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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
224/343

第224話 哀しき因果

ダイケー国による対ヒノデ国ヘイトに関するモニカの評論。論評会はなお続いた。


モニカは森沢に訊ねた。

「日本のリベルタン主義者って、ダイケー国のそういう言い張りを真に受けているんですか?」

「仕方ないとか言ってるんだよ。ヒノデ国が近代化する中で周辺国と戦争した時期とバンブー島の正式な領有宣言があって、同じ時期だから支配の過程だと思われても・・・とかね」と森沢。

「ヒノデが近代外交を理解していく過程で宣言が遅れた中で、戦争相手国が占領して戦争に利用したら困るという事情なので、ダイケー国とは何の関係も無いです」とモニカ。

「それは具体的な事実と突き合せればはっきりするんだよ。それをスルーして言葉のイメージで人をだます。煽動ってのはそういう事さ」と森沢。

「感情論を前提とした"そう思われても・・・"なんて台詞は、それこそ戦争煽動を肯定した、まさに平和の敵の論理ですよね」と村上。



森沢は言った。

「ユネスコ憲章に、戦争は人の心の中で起こるものであるから、心の中に平和の砦を造ろう、ってのがあるね」

「心の中の戦争って、つまりダイケーがやってる憎悪扇動ですよね?」と中条。

「平和の幼女像なんて騙ってるあれは、まさに戦争の砦って訳だ。そうやって人の心の中で戦火を広げ、やがて武器を使った戦争へと・・・って訳だ」と村上。

「そのユネスコが、現実には、各国の宣伝戦争の道具みたいになってるものね。だからいっそ脱退すれば・・・なんて意見まで出ているわ」と秋葉。


「ダイケーの学校教育で、捏造された矛盾だらけの間違った歴史を教えてるのって、わざとなんですかね?」と渋谷。

「ヘイトを煽る情緒教育も酷くて、小学生に"核ミサイルでヒノデを焼き払って万歳"みたいな絵を描かせて地下鉄通路に貼り出して表彰とか。小学生がこんな事を言います。"ヒノデ人を殺したい。教師から、それはダイケー人の義務だと教わった"と」とモニカ。

「怖ぇーーーーーーーー。学校が洗脳機関になってるじゃん」と部員たち。


「そうやって国民を動員して、デモだの市民団体だので国内を盛り上げ、それをバックに世界各国に移住した移民が、移住先でネットの書き込みだの、政治家に寄付して働きかけたりだのと。彼らは、国民が個人の意思でやってるから民主主義の一環で、立派な行為だと思ってるんです。ダイケーには"言論銀行"という組織があって、民間団体と称してますけど、政府が大々的に援助して、世界中のネットにアクセスして、ヒノデに対するヘイト的な暴言を書き込んでいます。そういうのが愛国的行為とされて、マスコミが賞賛して、参加すると就職で有利になるとか」とモニカ。

「民族主義は本来、民主主義の片割れだからね。けど、事実を無視した同調圧力で理性の働かない状態だよね。攻撃的でエゴイズムなダイケーのアレは、民族主義というより国粋主義だよ。ヒトラーを支持した人達と同じさ」と森沢。



「まあ、反政府運動はあるんだよね。保守派とリベルタン派の二大政党があるから。だからファシズムじゃないとか言ってるけど、やってる事はナチスの反ユダヤと同じさ。それと普通、外国と対立するのは保守派ってイメージあるけど、ダイケーの排外主義、つまりヒノデに対するヘイトスピーチは、むしろリベルタン派が政権握った時が酷いんだよ。まあ、どちらも政権が危なくなると反ヒノデ政策で人気を得ようとするんだけどね」と村上。

「ロウソクデモとか言う、リベルタン主義者の保守派政権批判で使ったやり方があるんです、最近は外交問題とかでもやってて、バンブー島問題でも大勢でローソクを持って、サミシーを連呼して練り歩く」とモニカ。

「どこかで見たような光景だな」と真鍋。

「アニメにそんなのがあった」と芝田。

「ダイケー国が出て来るアニメなんてあったっけ?」と村上。

「そうじゃなくて、変なモンスターがサミシーって連呼しながら大群で迫って来るってシーン」と芝田。

「それは怖い」と村上は笑った。

そしてモニカは「あの後、リベルタン派が政権を握って対ヒノデヘイト政策が激化したんです。ロウソクデモも権力の道具なんですねよ」


その時、渋谷が短歌を一首

「暴君が 民を縛るは 飴と鞭 ダイケーならば ローソクと鞭」


男子たちは爆笑。

住田はノリノリで「渋谷さん、よくそういうの知ってるね」

「真鍋君が・・・」と、頬を赤らめて困り顔の渋谷。

根本があきれ顔で「真鍋君のそういう影響力って問題よね」と言って、真鍋を睨む。

「いや、面白いじゃないですか」と困り顔の真鍋。



部会が終わった時、渋谷が村上に言った。

「どうして参加してあげないんですか? 私はダイケー国が許せないです。あの国はいろんな国と知的所有権問題を起こしてて、日本の農産物の種を勝手に持ち出して、盗んだ品種の作物を大々的に輸出して、日本の農産物の市場を奪うんです。みんな怒ってますよ」


村上は言った。

「あの運動を助けるのはいいと思う。けど、ヒノデの人達と一緒になると、離れた所から見れなくなってしまうかも知れない・・・って思ったんだ。ダイケーの運動に参加している日本の人達って、物事を客観的に見ないでしょ? 頭の中がダイケー人と同じヘイトの塊になってる」

「どうしてああなっちゃうんでしょうか?」と渋谷。

「共感脳だよ。共感って相手の立場で相手の気持ちになって、思考や感情を共有する事だよね? それでヒノデに対するヘイトを共有し、反論理的で偏見丸出しな思考パターンを共有し、捏造上等で暴言を吐く。血筋は日本人でも帰化したダイケー人と変わらない」と村上。


それを聞いて中条が言った。

「精神科の人がやるカウンセリングって、相手の立場に立ってあげる事で相手を癒すんだよね」

「精神科の医者が、他国をヘイトいるダイケーみたいな運動に加担するのも、それだね。バンブー島みたいに他国の島を奪って居直るケースって他にもあるけど、そういう人達に賛同する論説を書いた田野昌晃という精神科医が、彼らに賛同する理由としてはっきりそう言ってるよ」と村上。

「それって実質、反論理宣言じゃないですか?」と真鍋が言った。

「論理を踏み躙る人達に共感すると、一体化してああなっちゃうんだね? けど、それって共感してもらった彼らにとっては救いなのかな?」と中条。

「救われたような気持ちにはなるだろうね。そして自分が正当化されたと思って増長して、ますます酷い行動をとる。それは本当の救いじゃないよ」と村上。



次の部会で真鍋が短編を提出した。

みんなで真鍋の作品を読む。



飢えた虎の母子が村に救いを求めた。

「私も子供たちも、ずっと何も口にしていません。私は飢えてもかまいませんが、子供たちだけは助けて欲しい。どうか食べ物を恵んで下さい」

憐れんだ村人が自分の左手を切り落として虎に与えた。虎は感謝し、何度もお礼を言って立ち去った。

だが、その後も虎は食べ物を得られず、何度も村に救いを求めた。

慈悲深い村人は自らの身を虎に与え、一人、また一人と・・・。

虎は栄養をつけて元気になって、なおも村を訪れて食べ物を求め、ついに村は死に絶えた。

そして、肥え太って巨大化した虎は周囲の村を襲い、多くの惨劇をもたらした。



読み終わって、あれこれ言う部員たち。


「怖すぎる話だな、おい」と桜木。

「真鍋の話にしては笑えないぞ」と村上。

「俺だってたまにはシリアスくらい書きますよ」と真鍋。

「まあ、それはいいよ。けど、もっと納得できない事がかるんだが・・・」と芝田。


男子達は声を揃えて言った。

「エロ要素はどうした」

「俺を何だと思ってるんですか?」と真鍋は口を尖らせた。

「こんなの真鍋じゃない!」と芝田は言った。


森沢は笑いながら言った。

「虎はダイケー国で村人は海外の支援者だね?」



モニカは哀しそうな声で言った。

「慈悲というのは良い心の筈です。人を救い自分も救うのが慈悲であると。釈尊が教える因果とは、良い行いが良い結果をもたらし、悪い行いが悪い結果をもたらすと。なぜ良いものである筈の慈悲が悪い結果をもたらすのですか? こんなのおかしいです」

その時、桜木が言った。

「日本にはこういう諺があるんだよ。地獄への道は善意で敷き詰められる・・・とね。戦争は仲間を助けたい、って言って始めるよね? 敵が攻めて来たら、奪われそうになった人を助けて戦うのは正しいと思う。けどダイケー人たちは、昔の捏造話を信じてヒノデを恨む同胞を救うために一緒に暴れるのが慈悲だと本気で思ってる。彼らは善意のつもりで、この宣伝戦争に参加しているんだよ」


なおもモニカは「こんな話があります。釈迦が前世で何度も転生する中で、様々な形で慈悲の心を表し、善行を積んで悟りへの道へと繋がったと。ある前世では、虎の親子が飢えているのを、崖の上から見て哀れに思い、崖から身を投げて自らの身を虎に施したと」

それに対して森沢は「捨身という逸話だね。けど、こんな話を聞いた事は無いかな? 虎は人肉の味を覚えると人里を襲うようになると」


それを聞いて渋谷が歌を詠んだ。

「虎の子に 我が身施す 釈迦の慈悲 因果巡りて 人里襲う」


「釈迦の教えは間違っていたと言うのですか?」とモニカ。

「釈迦が言った事だから正しいとは限らないさ」と桜木。

「っていうか、そもそもその話って釈迦本人が言った事じゃないだろ? 経典ってのは後の坊さんが釈迦の教えを自分流に解釈して書いたものさ。あれがもし、本当に釈迦本人が言ったとしたら、ただの自画自賛野郎だよ」と村上。



森沢は言った。

「ダイケー国みたいな、隣国に対するヘイトの根付いた国に対して、当然、ヘイト対象の隣国の人から批判の声が出る。それに対してリベルタン主義者は言うんだよね。ダイケーのマスコミで攻撃的な事を言ってるのは、ごく一部の人で、あの国の普通の人は違う。それはその国の人と直接会えば解る・・・って。で、直接会うとどうなるか。目の前の人に同情心が湧く。相手も正面からヘイトをぶつけたりはしないよ。それで個人として仲良く出来ると言う。っていうのは、ダイケー人はヒノデへのヘイトもあるけど、目の前に居るヒノデ人はそのヘイトを受け入れてくれると期待するんだ。ってのはヒノデのリベルタン派のマスコミが自分達に味方する記事を書くから、この人も同じ立場だろう・・・って期待さ。そんなの本当の友好じゃないのに、それで騙されたヒノデ人が相手を友達だと信じて、自らに対するヘイトに共感してヘイトの塊になる」


「友達だとか言ってイジメをやる奴の奴隷って事だね? それ、人間辞めてるよね」と根本。

「本人は奴隷とは思ってない。"同じ国のイジメに抵抗してる人"を一緒にイジメてる共犯者としてヒャッハーする訳だから」と真鍋。

「ミイラ取りがミイラに・・・ってか、まるでゾンビ映画だな」と芝田。

「もしかして、その国の人と直接会えば解る・・・なんてのは、そうやってヘイト国を有利にするための戦略?」と中川。

「それは解らんけど、"人は望みを叶える権利がある"ってのがリベルタニズムの思想だからな。その望みが誰かを憎み害するものであっても・・・とね。だから、嫌だと思ったら人権侵害・・・なんてトンデモ人権観掲げて、ヒノデ人を殺せなくて嫌だと言ってるダイケー人を甘やかす」と村上。


「それで、個人としてのダイケー人が反ヒノデじゃ無いというのは、所謂"大きな主語"とは違うんだよね?」と中条。

「全然違うよ。大きな主語というのはダイケー人総体としての反ヒノデを正視した上で、目の前に居る個がその総体に従わない少数派かも知れないって話さ。けど、リベルタニストが"直接会えば解る"って言うのは、"ダイケー人の総体それ自体が反ヒノデ"だという事実を否定するための誤魔化しだから」と桜木。

「大きな主語の論理は、少なくともダイケーみたいに"組織的なヘイト教育"によって定着した"反ヒノデの社会的認識の差別性"をけして容認しないし、それによるダイケー人の差別意識を国外から批判する事を肯定した上で、それに乗らない少数派を肯定するものだよ。ダイケー人のヒノデ差別は世界中が批判すべき、紛れも無い差別だ。その差別意識を保持するダイケー人は批判されて当然さ」と村上。



そんな中でモニカは言った。

「釈迦は友達は選ぶべきだと言っています。悪い友達と付き合うと自分も悪に染まると。誰とでも仲良く・・・なんて思ってはいけないと」

「それは正しいと思うよ」と村上。

「やはり釈迦の教えは正しかったのですね?」とモニカ。

「いや、教えの中身にも依るからね」と村上は釘を刺した。

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