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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
231/343

第231話 喉と舌の戦争

ダイケー国の団体が春月市に建てようとしているヒノデ国排斥のシンボル「平和の幼女像」と称するものに対する反対運動。

国立大を中心としたヒノデ人留学生の活動にモニカも参加し、ダイケー人の動きを批判する文芸部誌としての彼女の評論が、学生たちに読まれた。



彼女の活動が、経済学部で、秋葉の周囲の男子を中心に広まるきっかけは、経済学部とダイケー国との経済交流計画だった。

夏休み明けの交流事業で、経済学部学生が参加するよう数人のノルマが課されたのだ。


経済学部の学生たちは口々に不満を述べた。

「誰が行くんだよ」

「俺は嫌だからな」

「あいつら、技術支援でうまくいくと、すぐ調子に乗って、つまんない伝統自慢に付き合わされる」

「すぐ格上だ格下だ言い出すし」

「中止にならないかなぁ」


その時、時島が言った。

「あの国に対する批判が高まれば中止になるんじゃね?」

「公園に変な銅像建てるとか言って、騒ぎになってるじゃん」と寺田。

「文芸部の留学生が評論書いてるの読んだけど、秋葉さん、知ってる?」と栃尾。


秋葉は説明した。

「あれは一種の戦争宣伝よ。隣国のヒノデ国を攻撃するために、昔の歴史を歪めて悪者扱いする国策に、ウーマニスト団体が加担しているの」

「そんな事やってるのかよ。そんな国と交流とかお断りだって、みんなで教授に抗議しようよ」と時島。

「賛成」と学生たちは口を揃えた。



経済学部の動きは他の学部に波及した。その橋渡し役となる文芸部員たち。


文学部では戸田が周囲に働きかけて、女子のダイケー国批判グループが形成される。

すると早渡がお先棒を担いで、男子達を誘ってこれに合流。

経済学部の男子達も合流し、大きくなった活動の中からカップルが出来始める。

工学部の宮田が周囲を誘って、これに加わる。

農学部では、ダイケー国の農作物品種の無断盗用に怒りを感じていた学生が、これに合流した。


学生たちが署名を集めて大学当局に交流会の中止を要求し、交流会を推進するエン経派の学部長が批判の矢面に立たされた。

大学正門前に集まって気勢を上げる学生たち。



この集会にボランティア研究会は反対を表明し、集団で集会に乗り込んで抗議学生たちを攻撃した。


「あなた達は何故、好戦的なヒノデ人の民族運動に加担するのですか? こういう言葉があります。"愛国心は愚か者の最後の砦である"と。皆さんが加担するヒノデの愛国心はまさにそれです」とボランティア研部員。

「それは違うだろ。愛国心は民主主義の基盤だ。むしろ攻撃的なのはダイケー国のヒノデを排斥する愛国運動だよ」と経済学部の学生。

「ダイケーは支配された側です。像は過去の歴史を明らかにするものであり、それに反対するのは歴史の隠蔽です」とボランティア研部員。

「ダイケー人業者による勧誘を軍による強制連行だと言い張るのは捏造だろう。事実を隠蔽しているのはあんたらの方だ。それこそ好戦的な民族運動じゃないか。愚か者の最後の砦はどっちだ」と文学部の学生が言った。


このやり取りは録音され、文字化されて、ボランティア研側を批判する解説付きであちこちに出回る。



ダイケーの動きに対して批判が高まる中、巻き返しとして説明会の開催が計画された。

日本ダイケー友好協会とヒノデ国の親ダイケー派によるシンポジウムという表向きで、その計画が公表された。


そんな話題が文芸部にも伝わる。


「どんな人たちが来るの?」と中条。

「ヒノデ国の芸能人、作家、市民団体活動家に大学教授、野党政治家、それとダイケー国の大学教授だね」と村上。

「良心的ヒノデ人とか言われてダイケーで持ち上げられている人達です」とモニカ。

「こっちの動きも当然、織り込んでるだろうね」と桜木。

「反論に対しては質問の時間を十分に設けるって言ってるけど」と鈴木。

「すんなり反論させる訳が無いわな」と芝田。

「ボイスバトルね?」と秋葉。

「それ、何?」と中条。

村上は「まあ百聞は一見にしかず・・・だな」



そんな中で前期の授業が終わる。レポート提出と筆記試験が終わり、学生たちは夏休みに突入。



そして説明会の当日。

会場には、双方の移民や留学生が詰めかけ、客席には学生や一般市民らしき人も見える。


村上たち文芸部の面々が会場に入ると、一人のヒノデ人留学生が彼らを迎えて、言った。

「よく来てくれたね、サムライ村上」

「彼が私たちのリーダーよ」とモニカが彼を紹介する。

「国立大の留学生、アタルです」と留学生が自己紹介。

村上は「よろしく」と言って、二人は握手を交わす。


向こうには鹿島や佐川、土方ら国立大の面々と何人かの留学生。

時間となり、春月市市長が挨拶に立つ。


最初のパネリストの話はダイケー人大学教授で、バンブー島問題と挺身労務者問題について。

殆ど感情に訴えるだけの演説で、捏造である事が知られている話が多く、他のヒノデ人パネリストを「良心的ヒノデ人」として賞賛し、それらに反論するヒノデ人たちを「ネトアンケー」と呼んで罵詈雑言をもって非難し、ヒノデ国内に住むダイケー移民の立場にとってマイナスだという理由でヘイトスピーチと断じた。



パネリストの演説が終わり、質問時間となる。

一人のヒノデ人留学生が質問に立った。

「バンブー島をダイケー領だと仰いましたが、あなた方がその根拠とする古文献上のジャッカーシ島は・・・」

その発言をパネリストは大声で遮り、一方的に発言を始める。

「ちょっと待って下さい。あなたのその主張はダイケー国に対する侵略の正当化であり・・・」


質問者はこれに反論して「それを決めるのは歴史的事実です。それに聞く耳を持たないと言うのですか?」

「ちょっと待って下さい。それは被害者の心を傷つけるものです。聞いて下さい。あなたは過去の支配に対する認識はあるのですか。聞いて下さい。私たちの祖先は・・・」

彼は強引にヒノデ側の発言に割り込んで、相手の声をかき消す大声で、延々と発言を続けた。

内容は質問内容であるバンブー島とは無関係な、自分達の一方的な憤怒の美化。これが一分、二分と続く。



この有様を見て中条は唖然。そして隣に居る村上に訊ねる。

「何? これ・・・」


村上は説明した。

「これがボイスバトルだよ。ダイケーの人たちが討論の場と称する所でいつもやってるスタイルさ。相手の発言中に無理矢理割り込んで、自分の主張を聞けと言って発言を止めさせるのさ。それで一方的に発言して相手に発言を許さない」

「ネットの投稿動画でダイケー派が"ヒノデの保守派を論破した"と称してアップロードしてるのを見ると、全部これだよ」と、隣に居る桜木。

「じゃ、聞く耳持とうとしたら負けなの?」と中条。

「そういう事さ」と村上。

中条は表情を曇らせて「けどこれ、討論になってないんじゃ・・・」

村上は「なってないよ」



二分経っても演説を止めないパネリストに、ヒノデ国側が発言を再開。

「いつまで続ける気ですか。あなたの発言は歴史的事実の確認からの逃げだ。バンブー島問題でダイケー国が根拠とする古文書上のジャッカーシ島はバンブー島ではなく、ダイケー国側100k行った所にあるキブンワリー島である事は明らかです、そしてあなたが言われた・・・」

ダイケー国側はなお、相手の論と無関係な発言を続けた。

それと並行してヒノデ側も発言を続け、その中でダイケー側の発言の中身に次々に反論する。

その反論に対してもダイケー側は聞く耳を持たず、無関係に勝手な主張を続けた。


やがて司会者がダイケー側に立って介入する。

「ヒノデ国の方、パネリストの先生が発言中です。先ずそれをお聞き下さい」


ヒノデ側の人たちは激怒し、次々に抗議の声を上げる。

「ちょっと待て。相手の発言に割り込んで聞く耳持たないのはパネリストの方じゃないか」

「お前等こそ聞く耳持てよ」

「加害者が何言ってる」とダイケー側。

「議事妨害だ。つまみ出せ」と別のダイケー側。

「こんなのは議事じゃないぞ」とヒノデ側。


会場は騒然とし、他のパネリストも野次的に発言に割り込む。その内容に反論するヒノデ側の人々。



その時、拡声器を使った大音声が会場に響いた。

国立大の土方だ。

「はい、そこまで。どうやら音声による議論は成り立たないようですが、実は別の場所で論議の整理が進んでいます。スマホをお持ちの方は、次のアドレスにアクセスしてみて下さい」


会場に居た日本人とヒノデ人は一斉にスマホを出してアドレスを入力する。何人かのパネリストと一部のダイケー人も不安になってがスマホを操作。

パネリストらダイケー国側はアクセスしたページを見て唖然。

そして「何だこれは?」


土方は説明を続けた。

「これは、先ほどまでに、この場で行われた発言の音声データを通信で別の場所に送り、文字化して論点ごとに解析して、誰のどの発言のどの部分が、誰のどの発言のどの部分に反論したかを、解りやすく整理し可視化したものです。発言者、発言、そして"その発言を論点ごとに分解した発言内容"には、それぞれ番号が振られています。議事全体の流れを示すページ、発言者とその対論者の論争の流れを示すページ、論点ごとの発言内容の相互反論の流れを示すページがあって、同じ内容の論を繰り返したものは一つにまとめてあります。これをご自分の目でご覧になり、誰が誰にどう反論し、どう議論が進み、何が否定され何が証明されたのかを、しっかり確認して下さい」



スマホ画面に示された、ダイケーとヒノデの議論の図式化された流れ。

これを見た誰の目にも明らかだった。ダイケー側の論理はヒノデ側によって悉く反論され、まさに論破の様相を呈していた。

明かに論破された形のダイケー側はなお抵抗を続けた。


「これはあなた方の味方が作ったものだろう」と決め付けるダイケー側。

別のダイケー側も「認められない。フェイクだ。歴史歪曲だ。正しい歴史認識に反する」

それに対して土方は「違うというなら、どの発言がどう違うのかを具体的に指摘しましょうね」



その時、モニカが発言した。

「歴史ではなく歴史認識ですか? 自分達がこうだと勝手に定義した、自分達に都合の良い認識をそう呼んで、それと矛盾するものをフェイクと決め付けても、それは現実の歴史とは無関係です。16世紀から使われていたヒノデ海という地名が、遥か後のダイケー国への支配の中で作られたと言い張る。すぐバレるような嘘をその場の思い付きで、後はひたすら言い張るだけ。ダイケー人はそうやって平気で嘘をついて、その時だけ有利になったつもりで、後は無かった事に出来ると思っている。けど文章として残るんです。こういう無責任な行為を日本では"恥のかき捨て"と言います。けれども嘘をついたという恥は信用失墜という形でずっと後を引き、積もり積もってダイケーは信用を失います。嘘をつく者!嘘の重さに耐えられない!」


それを聞いて渋谷が短歌を詠んだ。

「かき捨てる つもりでかいた 嘘の恥 山と積もりて ダイケー潰す」

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