ幸せになってきますw」

 思わず口元が緩んだ清水は、柄にもなく返事を打った。

「やったね! 恋愛は告ってからが恋愛だ ガンバw 追伸 昨日の写真は俺の二次元嫁の中でもベスト5に入る可愛さだぞ けどアレはコピーされた別人格で 吉江さんとは別人なので 調子に乗らないようにw」

 すぐに返事が来た。「キ×いからヤメテwww」

 清水は祝杯を上げたい気分になって部室を出た。



 夏休みに入ると、元々部員一人の写真部だけに、清水は部室に寄り付かなくなった。

 市民プールで水着姿の女性を・・・などと考えて何度か足を運んだものの、ピンと来る写真にはならなかった。

 そうこうしているうち、二週間が過ぎた頃、父親から撮影旅行について来て風景でも撮ってはどうかと言われた。彼の父親は、先代からの小さな写真館を経営しているが、デジカメ全盛の時代に、それだけではやっていけず、地方出版社の旅行雑誌のカメラマンも兼ねていた。

 宿題も目途が立ったし、特にやる事も無いから・・・と、行く事に決めて行先の話を始めた時、スマホが鳴って、出てみたら吉江だった。


「お願いがあるんだけど、会って話せないかな?」と言う吉江に、清水は「どうせならうちの店に来る? 写真屋なんだけど」と持ちかけ、場所を教えた。

 しばらくして店に入ってきた吉江は、かなり暗い表情だ。

 自分の息子が女友達を連れてきたと、驚き半分はしゃぎ半分の父親をよそに、清水は「彼氏はどうしたの?」と聞けば、振られたとの事。


「岸本さんにも、初心者は一カ月くらいエッチはさせるなって言われてたんだけど・・・」と吉江。

「流されてやっちゃった後、ヤリ捨てられた訳だ」と清水。

「男ってみんなああなの?」と吉江。

「そりゃ人によるだろ。イケメンでモテるヤリチンはそうなる事も・・・って、そういう相手を選んだ訳じゃん」と清水。

「そうなんだけどさ、それでね、こうなったら次にもっといい男を、って、相手を決めたの」と吉江。

「で、また手紙に入れる写真を撮れと・・・」と清水。

「駄目?」と吉江。

「この前撮った写真はどうなの?」と清水。

「どうせなら、もっといい写真で勝負したい」と吉江。


 話を聞いていた父親は「だったら明日、こいつと日帰りの撮影旅行に行くんだが、よかったら一緒に来て撮ってもらうかい?」と持ちかけた。

「どんな所に行くんですか?」と吉江。

「滝とか渓谷とか、あと山城とか・・・」と清水父。

「お城ですか? 下杉謙山とか真畑幸町とかみたいな・・・」と吉江。

 それを聞いて清水は(この人、武将萌えの気があるのかよ)・・・。



 翌日、出発の15分前に吉江が来た。山に登るというので、ズボンにシャツのラフな服装、リュックに弁当と水筒と、撮影用のヒラヒラなワンピース。

 父親の車で一時間ほどかけて目的地へ。車を降りて山城に向けて登る。

 吉江はふと疑問を感じ、清水に訪ねた。


「そういえば清水君、風景なんか撮るの?」と吉江。

「そりゃ風景くらい撮るよ。それとも俺が、女の子の写真しか撮らない変態だとでも思ってた?」と清水。

「だって、もしそうなら、この間の写真のコンテスト、無理にモデル探さなくても、風景写真で良かったんじゃ・・・」と吉江。

 清水は愕然とした表情で立ち止まり、叫んだ。

「その手があったかー」

 それを見て吉江は思った。

(この人ってやっぱり馬鹿なんじゃ・・・)



 やがて山頂に着く。いくつもの崖の上の広場から視界が開ける。頂上の広場に石碑が一つ。清水と清水父が撮影の支度を始めた時、吉江は怪訝そうに言った。

「それで、お城はどこにあるの?」

 きょとんとした顔で清水が答える。

「ここがそうだけど・・・もしかして白壁に五階建てみたいなのを想像してた?」

「違うの?」と吉江。

 清水は爆笑した。

「ああいうのは安土城とかの後で、その前の戦国時代の城って、山の上に崖を切って陣地つくって、建物ってせいぜい食糧倉庫だよ」


 吉江が笑われてふくれっ面になっているのを見た清水は、斜面の下に降りる小道を指さして「吉江さん、こっちに来なよ」と言った。

「何があるの?」と吉江。

「来れば解るよ」と清水。



 谷を降りる小道の脇に高い岩崖があり、その中腹に小さな洞穴がある。

「この城が落ちる時、姫がここに匿われたんだとさ。姫は隠れて家来の迎えを待ったけど、全員戦死して誰も来なかった。姫はそのまま忘れられたと」と清水。

「死んだの?」と吉江。

「それがさ、200年経った頃、麓の産婆さんがここに連れてこられて、身分の高い女性のお産を手伝ったって、その時御礼に貰った小刀に城の城主の名前が刻んであって、その女性が姫じゃなかったか・・・って伝説だけどね」と清水。


 吉江は洞窟を覗き込む。深くはないが、何かが居そうな雰囲気に胸の奥がざわついた。

 ここで撮ろうと清水に促されてワンピースに着替え、洞窟の入り口に座っている所を洞窟の奥から一枚、洞窟前の石に座っている所を崖下から一枚、谷の反対側から見下ろす形で一枚。

 吉江は、自分が伝説の姫になったような、不思議な感覚の中で時間を過ごした。



 その後、滝や渓谷で撮影して帰路についた。

 その翌日には写真を渡し、夕方には清水は、吉江から告白が成功したとのメールを受けた。

 安堵しつつも(もしかしたらまた続かないのではないか)・・・の予想は、後に的中することになる。

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