第237話 伝説の武将
上坂の夏祭りで、秋葉が上坂市の杉原と組んで仕掛けた、神社に伝わる黒犬伝説にまつわるイベント。
スタッフとして実行委員会に常駐する秋葉を残し、イベント前にお参りを済ませようと、村上・中条・芝田は神社に向った。
三人で石段を登り、拝殿で柏手を打つ。
そして隣接する公園で露店を巡る。
「あれ、芝田じゃん」と彼を見つけて声をかけたのは榊だ。
露店で工学部の面々と出くわす。小島・山本・水沢も居る。
「刈部と榊、お前等来てたのかよ」と芝田。
「彼女は一緒じゃないの?」と泉野。
「睦月は事務局に」と芝田。
「あの人はイベントの仕掛け人ぞ」と小島。
「メカトロニクス研でここの祭りの話を聞いて、それでコンピュータ研の奴等も誘って行こうって。芝田は彼女が祭りの関係者で忙しいからって言ってただろ」と榊。
「お前等、こんな所で遊んでていいん?」と小島。
「俺たちはスタッフでも何でも無いからな」と芝田。
その時、「芝田たちも来てたのか」の声。
内海だった。高橋・武藤・松本も居る。
山本は慌てて「行くぞ、水沢」と移動を促す。
「どうしたん? 山本」と小島。
「そんなに急がなくてもいいだろ」と刈部。
中条は内海たちに笑顔を向けて「松本さん、もうすぐ結婚だね?」
「ありがとう。中条さん」と松本。
「同期のトップバッターだもんね」と中条。
「そうか、もう社会人やってる奴も居るんだよな」と芝田。
「卒業すると、そういう話が出るもんなぁ」と村上。
そんな彼らを見て、水沢が「山本君、私たちも結婚しようよ」
「お前等も社会人だものな」と武藤が山本に。
「いつまでも逃げられないと思うよ」と園田。
「そういう話になるから嫌なんだよ」と山本は溜息をついた。
村上が時計を見て「そういえば、そろそろイベントの時間だよな」
「戻ろうか」と芝田が言った。
公会堂では出演者たちが揃っていた。
武将姿の八上美園の傍に「美園たんLОVEの旗」を持った大塚と、数人の男子高生。
「上坂パソコン研のファンクラブの奴らだな」と芝田。
吉江が八上の、鎧の下に着る衣装の着付けをチェックし、メイクを施す。
傍には着付けとメイクを終えた巫女さん姿の岸本。
カメラを構える清水。他の出演者たちの衣装を着付けている坂井。
坂井の勤務先の社長、福原も居る。その愛人となっている大谷は既に鎧を着ていた。
秋葉が状況を説明。
「衣装は歩兵の分は上坂の縫製部に任せてあるけど、主役と準主役の分は雑には出来ないからね」
「主役の衣装は坂井さんの勤務先が?」と村上。
「格安でね。大谷君が関係するイベントだからって、宣伝も兼ねてるから」と秋葉。
「大谷も出るんだね?」と芝田。
「吉惟の部下で、戦勝祈願の儀式を邪魔する黒犬の刺客を撃退する役だってさ」と秋葉。
大部屋では歩兵役の男子高校生が鎧を装着している。
縫製部の女子高生たちが、嬉々として彼らに簡単なメイクを施す。
時代考証役の早渡が彼らにあれこれ説明していた。
軽トラックが到着した。大将の吉惟が乗る馬が降りる。引いているのは真鍋だ。渋谷と中川も居る。
芝田が真鍋に「お前の所、馬も居るのかよ」
「競馬用?」と中条。
「さすがに競馬は訓練とか技術が大変だから、観光用とか、あと馬乳です」と真鍋が答える。
「馬乳って・・・馬の乳製品かよ」と村上。
「糖分が多くて特殊な乳製品が出来るんですよ。あと、馬刺とか」
「聞かない方が良かったかも」と中条がぽつり。
時間が来て、イベントが始まる。
観光協会の会長が挨拶。その後、市長が挨拶。
そして寸劇が始まる。吉惟役の演技に八上のファンクラブから歓声。
大谷と刺客役が芝居用の刀で斬り合う。福原がはしゃいで手を叩く。
「大谷、さまになってるじゃん」と芝田。
「体を動かすプロだからね」と秋葉。
「あの鎧ってハリボテじゃないよね?」と村上。
「プラスチック製を立体形成装置で作ったんだよ。動きの激しい役は壊れにくいものが必要だからね」と早渡。
寸劇が終わると武者行列。裏通りから進んで表通りに入る。
先頭に大谷。数人の歩兵の後ろに八上が騎乗した馬。馬の口を取っているのは鎧を来た真鍋だ。
八上は何度か馬に乗る練習をしたというが、見からにおっかなびっくりといった様子。
その後ろに数十人の歩兵。
表通りに入ると観光客が待ち構えている。かなりの数の女子高生も居る。
隊列を組んで歩く歩兵役を見て芝田が言った。
「あいつらもチョロいよな。ヤラセの噂で無料奉仕とか」
「そうでもないかもだぞ」と村上が言った。
鎧姿の男子生徒たちに女子達が黄色い歓声を上げている。
「何だか本当にモテてるみたいなんだが」と芝田。
村上は言った。
「噂に流されるのは男子だけじゃないからな。鎧武者がかっこいいって流言は、学校という空間に居た人全体に刷り込まれるからね。女子も含めて影響を受けるのさ」
行列を見ている中に清水と吉江が居た。清水が盛んにシャッターを押している。
村上が話しかける。
「親父の仕事の手伝いで武者行列の写真を撮ってるんだ」と清水。
「八上さんの写真ばかり撮ってるだろ」と村上。
「そんな事は無いぞ。ちゃんと全体が入ってる奴とか・・・」
デジカメの写真データを確認する清水。
「行列全体の写真が何で無いんだ?」と清水が慌てる。
「仕事だろ、しっかりしろよ」と村上が笑う。
清水は「ついつい男子をスルーする癖がついちゃっててさ」
「お前、本当に写真家になれるの?」と村上。
吉江は武者行列を前にうっとりして言った。
「やっぱり戦国の鎧姿っていいよね」
村上が「吉江さん、黒犬甚兵衛ってどういう人か知ってる?」
「隣国の戦国大名と通じて反乱起こした人でしょ?」と吉江。
「やっぱり解ってない」と芝田が笑った。
「これ、一応平安時代の話なんだが」と村上。
吉江は「平安時代って何時だっけ?」
「京都に都があって関白が政治して」と村上。
「関白って豊臣秀吉だよね」と吉江。
村上と芝田、唖然・・・。
「・・・まあいいか。吉江さんだし」と村上が呟いた。
向こうでは宮下が八上を見て、うっとり。
「男装の麗人っていいよね。ファンになっちゃおうかな」
行列は境内に戻る。
吉惟役の八上が兵たちに激を飛ばし、勝ち鬨を上げてイベント終了。
散って行く参加者たち。
秋葉も村上たちと合流した。
鎧を脱いで元の服装に戻った歩兵役が、あちこちで見物していた女子と合流する。
「かっこよかったよ」と女子高生が隣に居る男子に言う。
「来年もやるかな?」と言う男子高生。
そんな彼らを見て、村上は笑って言った。
「あの中から何組のカップルが出来る事やら」
秋葉も含めての四人に戻る村上たち。
「で、この後、どうする?」と村上。
「また露店巡るか?」と芝田。
「たこ焼きとか食べてない」と中条。
秋葉が「っていうか私、全然廻ってないんだけど」
公園で露店を巡る四人。
沢渡が向こうで女性に片っ端から声をかけている。
秋葉は背後から早渡に近づいて肩をポン。
「ちょっと署まで同行願えますか?」
ギクリとして振り向く早渡が言った。
「秋葉さんかよ。脅かさないでよ」
「仮にも実行委員の一人がナンパなんてやってていいのかしら?」と秋葉。
早渡は「いいんだよ。公会堂じゃおっさん達が酒盛り始めてるし、あんなむさい所に居られるかよ」
その後、しばらく露店を巡る。
「まだ神輿まで時間があるよね?」
「武藤の店にでも行くか?」
蕎麦屋に行くと、元同級生たちのたまり場になっていた。
四人は蕎麦を注文し、その場に居た面々とわいわいやる。
「そろそろ神輿の時間だな」
通りに出ると、神輿をやっていた。
神輿を担ぐ人達の中に観光協会の人達も居る。彼らに混ざって津川・八木・大谷と柿崎、そして早渡も。
杉原と坂井と藤河がそれを眺めてはしゃぐ。
山車の上では八上が鎧姿で民謡を歌っていた。
それを眺める人達の中で、「美園たんLОVE」の旗を持った大塚・田畑と一緒に宮下が歓声を上げていた。




