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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第218話 逃げ出せ!人生の墓場

村上のアパートで四人が集まって、わいわいやっていると、ドアのチャイムが鳴った。

開けてみると、外に立っていたのは山本だ。そして彼は言った。

「頼む。匿ってくれ」


憔悴しきった表情の山本に、村上は「まあ入れよ」

何事かという表情の芝田。心配そうな表情の中条。何が始まるのだろうとワクワク顔の秋葉。

玄関を上がった山本は左手に小さな荷物。そして背中に黒いランドセル。

一瞬呆気にとられた4人だったが、あまりにも似合うそれに、誰も突っ込まなかった。



お茶を飲んで一息ついた山本に、村上は言った。

「一体何をやらかした?」

「何もやってないよ」と山本。

「もしかして浮気?」と楽しそうな秋葉。

「芦沼さんとか泉野さんとか?」と芝田。

山本は「やってないから。勘弁してくれ」


「そもそも何から逃げてるの?」と中条が訊ねる。

山本は「結婚圧力だよ。連日水沢兄が家に来てせっ突き、家では母親が矢の催促、小島の所に逃げたら密告されて、他の友達にも回状が回って、もう嫌だ、こんな生活」

「おとなしく結婚すりゃいいじゃん」と芝田が溜息をついて言った。

山本は「それで少子化解消しろってか? 男は子供を産む機械じゃないぞ」

「いや、子供を産むのは女だけどね」と村上。


「水沢さんはどう言ってる?」と芝田。

「あいつが結婚したいって言うから、こういう事になってるんだろーが」

「だったら子供を産むのは水沢さんなんだから、問題無いだろ」と村上。

「あいつは子供だ。子供が子供を産んでどーする」と山本。

「お前はどうなんだ?」と芝田。

「俺は大人で社会人だ」と、小学生にしか見えない小柄と童顔な風貌で見栄を切る山本。

村上はあきれ顔で「お前、ダブスタって言葉知ってるか?」



山本は力説した。

「とにかく俺はまだ独身を楽しみたいんだ。独身貴族って言葉知ってるか? 結婚したらそれが一気に奴隷に転落だ!」

「それは相手次第だろ。相手が睦月さんならまだしも」と村上。

秋葉は口を尖らせて「真言君、辛い物は好き?」

村上は慌てて「いや、これは言葉の綾っていうか・・・ごめんなさい」

「山本君、モテるものね」と中条。

「そうよね。ショタ属性女があちこちに居て、ちやほやしてくれるもの」と秋葉が楽しそうに言う。


「そーいうのはいらないから。結婚は人生の墓場って言ってな」と山本。

それを聞いた中条が悲しそうな顔で「そうなの? 真言君」

「里子ちゃん泣かせちゃ駄目でしょ」と秋葉が山本を責める。

「水沢さんが聞いたら確実に泣くよな」と芝田。

「嫌だとは言わんが、覚悟ってものが必要なんだよ。そのための時間を欲しがって悪いかよ」と山本。



その夜から山本は村上のアパートに居候した。

朝になると小型バイクで職場に向かう。

「お前、車を持ってただろ?」と村上。

「バイクの方が尾行を巻けるんだよ」と山本。

村上、唖然とした顔で「尾行って?・・・」



そして三日後の夜。


四人でわいわいやっている村上たち四人に、山本は言った。

「芝田たちって毎晩ここに来るのな」

「だって面白いじゃん」と芝田。

「そのうち、追手が来て、捕り物で大立ち回りが始まるんでしょ?」と秋葉。


山本は心配顔で「まさか密告とかしないよな?」

「そんな事しないわよ」と秋葉。

「信じてるからな」と山本。

秋葉は笑って「楽しみが終わっちゃうじゃない」

「あのなぁ」と山本は口を尖らせる。



その時、玄関のチャイムが鳴った。

そして「お届け物です」・・・。

村上がドアを開けたが、外には誰も居ない。

「何だったんだろう」と村上は首をひねる。


その時、芝田が異変に気付いて言った。

「山本はどうした?」

「窓が開いてるんだけど」と秋葉。

「屋根の上で音がしない?」と中条。



四人が外に出る。アパートの屋根の上で二人の男性が格闘中だ。

長身の男性が相手を捕えようと繰り出す攻撃を、子供のように小柄な男性が必死にかわす。その背中にはあのランドセルがあった。

もう一方の男性の正体に芝田が気付いて言った。

「山本とやり合ってるのって、鹿島じゃないのか?」


屋根の端に山本が追い詰められたその時、山本のランドセルからワイヤーが射出され、鍵の付いた先端を電線に引っかけ、山本は屋根から飛び降りる。

その小さな体がワイヤーに引かれて宙を舞いながら、別のワイヤーを飛ばして向こうの電柱へ。見る間に向こうの家の陰へと飛び去る。

そして、隠していた小型バイクの爆音とともに山本は逃げ去った。



屋根から降りた鹿島は、山本が逃げ去った方向を眺めて呟いた。

「また逃げられた」

そんな鹿島に村上は「お前、水沢兄に雇われたのかよ」

「素人一人捕まえるだけとタカを括ったが、甘かったよ」と鹿島。

「職場からあいつのバイクを尾行したってのもお前か?」と村上。

「奴のバイクは速度は出ないが、軽いから、水路の送水管の上を平気で担いで渡りやがる」


鹿島は立ち去り際、村上たちに言った。

「すまんが、山本の行き先に心当たりがあったら、友達のよしみで教えて欲しい」

「山本も友達なんだがな」と芝田。


そして村上は鹿島に訊ねた。

「ところで、山本が背中に付けてた、ワイヤーの出るランドセル、あれって何だ?」

鹿島はそれに答えて「立体機動装置だよ。あれ作ってやったの、芝田だよな?」

芝田は「この前、山本が変な設計図みたいな代物を工学部に持ち込んでさ。みんなが面白がって仕上げてやったんだよ。まさかこんな事に使うなんて」



山本は村上のアパートから逃れた後、佐竹のアパートに身を寄せた。

芦沼の抱き枕にされる山本。

そこを鹿島に嗅ぎ付けられた後は、芝田の知り合いの所を転々とする。

榊のアパートに身を寄せる山本の所に村上たちが様子を見に来た時、村上は言った。

「そろそろ限界だろ」

「帰ってあの結婚圧力受けろってか?」と山本。

「そうは言っても相手はプロだぞ」と芝田。


その時、秋葉が提案した。

「探偵には探偵を・・・ってのは、どうかしら?」

「矢吹を頼るのか?」と山本。


矢吹に連絡をとる秋葉。

「弥生さんの許可が無いと・・・なぁ」と渋る矢吹。

「逃げるのかしら?」と秋葉。

「な・・・・」

秋葉は意地悪な口調で「あなた達が転校して来た時の情報戦争、憶えてる? あの時から興味があったのよね。探偵としてどっちが上なんだろうって」


矢吹は秋葉の安い挑発に乗り、山本の保護を引き受けた。



まもなく矢吹は山本の潜伏先を訪れた。

そして山本に申し渡す。

「お前の身の安全の問題だ。指示には無条件で従ってもらう」

山本は「お・おう」

「先ず、服を脱げ」と矢吹。

「まさかお前、そういう趣味が」と山本。


矢吹は怒り声で「発信機とか付いてないかチェックするんだよ」

「そうなのか。いや、イケメンはみんなそうだって」と山本。

「誰の情報だよ?」と矢吹。

「藤河さん」と山本。

矢吹は「そりゃただの願望だろ」


身体検査で発信機と盗聴器がボロボロ出てくる。



山本は矢吹のセーフハウスに匿われ、しばしの安息の日々を得たが、それはまもなく終わりを迎えた。

亀甲縛りの状態で矢吹に連行される山本は言った。

「俺を売ったのかよ」

「すまん。弥生さんにバレたんだ。この人には逆らえない」と矢吹。


米沢の前に引き出された山本は言った。

「勘弁してくれよ。米沢さんも、俺にだって言い分はあるんだ」

米沢は「無条件で引き渡すつもりはないわ。けど、逃げ回っても何も解決しないわよ。とにかく話し合わなきゃ」



米沢が関係者を招集。

「山本君、そんなに小依が嫌?」と涙目で訴える水沢。

「そういう訳じゃないんだが」と困り顔の山本。

「山本君、僕たちに至らない所があったら、言ってくれ」と涙目で口を揃える二人の水沢兄。

山本は頭痛顔で「だから、そういうノリが嫌なんだってば」


「とりあえず、双方逃げずに、ちゃんと話し合いましょう」と米沢は場を仕切った。



米沢は言った。

「山本君、もう五年も付き合ってるのよね? そろそろきちんと家庭を持つべきなんじゃないかしら?」

「そうですよね。人の上に立つ人は、ちゃんと解ってくれるんですね?」と嬉しそうな水沢の長兄。

「上級国民に庶民の気持ちが解ってたまるかよ」と、ふて腐れ顔の山本。

「けど、結婚は双方の意思なんだから、無理やりというのは駄目だと思うの」と米沢。

「だよな。人の上に立つ人は、そうでなくっちゃ」と嬉しそうな山本。

村上はあきれ声で「山本、調子良すぎだろ」


すると水沢は言った。

「あのね、小依、本当は無理に結婚して欲しい訳じゃないの」

「そうなのか?」と水沢の次兄。

「ごめんね、にいも、にいにも、それから山本君のお母さんも」と水沢。

山本母は水沢の手を握って「小依ちゃん」


「ついでに山本君も」と水沢。

山本は膨れっ面で「俺はついでかよ」



「それじゃお前、どうしたいんだ?」と水沢の長兄は妹に訊ねた。

水沢は遠い目つきで言った。

「同棲したいの。芦沼さんと佐竹君が同棲してるの見て、いいなって」

「同棲じゃないんだが」と困惑顔の佐竹。

「でもエッチとかしてるよね?」と水沢。

佐竹は困惑顔で「頼むから俺達の話振るの止めて」


「いつも一緒に居て、したい時にエッチして」

小島が頭を抱え、天を仰いで「小依たんの清純なイメージがぁーーーーーーー」と叫ぶ。

山本はあきれ顔で「お前は黙ってろ!」と小島を一喝。

「して欲しい時にハグして膝枕してあーんして」と水沢。

「おい山本、それが嫌だとか罰が当たるぞ」と涙目の小島。


「お風呂だって、にいにより山本君に髪洗って欲しいし」と水沢。

「俺じゃ駄目か?」と水沢の次兄。

「そうじゃないけど、山本君の方がいいなって」と水沢。

「水沢さんのお兄さんってシスコン?」と芦沼。

「違いますよ」と二人の水沢兄が口を揃えた。


「お料理作ってあげたり」と水沢。

「何が得意?」と秋葉。

水沢は「カップラーメンとかコンビニ弁当とか」

「それ料理じゃないから」と一同声を揃える。

「けど男の人って、そういうの大好きなんだよね?」と水沢。


山本は頭痛顔で「好きって訳じゃ・・・もういい。村上、俺に料理教えてくれ」

「料理教わるなら睦月さんに教われよ」と村上。

山本は「嫌だよ。レパートリーがめんどくさい料理ばっかじゃん」

「真言君が作るのはね、食事じゃなくて餌って言うのよ」と秋葉。

「睦月さん、それは酷いと思う」と村上は口を尖らせた。


山本は溜息をつくと「解ったよ。水沢、一緒に住もう」

「本当?」と嬉しそうに水沢。

「明日からアパートを探すぞ」と山本。

これで一件落着かと、米沢や村上たちは安堵したが・・・。



その時、二人の水沢兄が声を揃えて言った。

「ちょっと待って。山本君がうちに住んでくれるんじゃ無いの?」

「いや、小依ちゃんがうちに来てくれるのよね?」と山本母。

「要するに、山本母も水沢兄も一緒に住むつもりだった訳か」と、村上は溜息。

同棲する山本と水沢が、どちらの家に住むかで会議再開。


山本母は「母と子の絆は絶対です。そうよね? 幸作」

「どういう理屈ですか?」と水沢長兄。


山本は溜息をついて「俺はマザコンじゃないぞ。いい加減、子離れしろよ、お袋」

「そんな・・・。女の子ならそんな冷たい事は言わないのに」

そう言って山本母は水沢の両肩に手を置き、彼女に言った。

「一卵性母子と言ってね、母親と娘は一心同体なのよ。小依ちゃん、私をお母さんと呼んでくれるわよね?」

「えーっと・・・」と水沢は困惑顔。

山本もあきれ顔で「あーはいはい、俺って要らない子なんだよな。生まれてきてごめんな、お袋」



すると山本母は言った。

「何言ってるの幸作、私があなたを母としてどんなに愛してあげたか」

「そういうのは要らないから」と山本。


「小4の時、おねしょの布団を干してあげたわよね?」と山本母。

「止めろ!」と山本。

「小3の時、カブトムシを怖がって泣いたのを、あやしてあげたわよね?」と山本母。

「止めてくれ!」と山本。

「小2の時の雛祭りなんて、こんなに可愛くて」と山本母。

山本は「止めろーーーーーーーー!」


母親が掲げた大きなパネル写真には、女の子の恰好で晴れ着を着た幼い山本の姿。

それを見た秋葉と米沢は「か・・・可愛い」

秋葉は「米沢さん、私、何かに目覚めちゃった気がするの」

米沢は「直人君の小さい頃はもっと可愛かったわよ」

「これだから、こいつら、嫌なんだ・・・」とうんざり顔で山本は言った。



その時、水沢長兄は「まあまあ、お母さん、家族を想う気持ちは誰もが同じです。ここはひとつ多数決で、二体一って事で」

「それはただの数の暴力です」と山本母。

「離れて住んだら小依の髪を洗ってやれないじゃないですか」と水沢長兄。

「それは山本の役目」と芝田。

水沢長兄は水沢の手をとって「なあ、小依。もう、にいと一緒にお風呂に入ってくれないのか」

「あんた本当はシスコンだろ」とあきれ顔の村上。

「普通は年頃の男女は一緒にお風呂に入りません」と山本母。

水沢は「そうなの? 村上君」

村上は困り顔で「俺達に聞かないでくれ」



そこに佐川が「ここはひとつ大岡裁きというのはどうですかね」

「何で佐川がここに?」と山本。

「弁護士の卵ですから」と佐川。

山本母は「弁護士さんは女性の味方ですよね? 子供は母親の所有物なんですよね?」

「いや、そんな法律は無いから」と困り顔の佐川。


「で、大岡裁きって?」と秋葉。

「あれだろ、親を名乗る人が両側から手を引っ張って手を離した方が負け」と芝田。

「小依の手を両側から引っ張るとか可哀想だろ」と水沢の二人の兄。

「本当は手を離した方が勝ちなんだが」と村上。


「ってか山本も居るんだが」と芝田。

「つまり山本君と水沢さんが手を繋いで、それを両側から引っ張って」と芦沼。

「もし山本と水沢さんが手を離したら」と佐竹。

「離婚して元の鞘に?」と秋葉。

「そんなの嫌」と水沢。

「だから本当は手を離した方が・・・」と村上。

「結婚もまだなのに離婚とか」と山本。


「いっそどちらを代表にして」と秋葉。

「山本君なら思いっきり引っ張れる」と水沢の二人の兄。

「男の子だから我慢できるわよね?」と山本母。

「山本君、頑張ってね」と水沢。

山本は青くなって「これって男性差別だろ」

「だから本当は手を離した方が・・・」と村上。

山本は必死な顔で「おい、佐川何とか言え。いじめやる奴に人権なんか無いとか言ってたよな?」



そんな中で佐川は言った。

「いや、大岡裁きってのはそれじゃなくて三方一両損の事で」

「だったら早く言えよ」と泣きそうな顔で山本が言った。

佐川は「面白かったから、つい・・・」


「で、どういう事?」と山本母と水沢兄。

佐川は言った。

「つまり山本家も水沢家も、このカップルとの同居を求めている。だからどちらも彼らと同居させない」

「つまりアパート借りると。だから最初からアパート借りるって言ったんだよ」と山本は溜息混じりに言う。


「家賃が勿体ないよ」と水沢。

佐川は「あのさ、どちらの家も、この少人数で住むには広すぎじゃないのかな?」

「だから?」と一同。

「お母さんとお兄さんに同居して貰って、空いた方で同棲するってのはどうかな」と佐川は言った。

「息子が二人になるのね。賑やかになるわ」と山本母。

「お袋の味かぁ。憧れだったんだよな」と水沢の二人の兄。

これで一件落着かと、米沢や村上たちは安堵したが・・・。



「二人の部屋はちゃんと用意できるからね」と山本母。

「いや、お母さんがうちに来るんじゃ・・・」と水沢の二人の兄。

「先祖代々受け継いだ家よ」と山本母。

「うちだってそうですけど」と水沢の二人の兄。

そんな中で村上が言った。

「まあまあ、そのうち結婚して子供が生まれれば、子育てに親の手も必要になるだろ。ここは家の狭い方で二人が同棲するって事で、どうかな?」

結局二人は水沢の家で同棲する事になった。

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