第230話 鹿島英治探偵事務所ー秋葉さんの秘密
文芸部で部員たちがわいわいやっている中、ふと村上が言った言葉が騒ぎの発端となった。
「睦月さん、最近温泉巡りをやりたいと言わなくなったよね?」
「個人的に行ってるわよ」と秋葉が自慢げに言う。
「そうなの?」と中条。
秋葉は得意げに「三津川温泉に文殊温泉に散花温泉に。ゼミで観光論やってる参考で、遊びじゃないから」
「けど、よく行く資金が続くよね?」と村上。
「ちょっと割のいいバイトにありついたからね」と秋葉。
「まさか、いかがわしいバイトじゃないよな?」と芝田。
秋葉は鼻をヒクヒクさせて得意げに「拓真君、もしかして嫉妬?」
「馬鹿言え」と芝田が憮然と・・・。
「パパ活とか言って見知らぬオヤジに、俺の睦月があんな事やこんな事をーーーとか?」と楽しそうに秋葉。
芝田は焦り声で「俺はただ、最近ニュースで女子大生が売春で捕まったとか・・・ってのを聞いてだな、睦月がそんなのに巻き込まれたら、って」
「秋葉先輩の身の危険を案じているのですね?」と、横で聞いていたモニカが口を挟む。
芝田は「そんな事になったら、彼氏の俺はいい笑い物だぞ」
桜木はあきれ顔で「芝田も、もう少し建前ってものを考えて、ものを言ったらどうよ」
翌日・・・。
「で、俺の所に依頼に来たと?」
喫茶店で芝田・村上・中条と向き合う鹿島が言った。
「俺たちの同期から警察の厄介にとか、シャレにならん」と芝田。
「けど、睦月さんがパパ活とか想像つかないよね?」と中条。
「むしろ、そのオヤジがどんな冗談の餌食にされるかと」と村上が笑う。
「あれでも、見かけはそこそこ男が喰い付くレベルではあるからね」と鹿島。
芝田は「とにかくよろしく頼む」
鹿島は秋葉に、当たり障りの無いメールを送る。
そこにプロ仕様のハッキングツールが仕込まれている。
電話をかけると音声データが鹿島のパソコンに転送される仕組みだ。
やがて鹿島は、怪しい電話内容を掴んだ。
中年男性との待ち合わせの時間と場所を伝える内容だ。
その場所に張り込むと、秋葉が現れ、相手の中年男性も現れた。
連れ立って歩き出す彼らを尾行する鹿島。
やがて一件の喫茶店に入り、何やら話し始める。それを離れた所から観察し、何枚か写真を撮った。
やがて中年男性が秋葉に、まとまったお金の入ったらしい紙袋を渡した。
秋葉と男性の二人が連れ立って店を出る。
鹿島は二人を尾行しながら(まさかこのままホテルに)と脳内で呟く。
だが、二人はその後、駅前で別れた。
鹿島は先回りして男性の前に回り込み、その前方から歩いてすれ違いざまに、偶然を装って接触。
「失礼。急いでいたもので」と鹿島。
「こちらこそ」と相手の男性。
掏り取った名刺入れから一枚抜くと、何食わぬ顔で声をかけた。
「落としましたよ」
「どうも」と男性は言って、名刺入れを受け取る。
鹿島は抜いた名刺を見る。男性は三津川温泉ホテル仙川の支配人だった。
喫茶店で鹿島は芝田に途中経過を報告。
「どんなオッサンだった?」と芝田。
鹿島は写真を見せる。
芝田は「額が後退してて腹の出た、いかにも女子大生買いそうなタイプだな」
「けど温泉業者なんだよな」と鹿島。
「観光調査で知り合ってパトロンにでもなったのかな?」
「ちょっと違うと思う」と鹿島。
芝田は「また進展があったら頼む」
その後、立て続けに二件、同様の電話内容がハッキングシステムに引っかかる。
同様に、待ち合わせの時間と場所の連絡だ。
どちらも、尾行すると落ち合って喫茶店に入り、しばらく話し込んだ後、まとまった額が入っているらしい現金袋を秋葉に渡す。
鹿島は芝田に連絡して喫茶店で落ち合う。
「どんな奴だった?」と芝田。
「文殊温泉の霧島観光ホテルの支配人で、いかにも老紳士という感じの爺さんだ」と鹿島が報告。
「あの人、年上キラーだものな」と芝田。
「もう一人は中年女性で散花温泉の三角旅館のおかみだ」と鹿島。
「睦月って両刀使いだったのか?」
そう言う芝田に、鹿島は「そろそろ、その発想から離れた方がいいと思うぞ」
「まあ、割のいいバイトって、そっち方面とは限らんからな」と芝田。
鹿島は言った。
「だが問題は、世間一般で手っ取り早くぼろ儲けってのは、普通は人がやりたがらない事をやるって話になる。下半身関係じゃないとすると、何かリスクを伴う案件って事だ。つまり、彼女の身に何か起こり兼ねないって事だ」
「とにかくよろしく頼む」と芝田は言った。
鹿島は秋葉のスマホから送られた音声データを確認する。
三人の業者との密会現場の写真を確認する。
鹿島は考えた。
(確かに相当額のお金を受け取っている。報酬って事だろうな。けど、何に対する? もしや・・・)
三件の旅館の名前をネットで検索する。そして辿り着いたネットサイトがあった。
曰く「ムッキーの温泉探訪ブログ」
他にも幾つかの温泉レビューサイトが引っかかる。
それを読んで、鹿島は確信した。
(なるほど、そういう事か)
確認のため、コメント欄のアドレスにスパイソフトを送った。
芝田に連絡して、鹿島は言った。
「謎は全て解けた。本人と、出来れば他の奴等も呼んでくれ。そこで報告する」
村上のアパートで鹿島は、芝田ら四人と向き合う。
「拓真君、探偵なんて雇ったのね?」と秋葉。
「それだけ睦月さんが心配だって事だよ」と中条。
「私が何をするって?」
そう言って、悪戯っぽい笑顔でとぼけてみせる秋葉に、鹿島は言った。
「秋葉さんのアルバイトって、これだよね?」
鹿島はパソコンを開いてネットを繋ぎ、あの温泉探訪ブログにアクセスして見せた。
そして三人の経営者との密会の写真を見せた。
そして「ここ数日の間に秋葉さん、このブログに書かれている旅館の経営者からお金、貰ってるよね?」と鹿島は言った。
秋葉は言った。
「コンサルタント料よ。ゼミのレポートとして温泉経営を観察して、良い所と悪い所を洗い出すの。そして改善すべき点を経営者にアドバイスして、成果が出たら、見返りを貰う。正当な取引だと思うわよ」
それに対して鹿島は「成果ってネットでの宣伝によるものだよね? つまり秋葉さんがやってたのはステルスマーケットでしょ?」
「ネットはいろんな人の評価が載るわよ」と秋葉。
「この三件は秋葉さんがベタ褒めしてるね? コメント欄で褒めてるのも、読者装って秋葉さん、自分で書いたでしょ? 他の似たような温泉サイトにも、この三軒についてベタ褒めしてるコメントがある。それ書いたのも秋葉さんだよね? そして、他のいくつかの旅館に対して、相当こき下ろしているよね?」と鹿島。
「私がアドバイスした所を改善して完璧な旅館になったもの。褒めるのは当然でしょ? 批判してる所に関してだって嘘はついてないわ」と秋葉。
「けど、お金を貰った所を褒めて、貰ってない所をけなす。けなされた所はお金のために悪口言われたって解釈してもおかしく無いよね。誹謗中傷って、嘘でなくても成り立つんだよ」と鹿島。
秋葉は「私がお金を貰ったってバレなきゃ、問題無いんじゃないかしら。払い込みならともかく、現金での受け取りに足はつかない筈よ」
鹿島は「お金を払った旅館の帳簿には残るよね? 必要経費の計上は税金のために記録するから。多分、宣伝費として計上されてる筈だよ。それを調べられて訴えられたら、裁判で勝てるという保障は無いと思うよ」
鹿島の指摘に、秋葉は溜息をついた。そして言った。
「解ったわ。こういうの、止めるわ。彼氏に心配かけないという、女の心遣いとして・・・ね。だから、彼氏としての心遣いも欲しいなぁ」
そう言って秋葉は物欲しそうな目で芝田を見る。
「何か欲しいものでもあるのか?」と芝田。
「温泉旅行の一つでも奢ってくれると嬉しいなぁ」と秋葉。
「ここは男の甲斐性って奴だな」と村上は笑う。
「釣った魚に餌をやらないって駄目だと思う」と中条も言った。
芝田は「里子まで。ってか村上は里子にどんな餌をやったんだよ」
「この前アイスクリーム奢ったぞ」と村上。
「金額が二桁違うぞ」と芝田。
「拓真くーん」と秋葉が甘え声で迫る。
翌日、学食で四人で昼食を食べていると、経済学部の栃尾に会った。
「栃尾君、実家はどう?」と秋葉。
「秋葉さんのおかげでお客さんも増えて、親父たち大忙しだって喜んでるよ」と栃尾が言った。
それを聞いて中条が「睦月さん、あの後も・・・」
「何度か来て貰って、あの後もいろいろアドバイスしてくれたんだよ。お客さんの反応も良好でさ」と栃尾が感謝声で言う。
「もしかしてあのブログって・・・」と村上。
秋葉は「サービス一新した栃尾君の所を宣伝するために作ったのよ」
「あれ、友達を助けるためだったんだね?」と中条。
「見直した?」と得意げに言う秋葉。
「そこで止まれば・・・ね」と村上。
「止まるって?」と栃尾が怪訝顔。
秋葉は「内緒よ」と言って笑った。




