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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第24話 山本君墓穴を掘る

 糾弾会があった少し後、もうすぐ夏休みというわくわく感で、女子たちは盛り上がっていた。

「今度のお泊り会は誰の家にする?」と水上が切り出すと、下心丸出しの宮下が「お風呂が大きい所がいいよね」

「お菓子はどのくらい要るかな?」と篠田。

「やっぱり一緒に入るって同性の友達ならでは」と宮下。

「お布団は人数分あるの?」と薙沢。

「男とだと彼氏とでもハードル高い」と宮下。


 話が噛み合わないのもご愛嬌と、彼女の性癖を警戒する雰囲気も無く話が進む中、珍しくその場に居た水沢小依が漏らした一言で、場は騒然となった。

「そうかな? 私、お兄ちゃんとお風呂に入るけど」


 会話に加わっていた女子全員の「えーっ?」の声に、男子たちの視線も集まった。

「変かな?」と水沢。

「いや、普通に駄目でしょ。兄弟とはいえ、男の前で裸だよ」と宮下。

「でも兄弟でエッチは出来ないよ」と答える水沢に対して「もしかして水沢兄って、重度のシスコンなんじゃね?」という大野の一言に、 少し離れた席に居た山本が反応した。


 シスコンという言葉で山本の妄想が膨れ上がる。

 立ちはだかる巨大なマッチョ、立ち登る闘気、怒りに燃える両目、「俺の妹は誰にも渡さん」と叫び、繰り出す無数の拳を、華麗にかわす山本。

 そんな自身の姿を空想して、居ても立ってもいられなくなった山本は言った。

「俺、水沢の兄貴に会いたい」



 賛同する数人の男女とともに水沢は下の兄の居る三年三組の教室に向かった。

 水沢の兄は二人。長兄の達紀は年が離れており、ファミレスの調理スタッフをしながら弟と妹を養っている。小依からは「にい」と呼ばれている。

 次兄が小依の二才年上の春紀で、小依からは「にいに」と呼ばれている。


 三年三組の教室の前に来ると、水沢は勢いよく戸を開けて「にいに居る?」。

 教室にいた全員の視線が一人の男子に集中した。2~3人の女子のからかいの言葉を背に水沢春紀は戸口に来た。

 外見は普通・・・というより優しそうな春紀に、山本その他の面々は意外さを感じたが、山本はそれがどう豹変するのかという期待を込めて、小依と話している春紀に声をかけた。

「小依さんのお兄さんですね? 僕、小依さんとお付き合いさせて頂いている、山本です」



 一瞬、その場の空気は凍った。

「そういう事かよ・・・」と仲間達が思う中、ひとり状況を呑み込めない小依本人。

 (さあ来い)と期待を込めて身構える山本に、春紀は満面の笑みで歩み寄ると、嬉しそうに山本の手をとって言った。

「そおかぁ、小依にもできたのかぁ。いや、こいつってガキっぽいだけの奴だから、男なんて一生縁が無いのかと心配してたんだが、そーかぁ」

「へ?・・・」

 山本呆気にとられ、目が点になる。

「妹をよろしく頼む」と水沢兄の春紀。


 そこに坂井が声をかけた。

「あの、つかぬ事を聞きますが、お兄さんは小依さんと一緒にお風呂に入ったりするんですか?」

 それを聞くと春紀は頭を掻きながら「ああ、それね。こいつ、自分で髪を洗えないんだよ」

 小依は不満げに言う。「だってシャンプーが目に入るんだよ。怖いよね」

(よーするに、ただの甘やかしかよ)と全員が納得する中、春紀は固まったままの山本に手を振って「じゃ山本君、たまにはうちに遊びに来てね。お兄さん歓迎するから」と言って教室に戻りドアを閉める間際、教室から顔を出して真面目な表情で山本に言った。

「それから山本君、もし妹を泣かすような事があったら・・・殺すからね」

 怖い事を一言言うと、また笑顔に戻ってドアを閉めた。



 (この人やっぱりシスコンなんじゃ?・・・)と全員が思うなか、水沢小依はけげんそうな顔で、隣に居る岸本に尋ねた。

「ねえねえ、付き合う・・・ってなぁに?」

「山本君が水沢さんの彼氏になったって事だよ」と岸本は、漏れ出る笑いを必死に堪えながら、答えた。

「えーっ? そうだっけ?」と不思議そうに水沢は山本を見る。


 山本は逃げ出そうとして、男子達に取り押さえられていた。

 そして「要するに山本君は水沢さんに告ったって事よ」という岸本の説明に、水沢は嬉しそうに「そうなの? 山本君」と彼に尋ねる。

「いや、その、えーっと」・・・。山本は必死に誤魔化そうとするが、言い訳が思いつかない。

 そんな山本を見て水沢は悲しそうに「違うの? 私、弄ばれたのかなぁ・・・」


 山本は周囲の仲間達の尖った視線に晒され、慌てて否定した。

「そんな事は無いぞ。俺、水沢が好き。俺の彼女になって欲しい・・・けど・・・」

「けど、なぁに?」と水沢。

「だからさ、これは俺の一方的な告白であって、断るのは水沢の自由なんだからな。大体、女ってのはいろんな男から言い寄られるもので、ちゃんと選んで付き合わなきゃ駄目だぞ。だから最初は大概振ったりするんだよ。だからさ・・・」山本。

「振らないよ。だって私、山本君の事、好きだもん」と水沢。


 周囲の男女も次々に「確かに水沢さんに手を出して犯罪にならないのって、山本くらいだもんな」

「子供が子供に手を出しても犯罪じゃない」

 それに対して山本が「俺は子供じゃない。男子高生だ」と言うと水沢も「私も子供じゃなくて女子高生だよ」と言い、そして満面の笑顔で山本の腕に抱き付き、「よろしくね、山本君」

 山本はがっくりと肩を落とした。

 (終わった。俺の自由・・・)。



 教室に戻り自分の席に座って、がっくりと机上に蹲る山本。事情を聞いた内海は山本の所に来て言った。

「お前もやっとリア充の仲間入りだってのに、何暗い顔してんだよ」

「リア充って何だよ。何が充実してるってんだ。恋愛か? んなもんいらねーよ面倒臭い。俺はただブラコン兄貴からかって遊びたかっただけなのに、みんな面白半分に・・・」

 そう不平を洩らす山本に内海は言った。

「お前は贅沢過ぎだ。彼女持ちになった今だから言うけど、水沢さんくらいいい子はいないぞ。素直だし変な偏見持ってないし・・・」

「瘤付きでもないしか?」と山本。

「俺のことはいいんだよ。高橋さんは高橋さん、松本さんは松本さんだ。ってか面倒くさいって、水沢さんはそういう贅沢は言わない子だと思うけどな」と内海。

「今まではそうかも知らんが、あれモンだぜ」と言って山本は女子達のほうを見る。


 水沢の周囲を何人もの女子が取り囲んで、怖いアドバイスを嬉々として吹き込んでいる。

「デートでは高いものを奢らせるのが女の甲斐性だ」

「1日五回は誉め言葉を言わせなきゃ」

「時々髪型を少し変えて気付くかどうかチェックしろ」

そんな女子達を遠目に「ったく、男を何だと思ってんだか、この馬鹿女どもは・・・」と山本は暗澹とした表情で呟いた。


 そこに小島がつかつかと歩いて来ると、机の上にドンと両手を置いて「おい山本、穢れを知らない小依たんにちょっかい出して、お付き合いとかどういう了見だ、小依たんはなぁ・・・」と言いかけた。

 そして横から割って入った宮下に突き飛ばされた。

 宮下は続けて「小依ちゃんは男なんかに穢されちゃいけない無垢な子なの。小依ちゃんは清く正しく女の子どうしで、本物の愛を・・・」

 そう言いながら宮下は妖しげな妄想の世界に入った。緩みきった表情で天を仰ぎ、自分の胸を抱きしめて何やら呟く宮下。


 そんな宮下を、突き飛ばされたままの体制で唖然と眺める小島に、内海が「小島はもういいのか?」と話しかける。

 小島は「もういいや。人間、ああいう大人になっちゃいけないと、つくづく思い知ったでござるよ」と宮下を指さして言った



 放課後になり、疲れきった表情で山本が席を立つと、水沢が駆け寄って「山本君、一緒に帰ろう」と言った。

 山本は「そうだな」と返事をして、連れ立って教室を出る。

 廊下を歩きながら水沢は「さっき女の子達が言ってた事なんだけど、あの高いものを奢らせろとか、私、全然本気にしてないからね」

 山本は水沢を見て思う。(こいつなりに自分に気を使ってるんだな)。

 水沢は続けた。「それでね、中条さんに聞いたの。いつも村上君達と一緒にいるのはどこで? って。そしたら村上君のアパートだって。それでね・・・、これから山本君のうち、行っていい?」


 世間が勝手に決めたルールだと馬鹿にしつつも、水沢にそう言われると(こういうのを無防備と言うのだろうか・・・)と思い、しかもそれを可愛いと感じている自分に気付いた山本。

「お前、当分自分の部屋に入れるのも、相手の部屋に行くのも駄目だって、あいつらに言われてただろ」

「でも山本君はいきなり襲ったりしないでしょ?」

 (こいつって・・・)と思いながら、手が自然と動いて水沢の頭を撫でて言った。

「家に行く前にどこかで買い食いしていくか」

「うん」と水沢は嬉しそうに答える。


 校門を出て自宅方向に向かいながら山本は、五時間目の後に小島に廊下に呼び出されて言われた事を思い出す。



「お前、小依たんの純潔守る気あるんだよな?」と小島。

 山本は言い返した。

「純潔だの穢すだの、お前ら男を何だと思ってんだ。だいたい俺、あいつにそんな気ねーから。だってあいつのって、いかにもお子様サイズそうで、しようとすれば絶対痛がるだろ」

「なるほど。けど、お子様サイズはお互い様じゃね?」と小島。

 さすがに腹が立った山本は、小島の顔面を思い切り殴った。

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