第243話 指先に写る未来
芝田はゼミの課題として作画コンピュータを発展させようと、教授に相談した。
「コンピュータで絵を描く中で、自動処理でいろんな表現が出来るよう、いろんな処理コマンドがありますよね? けど、それを使うのに余計な使いにくさがついて回るんです。コマンド選択の仕方とかも。だから人によっては、未だに紙に描いてスキャナーで取り込んだりとか。こういうのって、何なんでしょうか」
犀川教授は「それはヒューマンインターフェースだね。人とコンピュータをどう繋ぐか・・・という」
「神経系に情報コードを繋いでフルダイブRPGやるみたいな?・・・」と芝田。
教授は笑った。
「それが出来れば理想だけどね。けど、画面を見て情報を得る、マウスやキーボードでコンピュータに情報を送る。そういうのは情報のキャッチボールだよね?」
「音声入力とか文字の手書きパターン認識とかも、それですよね? 一時はキーボードの代わりとして考えられてましたけど」と芝田。
「家電にもコンピュータが入ってるよね? けどあの家電のスイッチって、ある意味簡単なんだよ。音声コントロールで命令するのとボタン押すのとどちらが簡単か、音声だとSFっぽいけど、わざわざ"電気をつけろ"って言うよりスイッチ押す方が簡単で解りやすい場合も多い」
「パソコンはどうでしょうか?」と芝田は問うと、教授は言った。
「昔は文字列でコマンド入力してたからね。あれは最悪に解りにくい。何せ絵を描くにも座標を数値入力するって言うんだから。だからデータをアイコンにしてファイルの移動やコピーを解りやすくした。けど、それは文字用定型キーボードにポインタ用のマウスを追加したハードウェアの範囲の中で・・・っていう限界があるんだよね。画像を描くって、いろんな情報を同時並行的にコントロールするから、入力ハードウェアを変えない限り、向上は難しいと思うよ」
「それで、どんなハードにするかなんですけど、キーボードの各キーにいろんな機能を割り当てる事で大きく進展すると思うんです」と芝田。
「そうだろうね。ただ、それでキーの数が増えるほど、探すのは大変になるね」と教授。
「だからキートップの表示を変えられたらと。キーに小さな液晶画面を張り付けるみたいな」と芝田。
「可能だと思う。昔、オーラキーというというのを電子部品として作った会社があったんだ。あまり応用されなかったけどね。今はLEDがあるからもっと簡単に作れると思う」と教授。
「それと、書き込むのは二次元描画なら平面ディスプレイにペン入力すれば、紙に描くのと同じ感覚で書けますけど、三次元に書き込むとしたら」と芝田。
「立体視画像でも扱うのかい? 泉野君もそんな事をやっていたが・・・」と教授。
「二次元空間でポインタを使って座標を入れるのと同じ感覚で三次元座標を操作するんです」と芝田。
「三次元ディスプレイにペン入力という事になるね? 三次元ポインタデバイスのようなものだから簡単に出来るんじゃないかな?」と教授。
「けど、三次元ディスプレイって具体的には?」と芝田。
「ホログラムを投影した空間・・・って事になるかな。実用に耐えるものはまだ先だろうけど」と教授。
「だったら、ディスプレイの手前の空間の中で立体視眼鏡で立体的に見えるように三次元立体視画像を調整する・・・ってのはどうでしょう。それにペン型の三次元ポインタで書き込む」と芝田。
教授は言った。
「なるほどね。とにかく具体的なイメージをまとめる事だ。キートップに極小ディスプレイを貼るのは、わりと簡単だが、それをどうキーボードに配置するかだね。可変キーを切り替える事でキーの数を減らせるなら、ぐんと使いやすくなる」
「どこで作ればいいんでしょう」と芝田。
教授は「液晶でもLEDでも、基本は半導体を作るのと同じだから、先端半導体研究室に相談してみるといい」
先端半導体研究室の木村教授に計画を話して、技術的な可否を聞く。
「うちの設備でも可能だよ」と教授。
「かなり小さいですけど」と芝田。
「ディスプレイは大きいものを作るのが難しいんだよ。露光の際に中心部と周縁で照射角の違いが出るからね」と教授。
「なるほど」と芝田。
「それで、何ドット×何ドットが必要なのかい?」と教授は確認する。
「どうなんだろう」と芝田は首を捻る。
木村教授は言った。
「漢字一文字なら16ドット四方で十分だが、そうはいかないだろ。描画に必要な機能を表示するには何文字必要なのかを考えてみなさい」
「カラーのキーは作れますか? フルカラー画像を描くのに、色を選択するキーが欲しいんです」と芝田。
「三原色だから画素数は三倍必要だね。それでキートップに極小フルカラー画像を表示できる」と教授。
「フルカラー画像を乗せる訳じゃないんです。選別した一色を表示するだけなんですけど」と芝田。
教授は「それならカラーフィルター三枚重ねてそれぞれの光量を調節すれば簡単だよ。仕様が決まったら、また来なさい」
これまで汎用パソコンを流用していたものとは違う、本格的な画像作成コンピュータの専用ハード作りが始まった。
刈部や榊、小島たちも協力する。
キーを割り当てる様々なコマンド機能をまとめる。
直線・曲線・自由線といった線描画機能の選択キー。
描線の太さや線パターンの選択キー。
色の選択キー。
スポイトやルーペなど特殊操作の選択キー。
「他に必要な機能って何があるかな?」と榊。
実際に絵を描いてみると、あんなのが欲しいとか、こんなのが欲しいとかの需要が浮かぶ。
「学祭の作画パソコンもキー指定割り当てたんだが」と芝田。
「定型キーにやっつけで割り当てた適当版だったからな。キーを減らせるとなると、もっとちゃんとしたのが作れる」と刈部。
線を引き、色を塗ってみながら芝田はふと思った。
色をコントロールするって、どういう事なんだろう。三原色ではRGBそれぞれの色の強弱で色を変える。だが陰を付けるというのは、その色が段々黒に近くという事だ。
その話を聞いた刈部は言った。
「それなら色相・明度・彩度だな。色相は三原色とその混合色の中でどの位置にあるかって事だ」
「赤か青か紫かその中間か・・・みたいな?」と芝田。
「明度は明るさで、明るいほど白に、暗いほど黒に近くなる」と刈部。
「陰をつけるってのは、それだな?」
「彩度は色がどれだけ濁ってるか・・・って事だ。それを各数値化してコントロールするのさ」と刈部はまとめる。
芝田は言った。
「だったらアナログ的にコントロールすると解りやすくないか?」
「ダイヤルで上げたり下げたり・・・か」と刈部。
「三つの数値を同時に操るのに、三つのダイヤルを左手の三本指を使う」と芝田。
「三つのダイヤルかぁ。他にも三次元座標の竪横高さを調整するとか、いろいろ使えそうだね」と榊が言った。
設計が具体的な形を現す。
ペン入力ディスプレイ、キートップ表示の機能を割り当てられたキーボード、そしてアナログダイヤル。
三次元ディスプレイは実用に耐えるホログラム装置の目途が立たず、ディスプレイを立体視する眼鏡を使ったものを使用。
三次元マウスを改造した三次元入力ペンを試作した。
そして、画像作成コンピュータは、次第にその姿を明確にした。




