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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
212/343

第212話 山里の合宿

3月、文芸部で春合宿の計画を立てる。


部長の住田が「どこに行きたい?」と言うと、真鍋が「温泉ですよね?」

「それ、秋葉さんの趣味」と渋谷。

秋葉は「温泉の無い観光地なんて餡子の入ってない鯛焼きみたいなものよ」

「いや、観光に行くんじゃなくて合宿だから」と桜木。

「今まで毎回温泉だったじゃない。だから、これからもそうしなきゃ」と秋葉。

「どこかで聞いたような理屈だな」と芝田。

「相手国の好意で特別に優遇措置受けてるうちに当たり前みたいに思っちゃって、条約やぶって優遇撤廃されたら怒って暴れ出すどこかの国みたい」と村上が笑う。

秋葉は「私をそんな国と一緒にしないでよ」



その時、斎藤が言った。

「星ヶ平って所があるの。私にとっては最後のサークル活動だし、一度行ってみたかったのよね。廃村になった村の分校の建物が宿泊施設になっててね」

「いいですね」と部員たち。

「でもそれ、温泉、無いんじゃ」と秋葉。

「だから秋葉さんは自分の趣味押し付けない」と戸田。


備え付けのパソコンで桜木が検索すると、旅行ブログに乗っている。それを見て部員たちがあれこれ言う。

利用者のコメントのページがある。

そこを開け、あれこれ書いてある感想コメントを読む。

「星ヶ平温泉とか言ってるよ」と桜木が言った。

秋葉が乗り気になる。

「昔ながらの野性的な雰囲気とか」と戸田もコメントを読む。

「いいわね」と秋葉。

「近くに伝説の湖だって」と村上もコメントを読む。

「楽しみだなぁ」と秋葉。



当日。

三台の車に分乗して13人で現地へ。

森沢が地元の観光課の出張所で手続きし、鍵を渡される。

車に戻った森沢は「電気ガス水道は使えるようになってるそうだ」


川沿いの道路を走って谷あいを抜けた小規模な盆地。

周囲に雪を纏った険しい山々が聳える。そして目的地へ。


車を降りて建物を前に、めいめいがあれこれ言う。

「これがその施設かぁ」と住田。

「木造校舎だな。懐かしいな。昔の学校はみんな、あんなのだったよ」と森沢が言った。

「ああいうのが出て来るアニメもあるよな」と芝田。

村上は笑って「生徒数が少なくて一年生から六年生まで同じ教室だから、勉強の中身が全部プリントで、先生は堂々と居眠り」

「駄菓子屋はあるかな?」と真鍋。

「だから廃村だってば」と鈴木。



鍵を開けて中に入る。

廊下から広い部屋に入って「ここが教室だった所ね?」と斎藤。

広い部屋に畳が敷いてある。同じような部屋がもう一つ。

「教室は低学年用と高学年用かぁ」と斎藤は感慨深げに言う。

「他は何だろう」と秋葉。

芝田が「探検するか?」と言い出す。


教務室に保健室に給食室。

給食室の炊事場を見て秋葉は「ここで炊事をやる訳ね?」

「食材はここで調理すると?」と戸田。

隣の部屋の入口を見て芝田が「用務員室ってのがあるぞ」

「昔は用務員ってのが居た訳ね?」と中条。

桜木が「それ、今の技術員さんだから」


戸田が「作業室がお風呂場になってるみたい」

「星ヶ平温泉、覗いてみようよ」と村上。

「誰も入ってないよ」と真鍋。

根本はあきれ顔で「そういう覗きじゃないから」



部屋の壁際にぼつりとドラム缶。壁の向こうに風呂焚きの設備があるらしい。

「ドラム缶風呂だね」と村上。

「確かに昔ながらの雰囲気だ」と桜木。

「野性的ではあるわな」と芝田。

「これ、詐欺じゃないの?」と秋葉は口を尖らせた。



昼食の弁当を食べて、外に出て村跡を巡る。

神社の跡には鳥居と狛犬。寺跡の石仏と墓地。いくつか茅葺民家の残骸が見える。

雪がまだあちこちに残っている。


村跡の外れに広がる森を指さして、森沢は言った。

「あの森の奥に湖があるんだ」

「森の中は雪、積もってますけど」と芝田。

森沢は「夏はむしろ藪で歩きにくいんだよ」

「雪の上だから歩きやすいって訳だな? よし村上、競争だ」と言って、はしゃぐ芝田。

「おい、ちょっと待て」と森沢は言って制そうとするが・・・。


何も考えず走り込んだ芝田はたちまち雪に足が沈む。

芝田は「これ、歩けませんよ」

「当たり前だ。お前だって雪国育ちだろーが。これを付けるんだよ」

そう言う森沢が持っているそれを見て、村上は「かんじきですね?」


木の棒を曲げて輪にしたものに縦横に縄をかけた二つ一組の道具が、かんじきだ。

真ん中の部分を靴に縛り付け、これを踏んで雪の上を歩く。

「これなら靴が沈みませんね」と村上。

森沢が「気を付けて歩けよ。片足を動かす時、もう片足のかんじきを踏まないようにしないと・・・」

言い終わらないうちに、中条が転んだ。

「ああなるから」と森沢。


「里子ちゃん。注意して歩いてね」と村上が注意を促す。

「うん」と言った中条が、また転んだ。

「これ、歩きにくいね」と中条。

村上は「おんぶしてやるよ」

「かんじきは接地面積を広く取るから足が沈まないけど、重くなれば少しは沈むぞ」と森沢が言う。


村上は中条をおんぶしながら、足元の雪を踏んで確認。

「大丈夫そうです」と村上。

すると秋葉が「ねえ、拓真君、私もおんぶしてよ」

「里子をおんぶしても沈まないのは、あの人が軽いからだよ」と芝田。

秋葉は芝田の後頭部をハリセンで叩いて言った。

「どうせ私は重いわよ」



しばらく歩く。

森の木々が途切れ、水面が広がる。その手前に、雪に埋もれかけた石の祠と鳥居。

森沢講師がその湖にまつわる伝説を語った。



この湖の主の大蛇が、美しい青年に姿を変え、村長の娘の元を訪れた。そして娘は青年に恋をした。

青年は毎晩娘の元に通い、二人は愛し合った。

だが、次第に娘は体調を崩し、顔色は生気を失った。

村長は心配して寺の住職に相談した。住職は言った。

「通ってくる青年は恐らく魔物です。今夜来たら、針に糸を通して、彼の袖に気付かれぬよう刺しておきなさい。帰った後でその糸を辿れば、正体が解るでしょう」

娘は住職の言う通り、青年の袖に針を刺した。

翌日、村長と娘は糸を辿ると、糸は森を抜けてこの湖に入っていた。そして水面から大蛇が現れた。

眉間には、袖に刺した筈の針が刺さっていた。大蛇は言った。

「あなたの元に通っていた青年は、私が変化したものです。鉄の針は大蛇の体には毒なので、私はもうすぐ死にます。けれどもあなたのお腹には私の子がいます。きっと強い侍になるでしょう。大切に育てて下さい」

やがて娘は男児を産み、成長して大力をもって活躍する武士になって多くの手柄を立てたという。



話を聞いて、好き勝手言う部員たち。


「いわゆる托卵ってやつだね?」と芝田。

「いいなぁ」と真鍋。

「男のロマンだな」と住田。

「いや、大蛇、死んじゃうんだけど」と鈴木が言う。

すると村上が「それより女子たちの目が怖いんだけど」


芝田が慌てて「言っとくけど、これ全部冗談だからね」

「シャレにならないわよ。特に住田君が言うとね」と斎藤が言った。



宿に戻った。

畳部屋で部員たちが一服すると斎藤が「お風呂にする? 夕食にする? それとも・・・」

「ここは"私に"・・・ってのがいいと思います」と真鍋。

「調子に乗らない」と戸田がピシャリ。

真鍋は「そういうギャグじゃないんですか?」

斎藤はあきれ顔で「いや、論評会始めますか?・・・って言おうとしたんだけど」


「そーいや合宿に来たんだっけ」と真鍋。

「忘れてたのかよ」と桜木。

「夕食には早いから、お風呂にしたら? ドラム缶風呂じゃ一度に入れないから」と斎藤。



やがて風呂が沸く。

どう入るかで部員たちが頭を悩ます。

「さすがに13展開は時間が・・・なぁ」と桜木。

「詰めれば二人、入れるだろ」と芝田。


中条は「真言君、一緒に入ろうよ」

秋葉は「じゃ、拓真君は私とね」

根本は「桜木先輩、私と・・・」

すると戸田が怖い目で根本を睨んで「私と・・・何だって?」

根本はしゅんとして「何でもないです」


「じゃ、住田君」と斎藤。

すると住田が「俺たち、別れたんですよね?」

「別れたんですか?」と真鍋。

「もうすぐこの学校から居なくなるからね。住田君、早速女の子に声かけまくってるわよ」と斎藤。

「斎藤さんは男子高校生捕まえるんですものね」と戸田。

「くれぐれも犯罪にならないようにしなよ。教員は聖職者だからね」と森沢。

斎藤は「解ってますよ。で、住田君、まさか根本さんか渋谷さんと入るつもりじゃないわよね?」

「解りました。斎藤さんで妥協します」と住田が笑う。

「何か言った?」と斎藤。


「まさか俺たち、男同士で入るのかよ」と真鍋。

「それは嫌だな」と鈴木。

渋谷が「真鍋君、私と入る?」

「いいの?」と真鍋。

「私だってレズじゃないし」と渋谷。

すると根本が「仕方ないわね。鈴木君、一緒に入ってあげるわ」

「一人くらい単独でもいいんじゃ」と鈴木。

根本は「私とは嫌とか言わないわよね?」



中条とドラム缶風呂に入る村上。狭い中で自然と体が密着する。

その感触を楽しみながら、中条は「まるで外で入ってるみたいな気分になるね」

「狼でも出てきそうだな」と村上が笑う。

中条は「出てきたら、守って戦ってくれる?」

村上は「逃げるさ。里子ちゃんをおんぶしてね」

「真言君らしい(笑)」と中条。



女子達が夕食を作り始める。

「何を造るの?」と根本。

「またカレー?」と戸田。

「いろいろ作るわよ。調理道具だってあるし」と斎藤。

秋葉が「酒の肴も必要だし」


持ち込んだ米を、備え付けの炊飯ジャーで炊く。

味噌汁を煮る。サラダを作る。

野菜とソーセージを炒める。


芝田が調理場に「肴って事で漬物買ってきた」と、おかずを持ち込む。

「気が利くわね」と秋葉。

桜木が「ビニールパックの佃煮だ」

「美味しそう」と中条。


「冷凍食品のシューマイだが」と村上。

芝田がそれを見て「溶けてるぞ」

「悪くはなってないから」と秋葉がそれを受け取る。


「俺はこれを」と真鍋が持ち込んだパックを見て桜木が言った。

「生鮭じゃん。悪くなるぞ」

「さかなを・・・って言われたんで」と真鍋。

「肴ってのは酒を飲む時のおかずの事だ」と住田が笑う。

パックから出して匂いをかいでみて、秋葉は言った。

「まだ悪くはなってないわね」


「やっぱりご馳走と言えばハンバーグだよね?」と鈴木。

「ビニールパックの奴ね。これは美味そう」と根本。

「けど、ご馳走=ハンバーグって小学生の発想じゃね?」と芝田が言った。



森沢と住田が持ち込んだウイスキーや焼酎を出し、水で割ってみんなで飲む。

わいわいと宴が始まる。

「そろそろ評論会、始めるか」と森沢。

「かなりみんなアルコール入ってますけど」と村上。

「適度なアルコールは口の回りを良くするぞ」と住田。



論評会で、部員たちの作品が次々に俎上に乗り、他の部員たちが意見を言う。

最後に森沢が言った。

「住田君はこれから卒論だが、書きたい事は決まったかな?」


住田は改まった表情で言った。

「儒教、特に朱子学についての批判を書こうと思います」

「それは意外だな。君はむしろ西洋思想が得意分野だと思ったのだが」と森沢が言う。

「アジアでの様々な問題の根底にあるのが、それだと思うんです。特に、最近隣国とかなり異常な形で問題を起こしているダイケー国は、近代以前に北方の中国の間接支配を受けて入った朱子学が全面的な影響を及ぼすようになりましたからね」と住田。


「村上君の書いた正義の偽物に出てきたような話だね? 例えばどんな・・・」と森沢。

「根本的な問題は儒教が君主による支配を正当化するため、徳治主義と称して君主の道徳性を主張し、その主観的恣意的判断を正当性の根拠とした事ですね。君主だけでなく、その下の支配者層⇒庶民といった身分的なヒエラルキーを、上位者の道徳性によるものと称してその恣意を権威化し、"論理による正当性の証明"に基かない上位者の主張を正当とする思考で、社会認識を固定化した。そのため決定権を持つ上位者を決めようと、社会のあらゆる関係性の中に上下関係を持ち込んで、近代に至っても"本来の人権の根幹"である"対等"の概念を拒絶してしまう」と住田。


「それが、偏見的・差別的価値観から抜け出せない思考の元になる訳だね?」と森沢。

「だから無条件で他者を支配できる上位者の立場に立つ事が人々の欲求となり、他者に対して自らを上位に置こうとマウンティング願望が居座り、その対象である他人との上下争いが常態化する訳ですね?」と住田。

「その上位たる資格とする道徳性と実力が自分にはあるんだ・・・と」と森沢。

「それを主観によって強引に主張する。主観だから、その主張の論理的な正しさとは無関係に自らが言葉で主張し、相手が同意する事によって成立する。だから逆に、相手が自分を批判したら、その道徳性を否定したと受け取って、それが論理的客観的に事実であっても、感情的な怒りを見せて威嚇し、逆ギレによって口を塞ごうとする」と住田。

「それが"面子を傷つけられた"・・・という状況だね?」と森沢。


「議論がひたすら非論理的な感情に走り、脅しや騙しや利益取引のようなやり方で言質をとって、形式的な合意を演出すしようとする。詭弁に頼る論理もどきになる。それを感情で正当化しようと、自分を美化し相手を貶めるイメージ操作にどっぷり浸かって、議論の呈を成さなくなる」と住田。

「儒教でも、陽明学の主観論に対して朱子学は客観論って事になってるよね?」と森沢。

「彼らが客観論と称するものの中身は陰陽五行思想の呪術的な宇宙論ですから、本当の合理性じゃない。主観論を自覚していた陽明学と違い、自分達が正当化する主張を客観事実と言い張る。彼らの客観的正当性と称するものの基本は名分論だけど、これは結局身分の事で、上位者が言ったとか、昔からそうだとか、そういうのを論理性無しに客観事実と言い張る訳ですよ」と住田。


「朱子学は日本にも入って幕府の学問になって、面子って言葉も日本語になってますよね?」と戸田。

「日本では幕府の保護に甘んじて適当なものになっている。むしろ朱子学を批判した古学から、経世済民思想が合理的な経済実利の学問として派生して、近代化の土台になった。それと江戸以前に仏教思想の影響を受けた"道理"思想というのが思想文化の土台の大きな部分になってる」と住田。

「けど、日本にも、ダイケー国並みに悪い意味での朱子学の権化みたいなのが居ますよね?」と桜木が言う。

森沢は「鳥居耀三だね? 彼は幕府の朱子学を担う林家の出で、鳥居家の婿養子に出たんだが、天保改革での贅沢禁止令を担って南町奉行として庶民を苦しめ、能力者や実学知識のある蘭学者を妬んで、権謀術策で権力者に取り入り、上に媚び下を抑圧して社会の足を引っ張り続け、終には失脚する訳だ」


「ダイケー国は朱子学に全面的に依存している上に、あの国独自の性格を帯びた朱子学になって、中国に支配されて属国としてそれに服従し圧迫を受け入れる代わりに下の者を見下す事大思想とか、言葉尻による観念論で自分達こそ世界の上位だと言う小中華思想とかが、彼らの国の行動に影響している」と住田が続ける。

「事大思想は社会心理で言う抑圧委譲ですね。小中華思想は典型的な精神勝利法ですよ」と村上。

「あの国では自分が他者の上位に立とうという欲求が実現できない事を、自分のプライドが傷つくって事で、正義に反する現実と思い込んで悲憤慷慨する風潮がある。それを思い込みの中ででも跳ね返えそうと強引なマウンティングに走るのが"恨み思想"だね」と森沢。

「あれって本人たちは美しい向上心だと言ってますけどね」と村上。

「その向上心の中身が、努力や社会的貢献を度外視した社会的名声への渇望だからな。それでノーベル賞が自国から出ない事を嘆いたり、親が子に受験戦争で過大な重圧を強いて、精神的なトラウマになったりする。自己愛性人格障害という症状はこういう環境から出るって言うよ」と住田は言った。

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