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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第23話 松本さんの涙

 高橋と付き合い始めた内海にとって悩みの種は、高橋の友人として彼女に依存する松本の嫉妬だった。

 まもなく夏休みに突入しても、松本はデートの度についてきて、内海に暴言を吐き我儘を言う嫌がらせを続けて、二人の邪魔をした。


 高橋が予定を松本に教えるのは、教えないと拗ねて手が付けられなくなるからなのだが、その一方で、何とか内海と打ち解けさせて、自分以外にも心を開けるようになって欲しいという、高橋の想いによるものでもあった。

 だが高橋は、そんな苦行を強いている内海に対して、恋愛を口実に彼を自分は利用しているだけではないのか、これでは、利用するために恋愛ごっこを演じているだけだと、内海に思われても仕方ないのではないか・・・という罪悪感を感じるようになった。



 そんなある日、三人で街を歩いていると、数人の女子高生と鉢合わせた。

「あれ、高橋じゃん。それに松本も」と盛り上がる彼女達を前に、高橋と松本は明らかに嫌そうだ。

 女子高生たちは「何だよ。久しぶりに会った友達だってのに。そっちは高橋の彼氏?」

「松本の・・・じゃないよね?」と、異様な盛り上がりでケラケラ笑っている。


「友達?」と内海が高橋に聞く。

「昔のバスケ部の仲間だよ」との返事に内海は(なるほど)と納得した。松本の嫉妬で嫌がらせを受けたのがこいつらか。

 当の松本は怯えて、高橋の陰に隠れるように身構える。あの時の遺恨なのだろう。彼女達の攻撃は松本に集中した。


好き勝手言う女子高生たち。

「もしかして、松本はデートの邪魔してる訳?」

「博子ちゃんは私だけのものだぁ・・・とかまだやってんだ」

「彼氏も大変だろ。そんなめんどくさい女と別れて、あたしらと付き合いなよ」

「えーっ? あんた、こんなのが趣味?」

「けっこう可愛いじゃん」

 言いたい放題だ。松本は泣きそうになっている。高橋も、松本がやっている事ば事実なので、何も言い返せない。


 そんな彼女達を見て内海は意を決した。

「遠慮しとくよ。あんた達と高橋さんや松本さんに何があったのか知らないけど、松本さんはいい子だよ。少なくとも、昔の友達にそんな言い方するあんた達よりはね」

 そう内海は言って、松本と高橋の手を引いて「行こう」と、あっけにとられている女子高生たちを一瞥しつつ、その場からの移動を促した。



 やがて彼女達が見えなくなると、弱気から脱した松本は「気安く触るな」と内海の手を振り払い、彼を睨みつけて「内海のくせに調子に乗るな。ほんっとキモい」と怒鳴った。

 それを見て高橋はさすがに腹に据えかね「いいかげんにしなよ松本」と怒鳴った。

 たちまち松本は泣きそうになって「博子ちゃん」とつぶやく。

「せっかく庇ってもらったのに、何よその態度は」と高橋。


 堰を切ったように、松本を批難する言葉が高橋の口をついて出る。俯いてぽろぽろと涙する松本。

 高橋はひとしきり言い終えると「松本の事、もう友達だと思ってないから。行こう、内海君」と、そう言って、おろおろするだけの内海の手を引っ張って、号泣する松本を後目に、その場を去った。

 内海は時々松本を振り返り「いいの? 高橋さん」と言った。


 やがて松本が完全に見えなくなる所まで来ると、高橋は内海に向きなおって、言った。

「ごめんね、内海君。私、あんたの事を利用してた。内海君なら松本が心を開くまで我慢してくれると思って、実際内海君は我慢してくれて、松本の事庇ってまでしてくれて、調子に乗り過ぎだよね」

「いや、俺高橋さんの事好きだし、べつに嫌な思いとかしてないし」と内海が、まごつきながら返すと、高橋は「嘘」と言って内海に抱き付いた。

「もう我慢しなくていいよ」そう言って内海の頭をつかみ、キスする。

 されるがまま茫然としている内海に、高橋は「これからうちに来る?」



 内海は黙って頷くと、高橋の後を歩いて、二人で彼女の家に向かった。

 だが、しばらく歩くと内海は立ち止まり、言った。

「ねえ、高橋さん、さっきのキス、すごく嬉しかった。けどあれ、もしかして埋め合わせ・・・なのかな?」


 それを聞くと高橋は俯き、二人は立ち尽くして、しばらく沈黙が続いた。だが、やがて高橋は顔を上げると、すっきりした笑顔で言った。

「埋め合わせでキスとかエッチとか、って思った? そんな事でしたくもない事してもらいたくない? やるんなら私がしたい時に・・・って、そういう事?」

「うん」と内海。

「埋め合わせで・・・ってのは私も、さっきまでそう思ってた。けど今の内海見て、私、内海のこと本気で好きになっちゃった・・・って、今まで好きでなかった訳じゃないけどね。だから来て」と高橋。


 そう言って嬉しそうに内海の手を引いて歩き出した。

 高橋に言われた事の嬉しさを噛みしめながらも、急な展開にとまどっていた。だが(つまりは安全と思われたんだろう。初めて家に行ってさいごまでいく訳でもないし・・・)と心の中で自分を落ち着かせようとした。そして・・・。


 その日の夕方、高橋の部屋のベットでは、全裸の高橋と布団の中で横たわる内海が居た。

 (結局、最後までやってしまったな)と思いつつ、隣で満足しきった安らかな笑顔で目をつむっている高橋を見て、(高橋さんて、こんな顔するんだ)と、そして心の底から可愛いと思った。



 夜になる前にと、内海は服を着て高橋家に別れを告げて帰路についた。家の前まで来ると・・・。自宅の前で彼を待っていたは松本だった。

 内海が近づくと松本は、泣きながら深々と頭を下げ、そして言った。

「今まで、本当にごめんなさい。私、博子ちゃんが全部で、博子ちゃんさえ友達でいてくれたら何もいらないって、自分の事しか頭に無かった。それで嫉妬して、散々酷い事言って、内海が我慢してくれたのを調子に乗ってた。今更虫が良すぎるのは解ってるけど、他に頼れる人がいないの。博子ちゃん本気で怒っちゃって、メールも着信拒否されて、もうどうしていいか解らないの。博子ちゃんに嫌われたら私、生きていけない。お願い内海、博子ちゃんとの仲取り持ってよ。もう邪魔しないから」

 今まで迷惑以外の何物でもなかった松本だが、こんなふうに目の前で泣かれると、さすがに内海は心が痛んだ。


「解ったよ松本さん。俺から高橋さんに頼んでみるよ」と内海。

「本当?」と松本。

「友達の頼みは断れないからね」と内海。

「内海はこんな事した私でも、友達だって思ってくれるの?」と松本。

「松本さんは高橋さんの友達だろ? なら友達だ」と内海。

 それを聞くと松本は、泣きながら内海の胸に顔を埋めて「内海って優しい」と言った。


 内海はそんな松本の頭を撫でながら、高橋の言葉を思い出した。「他の人とも仲良くできればいいんだけど」

 (もしかして高橋さん、こうなる事を期待して、あんなふうに突き放したのかな?)。


 そう思うと同時に、もう一つの疑問が頭に湧いた。

「ところで松本さん、うちの場所は前から知ってたの?」

 松本は「鹿島君に聞いたの」と言ってポケットから一枚の名刺を出した。

 名刺に曰く「鹿島英治探偵事務所」

 それを見て内海は思った。(あの男は・・・・・・)。



 松本を家に帰し、自室で一服した内海は、高橋に電話をかけた。

 高橋は内海から一通り話を聞くと「解った。松本には私から電話するよ」と、あっさり仲直りを承諾した。

 内海は「もしかして高橋さん、こうなる事予想してた?」

「まあね。私以外の人に心を閉ざしたまんまじゃ、松本のためにならないからね。ごめんね、また利用しちゃって」と高橋。

「いいよ。友達思いなのは高橋さんの魅力のひとつだからね」と内海。

「そう言ってもらえると嬉しい。何だかんだ言って松本とは付き合い長いし、頼られると放っておけなくて。なので内海くん、これからも松本の事、お願いね」と高橋。


 電話を切って内海は考えた。

 (自分のことが本気で好きになったという、さっきのあの言葉は何だったのだろう)・・・と、そんなガッカリ感を感じつつ、それが結局は独占欲で、これでは松本と同じではないかと気付く。

 相手が他の誰かと繋がりを持つのは、相手の幸せにとって必要なのだ。それを松本にも解って欲しい・・・という事なのだと。

 その時不意に内海は、自分の胸に顔を埋めて泣いた松本の感触を思い出し、慌ててその記憶を振り払った。

 (俺は何考えてるんだ。俺の彼女は高橋さんだ)。



 三日後、内海と高橋にとって初めての、二人だけのデートになった。

「どこに行きたい?」と内海がとりあえず聞くと、高橋は「前から行きたかった所があるの。そこでいい?」

「もちろんだよ。高橋さんが楽しい所なら俺も楽しい」と内海。

 内心、コース選びに悩んでいた内海には渡りに船だった。そして着いた所はスポーツセンターだった。

 卓球にバスケに陸上に、文字通りのスポーツ万能な高橋に、内海はとてもついて行けなかった。休憩のベンチでヘトヘト状態な内海に、高橋は楽しそうに息を弾ませて言った。

「今までは松本が運動音痴だから、なかなかこういう所に来れなくて、内海も運動は得意じゃないみたいだけど、男子だからついて来れるよね。なんたって私の彼氏なんだから、体は鍛えて欲しいなぁ」

 内海は思った。(これじゃ、松本さんが居たほうがまだマシだよ)。

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