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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
232/343

第232話 参戦するサムライたち

ダイケー国のヒノデ国に対するヘイト宣伝の象徴「平和の幼女像」の公有地での建設に対するヒノデ国留学生による反対運動。

これに対抗すべくダイケー側により実施された説明会と称する場での、ヒノデ側とダイケー側の論議の紛糾。

それを捌くべく、国立大の土方たちが示したのは、あの「論理解析システム」だ。


これにより、ボイスバトルを使う議事粉飾を封じられたダイケー側のパネリストに対して、ヒノデ側留学生たちの反撃が始まった。

それに対して必死に噛み付くダイケー側。


「ダイケーは戦勝国であり、ヒノデはそれに屈服して自らを絶対悪と認めた筈だ」とダイケー人。

「戦争に勝ったから、というのは、暴力により論理を壟断する事をもって自らの立場とする事だ。それは正義を踏み躙る悪そのものではないか」とヒノデ人。

「勝者こそ正義であり、敗者はそれに屈し従属するものだ。ヒノデは戦勝国たるダイケー国に服従しろ」とダイケー人。

「ダイケー国は戦勝国ではない。勝ったのは周辺の戦争参加国であり、ダイケー国は戦勝国ではないという意味で第三国と呼ばれたではないか」とヒノデ人。

「ヒノデは敗戦国であり、その罪を裁かれた戦犯国ではないか」とダイケー人。

「裁かれたのは戦争を指導した個人であって、戦った国のどこも戦犯国などと呼んでいない。戦後処理が終われば戦争は過去のものになる」とヒノデ人。


「事実としての歴史は残ります」とダイケー人。

「その歴史を歪曲しているのが、あなた方ダイケーじゃないですか」とヒノデ人。

「歴史の歪曲などしていない」とダイケー人。

「それについてはここでも歴史歪曲に関する論議があり、あなた方は反論できていない」とヒノデ人。

「あなた方の政府は謝罪した。つまり自らを悪と認めたという事だ」とダイケー人。



国立大の土方が発言した。

「その悪とは具体的に何ですか?」

「悪い事をしたから、自らを加害者と認めたのではないか。心から反省するという事は自らが悪である事を認識する事であり、反論など出来ない筈」

そう言い張るダイケー側に対して、土方はなお追及した。

「具体的に何かと問われて言わないという事は、言えないという事。つまり単なる決め付けという事だ。反省というのは、それが再発しないよう、具体的な行動に対してするものだ。具体的な事をきちんと明かす事で初めて成り立つ。事実関係を示せないなら、無意味な悪口以外の何物でもない」

「事実とはヒノデが絶対悪であったという事だ」とダイケー人。


一人のヒノデ人が発言した。

「さっき否定された事の繰り返しですか? 絶対悪なんていう、具体性を無視した概念は論理的には存在しない、勝手な言い張りだ。"何をやったという具体的事実はどうでもいい"というのは反省とも謝罪とも関係無い。恣意的な主張への服従を強いる奴隷化要求だ。本当に正すべき事は、そう言ってダイケーが主張するような不当な服従要求だ。そのため互いを対等と認め合い、一方的な支配や強圧的要求で相手を屈服させようという欲求を否定する認識を持つ事だ。ダイケー国がやっているのは、その解消すべき欲求そのものだ。そうした発想を終わらせようというのが我々の反省であり、だから、あなた方の主張に断固反対する」

「そんなのは責任の取り方じゃない。責任とは責任者が相応の罰に甘んじる事だ」とダイケー人。

それに対して土方は「昔の日本人もそう思っていた。それが切腹というものを産んだが、前近代的で不合理な価値観として批判され、今では過去のものになっている」



「ヒノデ政府は強制連行者としての責任を認めて謝罪しただろうが。事実がどうかじゃなくて政府が認めた以上は責任を持て。騙されたんならお前らヒノデが馬鹿だったという事だろう」とダイケー人。


これに対してアタルが発言する。

「それを責任の問題ではないと言ったのはダイケー側だが? 辛い思いをしたから頭を下げる事で慰めて欲しい、責任云々ではなく癒しなのだという話だった。その自らの言葉に責任を認めないのですか? 加害を認めたなどと勝手な解釈を言い張って騙したつもりになって、挙句騙されたお前等が馬鹿で騙した自分達が賢いなどと詐欺を誇る。色々な日本語を学んだが、あなたのようなのを説教強盗と言うのだ」


別のヒノデ人が「彼らはあなた方の主張を善意で受け取ったからこそ謝罪要求に応じた。心の傷を癒して友好が可能になるよう、嘘も許容する優しさで謝って欲しい、温情により嘘を受容して欲しいと。それに対する善意に対して増長し、ますます居丈高になって新しい歴史歪曲を次々と捻り出して、この混乱に至ったのではないか。心からの誠意と言うが、その誠意をダイケーが踏み躙ったからこその対立だ」


更に別のヒノデ人が「口先で温情だ誠意だ平和だと言いながら、そういう理想主義が通用しない現状を作ったダイケーに、温情を求める資格は無い。あなた方のように増長する人は、優しくしてはいけない相手なのだ。温情とか愛というのは与える者の自由意志によるものだ。それを義務にすり替えようというのは道理に反する」

「誠意をもって思いやるのは加害者としての義務であり、それを自由意志と称して拒むのは正義に反する」とダイケー人。

「正義とは公の立場で論理的に証明された正当性であり、その公の立場の基準を決めるのが法だ。そして法の前での正義とは誠実にルールを守る事であり、そこに恩情は必要無い。その法において清算を終えた者を加害者とは呼ばないのが、対等な個の権利を守る事を目的とした公の立場だ。その法を踏まえない感情を根拠とした正義など存在しない」とアタルが指摘。



「そもそもこの問題は挺身労務者協定で不可逆的解決が定められている」と別のヒノデ人が発言。

「それでも歴史的事実は残る。和解のための宣言で、募集で騙したのが政府の関与の下で行われたと言っている。関与とは政府が業者に命令したという事だ」とパネリストの一人。


その時、佐川が発言した。

「温情のために看過された歪曲を歴史的事実とは言わない。それに、ダイケー人業者に騙されて勧誘されたのを、軍による強制連行とヒノデ政府があの宣言で認めたと言うのも成り立ちません。関与とは接点を持つという意味であり、募集という制度との接点であって、その制度の下での悪徳業者による騙しとの接点ではない。交渉で温情と称してヒノデを騙して言質を得たつもりだろうが、勝手に都合のいい解釈を押し通して、認めさせたと言い張るのはただの自己満足だ。それで抵抗を諦めろって訳だが、そうはいかない」


「だが、直接騙した訳でないとしても責任を認めたのは事実だ」とパネリスト。

「そのための多額な見舞金を、戦後処理が終了したにも関わらず好意で払った訳だが。不満を持っている者が居ても、それを癒すための必要な追加措置がこれだと、そう認識する事に合意したのだ。条約上の義務は無くとも温情的に施した措置である以上、それにより癒されたと認識するのがダイケー側の義務ではないのか」と佐川が指摘。

「しかもその不満と称するものが、国を挙げてのヘイト宣伝戦争の中での話だ。戦争とは相手を加害する活動であり、不満を称するものの中身は明白だ」とアタルも指摘。



司会はヒノデ側を牽制しようと司会者権限の行使を計る。

「発言は司会の許可を得てからでお願いします」


土方はそれを許さず「発言解析は進んでますから問題ありません」

「日本人は関係無いだろ」とダイケー人。

「その関係の無い国で戦争宣伝の像を建てているのはダイケーだが?」とヒノデ人。

「これは平和のモニュメントだ」とダイケー人。

「ナチスだって古代ローマだって、あらゆる侵略戦争は口先では平和のためにと称して行われた。ダイケー国がヒノデ国に対して行っているこれは、ダイケーの大統領自ら、外交戦争と称している。こうした戦争はアジア全体の平和を脅かすものだ」とアタルがばっさりと断じた。



一人のパネリストが言った。

「ダイケーは確かに独立した。しかし自ら独立戦争で勝ち取ったものではない。自らの力で自由を勝ち取れなかった事で、ダイケー人たちは誇りを傷つけられた。それを理解すべきだ」


それに対して村上が発言した。

「それは自力救済の願望だ。中世以前の暴力的な時代においては、自らの暴力を行使した恣意的な報復により、被害感情を満足させる事が解決だった。それは必然的に、他者に対する優位を求める自己中心的な欲求の上乗せを伴った。故に、自己の救済が相手への加害に直結した。だから現代社会では、公の司法秩序により、感情ではなく明文法に基づく公的救済へと代替され、自力救済は否定された。ダイケー国の場合は周辺の戦勝国が、地域国際社会の枠組みの中で、ダイケーに独立を与えた。それは国内での司法によるのと同じ公的救済だ。それが不満だと言うが、近代社会では誰もがこの公的救済を受け入れ、これに頼り、これに正義を求める。それが社会と個人の成熟というものだ。なのにダイケー国は自らの恣意による報復を求めて国民の憎悪を煽り、歴史を歪曲し、報復としての宣伝加害を続けているが、正義はあなた方の恣意になど無い! あなた方が否定する国際法にこそ正義があるのだ!」


「問題処理とは被害者の救済であり、何が救済かを決めるのは被害者自身だ」とそのパネリストは言う。

「それは違う。救済とは感情を満たす事ではない。それを弁えない事が、長い歴史の中で多くの悲劇を産んだ。何より刑事裁判の判決は被害者の感情ではなく法の定めたルールだ。そのルールは、ヒノデ国との条約により巨額の金銭支払いを伴った。あれは支配されたという被害者意識を相殺するものだ。それをもって救済としたのが、あの条約つまり国際法が定めたルールであり、それを尊重するのが正義だ」と村上。

「あの条約では支配者だったヒノデ国を罪人と認めていない」とパネリスト。

「国家間の支配が普通にあった時代のルールに従った支配関係の処理として当然の結論だ。それとも敗戦国は論理を無視されて断罪されるべきとでも言うのか」と村上。


「あの戦争の終戦時の宣言ではヒノデを悪と認定した」とパネリスト。

「それは彼ら自身の戦争宣伝の延長でしかない。戦争が終わって戦後処理が済めば、近代外交の理念である独立国対等を認め合い、戦争宣伝は止める。それが国際法だ。ダイケー国だけがそれに反して戦争宣伝を続けている」と村上。

「違う。終戦宣言が歴史的にヒノデを悪と確定したんだ」とパネリスト。

「歴史的にとはどういう意味か。歴史は誰かを悪と定めたりしない。歴史は中立であり、善悪のような感覚的毀誉褒貶ではなく合理的な因果律によって評価するものだ」と村上。


「あなたの言っている事は歴史相対主義であり、歴史修正主義だ。歴史とは人が道徳的たるために善悪を定めるための学問だ」とパネリスト。

「それは近代的歴史学ではない。かつての王朝が儒教という宗教で権力を正当化するための道具としての歴史だ。研究が進めば歴史の見方が変わるのは当然だろう。それが不都合だからと抑圧介入する者が口にする歴史修正主義とは何だ。そんなの学問じゃない。歴史は政治や戦争の道具じゃないぞ」と村上。

「被害者である我々は納得できない。当然の感情だ」とパネリスト。

「当然ではない。同じような支配関係は過去の世界中にあって、多くの国が支配されたが、そのように歴史を歪曲するのはダイケー国だけだ」と村上。

「同じような支配関係なんて無い。ダイケー国とヒノデ国とは特別な関係なんだから特別に処理されるべきだ」とパネリスト。



住田が発言した。

「正義とは何かという命題で、ある特定の個を指名して特別に扱う事が正義に反する、という原則があります。例えばアーサーという大統領が居たとして、彼を名指しして特権を、というのは正義に反する。だから世の独裁者は、これを回避するために、自分を名指しするのではなく、大統領という一般的な役職名で特権を付与するんです。つまり、"ダイケー国とヒノデ国の二カ国関係"という国家間関係としての"特定個"を特別に処遇せよというあなたの主張は、明らかに正義に反する」   


「ダイケーはヒノデの隣にあって併合されたという特別な歴史を持ちます」とパネリスト。

「アイルランドはイギリスの隣にあって併合されましたが?」と住田。

「いや、同じではありません」とパネリスト。

「隣の国で併合されたという、あなた自身が提示した条件は満たしていますよ」と住田。



客席に居る一人のダイケー人が叫んだ。

「何で被害者パワーを認めてくれない。被害者というのはくだらないことでも無条件に告訴を乱発して良い存在ではないのか?」

「被害者の肩書を暴力装置か何かと勘違いしているようだが?」と住田。

「これは大義名分だ。その立場は認められた筈だ。その切っ掛けが戦争であり、ヒノデは正義によって倒され裁かれる立場になった筈だ」とダイケー人。

「だから、誰も認めてくれない戦勝国の地位を称している訳だ。筈だ筈だと連呼するのは、単なる言い張りでしか無い」と住田。

「それが人類の現実であり、それに従うのがルールだ」とダイケー人。


桜木が発言した。

「そんなのはルールじゃない。ただの暴力状況だ。その暴力状況に対して人々は論理を解いて正義を解き明かし、本当の意味で正しい方へと少しづつでも近付けて、人類はここまで来れたのだ。その始まりが、ダイケーが背を向けた近代化外交ではないか」

「それが進歩だというなら、何故ダイケーは支配されたのか、先祖が支配されたのは恩恵ではなく帝国主義だ」と別のパネリストが言った。

「そうならない方法があった。国際法を理解し合理主義で考える事だ。それをダイケー国は拒否し、他者を精神的に支配しその尊厳と対等を否定する冊封という古い価値観に従って行動した。進歩する方向に向かう近代が、その時においては暴力的であっても、その価値観の中に民主人権といった認識もあった。それを拒絶した彼らが、ああなるのは自然であり、自業自得だろう。彼らは近代外交を求めるヒノデを侮辱し、あまつさえヒノデ人を殺害すらした」と桜木。


「我々ダイケーは力が無い。つまり弱者として保護されるのが正義だろう」とパネリストの一人。

「だったら猶更、公的救済を受け入れて条約を順守し、一方的な宣伝戦争を止めるべきではないのか」と桜木。  

「ヒノデ国のネットではダイケー国を憎悪する発言が繰り返されているんだ」とパネリスト。

「それはヒノデ国に対する歴史歪曲を止めろと批判してるだけだ」と桜木。


「支配された恨みは消せない。できない事をやれと言うのは憎悪だ」とパネリスト。

「それは憎悪じゃない。例えば"アル中患者が酒をやめられない"として、だから"酒を飲むな"というのは憎悪だ・・・とでも言うのか? できないのはあなた方自身が学校とマスコミで長年憎悪を刷り込んで人々を洗脳したからだろう。歪曲した歴史を植え付けて人工的に作られた感情を盾にしても、通る筈が無い」と桜木。


桜木に続いてアタルが発言した。

「それと、自分が被害者だと認識するから被害者・・・というのは、ただの主観であり根拠のない言い張りだ。客観的な意味での被害者は法・ルールに則って、その被害の中身を特定した上で定義すべきものであり、かつその中身に沿う対処をこれから行う必要性の中で使うべき言葉だ。その対処を終えた戦後処理後の現在においては、全くの無意味。そんな空っぽな"被害者対加害者"という勝手な認識を、他者に強制すべきではない」

「ヒノデ人は、過去の支配に対して認識を持つべきだ」とパネリスト。

「だったら、ダイケー人は戦後処理を清算した平和条約に対して認識を持つべきではないのか?」とアタルはダイケーの主張に止めを刺した。

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