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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
239/343

第239話 東洋の神秘

夏合宿の瀬場温泉の砂浜で出会った白人ナンパ男性マイケル。


浜茶屋で文芸部員たちと昼食を食べながら、マイケルは語った。

「私はこの国に、三つの目的をもって訪れました」

「まさかハラキリショーを見るとか言わないわよね?」と戸田。

「残念ながら私、血を見ると貧血を起こすのです」とマイケル。

「ってか、そんなもん無いから」と桜木。


マイケルは言った。

「先ず、フジヤマゲーシャに会う」

「結局それかよ」と部員たちが溜息。

「それで私は、日本に来てフジヤマの場所を探しました。日本で一番標高の高い休火山だと知りました。その山に登ったのですが、ゲーシャガールは居ませんでした」とマイケル。

全員唖然。そして言った。

「そりゃ、居る訳無いわな」


「次に、大和撫子をナンパ。日本各地のナンパスポット八十八ヶ所を巡礼しました」とマイケル。

「お遍路さんかよ」と真鍋があきれ声。

「ビキニナデシコに声をかけたのですが、みんな変な顔をするのです」とマイケル。

「そりゃするわな」と部員たちが溜息。

「自分の未熟さを実感しました」とマイケル。

「未熟以前の問題だと思うが」と村上があきれ声。


「けど、故郷のみんなは、日本女性は白人男性には必ず尻尾を振って股を開くと言います」とマイケル。

「ほんと、こいつ、殴っちゃ駄目ですか?」と鈴木が溜息をつく。

「けど、誰にも尻尾は生えていません」とマイケル。

「日本人を何だと思ってるんだよ」と部員たちが溜息。

「彼らは嘘つきだったのでしょうか?」とマイケル。

住田は真面目な顔で「先ず、そういう民族単位のモテ自慢する奴の人格疑おうよ。話はそれからだ。そういうのは民族偏見だから」



そしてマイケルは言った。

「そして三つ目が東洋の神秘に出会う」

「だったら、これからそういう所に行くんですけど、一緒に行きますか?」とモニカ。

「行きます」と、マイケル乗り気になる。



山道を車で走る。

そして目的地である山中の寺院の駐車場に停めた。

山中の緩斜面を造成した境内に、いくつもの古い建物が並ぶ。


通路に沿って並ぶ、俳句や和歌の碑を見ながら、彼等は境内を歩く。

「いろんな有力者や文人がお参りに来てたんですね」と戸田。

「元々は信仰の盛んな寺で、戦国大名も保護したそうだ」と住田。

「海を眺める景色がきれいですね」と中条。



宝物殿があり、自らをミイラにした高僧の遺品や奉納品が展示されている。

そして、ガラスケースの中には衣を纏ったミイラの姿のそれがあった。


「これがミイラ?」と真田。

「こげ茶色の髑髏みたいな」と渋谷。

「模造品だよ」と住田。

「木みたいなんだけど」と戸田。

住田は「木を彫って作ったものさ。けど本物もこんな感じだよ」と説明する。

「包帯巻いてませんね?」と真鍋。

「それはもういいから」と桜木が言った。



事務所に行って拝観を申し込む。拝観料を払い、住職に案内される。

ミイラが納められた建物は、小さめの堂だが彫刻が多い。

住職が由来を延々と説明するが、半分は願をかけて病気が治ったとかという類だ。

(はいそうですか、としか言えんわな)と部員一同、思った。


そして後半で即身仏の行についての説明。住職は語った。

「断食を続けて衰弱した体で地面に掘った穴の中に入り、経文を唱え続けて、やがてその声が途絶えたら掘り出します。穴に入るにも何人もの介添えが必要で、そういう人を使える身分の高僧だったんです。本来なら飢饉の中でも余裕で食べていける、死ぬ必要の無い人でした」

そしてお経とともに、幕が開いて、部員たちが合唱する。ぽっかり空いた眼窩が何かを語っているように、村上には見えた。

拝観が終わって住職は寺に戻る。



しんみりした表情の部員たち。しばらく沈黙が続いた。

その沈黙を破ってモニカは言った。

「感動しました。ヒノデの歴史上、名のある苦行僧は多いですが、餓死を前提とした断食なんて」

「モニカさんはそうだろうね」と部員たち。


そして住田が言った。

「マイケルに聞きたいんだが、キリスト教では自殺は罪って事になってるよね? あれは自殺だと思うかい?」


「仏教では自殺ではないと言いますが、キリスト教では異端に惑わされたとしか言えないと思います」とマイケルが答える。

モニカは少しだけ感情的な声で「私たちはクリスチャンを認めません。お互い様です」と言った。

「モニカさんはそうだろうね」と部員一同。


そしてマイケルは言った。

「そもそもあれは神秘なのですか? 私たちにとって神秘とは奇跡の事であり、奇跡とは起こり得ない事が神の意思によって起こる事です」

「けど、あなたは自らの意思で飢える事が可能だと思いますか? 私は不可能だと思います。起こり得ない事が起こったんです」とモニカ。

「神の意思によって、じゃないですけどね」とマイケル。


モニカは言った。

「そもそも奇跡は本来、仏のやる事じゃないです。それは人の苦しみを救う事で、それに奇跡は必要無いです」

「ではあのミイラになった人は何を救ったのですか?」とマイケル。

「・・・」


その時、住田が言った。

「ああいう即身仏は歴史上、何人も現れるんだよ。それは飢饉が起こって多くの農民が飢えて死ぬ時さ。そういう場合の最悪は何だと思う?」

「死ぬ事ですか?」とマイケル。

住田は続けて言った。

「違うと思うよ。飢えに耐えきれず、食べ物を奪い合って殺し合う事だよ。そういう時、地位の高い僧で死ぬ必要なんて無い人が、自分達を救うために飢えを選ぶ。飢えた者の見本を示してくれる。そう感じる事で農民たちは、最悪から救われたんじゃないのかな?」



しばしの沈黙が彼らを包んだ。誰言うともなく移動し、車に乗って宿に向かった。


車を降りた時、芝田は言った。

「ああいう救いは、俺は要らないよな」

「そうだね。救いってんなら、頑張って食べ物を探すのがいいな。それが足りなくて結局飢え死にするとしてもね」と村上。

「その、探す食べ物というのは、隣に居る人が持っているもの、ではないのですよね?」とモニカ。

「その人達が食べる分も含めて、探すのさ」と桜木。

「私は仏の慈悲が欲しいです」とモニカ。

「モニカさんはそうだろうね」と部員一同。

そして渋谷は言った。

「私はそんなのに頼らず、農業を頑張ります。たくさん作ってみんなが食べていけるように」


そんな彼らの会話を聞いて、マイケルは訊ねた。

「私はこんな言葉を聞きました。"武士道とは死ぬ事と見つけたり"、と。何故、日本人はそんなに死にたがるのですか?」

住田は語った。

「それは、死にたいんじゃなくて、死に向き合うって事さ。武士が戦うって事は、敵に殺されないため抗うって事さ。けどそれで敵を殺すって事は、その敵に殺されて自分が死ぬかも知れないって覚悟が必要なのさ。覚悟があるから抗える。敵が攻めてきたら降参すればいい・・・なんて言う奴も居るけど、そんなのは平和主義じゃない。好き勝手に奪いに来る奴等の言いなりなんて、人として生きてるとは言えないだろ」

そして桜木が言った。

「ああいうのって、自分たちに無抵抗で奪われろ・・・って言ってる奴等に忖度する奴の台詞ですからね」



マイケルは彼らと別れて自分の宿に向かう。

「グッバイ日本のウタマロ。今度はアメリカでナンパを競おうじゃないか。向こうの女は手ごわいぞ」

「機会があったらな」と住田は笑った。


去って行くマイケルを見送りながら、真鍋は言った。

「何だろうね、あれ」

「変な奴はどこにだって居るさ」と村上。



旅館に車を置いて温泉街を歩く。 

歩きながらモニカは住田に言った。

「さっきの、死に向き合うという話ですが、苦行もそうではないでしょうか。釈迦は苦行を否定しました。苦しむ事に意味は無いと。苦行僧がやっている事は、苦しみを求めるのではなく、それに向き合って、それが実は幻想なのだと実感する事だと思います」

住田は必死に訴えるモニカの肩に手を置いた。

「そうだと思うよ。けど、幻想だとしても、僕等はそれを少しでも遠ざける方法を探すのさ。だって、隣に居る人が苦しむ顔は見たくないからね」


喫茶店に入り、お土産屋を巡る。



夕方になって旅館に入り、男女に分かれて温泉に浸かる。

浴槽の中でモニカが「住田先輩って素敵ですよね」と言い出した。


「あの人には気を付けた方がいいよ。ヤリチンだから」と戸田。

「大勢の女性を愛するって事ですよね?」とモニカ。

「愛するっていうより・・・何だろう。性欲?」と渋谷。

「けど、性欲だから愛じゃない・・・というのは違うと思います」とモニカ。

「ヒノデってインドの影響を受けてるでしょ? あそこのヒンドゥー教ってそういうの認めるから」と秋葉。

「けど、性欲を愛と勘違いする奴って居るよ」と根本。

「そういうの、真言君は何って言ってたかしら」と秋葉。

「テストテトロン・・・生殖本能で多くの子孫を残すため、って、よく言うよね。けど、本当はセックス=生殖じゃなくて、寂しさを埋め合うものじゃないのか、って言ってたと思う」と中条が言った。

モニカは「ロジックサムライがそんな事を・・・」と呟く。



夕食になる。

海産物が豊富だ。カニに刺身に魚貝鍋。

住田の隣に陣取ってビールを注ぎながらモニカは言った。

「こういうのって女性が男性に奉仕する日本の文化だと聞きました」

「何でもそういう目で見るのは止めたほうがいいよ」と桜木が笑う


向こうには、秋葉のお酌攻めの矛先を逸らそうと、芝田が村上にビールを勧めて強引に注ごうとしている。

「あの二人って、やっぱりそういう関係だったんですね」とモニカ。

「違うから」と村上と芝田は声を揃えた。



食事が終わり、論評会となる。

「じゃ、最初はモニカさんから、だね」

「ダイケー国の問題が一段落したので、別の評論にしようと思います」とモニカ。

「何をやるの?」と部長の秋葉。

モニカは「仏教論です・・・って何か皆さん、ドン引きしてません?」


「だってなぁ。モニカさんがそれやったら、全面肯定するでしょ?」と芝田。

モニカはドヤ顔で「当然じゃないですか。宇宙の真理ですよ」

「そういうのがさ、教祖が言った事だからって根拠で理屈組み立てても、信者にしか通用しないよ」と桜木。

「日本人は仏教の信者ではないのですか?」とモニカ。

「それは学問と関係無いから。釈迦が言おうがキリストが言おうが孔子が言おうが、間違ってるものは間違ってる。それを論理で判断するのが評論だよ」と村上。


結局、モニカの仏教論は全員から批判された。

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