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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第248話 秋葉さん山岳に舞う

夏休みが終わり、いくつかのグループが大学祭での出し物の構想を練り始めた。

その日、秋葉は上坂市観光課に居た。


「八木君、久しぶりね」と秋葉。

「登山以来だけどね」と八木。

「杉原、空いてるかしら」と秋葉。

八木は「呼んで来るけど、仕事の話?」

「出来れば八木君にも聞いて欲しいの」



杉原も混じって三人で話す。

「役所仕事の関係での話なら、役所は上を通して予算が下りないと動けないよ」と杉原は釘を刺す。

秋葉は「お金のかかる話じゃないの。機材とかはこっちで持つから、法律面とか人集めで協力が欲しいの」

「こっちって県大のことよね? 何やらかす気?」と杉原。


秋葉は言った。

「山にドローン飛ばして遠隔観光の実験をしたいの。大学祭でね。居ながらにして山の景色が楽しめるのよ。凄いと思わない?」

「この間の登山で思いついた訳ね?」と杉原。

「村上とか筋肉痛でヒーヒー言ってたものね」と八木が笑う。

「だから楽をして山の景色を楽しみたいって訳よ」と秋葉。

杉原は「随分と虫のいい話だと思うけどね」


秋葉は言った。

「野山で食料を探す苦労抜きで、たらふく食べたいから農業を始める。長時間の手仕事をせずに機械で工業製品を楽に作る。どちらも虫のいい話よね? けど、それで文明が発達したのよ」

「確かにね。あちこちに話を通してみるわ」と杉原。



秋葉は大学の経営技術研究室に戻って、教授に報告した。

「須賀教授、上坂市で話をしてきました」

「どうだったね?」と須賀教授。

秋葉は「周囲に話を通すそうです」

教授は「つまり、これからって事だね。それにしても、ドローンで遠隔観光とはね。着想は悪くないと思う。日本はみんな狭いと言うが、七割を占める山地の多くは未開発。手つかずの資源が眠っている」



秋葉は工学部のメカトロニクス研究室に話を持ち込む。そこには曽根と、編入した小島・園田も居る。


曽根が言った。

「一年の学祭での巨大ロボのコラボイベントを憶えて居るから、秋葉さんの名前出したらみんな協力してくれるとさ」

「バーチャルリアリティで楽しめるものにしたいんだけど」と秋葉。

「なら立体視な。泉野さんがコンピュータ研究室でやってるし」と小島。

秋葉は「立体視仕様って特別なんじゃないの?」

「右目用と左目用にカメラを二つ付けるだけだよね」と園田

「遠隔操作だから通信が必要だけど」と秋葉。

「コンピュータ研の小宮は通信ネットワークがテーマで、通信技術研究室にも出入りしてるから」と曽根。



秋葉は、小宮と曽根と一緒に通信技術研究室に行って最上教授に相談する。

「現地の山中からの中継設備が必要になるね」と最上教授。

「携帯のじゃ駄目なんですか?」と秋葉。

「山の中は普通、圏外だよ」と小宮。

「山岳会の人たちに担ぎ上げて貰おうかしら」と秋葉。

「相当な重量だよ」と小宮。

「それにドローンの基地も必要だよ。航続距離上、麓から飛ばせないからね」と教授。


すると小宮が「あれを使ったらどうでしょうか。飛行船通信」

教授は「無人の飛行船を飛ばして中継基地に・・・かぁ。以前実験で使ったのがあった。あれならドローンの発進基地にも使える」



上坂市では、杉原が上層部に話し、上坂の山岳会や観光協会など、関係する人達を説得する会合を設ける事になった。

秋葉は、杉原から説明会の日取りについて連絡を受ける。

アパートで村上に説明会に出るよう求める秋葉。

「それで俺にも出て欲しいと?」と村上。


しばらく考えて、村上は言った。

「こういう観光案件で最大の問題は収益性だろうね」

「投資の回収なら大丈夫よ」と秋葉は自信顔。

村上は「儲かる見込みがあると?」

秋葉は「逆よ。これまでいろんな観光施設が興廃を繰り返したけど、失敗する原因はハイコストハイリターンじゃないのかしら。お金をかけるから客が集まらなくて赤字になって行き詰る。だから、極力お金をかけない。ローコストローリターンよ」

「それが睦月さんの観光戦略の基本って訳だ」と村上。

「行き詰る事なく持続するものを、地域の魅力として積み上げるの」と秋葉。


村上は言った。

「動き出した後はそれでいいけど、協力する人を集めるには、協力する人にとっての魅力が必要だよ。多くの人にとっての魅力ってのはお金であり、ハイリターンだからね」

「真言君はこれが上坂や社会にとって無用で無益だと思う?」と秋葉。

「大いに有益だとは思うけどね」と村上。

「つまりそれは説得するネタはあるって事よね?」と秋葉。

「まあね」と村上。

「それを語って欲しいの」と秋葉は言う。

村上は「解ったよ。とりあえず話してみるさ」



説明会で説得は予想通り難航した。

「楽をして景色を見ようなんて虫が良すぎる」と山岳会の人。

「ネットじゃホテルは儲からない」と観光協会の人。

「ドローンが落ちて山火事が出たらどうする?」と役所の人。

「料金はどうやって徴収するんだ?」と業界団体の人。


秋葉は「ネット通貨による支払いは可能です」

「ネット通貨は必ずしも普及はしていないですよね?」と役所の人。

「海のものとも山のものともつかない代物だし、当面は無料サービスとして行く事になるんじゃないのかな?」と業界団体の人。

「コストを抑えて赤字を出さないようにする余地は十分にあります」と秋葉。


観光協会の会長は言った。

「赤字を出さないようにじゃ駄目なんだよ。盛り上がりが必要なんだ。盛り上がるためには、それで楽しむ人とともに、汗を流して儲ける人が必要だろ」

「それは単にあなた自身が儲・・・」と、思わずボルテージが高くなる秋葉。

その言葉を村上が遮った。

「睦月さん!」

「ごめんなさい」と、秋葉は冷静さを取り戻して、言った。



村上は一呼吸置く。そして、居並ぶ大人たちに向けて、語りかけた。

「経済って何でしょうか? お金って何でしょうか? 私たちの財布に入っている紙切れですか? 違います。形の無い信用ですよね?」

「そうです。その信用はお客さんが払ってくれた対価です」と観光協会会長。

「それは何に対する対価ですか?」と村上。

「私たちが提供した財やサービスに対する満足です」と観光協会会長。


村上は語った。

「そうです。信用とは価値に対する証明であり、その価値とはそれを認めた人々の満足に対応するものです。そうした満足が豊富に生産供給される事こそ経済の発展であり、流通する信用・通貨はその表れに過ぎないんです。ネットには多くの価値ある情報が流れ、その多くは無料です。それは数字として経済指標には出ませんし、その収入で潤う人の居ない部分も大きい。では、それは社会を豊かにしなかったのか? 違います。莫大な価値を社会にもたらした。無料で提供された情報は多くの人の知的好奇心を刺激し、知りたい情報を入手して様々な活動に活かし、社会の知的レベルを大きく引き上げて、その知識によって新しいものを産み出し、古いものを刷新し、様々なものを効率化する事に大きく寄与してきました。それが波及効果というものです。この遠隔サービスで直接多額の対価を得るのは難しいかも知れない。けれども、この土地のイメージの向上には大きなプラスとなります。ネットを通して見たものを現場で見たいという人も、きっと出て来る。その波及効果はきっと、より大きな収入となって、皆さんを豊かにする筈です」



そんな村上の言葉を聞いて、上坂の人達は考え込んだ。

反論する者は居なかった。だが、賛成する者も居なかった。

秋葉は思った。彼らは村上の言った事の正しさを認めている。もう一押しだ。


秋葉は言った。

「先ほどは失礼しました。実は私には祖母が居ます。山が好きで、ここの山に何度も登りました。御存じでしょうか? 上坂川の上流には、四十四丈の滝というのがあります。とても大きな滝で絶景と言う人もいますが、幻の滝と言われ、沢登でいくつも滝を越えないと見れないそうですね? そこに是非、行ってみたいと、祖母は沢登の練習を始めた矢先、癌で片足を亡くしたのです。私はどうしても祖母にあの滝を見せてあげたい」


空気が変わった。

次々に賛同する意見が出た。そして観光協会会長が言った。

「解ったよ、秋葉さん。障害を持って山の景色に触れる事の出来ない人は大勢いる。山岳景観はみんなのものだ。私も君のような孫が欲しかった。必ず成功させよう」

秋葉は涙ながらに「皆さん、ありがとうございます。これでやっと、可愛がってくれた祖母に恩返しできます。皆さんの事は祖母ともども、けして忘れません」

「秋葉さん」と大人たち。


関係各所の全面的な協力を取り付け、参加した誰もが成功を確信した。



会合を終えた帰り道、村上は言った。

「睦月さんに、そんなお祖母さんが居たなんて初めて聞いたよ。仲良かったの?」

「私に、祖母なんて居ないわよ」と秋葉。

「はぁ?」

「父親は認知もしてくれてないし、母親は家出同然だったからね」と秋葉。

「じゃ、さっきのは」と村上がおそるおそる訊ねると、秋葉は平然とした顔で言った。

「あんなの嘘に決まってるじゃない」

村上唖然。

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