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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
242/343

第242話 ハッピーウェディング松本さん

四月、武藤と松本がそれぞれの専門学校を卒業すると、間もなく二人は婚約した。

それを知った仲間たちが週末、示し合わせて彼の実家の蕎麦屋を訪れた。

「おめでとう」と女子たちが松本に・・・。

「ありがとう、みんな」と松本は嬉しそう。

「けど、学生終わったら早速かよ」と男子たち。

「親父がうるさくてさ」と武藤は困り顔。



スポーツ専門学校で選手として芽の出なかった武藤は、父の元で二年間経験を積んで調理師免許試験の受験資格をとる事になった。

一方で松本は調理師専門学校で調理師免許を得て卒業し、武藤の店で働く事となった。


そんな武藤と松本に結婚を急かす武藤父。

「陽菜ちゃんが卒業したらうちで働いてくれるのは有難いが、うちは家族経営で、人を雇うような大店じゃない。だから一刻も早く夫婦になって、家族として手伝って貰えたら有難いんだが」

「お父さん。そんな気を遣わないで。私、お給料なんて要らないよ」と松本。

「そんな訳にはいかない。それに俺ももう年だ。いつぽっくりいくか解らない。だから調理師免許を持つ人が必要なんだ」と武藤父。


「俺が二年経験を積めば免許はとれるだろ」と武藤。

武藤父は「その二年間の間に俺がぽっくりいったらどうする」

松本は「そんな事言わないでよ。お父さんに長生きして貰わなきゃ、私、嫌です」

「陽菜ちゃんは優しいね」と武藤父。



話を聞く村上達。そして芝田は言った。

「なるほどなぁ。けどさ、二年経験をって言うけど、その証明はお父さんが出すんだよね? 二年間この店でアルバイト的にでも働いた事にして、証明書書いちゃったらいいんじゃないかな?」

「そんな、お客さんを騙すような訳にはいかないよ」と武藤父。

芝田は武藤に「お前の親父、変なところで生真面目なんだよな」

「早く結婚させて孫の顔見るための口実じゃないのか?」と村上が笑う。



そんな訳で、春から挙式に向けて動き出す武藤と松本。

仲間たちが寄ってたかって口を出す。


「式はどこでやるの?」と篠田。

「新婚旅行は?」と内海。

「披露宴は何人くらい呼ぶの?」と薙沢。

「結婚祝いに何してあげようか?」と高橋。

「結婚する本人の前でする相談じゃないと思うが」と佐川。



そんな話題で武藤たちの周囲が盛り上がる中、当事者二名は高橋・内海・大谷と村上・中条に相談を持ちかけた。

武藤の店に集まって話を聞く五人。


「とりあえず式場なんだけど、陽菜ちゃんが教会でやりたいって言うんだ」と武藤。

「すると上坂ウェディングシャトーだな」と大谷。

上坂市にある結婚式場で、教会で式をやるカップルにとっては定番だ。

付属の小さな教会堂があり、上坂市にある教会と提携して神父が派遣される。


「とりあえず見に行ってみようよ。それで気に入ったら手続きして」と高橋がはしゃぐ。

「けどなぁ」と武藤。

「大地君が気が進まないみたいなの」と松本。

「俺たちが一緒に行ってやるよ」と大谷。

「お前らはいいから」と武藤。

「何だよ」と大谷が拗ねる。


すると松本は「けど、誰かが一緒に、ってんなら、村上君と中条さんに来て貰えたら・・・って」

「俺たち? 何で?」と村上が怪訝顔。

武藤は「次に結婚するとしたら、この二人かなぁ・・・って。何となくなんだけど」



休日、四人で結婚式場を訪れた。

受付で要件を話し、別室へ案内されて説明を受ける。そして披露宴会場に案内される。

広いスペースに並ぶ丸テーブル。



式場の職員の話を聞いて、四人が好き勝手に発言。

「招待客を何人呼ぶかにも依るよね?」と中条。

「クラス全員は無理かな?」と武藤。

「先ず、親戚と職場だろ」と村上。

武藤は「職場は俺の実家なんだが」


「そうだったな。それで仲人は普通は職場の上司が定番だが」と村上。

「上司って、店主は俺の親父だが・・・」と武藤。

「すると仲人は武藤君のご両親ね?」と中条。

「あのお父さんが仲人なら幸せな結婚になりそうだね」と松本。

「優しい雰囲気の結婚式に」と中条。


「ちょっと待て。新郎新婦の親も当人の脇でひな壇に座るんだよな?」と武藤。

「新婦の隣は私の親」と松本。

「新郎の親は、誰か代理を・・・」と中条。

村上が「じゃなくて、仲人は別の人を・・・って話になるが。いくら何でも仲人は両家とは別の第三者だ」

「それは後で考えよう」と一同、意見は一致した。


式場の職員は式のプランの資料一式を提示して・・・。

「披露宴の進行はうちのスタッフが勤めさせて頂きます。これが一般的な進行で、これを元にご検討下さい」

式場の人はそう言いながら、心の隅で思った。

(何だったんだろう。この間抜けな会話は・・・)



次に、式場に案内される。こじんまりした教会堂の内装。

いかにも神父といういで立ちの中年男性が居た。

職員が紹介する。

「こちらが式を担当される神父の方です」

「初めまして。式を担当する上坂カタリック教会の菅原です」と神父が自己紹介。

「では神父様、終わったらお呼び下さい」と言って職員は退席した。


神父が武藤と松本に話しかけた。

「お二人がご結婚を?」

「はい」と武藤。

「おめでとうございます」と神父。

「どうも」と武藤・松本。

「失礼ですが、信者の方で?」と神父。

「違いますけど、私、教会での式に憧れていまして」と松本。


神父は言った。

「そうですか。結婚は愛によってのみ成立します。そしてキリスト教は愛の教えです。神は全てを創造し、全てを愛しておられます。たとえ異教徒でも神の被造物である事に違いはありません、神は必ずやお二人を祝福して下さいます」

「はあ」と武藤。


「ところで、あなた達は清い関係で?」と神父。

松本と武藤は顔を見合わせて「それは・・・」

「いや、神は寛大です。人の罪深さを赦すのがキリストの教えです」と神父。

「はぁ」と溜息をつく武藤。


神父は更に続けた。

「残念ながらこの国は、信者が人口の1%以下という、世界でも希な国です。キリスト教は性的放縦に厳しい。それを拒む事でこの国に性的放縦が蔓延った。今や日本は世界で最も男性の性欲に寛大な国です。私は日本人として恥ずかしい」


俯く松本、不快さを必死に飲み込む武藤。

だが村上は、傲慢に説教を垂れる神父の言葉の空虚な欺瞞を見過ごさなかった。



「それは偏見じゃないですか?」と語気強く村上は問う。

「え?・・・」と戸惑う神父。

「あなたの言う性的放縦って何ですか? そしてそれが何故悪いのか論理的に説明できますか?」と村上。

「神が命じたからです。汝姦淫するなかれと」と神父。

「誰かが言ったから、というのは理由にはなりません。理由としたいなら、それは何故そう言ったかを問うべきではないのですか?」と村上。

「人は神が造り給うた。神の御心に沿うために生まれてきたのです」と神父。


村上は続ける。

「そう聖書に書いてあるってだけですよね? それを書いた人が事実を言っているという根拠はありませんよね? 世界には旧約聖書のような神話はいくらでもあります。それは人が科学を知らない時代に、身の回りの様々な事象を説明するために創った空想の物語に過ぎません。人には性欲とともに性嫌悪が本能として備わっています。だから、どんな文化でも性に対する規制はあります。日本だって同じです。けど、その性嫌悪が多くの不幸を産んだのも事実です」

「キリスト教は世界で最も多くの信者を有し、近代となった今もなお多くの人の心の拠り所となっています」と神父。


「それは近代文明が欧米を中心に発展したからでしょう。それによって他民族を支配して多くの人に宗教を強制した。確かに近代哲学でも神を認める人は多いです。けどそれは彼らが信者として、それを認めるために神の概念を拡大解釈したに過ぎません。ヘーゲルの汎神論のように。彼が神を宇宙そのものと語ったところで、その宇宙が聖書にあるような事を語る理性を持つ事を意味しない」と村上は追及する。

「・・・」

「近代的価値としての自由や民主は確かに普遍的ですが、それは宗教による社会の支配を脱却した事で初めて可能になりました。キリスト教自体はただの欧米の民族宗教に過ぎず、彼らの民族的偏見の母胎となっています。さっきあなた自身が仰ったようにね。そして今も様々なキリスト教系団体が偏見をもって反日運動の担い手となっている。自分が信じる宗教がそんな事をやっている事をこそ恥じるべきではないのですか?!」と村上。


神父は目を白黒させ、何か言おうとアウアウと口を動かそうとしたものの、言葉は出なかった。



「行こうか」と武藤が促し、そこを出た。


歩きながら村上は言った。

「すまんな、武藤。不味かったかな?」

「あんな神父に式を任せたら、俺たちの結婚にケチが付くよ」と武藤は笑った。

村上は「ま、春月市にだって教会で結婚式をやる式場はあるんだしさ」


すると松本は「大地君が気が進まなかったのって・・・」

「宗教戦争とかやっちゃう宗教だって意識はあったからな」

そんな武藤の言葉を聞いて、松本は言った。

「私、神社形式でいいよ。別に無理に教会でやりたかった訳じゃないの。ただ、あれ、いいな・・・って。あのブーケを後ろ向きに投げて、それを受け取った人に次が回ってくるって」

「それ、神社形式でやれない訳じゃ無いよね?」と中条は言った。



式は春月神社の付属の式場に決まった。

武藤家と松本家の親戚、飲食店組合の人達、双方の専門学校の友人、そしてクラスメートの代表に披露宴の招待状が届いた。

当日。

式は午前中に神社の拝殿で行われる。

花嫁衣裳の着付けが終わって部屋から出るのを待っていたのは新郎の武藤と友人たち。


「陽菜ちゃん、綺麗だよ」と武藤。

「おめでとう、松本」と高橋。

「陽子ちゃん」・・・そう呟いて、松本は高橋に抱き付き、言った。


「私、陽子ちゃんさえ居ればいいと思ってた。陽子ちゃんだって、私さえ居れば・・・って。いいのかな、私、他の男の物になっちゃうよ」

そんな繰り言を、武藤をチラ見しながら言う松本に、溜息をつく高橋。


それを聞いて武藤は真顔で言った。

「そうか。陽菜ちゃんはやっぱり女性の方がいいんだね? 親父にせっつかれてこうなっちゃったけど、陽菜ちゃんはやりたいようにやっていいんだよ。後は俺に任せて、この話は終わりでいいよ」

そう言って笑顔を見せると「じゃ、後始末があるから」と言って背を向けて歩き出した。


その後頭部を松本はハリセンで思い切り叩く。


「あのねぇ大地君、人が折角頑張って勿体付けてるんだから、少しは泣いて縋って引き留めたらどうなのよ!」

「いや、だってなぁ」と武藤は困り顔。

佐川はあきれ顔で「おい武藤、お前、本当にこんなのと結婚するのか?」

「こんなのって何よ。私は今日の主役なんですからね」と憤懣やる方無い体の松本。

「結婚式の主役は二人だろ?」と村上は溜息をついた。



神社の拝殿で結婚式。

双方の一族が参列し、神主が祝詞を上げ、夫婦の盃を交わす。


式を終えて、外で待っていた人達と記念写真。

神前に供えていた花束を、新婦の松本が手に取って拝殿を向く。

そして、背後に居る人達に向かって後ろ向きに投げる。


花束は空中で結わえていたリボンが解け、多数の花が四散して、並んでいた人達の上に舞った。

そしてそれは、その場に居た全ての女子の手元に降り立つ。

「真言君、私の所にも来ちゃった。次は私たちの番かな?」と一本のカーネーションを手に嬉しそうな中条。

村上は「他のみんなの所にも来てるみたいだけどね」

芝田は笑って「気前のいい神様だな、おい」

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