第238話 海の向こうのナンパ野郎
文芸部で夏合宿の計画を立てる。顧問の森沢はまた缶詰中のため不参加だ。
「瀬場温泉はどうかな?」と秋葉。
「前に行った所だよね?」と中条。
「キャンプだったけどね」と芝田。
「だから、ちゃんと旅館に泊まってさ」と秋葉。
「旅館なんて、どこでも同じだろ?」と村上。
秋葉は「それは言わない約束よ」
そんな中で久しぶりに住田が部室に顔を出す。
そして、意気揚々と後輩たちに声をかける。
「諸君、調子はどうかね」
「住田先輩、就活はどうなりました?」と真鍋が訊ねると、住田はテンションMAXで言った。
「内定が来た。俺の夏も来た。我慢と忍耐の日々とさようならだ。さぁナンパするぞぉ」
「どこで?」と鈴木。
ウキウキ顔の住田は「海に決まってるだろーが」
「それより卒論は?」と桜木が訊ねると、住田は悲痛な表情で言った。
「人が折角一仕事終えて現実逃避に浸ってるってのに、何で引き戻すんだよ。お前ら鬼か? 鬼なのか?」
「いや、別にいいんですけどね。じゃ、夏合宿には来ます?」と秋葉。
「どこに行くんだ?」と住田。
「海ですよ。瀬場温泉」と秋葉。
住田はドヤ顔で「行くに決まってるだろ。俺は最上級生。後輩たちの指導もせずに、何が先輩だ!」
「で、何しに?」と芝田。
住田はドヤ顔で「海で水着のお姉さんと知り合って仲良くなって、あんな事やこんな事を」
「ナンパですよね?」と戸田。
住田はドヤ顔で「コミュ力を鍛える修行だぞ」
「もういいです。それで、前に行った時にやってない事って・・・」と秋葉は自分たちの話に戻る。
住田を無視して合宿の計画を進める後輩たち。
「あの時は、温泉街歩いてなかった」と渋谷。
「日帰り温泉に行っただけ」と鈴木。
「また薬師堂とか?」と芝田。
その時、住田が口を挟んだ。
「いや、もっと凄いのがあるぞ」
「何ですか?」と桜木。
「あそこの背後の山は、山伏の修行場だったって、知ってるよな?」と住田。
「滝とか岩とかがあるんですよね?」と村上。
「即身寺というお寺がある」と住田。
途端にモニカが乗り気になって「行きたいです」
「モニカさんが信心深いのは知ってるから」と秋葉。
「霊地なんですよね?」とモニカ。
「俺たち宗教自体に興味ないんだけど」と芝田。
「けどパワースポットって、あるよね?」と根本。
「ただの思い込みだろ?」と真鍋。
「それで、そこには貴重な仏像とか建物とか?」と村上は住田に・・・。
住田はドヤ顔で「即身仏がある」
全員、怪訝な表情で「何ですか? そりゃ」
「ミイラだよ」
その住田の言葉に全員、唖然。
「エジプトじゃなくて日本に?」と根本。
「ピラミッドじゃなくてお寺に?」と鈴木。
真鍋が語り出す。
「そういえば日本人の祖先は太古の昔にエジプトからやって来たとか何だとか」
「そういうトンデモ話はいいから」と桜木。
「どこぞの山は実は超古代人が造ったピラミッドだとか」と真鍋。
「いらないって」と村上
真鍋は「キリストは実は日本人で神武天皇はインドからやって来て義経は大陸に渡ってチンギスハンに・・・」
三年男子口を揃えて「誰かこいつ、黙らせろ!」
気を取り直して話を進める。
「で、そのお寺に行くと、全身を包帯で巻いて黄金のマスクを被った御本尊が祀ってあって」と村上。
「悪者が出ると高笑いしながら現れて、深紅のバトンで撲殺する。どこから来たかは蝙蝠だけが知っている」と芝田。
「だからそういうのじゃないって」と住田。
「死んだ人の遺体を保存加工するんですよね?」と戸田。
「それが少し違って、だな」と住田。
「どのくらい昔なんですか?」と鈴木。
住田はドヤ顔で「江戸末期」
「200年経ってないじゃないですか。エジプトのミイラは4000年前ですよ」と三年生口を揃えた。
住田は語った。
「エジプト関係無いから。日本にあるミイラは即身成仏って言って、食を断って餓死するまでエネルギーを消耗するんだよ。それで保存しやすい体になるのさ」
「自殺ですか?」と渋谷は目を丸くする。
「それ自体が修行なのさ。それによって魂は仏になって永遠に肉体に留まる・・・って思想なんだよ」と住田。
「宗教が違うって言ってるだけで実質自殺だと思うんだけど」と中川。
モニカは目を輝かせて言った。
「是非行きたいです。そんな過酷な苦行に耐えた高僧が居たなんて」
「モニカさんは信心深いからなぁ」と部員たち。
当日。
部員たちは車を連ねて現地へ。
旅館に荷物を置き、先ず、海で遊ぼうと・・・。
浜茶屋の更衣室で水着に着替えて海岸へ。
女子たちが一足先に着替えて浜辺に出ると、白人男性のナンパが彼女たちに声をかけた。
「私、日本女性憧れの白人です。仲良くなりましょう」とナンパ男性。
ドン引きする女子たち。
戸田は「何? これ」
根本は「引くわぁ」
白人男性は構わず続ける。
「私、マイケルと言います。アメリカ人です。イングリッシュでコミュ力最強。ステータス最強。ゲットされたらベストアクセサリーですよ」
「頭、大丈夫かな?」と真田も言った。
「白人に処女を捧げるのが大和撫子の夢だと聞きました」とマイケルは更に続ける。
そこに一足遅れて出て来た秋葉。
「何やってるの?」と秋葉が訊ねると、後輩女子たち口を揃えて「かなり痛すぎるナンパが」
「面白いじゃない」
そう言うと秋葉は楽しそうにマイケルに話しかけた。
「あら、素敵。アメリカの方ね。憧れだったの。一緒に遊びましょう」
「何をして遊びますか?」とマイケル嬉しそう。
「スイカ割りがやりたいわ」と秋葉。
「それではスイカを」とマイケルが言って買いに行こうとすると、秋葉はそれを制止して言った。
「ちょっと待って。この地方では独特の遊び方があるの」
マイケルは満面の得意顔で「教えて下さい。郷に入ったら穴に従え。これ日本のことわざですね?」
「先ず、穴を掘るのよ」と秋葉。
マイケル、穴を掘る。
そして「掘りました」と・・・。
「そこに入って」と秋葉。
マイケル、穴に入る。
そして「入りました」と・・・。
女子全員で砂をかけて穴を埋める。地面から頭だけ出した状態で、マイケルは、ようやく事態に気付く。
「何をしているのですか?」とマイケル。
「スイカの用意よ」と秋葉。
「スイカはお店で・・・」と真っ青な顔のマイケル。
「スイカはあなたよ」と楽しそうな秋葉。
「えーーーーーーーーっ!」
海岸に響く白人男性の悲痛な叫び声。
「誰か助けて下さい。死にたくありません」
それを聞きつけて海岸に降りて来る男子たち。
「何やってるの?」と村上が訊ねながら見ると・・・。
砂から頭だけ出した白人男性の叫び声を頼りに狙いを定め、目隠しして棒を構える根本が居た。
救出されたマイケルは涙目で訴える。
「酷い目に遭いました。大和撫子の愛情表現、激し過ぎです」
「そろそろ冗談で遊ばれたんだって気付いたらどーよ」とあきれ顔の鈴木。
村上もあきれ顔で「けど、いくら痛いナンパだからって・・・」
女子たちが経緯を話す。
「それは同情の余地は無い!」と男子一同声を揃えた。
だが・・・。
「みんな言ってます。フランス人もイタリア人も」とドヤ顔のマイケル。
桜木はあきれ顔で「偏見共有してる奴が居るから事実だってんなら、ガリレオの時代までは太陽が地球を廻ってたって事になるぞ」
「白人男ってみんな、こんななの?」と根本は先輩たちに訊ねる。
「違うだろ。どこに行っても変な奴は居るよ」と住田。
「そういうのを有難がる残念な女も居るとは聞くけどね」と桜木。
芝田は溜息をついて「要するに、変な情報に騙されたんだよ。ある意味被害者なんじゃ・・・」
マイケルはドヤ顔で「日本人男性はネクラでオタクで女性に嫌われる非モテだから、モテる外国人男性を僻んで差別すると聞きました」
男子たちは住田に、口を揃えてマイケルを指して「こいつ殴っていいですか?」
住田は笑って言った。
「ま、ナンパは万国共通だ。マイケル、ここはひとつ、ナンパ勝負と行こうじゃないか。一人の女性に同時に声をかけて、どちらに靡くか」
「受けて立ちます」とマイケル。
そして30分後・・・。
涙目のマイケルは訴える。
「何故ですか。私アメリカ人、あなた日本人。やはり日本は閉鎖的なのでしょうか?」
村上は溜息をついてマイケルに「それは閉鎖的って言わないから。あんたの情報源がダメダメな偏見ってだけだ」
「もしかして毎朝新聞の英語ページ、読んだ?」と渋谷がマイケルに訊ねる。
「駄目ですか?」とマイケル。
「捏造宣伝だってバレて大問題になったやつだよ」と桜木。
「日本最大のクォリティペーパーですよ」とマイケル。
村上はあきれ顔で「いや、違うから。毎朝新聞は、あっち系の扇動機関紙だよ」
毎朝新聞不祥事事件のあらましを聞くマイケル。
「そうだったんですか。それで、責任者は処罰されたのですよね?」とマイケルは溜息をついて言った。
「身内で固めた検証委員会とかいうので誤魔化して、遺憾砲一発ぶっ放して終わり」と住田が事件の顛末を説明。
「無責任体制じゃないですか?」とあきれ顔のマイケル。
桜木は溜息をついて「犯人がリベルタン主義者側のマスコミだとね。第四権力の身内の不始末の後片付けなんて、そんなもんだよ。だから日本死ねとか言っちゃう奴が蔓延るのさ」
ひとしきり話すと、マイケルは言った。
「私は今日、新たな発見をしました。日本男性は腹切りサムライだけではなく、偉大なウタマロも居るのだと。住田さん、あなたに会えて良かった」「いや、腹切りサムライなんて居ないから」と部員一同溜息をつく。
「ウタマロって何?」と真田が聞く。
「もしかしてヤリチンショーグンの事ですか?」とモニカが聞く。
「日本ではそう呼ぶのですか?」とマイケルが聞く。
「呼びません。ってか、そういう変なイメージは捨ててくれ」と三年生たちが口を揃えた。




