第216話 それぞれの夢
ゼミの授業が始まる。
同じゼミの仲間が、研究室でわいわいやっていると、自然と各自の研究テーマをどうするか・・・の話題が出る。
理学部の湯山ゼミの新三年生たち。
宮田が話を切り出した。
「芦沼さんは人工子宮だよね?」
「村上君も、でしょ?」と芦沼。
「お前等はどうするんだよ」と村上。
「関沢は神経伝達物質だよな?」と笹尾。
「生体コンピューティングは人工子宮以上に人類の夢だものな」と関沢が目を輝かせる。
「あれは実用化は遠いぞ」と村上。
「芦沼さん見てて思ったんだよ。男なら夢を実現するため人生を賭けてみようかって。生きてる間にフルダイブRPGをやりたい」
「芦沼さんが女を賭けたみたいに?」と宮田。
「男を賭ける訳か?」と笹尾。
「何か切っちゃうの?」と芦沼。
関沢は慌てて「恐ろしい事を言わないでよ」
「いや、パイプカットくらいなら」と笹尾。
「ってかフルダイブRPGとどういう関係?」と関沢。
「デジタルで設定して、どんな場面でも体験できる」と村上。
「月代佳奈芽とでも柴野あかりとでも、やる体験できちゃう」と宮田。
「生身の女、要らないじゃん」と笹尾。
芦沼は笑って「そんなソフトは速攻わいせつ罪で規制だろうけど」
「けどさぁ、関沢ってそんなに女に不自由してるのかよ」と宮田。
「そういう訳じゃないけど」と関沢。
「いや、不自由してるから合コンばっかりやってるんだろ?」と村上が突っ込む。
「あれは彼女の居ない奴のために・・・」
すると芦沼が「けど、人型ロボの操縦法の究極って、やっぱりあれだよね?」
「笹尾は?」と関沢は矛先逸らしを試みる。
笹尾は語った。
「ジャングルの植物って、互いに共生してるって話。狭い場所に膨大な種類の生物がひしめいて、他種が出す生理物質に依存し合うってのがあるんだそうだが、そういう植物に必要な物質を解明したい」
関沢は目を丸くして「まさかと思うが、環境団体にでも染まった?」
「そうじゃなくてさ、ここに農学部の渋谷さんって子が出入りしてるじゃん。あの子が語ってる夢の話聞いてさ。畑の土の微生物と作物の相互依存って、かなりあると思うんだよね」と関沢。
「彼女、彼氏居るぞ」と宮田。
「そういうのじゃないから」と笹尾。
「宮田は?」と笹尾は矛先逸らしを試みる。
「美味しさを感じさせる成分を追及したい」と宮田。
「分子ガストロノミーかよ」と笹尾。
「彼女が調理系サークルに居るから?」と関沢。
「いや、そういうのじゃないから」と宮田。
「けど柏木さんは児童文化研究会だよね?」と村上。
「調理系女子に乗り変える気か?」と関沢。
宮田は焦り顔で「違うから。何でそうなるんだよ。学問と恋愛は無関係だから」
「じゃ、何で味覚方面に?」と関沢が問うのに対し、宮田は語った。
「彼女、保育系だから、子供の相手って体力も神経も使うだろ? だから美味しい物食べさせて元気づけてやりたくてさ」
「いや、いい話だとは思うけどさ、さっき、学問と恋愛は無関係って言ってなかった?」と村上が突っ込む。
「あ・・・」
すると笹尾が「それより村上の彼女も保育系だよな? 中条さんに食べさせるのが、あの男料理でいいのか?」
「里子ちゃんは美味しいって言って食べてるが」と村上。
全員思った。(駄目だ、こいつ・・・)
そんな中で、笹尾は思い出したように「そーいや江口さんもうちのゼミだよな?」
「あの人は腸内細菌の分泌物質が寄主に及ぼす影響って言ってた」と関沢。
「それ、蟹沼先輩の卒論テーマだよね?」と宮田。
すると芦沼が「先輩の卒論全力で手伝う気なのよ」
工学部の犀川ゼミの新三年生たち。
「お前ら、研究テーマはどうする?」と芝田が言い出した。
「芝田は画像コンピュータの延長だろ?」と榊。
刈部が「画像作成の手法はもっと発展するよ。今までは人物中心だったけど、背景とかメカとか動植物とか。背景だったら遠近法を土台に、そこに配置する物件を条件だけ入力して自動生成するとか」
芝田が「入力系を含めて、本当に使えるものにしたいと思う。ハードも含めてな」
「ハードっていうとグラフィックエンジン組み込むとか?」と榊。
「じゃなくて、例えばキーボードとかさ」と芝田。
「刈部は専らソフトで行く訳か?」と小宮。
刈部は答えて「作画システムを拡張して動画作成機能を盛り込むとか」
「剣持って人が作ったみたいな?」と芝田。
「中割や運動曲線以外にも予備動作とかスカッシュ&ストレッチとか、いろんな技法があるんだよね。それを取り込んだり、いろんな物を連動させて動かしたり、どうすれば自然な動きになるか・・・とか」と刈部は説明。
「つまりはエロ動画を作る道具を・・・って訳だ」と榊が笑う。
「これだから男は」と泉野。
刈部は「いいじゃん。性的嗜好は個人の自由だ」
「榊は画像は?」と刈部は矛先を転じる。
「手伝うけどさ、ゼミではシステム周りをやりたい。ОSとか言語とか、そういうのにタロスコンピュータの考え方を取り入れられないか・・・って。あれって実はパソコンだけじゃなくて、身の回りのあらゆる物にコンピュータを組み込んで制御する、整合性のとれたシステムを整備しようって所から始まったんだよ」と榊。
「つまり機器制御だな?」と芝田。
「身の回りの情報機器で扱ういろんなデータは、やり取りできる筈だからね」と榊。
小宮は「俺はネットワークを扱うシステムをやりたい。情報のやり取りって障害だらけだろ? それって伝送速度だけの問題じゃない」
「ポルノ規制の回避とか?」と芝田が笑いながら突っ込む。
「そういう事をやりたい訳じゃなくて、セキュリティとか言論規制とかさ。いろんな外国の戦略が蠢いてるよね? そういうのから俺たちのネットの自由を守りたい」と小宮。
「けど、モザイクには消えて欲しいよね?」と刈部。
「そりゃもちろん・・・って、だから違うって」と焦り顔の小宮。
「これだから男って」と泉野。
「泉野さんは?」と小宮は矛先を転じる。
「立体視の作成システムをやりたい。立体的に見えるものって3Dデータ空間から引っ張ってるけど、普通の手書は書けないよね? それを今の二次元みたいに手書きで書き込む方法を探したい」と泉野。
「つまり立体感のあるショタキャラを描いて愛でたいと?」と刈部。
「いいでしょ? 性的嗜好は個人の自由よ」と泉野。
「これだから男って・・・はどこに行った?」と芝田が笑った。
経済学部の須賀ゼミの新三年生たち。
「秋葉さんは観光戦略かぁ」と栃尾が何気なく言った。
「とりあえず温泉経営ね。栃尾君もだよね?」と秋葉。
「実家の温泉旅館を立て直す手掛かりを探りたい」と栃尾。
「宣伝で客を呼び込むとかも手だよね? 俺は宣伝戦略を考えてるんだが」と寺田。
「ネットの使い方とか鍵になるよね?」と時島。
「そーいや時島もネットかぁ」と寺田。
「いろんな企業がネットを使って情報や物資をやり取りしてるから、そういう調達システムをね」と時島。
「津川は?」という寺田の問いに津川は「俺は手堅く財務管理をやるよ」
「相変らず地味な奴だな」と時島。
「大事な事だと思うよ。そこを疎かにするのは企業にとって命とりだ」と栃尾。
「仲良くしましょうね」と秋葉。
津川は「会社の資金を胡麻化す手口とか期待してないよね?」
文学部の坂口ゼミの新三年生たち。
「中条さんはどんな研究テーマで行く?」と島本が切り出したのに対して、中条が語る。
「自分って何か・・・っていう認識がどう生まれるか、ってのを探ってみたいの」と中条。
「認識心理学だね?」と佐藤。
「アイデンティティだね? 自分が属する集団・・・とか」と佐竹。
「自分はどんな人間で、それによりどう行動するか・・・とか」と中条。
「行動心理学だね?」と佐藤。
「それによってどんな人間になるか」と中条。
「発達心理学だね?」と佐藤。
「何だかいろいろ出てきちゃったけど、結局何なんだろう」と中条は首をひねる。
「自分探しって奴?」と島本。
「かっこいい」と佐竹。
「旅に出なきゃ駄目なのかな?」と中条。
「そういうのは要らないと思う」と佐藤。
中条が「佐藤君と佐竹君は?」と問う。
佐藤と佐竹は「俺たちは教員としての方法論をやりたい」
「俺は生徒の対人関係の心理を突き詰めたい」と佐竹。
「高校生にとって深刻だからね」と島本。
「いじめというゲームって奴?」と佐藤。
「そんな高校生は嫌だ」と佐竹。
「ああいうのって空しくないのかな?」と中条。
「やってる事は、ただの猿山のボス争いだものね」と佐藤。
中条が高校時代の経験を話す。
「高校の同級生で、友達なんて要らない、って言ってる人が居たよ。ぼっち上等って」
「結局そういうのが最強だよな」と佐竹。
「それで結局、友達居なかったの?」と島本。
「そうでも無かったよ。彼女だって出来たし」と中条。
「"なんちゃってぼっち"じゃん」と島本が笑う。
「ってか、友達とかそういうのって、後からついて来るものなんじゃね? 人の評価って、そういうものでしょ?」と佐藤。
「けどコミュ力は必要よ」と島本。
佐竹は語った。
「本当のコミュ力は、伝えたい事をきちんと伝え、相手の言ってる事を理屈で理解する能力だよ。それが何故か、他人に嫌われず、好かれて支配する能力みたいになってる。そのために、内輪でお互いの機嫌取り競争になって、好く嫌うの選別基準が厳しくなって、嫌われないよう戦々恐々。その一方で調子に乗って、嫌って悪口言って虐めてやろうってクレイマーになってみたり。それで言いたい事も言えないとか、本末転倒だろ」
「佐藤君は?」と中条が話を振るのに佐藤が答える。
「生徒の学習意欲、って言っても、勉強って答えを暗記する事だとみんな思ってる。ちゃんと考えていない。考えるって事がどういう事か解ってない奴が多いよね?」
「解ったつもりになってる奴は多いけどね」と佐竹。
「だから、考えるという事が心理的にどういう意味を持つのか考えてみたいんだ」と佐藤。
「考えるという事を考える」と島本。
「考えてるつもり・・・じゃなくて?」と佐竹。
「そう。それを俺は考えてみたい・・・って、俺は本当に考えているんだろうか?」と佐藤。
「どうなんだろう?」と、一同、難しい顔で考え込む。
「まあ、難しい話は後にして、島本さんは?」と佐藤が話を振るのに、島本が答えた。
「私は大学に、恋愛しに来たからね」
「それ、自分で言っちゃう?」と佐藤が笑う。
「つまり研究は適当にこなして遊びに専念すると」と佐竹。
島本は「そうじゃなくて、恋愛心理よ。男を操るための心理法則。学生の本分は学問ですからね」
「怖ぇーーーーーー」と佐竹。
「遊びに専念する方がまだ害が少ないと思う」と佐藤は言った。




