第245話 中条さん欲望に染まる
部室で部員たちがまったりと紅茶を飲んでいた。
「美味しい紅茶ですね」と根本が言った。
「最高級品よ。上坂の観光協会で企画の相談に乗った時に貰ったの」と自慢げな秋葉。
そんな時、中条がとんでもない事を言い出した。
「ところで戸田さんに聞きたいんだけど」
「何?」と何も考えず言葉を返す戸田。
中条は「戸田さんって、オナニーとかするの?」
全員盛大に紅茶を吹く。
戸田は顔を真っ赤にして「そんな事してる訳無いじゃない」
「根本さんは?」と中条。
「してません」と根本も顔を真っ赤にして否定する。
「睦月さんは当然やってるとして」と中条。
「何でやってる前提なのよ?」と秋葉も顔を真っ赤にして・・・。
中条は「やってないの?」
「・・・」
村上が笑いながら「まあ、やらないとか嘘言ってもバレバレっていうか」
「やりたくなったら拓真君呼ぶわよ、ってか真言君だって私の肉バ〇ブじゃない」と開き直りモードの秋葉。
村上は慌てて「睦月さん、そういうの止そうよ。バレバレって言ったのは謝るから」
「ってか、どうしたのよ中条さん」と戸田が事態の鎮静化を図る。
中条は言った。
「心理学のゼミで聞いたんだけど、女性にもしない人は居るって」
「ほら、見なさい」とドヤ顔の戸田。
「けど性欲は溜まるんだよね?」と桜木。
すると中条が怖い事を言った。
「そういう人は買い物で発散するんだって。買い物でお金を使うのはセックスと同じで、お金を使う=欲望を満たす・・・って事自体を快感と感じるって言うの」
「つまり欲しいから買うんじゃなくて、お金を消費する事自体が買い物の目的って訳だ」と桜木。
「それで浪費に走る」と芝田。
「恐ろしや」と真鍋。
村上が「そういえば俺の母親がそれで浪費が酷くて、親父が愛想尽かして離婚したんだそうだ」
「そんなのと知らずに結婚でもしたら・・・」と鈴木。
「人生、かなりヤバい事に」と真鍋。
「戸田さんと根本さんもそうなの?」と芝田。
「桜木、お前・・・」と村上。
桜木はおろおろしながら「俺・・・、どうしたらいいんだろう」
戸田は慌てて「ち・・・違うわよ」
根本も慌てて「私もそんな目的で買い物しないから。桜木先輩、鈴木君、信じてよ」
「いや、信じるけどね。けど、根本さんだもんなぁ」と鈴木。
「どういう意味よ」と根本は怒鳴った。
男子たちの疑惑の視線を浴びて、根本はキレた。
「ああそうよ、オナニーくらいやりますよ。女が気持ちよくなって何が悪いのよ。何ならここでやって見せましょうか?」
鈴木は慌てて「それだけは止めて」
そして中条は言った。
「それでね、本当にそれで性欲が解消されるのか、心理学ゼミで実験する事になったの」
中条の性衝動実験が始まった。
「性欲を買い物で解消できるか」という実験に嬉々として協力を申し出る、ゼミの女子たちだったが・・・。
自らを被検体とする事になった中条に、好き勝手言う女子たち。
「一週間、セックスもオナニーも禁止ね」
「っていうか、中条さん、してるの?」
「みんなしてないの?」と中条は、きょとんとした顔で聞く。
顔を見合わせる女子たち。それぞれ必死に否定の弁を発する。
「しししてないわよ」
「そうよ、女なんだから」
「ディルドなんて持ってないし」
「電マもローターも」
すると中条は「何で電マ? あれって肩こりに使うものじゃ・・・」
「とにかく私は持って無い」と島本。
「島本さん、いっぱい持ってるって」と怪訝な顔の中条。
島本は怖い顔で「中条さん、恩を仇で返すって言葉、知ってる?」
オナニーを防ぐためこれを付けろと、島本が貞操帯を持ち込む。
それを着用する中条。
「それと、男性には近付かない。会話もしない。携帯はしばらく預かっておくわ」と女子たち。
「真言君とも?」と中条。
「一番駄目でしょ」と女子たち。
「拓真君や桜木君や佐藤君や佐竹君や・・・」と、しょんぼりする中条。
「駄目よ」と島本がばっさり。
「そんなぁ」と、泣きそうになる中条。
そんな中条を見て女子たちは「監視が必要ね」
周囲のゼミ以外の女子も協力を申し出る。
中条が村上を見つけて駆け寄ると「実験中よ」と言って制止。
佐藤を見つけて話しかけると「実験中よ」
村上は文学部に出入り禁止になる。中条は文芸部室に立ち入り禁止だ。
そして定期的に芦沼が血液サンプルを採取。
そんな中条に秋葉が「中条さん、頑張ってる?」
「睦月さぁん」と涙目の中条。
「よしよし」と秋葉が中条の頭を撫でる。
すると島本が「そういうのも禁止よ。友達でもオキシトシンは出るから」
中条を数人の女子がガードして男性を威嚇する。
そんな彼女たちを遠巻きに見て芝田は言った。
「あいつら、楽しんでないか?」
「みんな精神状態はかなりハイになってると思う」と村上。
「あいつらの血液サンプルも取っておいた方がいいと思う」と佐竹が笑う。
「ウーマニズムの急進派も、あんな感じなんだろうな」と佐藤が笑う。
「ヘイトが無くならない訳だ」と桜木が溜息をついた。
欲求不満で目つきが怪しくなる中条。
「最近の中条さん、色っぽくないか?」と早渡が言った。
「あの物欲しそうな眼付が何とも」と周囲の文学部の男子も頷く。
周囲の女子にレズ疑惑が持ち上がる。
そんな彼女等を遠目に見ながら「いいなぁ」と呟く男性が居た。
彼を見つけて芝田が「八木、何しに来た?」
「世にも珍しいものが見れるって言われて」と八木。
「で、どうだった?」と村上。
八木は満悦顔で「どうもこうも、当面はオカズに困らない」
「公務員の仕事はどーしたよ」と津川。
八木は「有給貰ってきた」
芝田はあきれ顔で「公務員は余裕があっていいなぁ、おい」
「いや、漫画の新作の取材だから。過激なウーマニズムの集団が男性憎悪で自滅していく様子をね」と八木は言った。
「また危ないものを」と村上。
「ストーリー聞きたい?」と八木。
芝田は「聞かなくていい」
「ところで、あそこに居るの、宮下さんじゃない?」と八木がそっち方向を指さす。
中条と周りの女子たちを見ながら「いいなぁ」と呟く宮下。
「何やってるの? 宮下さん」と村上が話しかける。
「世にも珍しいものが見れるって言われて」と宮下。
そんな彼等に気付いた、中条の周りの女子たちの何人かが来て訊ねた。
「誰?」
「高校の同級生でエステに就職した人」と津川が紹介した。
女子たちは「エステかぁ」と顔を綻ばせる。
宮下は彼女たちにチラシを配り、ベタベタし出す。
そんな宮下に八木は言った。
「お客さんに好みの女性は居る?」
「そりゃもう、綺麗なお姉さんから小柄なロリ系女子まで触りまくり。エステはレズの天職よね」と宮下はご満悦顔。
それを聞いて、女子たちは受け取ったチラシを捨て、ベタベタを拒否するようになる。
そんな様子を見て村上は言った。
「言っとくけど、あれ目的でエステに勤める人は特殊だからね」
「誰に言ってるんだ?」と芝田は村上に言う。
「いや、営業妨害だからって苦情が来ないかと」と村上。
「だから、誰に言ってるんだ?」と芝田。
「で、今日は何しに?」と島本が宮下に訊ねる。
宮下は「中条さんが百合に目覚めたと聞いて」
それを聞いて島本は「誰かこいつ、つまみ出して」
買い物実験の当日。
それは性ホルモンピークの日でもある。
出発前に芦沼が血液サンプルを採取。村上や桜木ら男子たちが、戸田にお金の入った紙袋を渡して言った。
「派手に買い物するんでしょ? みんなで出し合ったから、使って」
「中条さんに渡しておくわ」と言って、それを受け取った。
中条は女子たちに連れられてお店を巡るが・・・、衣服もアクセも興味を示さない。
「買いたいものは無いの?」と戸田。
「ピンと来なくて」と中条。
「とりあえず、あそこに行こうか」と島本。
大型スーパーの最上階から、順に売り場を巡る。
衣服のフロア、家具のフロア、電化製品のフロア。
そして地下の食品売り場にまで降りた時、中条は「ここで買い物、したい」
食べ物の並ぶ中、中条は食品を手に取るが、最初は値段を見て躊躇する。
周囲の女子が言った。
「今は値札を見ちゃ駄目よ。とりあえず欲しいって思ったものに手を出すのよ」
おろおろしながら商品を取って「いいのかなぁ」と呟く中条。
秋葉は「それでいいの」と言って笑う。
次第に慣れる中条。肉に海鮮類に加工食品に果物。次々に高そうなものを買い物籠に入れる。
「牛肉食べたい」と中条。
「いいわね」と芦沼。
「鰻」と中条。
「美味しそう」と島本。
「わぁ、大きな海老」と言って、嬉しそうに手に取る中条。
気分が高揚する中、ご馳走に舌鼓を打つ村上や芝田たちの笑顔が頭に浮かぶ。
次々に食品を籠に入れながら、中条はうっとりした表情で呟いた。
「カ・イ・カ・ン・・・」
爆買いを終えてスーパーを出る。芦沼が血液サンプル採取。そして・・・。
「お疲れ。実験終了よ」
向こうに男子達が待ってる。村上が手を振っている。
「真言くーん」と中条は嬉しそうに叫び、全力で駆けて村上に抱き付いた。
「里子ちゃん、頑張ったね」と言って村上は中条の頭を撫でる。
「寂しかったよ」と言って村上の胸に顔を埋める中条。
そして彼の感触を堪能すると、中条は芝田に抱き付き、桜木に抱き付き、佐藤に、佐竹に、住田や真鍋や鈴木や、心理研の先輩たち・・・。
そして通りかかったおじさんに。
おじさんは怪訝声で「君、誰?」
「あ・・・」
不思議そうな顔をするおじさんに平謝り。
首を傾げ、頭を掻きつつ、おじさんは去って行く。
「あれもサンプル取っておいた方が良かったんじゃないの?」と桜木がぽつり。
実験が終わってから、爆買いした食材で、みんなでパーティを開いた。
農学部の調理室を借りで、村上・芝田・桜木など周囲の男子たちも集まり、御馳走に舌鼓を打つ。
芦沼が血液サンプルを出発前のものと成分比較。快楽物質の違いがはっきり出ていた。
そしてレポートを発表。
教授は評価するが、ゼミのみんなは顔を赤くしながら発表を聞いた。
その後しばらく文学部の男子の間で中条ブームが続く。
それを見た竹下が「理不尽だ」と愚痴を言った。
「あんたも禁欲したら?」と島本と梅田が笑う。
「それ以前に男が相手してくれないじゃない」と竹下は言って口を尖らせた。
その後、中条が村上達と遊びに出て、衣類売り場を歩いた時、中条は「ここで服、買っていい?」
秋葉が「あの時は興味無かったのに?」
「好きな人が傍に居るからかな? 装うのって、誰かに見せたいから・・・だよね?」と中条。
「まあ、里子ちゃんも成長したって事かしらね?」と秋葉。
「成長し過ぎて浪費に走るのは困るけど」と芝田が笑う。
「そういうのを、女の甲斐性って言うのよ」と秋葉。
「そんな甲斐性は嫌だ。ってか、そのお金って結局、男からせしめるんだよね?」と村上。
秋葉はドヤ顔で「それがいいんじゃない。男に貢がせるのは女の実力よ。貢ぐのは女の魅力に負ける男の性欲なんだから」
「女を喜ばせたいっていう男の優しさじゃないのかよ」と芝田。
「睦月さんもそういうの、拓真君に期待する?」と中条。
「私は拓真君よりたくさん稼ぎますからね」と秋葉。
「凄い自信だな、おい」と芝田。
そんな中で中条は村上に言った。
「ところで、自分でしちゃう女って軽蔑する?」
「俺は可愛いと思う」と村上。
「男みたいに溜まるものが無くたって、気持ちいいのに興味があるのは自然だし、むしろ性嫌悪で固まってる女は嫌だ」と芝田。
「ああいう女は買い物で発散して浪費に走るから、結婚してなくても、それで自己破産する女は多いよ」と村上。
中条が村上に抱き付く。その頭を撫でる村上。
「真言君、私達は幸せになろうね」と中条は言った。




