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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
213/343

第213話 さよなら斎藤先輩

春合宿の夜。

夜更けまで評論会は続いた。もう寝ようという事になり、テーブルを片付けて布団を敷いた。

「じゃ、俺は別室に行くから。監督役が居ると、のびのび出来ないだろうからね」と言って森沢顧問は旧教務室に引き上げた。

「おやすみなさい」と部員たち。


布団はとりあえず12枚。各自の布団に寝転んでわいわいやるうち、中条が村上の布団に入り、戸田が桜木の布団に入り、秋葉は芝田の布団に入り・・・。

そして彼らは寝落ちした。



「ねぇ、真鍋君」

その声で真鍋が眠い目をこする。呼びかけた声の主は斎藤だった。

「斎藤さん?」と真鍋は怪訝顔。

「ちょっと、中、歩かない?」と斎藤は真鍋を誘った。



暗い旧木造校舎の廊下を二人で歩く。


歩きながら斎藤は「よく、学校の怪談ってあるわよね?」

「ありますね。二階に上がる階段の十三段目とか」と真鍋。

「この学校にもあったのかしら」と斎藤。

「この校舎に階段は無いですけど」と真鍋。

「保健室の人体模型とか」と斎藤。

「ここの保健室にもありますね」と真鍋。


二人で保健室に入る。

人体模型を見て真鍋は「これが動くんですかね?」

二人は笑った。



不意に斎藤は真鍋の顔を覗き込んで「ねぇ、真鍋君はまだ童貞?」

「そうですけど」と真鍋。

「卒業したい?」と斎藤。

「・・・」

「芦沼さんに誘われて断ったのって、冗談だと思ったんでしょ?」と斎藤が言うと、真鍋は溜息をついて言った。

「お見通しでしたか」


そんな真鍋を見て斎藤は「男の子って、経験が無いと、知らない故の憧ればかり募って、身動きとれなくなるのよね。だから"十人の熟女に土下座してお願いしろ"とかゲスな事を言う人もいるくらい」

「そうですね」と真鍋。

「貰ってあげようか?」と斎藤は笑顔で言った。

「・・・」

斎藤は「私じゃ嫌?」


真鍋はおろおろしながら「斎藤さん、綺麗だし、俺、憧れてました。けど・・・」

「教職に就いちゃうと、下手な事が出来なくなるでしょ? だから、今のうちに・・・って思って」と斎藤は言って真鍋の頬に手を当てた。

「俺・・・」と真鍋は口ごもる。

「可愛いよ、真鍋君」

そう言って斎藤は真鍋の頭をつかみ、唇を重ねた。  


行為が終わって、冷静さを取り戻すと、真鍋は言った。

「そういえば、鈴木も確か・・・」

「鈴木君の童貞、さっき貰ったわよ」と斎藤は笑顔で言った。



翌朝、部員たちは起床し、女子たちは朝食の用意をした。

と言っても実態は、昨日のおかずの残り。

そして昼食用のお握りを作る。


朝食を食べながら、住田が話す。

「そういえば、以前、ここの民話を調べている時に聞いたんだが、この分校に、七不思議じゃないんだけど、怪談めいたものがあるんだそうな」

斎藤がノリノリで「どんな話?」

住田は語った。

「若い養護教諭が小学校六年の男児と仲良くなって、とうとう一線を越えたって言うんだ。それが露見して養護教諭は周囲から非難されて自殺したと。その後、ここの保健室で夜な夜な・・・」



三月も末となり、卒業式の日が来る。

部員たちは部室での卒業コンパを計画し、寄せ書きを用意する。

色紙に書き込むために集まった部員11名。森沢顧問も居る。

色紙の上に「斎藤千鶴先輩、卒業おめでとうございます 春月県立大学文芸部一同」


「先ず先生、お願いします」と住田が色紙を差し出す。

森沢は「普通は顧問は最後に書くものだろ?」

「真ん中の一番目立つ所に書いて下さいよ。有名作家が書いたものなんだから、記念館でも出来たら展示品になり得るじゃないですか」と住田。

「自分が書いたものがそういう所に飾られるとでも期待してるのかよ。ってか記念館なんて出来ないから」と森沢はあきれ顔。



とりあえず、色紙に当たり障りのない一文を書く森沢。

「次に住田先輩、お願いします」と秋葉が住田に色紙を差し出す。

住田はサラサラとサインペンを走らせて「お前は最高の女だったぜ、マイハニー」

それを見て部員たち唖然。

そして「気持ち悪すぎじゃないですか」

困り顔でそう言う後輩たちに住田は「それがいいんじゃん」と涼しい顔。


「だったら・・・」

そう言って、好き勝手書き始める部員たち。

曰く「千鶴さんは俺たちの女神です」「先輩大好き」「あの夜の事は一生忘れません」「お姉さまと呼ばせて下さい」「女として勝てなかったのは先輩だけ」



みんなで読んで盛り上がる。

「これってセクハラじゃないの?」と戸田。

「有名作家の一筆が台無しじゃん」と根本。

「村上先輩、これじゃ斎藤さんとやった事があるみたいじゃないですか?」と真鍋。

「真言君は二日間だけあの人と付き合ったのよ」と秋葉。

「えーっ?・・・・」と部員たち。



卒業式が終わり、全員で斎藤を迎えに行く。

部室でお菓子と飲み物を並べて、みんなでわいわいやる。

「女子高生を卒業し、女子大生を卒業して、いよいよおばさんね」と言って笑う斎藤に戸田は言った。

「何言ってるんですか。女教師は大人女子三大ブランドの一角でしょ?」


「どんな男子高生を狙いますか?」と真鍋。

「イケメンで将来性があって女子にモテて」と斎藤。

「それから?」と後輩女子たち。

「会話が面白くて細マッチョでスポーツマンで」と斎藤。

「それから?」と後輩女子たち。

「成績が良くて生徒会長で家が金持ちで」と斎藤。

「それから?」と後輩女子たち。

「みたいなのはどうでもいいから、優しい子がいい」と斎藤。

後輩女子たちは「えーっ?・・・・」


鈴木と真鍋は「やっぱり斎藤さんは女神だ」と口を揃えた。

そして斎藤は続けて「それと、年とか気にしなくて浮気に寛大で料理が上手で子供好きで浮気しない」

「先輩、そんな奴居ませんよ」と鈴木と真鍋は口を揃える。

「後、子供が生まれたら専業主婦やらせてくれて、家計は小遣い制は絶対ね」

「駄目だこりゃ」と村上・芝田・桜木。



冗談話が盛り上がった所で寄せ書きを進呈。それを読んで大笑いして斎藤は言った。

「何よ、このお世辞の羅列は?」

「失くさないで下さいね」と後輩たち。

斎藤は「失くさないわよ、文豪の自筆ですからね。ところで、この隅に貼ってあるシールは何? 剥がしちゃ駄目って書いてるけど」

「絶対剥がさないで下さいね。絶対ですよ」と後輩たちは口を揃えた。



住田も斎藤もビールを飲んで、ほろ酔い気分で後輩たちと騒ぐ。

そんな斎藤に村上が話しかけた。

「さっきの優しい人って、もしかして駆け引きの恋愛に疲れたって事じゃないですよね?」

「もしそうだとしても村上君、私のものになってくれないわよね?」と斎藤。

村上は「まだ一人になってませんから」


そして村上は、ずっと気になっていた事を尋ねた。

「ところで、岸本さんと男性を取り合ったって言ってたけど、どんな人だったんですか?」

「村上君も会った事があると思うわよ」と斎藤。

「それって・・・」と村上。

斎藤は「米上製薬の志村さんよ。当時私が高校三年で彼女が高校一年。ああいう人だから女子高生に手を出そうとしなかったの。そしたら彼女、手錠を使ってね」



宴も終わり、部員たちは帰宅。斎藤もアパートへ戻って引き払う準備に入る。

片付が一段落してコーヒーを飲み、一息ついて、あの色紙を出して眺める。

隅に貼ってあるシールが気になる。剥がしちゃ駄目と書いてある。

(剥がすなと言われると剥がしたくなるのよね)


湧出る好奇心に突き動かされて、そっとシールを剥がす斎藤。

それを剥がした所に小さな字で一言。

「全部冗談なので本気にしないように」



斎藤はしばらく唖然。そして笑った。

笑いながら、ある人物の顔が浮かぶ。そして(しばらく音信不通だったわよね)と心の中で呟く。


スマホの電話帳を操作して発信ボタンを押す斎藤。

電話が繋がると「もしもし 岸本さん? 久しぶりね」

「斎藤さん? そういえば大学卒業だったわよね。春月県立大」と電波の向こうの岸本が答えた。

「村上君、憶えてる?」と斎藤。

「彼も県立大だったわね」と岸本。

「サークルの後輩だったのよ。岸本さんも彼、抱いたんでしょ?」と斎藤。

「一回だけね」と岸本。

「後輩達から寄せ書き貰ったの。村上君が何て書いたと思う?」と斎藤。

「何かいい事書いてあった?」と岸本。

斎藤は「あの夜の事は一生忘れません・・・だってさ」


岸本は笑った。そして言った。

「もしかして色紙の隅にシール貼って無い? 剥がしちゃ駄目って書いてて、剥がすと全部冗談だとか書いてるとか」

斎藤、唖然。そして「何で知ってるのよ」

岸本が言った。

「村上君が居たって事は、秋葉さんも居たんでしょ? あの人がやりそうな事だわ」

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