第236話 祭りだワッシイ!
夏休みに入る前、秋葉は杉原から電話を受けた。
「相談に乗って欲しいんだけど」と杉原の声。
「津川君と喧嘩でもした?」と秋葉が笑う。
「仕事の話なんだけど。秋葉の専門って観光戦略よね?」と杉原。
聞けば、上坂市の観光課に配属された杉原と八木が、上坂祭りの盛り上げ計画でアイディアを模索しているという。
時間を決めて喫茶店で落ち合う約束を交わして、秋葉は意見を聞くために村上を呼んだ。
喫茶店で四人で作戦を練る。
「この近辺でもそこそこ知名度のある祭りなのよね?」と秋葉。
「他の市町村が嗜好を凝らしているから、何もしないと埋もれてしまうんだよ」と八木。
「他の所でやってるのを真似しても駄目だと思うわよ。そこだけにある何かを、どう活用するかじゃないかしら」と秋葉。
「伝統とか?」と八木。
「それって、今までやってる事を続けるって話よね?」と杉原。
「というより、古いものをネタに新しい事をやるの。上坂神社に伝わる伝説とか」と秋葉。
「そういえば黒犬退治って伝説があるね?」と村上。
村上が伝説について話す。
天下を揺るがす反乱が鎮圧された後、その残党がこの地に攻め込む。首領の名は黒犬甚兵衛。
妖術を使って各地の城を攻め落とし、城を奪われた領主たちは、都で讒言に遭ってこの地に流されていた源吉惟に黒犬討伐の指揮を依頼する。
反黒犬勢力を率いて挙兵した源吉惟。これを戦場ヶ峰の上から見ていた甚兵衛は、妖術を使って大風を起こし、源吉惟軍の旗を吹き飛ばす。
不吉だと恐れる兵たちを励まし、旗が飛んで行った方角を捜索させる吉惟。
現在上坂神社のある場所に生えている大杉に引っかかっている旗が発見された。実は吉惟が一人の部下を使って予備の旗を掛けさせたのだった。
この杉は御神木であり、吉惟は神が自分達に味方する証と称し、神社を建てて戦勝祈願する。
この様子を戦場ヶ峰の上から見ていた甚兵衛は怒ってこの杉を弓矢で射た。
吉惟は部下に、木に登ってこの矢を抜いてこいと命じ、そっと白粉の入った小さな袋を渡す。
部下は矢の羽を白く塗って吉惟に差し出す。
吉惟はその矢を人々に示して言った。
「これは神が天上から射た白羽の矢であり、この地を黒犬退治の拠点と定めた証である」
こうして人々を鼓舞して吉惟は各地で戦い、ついに甚兵衛を破った。
「戦場ヶ峰から射た矢が当たったって、別の杉の木じゃないの?」と秋葉。
「あの伝説を元に江戸時代の人が創作したんだよ」と村上。
「けどこの話自体単なる伝説で、神社は都の貴族がこの地方を荘園にした時に守護神として保護したんだけどね」と八木。
「お祭りで盛り上がるネタなんだから、細かい事を気にする必要なんて無いのよ。問題は、これをどう使うか・・・でしょ? 八木君、もう男性キャラは描けるのよね?」と秋葉。
「藤河さんに書き方を教わったからね」と八木。
「この話を漫画にして各方面に配るってのはどうかしら」と秋葉。
「伝説通りに書いて面白い話になるかなぁ」と村上。
「どんどん脚色するのよ。武将キャラとかヒロインとかどんどん創って」と秋葉。
「話は俺が作るより、秋葉さんの所に居る人に作って貰ったらどうかな。ポトマックって人が居るんだよね?」と八木。
「頼んでみるわ。それと、これを祭りの見世物に出来ない? 戦勝祈願を再現するとか、いろんなシーンの寸劇とか、吉惟軍の武者行列とか」と秋葉。
「そうね。その主人公役として話題になる人が居たらいいわよね」と杉原。
「あの人しか居ないだろ。商店街のイメージガール」と村上。
「八上美園かよ。女性だぞ」と八木。
「面白いじゃん。男装の麗人的な・・・」と秋葉。
「今日び、アニメじゃアーサー王が女で出て来るもんな」と村上。
ストーリー作りを依頼された桜木は、まもなく短編を仕上げた。
設定されたキャラを八木がデザインし、漫画として描き上げ、あちこちに配られた。
またポトマックの名でネット小説として発表し、人気作家の作品としての知名度に観光関係者が便乗する形をとる。
戦勝祈願の再現は時代考証役として早渡に依頼した。
「任せてくれ。祭りは絶好のナンパタイムだからな」と早渡も乗り気になる。
「くれぐれも問題起こさないでくれよ」と村上が釘を刺す。
仲間たちに早渡も加わって打ち合わせ。
「ところで、武者行列の参加者に着せる鎧の模型が必要だが、本格的に作るとかなり費用がかかるぞ」と八木
「紙で張り子を作ってペンキを塗れば作れん?」と芝田。
「脆くならない?」と秋葉。
「乾くと硬くて丈夫な被膜になる特殊なペンキがある。それと裏をガムテープで固めて補強する」と村上。
「主役の鎧くらい豪華にしたいわよね」と秋葉。
「本式の鎧は小札っていう鉄片を繋ぐからな。材料は厚紙を型で切り抜いてペンキ塗った小札をたくさん繋ぎ合わせる」と早渡。
「むしろ安上がりになりそう」と杉原。
早渡は「赤い紐で綴り合せる手間を考えなければ・・・な」
主役をはじめ、登場するキャラ達を使って様々なポスターを作製する。必要なキャラデザの数に八木が悲鳴を上げた。
「俺一人でこれ全部作るのかよ」
「どこかに下請けに出すか?」と村上。
「上坂高校の漫研はどうよ」と芝田。
「今はかなり部員が居るが、俺が知ってる後輩は残ってないからな」と八木。
「鈴木に仲介役をやって貰おうよ。それと県立大の漫研に豊橋と秋谷さんも居るし」と芝田が言った。
鈴木たちが後輩たちに呼びかけて、高校生を使ったポスター作りが始まる。
何人かの部員が、デザインされたキャラを使った漫画を描いた。
祭りが行われる市街をどう演出するか・・・という計画も進む。
他の同級生たちにも呼びかけ、情報やアイディアを募る。何人かが首を突っ込む。
「関係する史跡もいろいろあるのよね?」と秋葉。
「源吉惟の墓だって場所とかは、市街から離れた農村集落で、祭りをやるのは市街だから使えないよ」と八木。
「市街地にも吉惟の子供の産湯の井戸とか、部下の何某が住んでましたとか、使用人が立てた地蔵とか、聞いた事があるぞ」と武藤。
「案内板を立てようよ」と村上。
「文化人が泊まった宿があったとか」と清水。
「大商人の店がありましたとか」と内海。
「ここでお化けが出たって場所も」と藤河。
「縄文の遺跡とか」と小島。
「黒犬伝説と関係無いけどね」と杉原。
「けどさ、説明板って、それ読んでへーで終わるんだよね」と芝田。
「だから、そこら中に立てる事で、へーを持続させるのよ」と秋葉。
「道路端のコンクリ地面に案内板の支柱を立てるのにも費用がかかるんだけど」と八木。
秋葉は「どうせ祭りが終わったら外すんだから、電柱に針金で固定しとけばいいんじゃないかしら」
「外しちゃうの?」と中条が残念そうに言う。
秋葉は語った。
「歴史ネタって、喰い付く人と、喰い付かない人が居るわよね? けど、お祭りって伝統だから、一時的にこの土地の歴史への関心が高まると思うの。そういう時にネタを提供して、認識してもらう。そうやって、いろんな事がみんなの頭に刷り込まれて、この土地の魅力になるんじゃないかしら」
祭りの当日
秋葉は杉原と実行委員会に常駐する。
地域メディアがいくつか取材に来ているという。
いくつかのブログが計画を報じ、観光客らしき人影も多い。
村上・芝田・中条は三人で祭りを訪れた。通りのあちこちに立つ案内板が見える。
鳥居を潜り、境内へ。隣接して建つ公会堂に実行委員会が設置されていた。
公会堂で秋葉を見つけて声をかける。
「調子はどう?」と声をかける村上に、秋葉は「順調よ」
「観光客も多いみたいだし」と中条。
「そんなのはいいの」と秋葉。
「いいのか?」と芝田はあきれ顔。
秋葉はホクホク顔で「お金がかからなくて、市からの補助も余っちゃうから、何に使おうかなって」
「結局金かよ」と芝田は笑う。
八木が「実行主体は実質観光協会なんだけど、武者行列にボランティアの方が多くて」
「誰がそんな奇特なただ働きを」と芝田。
「上坂高校の生徒よ」と秋葉。
「今日びの高校生はバイトやってるから金にはうるさいぞ」と芝田。
「彼女に一肌脱いで貰ったのよ」
そう言う秋葉に視線の先には岸本が居た。
「久しぶりね、村上君」と岸本。
「岸本さん。それに内山も」と村上。
「久しぶりだな」と内山。
「東京はどうよ」と村上が話を振ると、内山は「変に恋愛至上主義拗らせた奴が多くて、どこの階級社会だよって」
「けど、内山君、意外とモテるのよ。年下系が好きな女子とかにね」と岸本。
「勘弁してよ」と内山。
「それで、岸本さん、一肌脱いだって?」と村上。
岸本は笑いながら「元カレの後輩女子に頼んで、流言飛語をね」
「どんな?」
「鎧姿の若武者って、かっこいいよね・・・って」と岸本。
「つまりハリボテの鎧着て行列に参加すれば女子にモテるって訳だ」と村上。
全員爆笑。
「けど、それだとモテるのは集中的に指揮官なんじゃ・・・」と言う芝田に秋葉は「その指揮官をやるのは誰?」
「八上美園かぁ」と村上。
「つまり女性よ。これで"指揮官、抱いて下さい"・・・になるのは宮下さんくらいなものよね」と秋葉が笑う。
「何だかなぁ」と村上。
「けど、観光客もかなり来てるわよ。旅館がかなり儲かってるし」と杉原。
「宣伝とかは春月出版のミニコミ誌に載せてもらったわ」と秋葉。
「水上さんに頼んでもらったの?」と中条。
「うちの父はそんな公私混同はしないわよ」と背後から口を出したのは水上だ。隣に直江も居る。
「水上さん、久しぶりね」と中条。
「中条さん、元気そうね」と水上。
「直江君もね」と中条は頬を赤らめる。
「こんにちは、中条さん」と直江は頭を掻く。
水上は牽制のつもりで「言っとくけど、彼は渡さないからね」
「もう、そういうのは無いから」と中条。
「けど、広告費とか使ってないでしょ?」と村上が突っ込んだ。
秋葉は「直江君から編集の人に話して貰ったのよ」
「なるほど、重役の娘の婚約者で将来の幹部候補に恩を売れば、いずれいい目が見れると」と村上が笑う。
そして秋葉は村上たち三人にに「まだ武者行列のイベントまでに時間があるけど」
「お祭り廻って来るよ」と芝田。
「私はここに詰めなきゃ」と秋葉。
「岸本さんは?」と村上が訊ねる。
岸本は「戦勝祈願を再現する寸劇の打ち合わせ」
「出るの?」
「吉惟を助ける巫女の役をね。後で吉惟と結ばれて彼の子を産むってキャラよ」と岸本。
「あの伝説にそんな人って居たっけ?」と中条。
「こういう創作物はヒロインが出てナンボ」と八木が笑う。
「その寸劇に出る人たちって?・・・」と村上。
「上坂高校の演劇部とそのOB」と言って背後から出て来たのは岩井だ。
「って・・・お前等、来てたのかよ」と村上。
「岩井と大滝さんと・・・まさか北村さんは?」と芝田。
「主役の八上さんが嫌がったんで、呼ばなかった」と岩井。
「じゃ、演出は?」と村上。
岩井は頭を掻きながら「俺がやってる。今、劇団に居るんだ」
その横で大滝が「岩井先輩の女性役、すごく評判いいのよ」
「結局それかよ」と村上。
「声かけたのが、けっこう知られた女優さんで」と大滝。
「もしかして今、その人の愛人・・・とか?」と芝田。
大滝は拗ねた表情で「いいの。私は先輩の助けになれば。そして傷ついた時に私が癒してあげるの」
「こういうキャラって一番怖いよな」と芝田が肩を竦めた。
「けど、岩井が居た時の演劇部の後輩って、みんな卒業してるよな」と村上。
岩井は「大滝さんの下に男子四人居ただろ。現役の女子部員はみんな、あいつ等のファンなんだよ」
向こうに四人の学生と、その周りでキャーキャー言ってる数人の女子高生と男子も何人か。そして町田と洲本も居る。
芝田は思い出したように「そういや大滝さん含めた三人、ここでお御籤売るバイトやってたっけ」




