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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第215話 論理のサムライ

新歓祭のブースで新入部員を勧誘する文芸部。

そこで、入部希望者として文芸部のブースを訪れた女子留学生に、いきなり抱き付かれた村上。


「真言君、その人誰よ」と秋葉。

「どこで知り合ったの?」と戸田。

「記憶にありません」と村上は困惑顔。

根本が嬉々として「外国の人よね? まさか買春ツアーって奴?」

「いや、知らないって」と村上は慌てる。


すると芝田が「村上、お前、そんな事やってたのかよ。見損なったぞ。いくら日本で風俗が規制されてるからって」

今度は秋葉が「拓真君、しらばっくれてるけど、真言君をそんな所に連れて行ったの、拓真君じゃないの?」

「そういえば"俺が風俗に連れて行った"って」と中条。

芝田は焦り顔で「連れて行ったとは言ってないから」


困った村上はモニカに「あの、俺たちって初対面だよね?」と確認。

モニカは「直接会ったのは初めてですが」

それを聞いた芝田は「ほら見ろ。何が買春ツアーだよ。とんだ濡れ衣だ」と口を尖らす。

「芝田だって見損なったとか言ってただろーが」と村上が口を尖らす。

「俺、そんな事言ったっけ?」と芝田。



「それで、あなた、真言君の何なの?」と秋葉が質す。

「さっき言ってた"私のサムライ"って?」と中条も・・・。


モニカは語った。

「あれは2年前の事です。この国に留学していた私たちの仲間が、コミケという所で本を買ったんです。正義とは何か・・・について考察したものでした」

「もしかして真言君が書いた"正義の偽物"?」と中条。

「3冊売れたっていううちの一冊かぁ」と芝田。


モニカは続けた。

「そこには、正義という言葉を振りかざす人達の欺瞞と偽りの多くを暴く論理が、事細かに書いてありました。ご存じ無いかも知れませんが、我がヒノデ国は隣国のダイケー国との間で、歴史的な因縁があります。我が国はアジアに欧米近代化の波が及ぶ中で、日本と同様に自力で近代化を達成した数少ない国の一つでした。その過程で、近代外交を受け入れず古い価値観で我が国と対立するダイケー国を支配するに至りました。その後、周囲の国との戦争に敗れたヒノデ国からダイケー国は独立し、相当額の賠償に準ずる資金提供によって、戦後処理も完了しました。なのにダイケー国は今なお、過去の支配の歴史に関わる多くの捏造をもって被害者意識を煽り、様々な紛争案件を仕掛けています」


「知ってるよ。あれに書いた中には、ダイケー国がヒノデ国に対してやっている事がいろいろ載ってるからね」と村上。

「彼が持ち帰ったその本は、ヒノデ語に翻訳されて、多くの仲間たちが読んでいます。私たちの側にこそ正義があると教えてくれたあなたを、仲間たちはこう呼んでいます。"ロジックサムライ村上"と」とモニカは言った。



「じゃ、モニカさんは政治評論を書きたいんだね?」と戸田。

「外交評論って事になるのかな?」と桜木。


「それで、ここではどんな政治活動を?・・・」とモニカは眼を輝かせて訊ねた。

「どんな・・・と言われても」と一同、考え込む。

「デモとか? 署名運動とか?」とモニカが言うが・・・。

「うちはそういう所じゃないから」と秋葉。

「むしろボランティア研がやってるよね?」と渋谷。

「そのブースに寄ったんですが、"ヒノデ国の人間としてダイケー国によるヘイトスピーチに抗議したい"って言ったら、何か白い粉を撒かれました」とモニカ。


秋葉が説明する。

「うちは文芸部だから、小説とか詩とか評論とかを書いて、みんなで論評するのよ。そういうのの一つとして真言君が書いたのが、あの本なの」

モニカはがっかりした表情で「そうですよね。所詮皆さんにとっては他所の国の話ですよね」


「必要な事があったら協力するよ。ダイケー国を批判する評論にアドバイスするとかもね」と、村上は言った。

「作品は図書館やラウンジに置いて、読んでもらえるのよ」と渋谷。

「秋葉さんの作品で、講師を批判してクビにした事もあったよね」と桜木。

秋葉は得意顔で「いや、それほどでもあるけどね」



新歓祭が終わり、新入生を部室に案内する。部室に向かいながら秋葉が言った。

「今年は三人かぁ。もう少し欲しかったなぁ」

「上坂の奴は他に居ないのかよ」と芝田。

「漫研の豊橋と秋谷さんが入りましたけど、ここの漫研に行きました」と中川。


すると秋葉が「何で引っ張って来なかったのよ」

「いや、普通漫研に行くでしょ。あいつらはちゃんと自分の作品を漫画で描けるんだから」と中川。

「そうだよな。俺はストーリーとかダメダメだもんな。人の作品を漫画にするしか能が無いものな」

そう自分で言い、落ち込む鈴木。

中川は「俺、何かまずい事言いました?」



部室に入る。書棚に並ぶ過去の作品の数々。

「読んでみていいですか?」と一年生たち。


モニカがひとつの小説冊子を手に取って読み始める。やがて顔が真っ赤に・・・。

そして「私には刺激が強すぎます」

村上がそれを手に取って確認して言った。

「これ、真鍋のエロ小説じゃん」

「官能小説と呼んで下さいよ」と真鍋が口を尖らせる。

根本が「女性留学生に何てもの見せてるのよ」

真鍋は「いや、俺が見せた訳じゃないし」


「評論って他には、どんなのを書いてるんですか?」とモニカ。

「住田さんはすごいよ。カントとかヘーゲルとか古今東西の哲人賢者をちぎっては投げちぎっては投げ」と村上が笑う。

「村上がサムライなら住田さんははショーグンだな」と芝田。

「それほどでもあるけどな」と住田がドヤ顔。

桜木が「けど、村上がロジックサムライなら住田さんは何ショーグン?」

「ヤリチンショーグンだろ」と芝田。

「ヤリチンって何ですか?」とモニカ。


秋葉が話し始める。

「井原西鶴って昔の人の作品の主人公で世之介って人が出て来るの」

モニカが「カリスマライター西鶴ですか? 知ってます。どんな小説かは知らないのですが」

「アクション小説よ。腰に下げたビックマグナムで遊郭に乗り込み、ちぎっては投げ・・・」と秋葉がいい加減な事を言い出す。

戸田が「留学生に変な事教えるの、止めない?」


そんな話を聞きながら、戸棚をざっと眺めたモニカは「けど、殆ど小説ですね?」

「がっかりした?」と村上。

「文芸部って本来、そういう所なんだが」と桜木。


「芝田先輩も評論ですよね? どんなものを書くんですか?」とモニカ。

「悪い。アニメ評論なんだ」と芝田。

モニカは目を丸くして「素晴らしいです。祖国のみんなが喜びます。みんな日本のアニメのファンなんです」



そして後日、

森沢講師が来校し、部会を開く。


3人の一年生が自己紹介し、部員たちを前に森沢は語った。

「他人から褒められるより、先ず自分自身が納得できる作品を書く事だね。本来、文芸は自己満でナンボだから」

するとモニカが「先生は作品を評価されていないんですね? けど、きっと素敵な作品なんですよね?」


戸田があきれ顔で「森沢先生は人気作家なのよ。それで文学部の兼任講師でここの顧問なの。"日本筆の会"の会員でもあるのよ」

するとモニカは暗い表情で「まさか、あの、ダイケー国によるヘイト運動に賛同している、筆の会の・・・ですか?」

森沢は笑って、言った。

「作家で変な奴は大勢居るから。俺はああいうのを批判する立場なんだ」

「安心しました」とモニカ。


そして「モニカさんは政治評論だね? 今まで何か書いてる?」と森沢。

モニカが持参した文章のコピーを読む。

「村上君が書いてる論理と似てるね?」と森沢。

「駄目ですよね? 受け売りとか言われちゃうのって」とモニカ。

森沢は言った。

「いや、正しい論理はみんなが語って当然だよ。リベルタニストは一般の人から言われた事に反論できないと、すぐ誰某の受け売りだとかケチをつけるけど、反論になってないから。受け売りはダイケーが言ってる事を代弁してるだけの自分達のほうさ。奴等は言ってる事の中味が間違っても意にも介さない。モニカさんのは具体的な事例を語る事で説得力が出ている」



中川が農業評論を書いたものを持参。森沢が感想を言う。

「経済の視点から論じる事で、実社会での有効性が期待できる。農業に関する知識も豊富なのが説得力を高めているね」


真田が短編を持参。

「いわゆる逆ハーレム系だね」と森沢。

「こういうのって男性にはどうなんでしょうか?」と真田。

「主人公が可愛い。何人もの男性に愛されて、きちんと愛を返して」と桜木。

「それなりの女じゃないと、こうはいかないよね?」と村上。


「こういう女性って理想だと思います」と中条。

「中条さんが言うと嫌味にしか聞こえないんだけど」と戸田。

「よく解らないけど、ごめんなさい」と中条。

「いや、中条さんは悪くないから」と桜木。


「けど男に優し過ぎる女も、媚びてるように見えません?」と根本。

「そうですか? 私は普通だと思いますけど」とモニカ。

そんなモニカの言葉を聞いて、女子たちは思った。

(昔の感覚が残ってるのかな?)



部会が終わり、部屋を出ようとする森沢に質問するモニカ。

「森沢先生、近代化する前の日本に拳銃ってあったんでしょうか?」

「無いと思うが」と森沢。

「カリスマライター西鶴のアクション小説に世之介という拳銃使いが出て来るそうなんですが」とモニカが続ける。

「世之介は好色一代男の主人公で、アクションなんて無いよ」と森沢。

「ビッグマグナムって拳銃の事ですよね?」とモニカ。

森沢は「忘れた方がいいと思うよ。それ、下ネタだから」と言って笑った。



翌日、モニカは秋葉に、その事について確認すると、秋葉はスマホで検索した一枚の画像を見せた。

「この、入浴中の女性ターゲットをライフルで狙ってるのが世之介よ」

「殺し屋なんですか?」とモニカ。

「そう。プロはターゲットが男か女かなんて関係無いの」と悪戯っぽい表情で秋葉。

「けど、何だかライフルには見えないんですけど」とモニカ。

「昔の銃はこんな形をしてるの」と秋葉。


その時、会話を漏れ聞いた村上が介入し、二人に言った。

「睦月さん、嘘教えちゃ駄目だよ。それは望遠鏡で女性の水浴びを覗いてる絵だから。睦月さんは人をからかって遊ぶのが大好きなんだよ。騙されないように気を付けなよ。モニカさん」

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