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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
222/343

第222話 教授はつらいよ

中条は心理学を専門分野として坂口ゼミに所属し、その分野の選択授業を中心に受講している。

一緒のゼミ仲間に佐藤・佐竹・島本が居る。

その日は坂口教授の選択授業で、当然、中身は心理学関係。特に認識心理学についての授業だった。



坂口教授の話が続く。

「リンダは31歳で独身、聡明で弁が立ち、大学では哲学を専攻し、差別問題や社会正義に強い関心を持ち、週末は原発反対デモに参加していた。現在は銀行に勤務している。では質問。リンダは次のどちらである可能性が高いか。1、リンダは銀行員である。2、リンダは銀行員で、かつウーマニストでもある。では、先ず1だと思う人は手を上げてみなさい」


中条は周りを見回す。誰も手を上げない。二秒ほど迷った末、中条は挙手。

「一人だけかね?」と教授が確認。

すると佐藤と佐竹が挙手。


「では2だと思う人は手を上げてみなさい」と坂口教授。

残り全員が挙手。



それを確認して坂口教授は言った。

「実は1が正しいのだが、佐藤君は何故、1だと思ったのかね?」

「学生の時にやっていたウーマニズムを就職する時、止めた可能性があるからです」と佐藤。


すると中条は驚いたような声で「そうなの?」

教授、唖然。そして言った。

「中条君は何故、1だと思ったのかね?」

中条は「だってウーマニズムは社会正義じゃありませんよね? それに聡明って頭のいい人ですよね? そんな人がウーマニストになる筈が無いと思ったんですが」



全員爆笑し、教授は頭を抱えて、言った。

「いや、これは認知バイアスを示す命題として作られた話で、聡明とか社会正義とかは、ウーマニズムのイメージとして受け取ってもらえるって前提の話なんだよ。つまり、そういう人はウーマニストだという経験から得たイメージを元に人は判断するが、必ずしもそれが全ての場合に当てはまるとは限らないという、つまり予断とか偏見とかってのが思わぬ落とし穴になるので、ちゃんと考えて偏見に囚われないように、って話なのさ」


その時、佐竹が言った。

「けど俺たち、経験的にもウーマニストっておかしな奴が多いって知ってますよ」


他のゼミ生も口々に言う。

「中条さんみたいに正直に答えていいんなら、俺も1って答えてたぞ」

「そう思って答えなきゃいけないみたいなお約束強制されてただけだもんな」

「結局、そういう落とし穴な予断偏見って、学者とかマスコミとかの世間様が俺たちに押し付けた、トンデモ脳内拘束具ですよね?」

「そーいうのに忖度しろとか、共感は美しいんだとか、空気読めとか散々言われて、疑問を持つとKYとか弾圧されてさ、今更何言ってんだと」

「それで落とし穴とか偏見とか言われてもなぁ」



学生たちの苦情に頭を抱える坂口。そして大声で言った。

「いや、解るよ。けどそれ俺が悪いのか?!」


学生たち、しーんとなる。

(先生、キレちゃったよ)と全員心の中で呟く。


愚痴り出す坂口教授。

「ま・・・まあ、世の中って、色々と残念な所はあるよ。俺たち公務員だし、税金で食ってるくせにとか言われてすぐバッシングされるし、上は研究費ケチるし、学会牛耳ってるのは国民全員の足引っ張るしか能の無い日本学問会議の爺さん達だぜ」

「いや、解りましたから、世の中残念なのは先生のせいじゃないんで」と佐藤が教授を宥める。

「解ればいいんだが・・・って、何の授業だっけ?」と坂口。

「認知バイアスでしょ?」と佐竹。


その時中条が、おそるおそる手を上げる。

「あの・・・」

中条は済まなそうに言った。

「私が変な事言っちゃったせいで、よく解らないけどごめんなさい」

学生たちは口を揃えて「いや、中条さんは悪くないから」



坂口は溜息をついて、話を続けた。

「まあさ、人間ってのはいろんな部分、思い込みで行動しているんだよ。その思い込みの中身の元は結局、人が作ったものなんだけどね。所謂常識って奴だね。その中身は人ごとに微妙に違うから、話の通じない人ほど、これが常識だ・・・の連呼が先立ったりして、それが嫌われたりする。そうやってすり合わせながら、認識として共有する訳。集団で生きるには必要でもあるんだけどね。それが人ごとに都合のいい悪いもあるし、またそれを利用して不当な利益を得ようとする奴も居る。更に言えば、世の中の変化に応じて常識も変わるから、勝手に常識認定したものを事実だと言い張って、自分の都合のためのナンチャッテ常識をみんなに押し付けて、新しい常識にしちゃおうとする奴も居る。そうやって社会的認識を作っちゃう事が重なる事で、そういう認識を恣意的に作れる立場を既得権として手に入れよう、それを梃子に他人を支配する立場を得よう・・・なんて事もね」


学生たちが盛り上がって、みんなで好き勝手言い出す。

「嘘を100回言えば事実になるって奴ですね?」

「"正しい歴史認識"とか言って、誰かを悪者認定した捏造常識を"無知なお前に教えてやるんだ"とか大威張りで、いろんな人を感情で脅して、受け入れろと強制するとか」

「他国の旗をいきなり戦犯旗だとか勝手に言い張って、無関係な似てるだけの旗使った人に抗議とか言って迷惑かけて、世界中巻き込んで壮大な嫌がらせするってのは、その典型ですね?」

「馬を鹿だと言い張って、馬は馬だって言う奴が居ると首刎ねちゃう王様とか」

「鹿って事にするために辞書を書き換えたり」

「辞書から不可能って文字を消したり」

「それは違うと思う」

「ダチョウが叢に頭を突っ込むと目の前に居るライオンが消えたり」

「消えないけどね」

「声のデカい奴が勝つ世界ですね? マスコミとかノイズマイノリティとか」



そんな彼らを前に、教授は授業の続きを話す。

「そういうのは得するために皆に迷惑をかけるから嫌われるけどね、ただ、偏見思い込みって、無意識的に思い込んでる部分があるのが怖いんだ。例えば、こういう話がある」

そう言って、教授は設問を語った。 


ある男性が交通事故に遭って病院に運ばれた。

早急に手術が必要だとしてメスをとった医者が、ある事に気付いた。この怪我人は自分の息子だと。

だが医者は怪我人の父親ではない。

さて、この医者は怪我人とどういう関係なのか・・・


佐竹が設問に答えた。

「母親ですよね? つまり女性の医者だったと」

「メスだけに女性の・・・」と坂口教授。

講義室に残念な空気が漂う。

教授は慌てて「いや、忘れてくれ」

「坂口先生でもオヤジギャグってやるんだ」と佐藤。

「まあ、実際オヤジだし」と佐竹。



坂口は気を取り直すと「っていうか佐竹君、この話、知ってるのかね?」

佐竹は答えた。

「高校の時、人権教育とやらで散々やらされましたからね。ウーマニズムの教材話で、医者のような地位の高い職業は自動的に男性だと思い込むっていう偏見認識だ・・・って言うんですよね?」

「そう。アンコンシャスバイアスって言って、性差に関わる認知バイアスだね。けど、この話を作った人の意図は置いとくとして、実はこういう話は必ずしもウーマニズムに沿うものとは限らないんだ」と坂口は説明を続けた。

「そうなんですか?」と佐竹。


「例えば、これが医者ではなくて通り魔だったら、どうなるかな?」と坂口。

「やっぱり誰も通り魔が女性とは思いつかなくて、そういう犯罪者は男性に違いないっていう男性差別のアンコンシャスバイアスが働いてる事になりますね?」と佐藤。

「つまり性差別=女性差別って思い込み。これもまたアンコンシャスバイアスなんだよ」と坂口。

「実際、男性差別って多々ありますからね?」と佐竹。


坂口教授は言った。

「高校の人権教育で性差別について授業する時、教師が男性差別について触れようとすると、上からストップがかかるそうだよ」

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