第211話 学生たちのバレンタインパーティ
斎藤の卒論が一月末に提出されると、まもなく、半月後に近付いたバレンタインデーにみんな浮足立つようになった。
芦沼が文芸部に相談に来た。
「去年は全然考えて無かったんんだけど、大量に貰ったんで、今年は何か用意しようかと思うんだけど」と芦沼は女子たちに・・・。
「手作りチョコとか?」と戸田。
「けど、あれって溶かして固めるだけよね?」と村上。
「手をかけたって事に意義があるのよ。女の甲斐性の問題よ」と秋葉。
「別に一袋いくらの一口チョコでもいいんじゃね?」と芝田。
「それだといくら何でも」と芦沼。
「それに、三倍返しの基でもあるからね」と根本。
すると渋谷が「そういう時はカカオ豆から自家栽培した究極の手作りチョコはどうですか?」
「渋谷さん、まだそれやってたの?」と秋葉が笑う。
「温室のカカオの木はまだありますから」と渋谷。
「っていうか、甘いものを食べて幸せを分かち合うって言うなら、チョコでなくてもいいんじゃ・・・」と中条。
桜木が「だったらスィーツパーティってどうかな。各自持ち寄りで」
「だったらお汁粉だね。お正月の餡子とお餅が大量に余ってる」と真鍋。
「有難みが無くなるなぁ」と根本。
「またショコラ大福って手もあるぞ」と村上。
秋葉が「それともまたクリームパン持ってくる?」と悪戯っぽく笑う。
「クリームパンって?」と戸田。
「この2人、高校の時のパーティで、パンケーキと称して食パンにクリーム塗った奴を持ってきたのよ」と秋葉が笑う。
すると真鍋が「クリームなら、実家にたくさんありますよ」
「なるほど、未調整牛乳かぁ。売ってる牛乳ってのは、ある意味クリームを薄めたものなんだよね」と村上。
「知ってる。薄めて量を水増しして儲ける詐欺商法だよね?」と戸田。
真鍋が困り顔で「人聞きの悪い事言わないで下さいよ。調整しないと水分と脂分が分離して牛乳じゃなくなるんですよ。ミルクってのは水と油を混ぜたものだから」
「混ざらないよね?」と根本。
村上が解説。
「攪拌して微細な粒にするんだよ。水に油を入れて振ると水中の丸い玉みたいになって漂うでしょ。普通はそれが次第に油どうしくっついて玉は大きくなって上に浮いて分離するんだけど、浮かぶ油の玉を無数の、目に見えないくらい細かいのにすると、白濁したミルクになる。その油の部分がクリームだよ。絞った牛乳は未調整だと、次第に脂=クリーム分が浮いて、水の上にクリームの層ができる。だから水を足して攪拌して粒をさらに細かくして、脂分どうしがくっつかないようにするのさ」
「つまりその、分離したクリームを貰ってくれば、いろんなお菓子が出来ると」と渋谷。
「作って試食するみたいなのも、いいね」と戸田。
「じゃ、さっそく実家から」と真鍋。
「っていうより、ここにも乳牛、居るよね?」と渋谷が指摘した。
農学部の人達に呼び掛けて、お菓子の試作会を計画する。
酪農部門の実習棟に居る乳牛から絞った未調整牛乳から分離したクリームが大量に持ち込まれる。
戸田が言った。
「文学部の竹下さんがパティシエ研究会に居るから、声をかけてみるわ」
十数名が集まってお菓子作り開始。
「先ず、スィーツと言えばケーキよね?」
秋葉と竹下、そしてパティシエ研究会の女子達が、小麦粉と卵でパン生地を作る。男子達が手伝う。
完成したケーキを見て、男子たちは「美味そうなケーキだな」
「クリームをたっぷり塗って、とろけそう・・・って言うか」と鈴木。
「けどクリーム、まだあるよね?」と真鍋。
農学部の学生が袋入りの何かを持ち込んで、言った。
「稲作部門からもち米持って来た。餅菓子を作ろうよ」
餅米を蒸かして餅を作る。
「クリーム大福にしようか」と農学部生が言い出す。
女子たちも「賛成」
餅を伸ばしてクリームを包む。
「クリーム、溶けちゃうんだけど」と農学部生。
「つきたての熱い餅に触れたら溶けるのは当たり前よ」とパティシエ研究会の竹下。
「それより、小麦粉があるんならクレープが作れるんじゃ」と別の部員。
「果樹園芸部門から果物を貰って来た」と別の農学部生。
「切ってケーキに乗せようよ」パティシエ研究会の部員。
袋から果物を出す。
「それ、リンゴだよ。柔らかいケーキに固いリンゴって・・・」と渋谷。
「リンゴならアップルパイだよね」と秋葉。
「レモンもあるぞ」と農学部性。
「どう使うんだ? 砂糖漬けにでもするか?」と芝田。
「もっといいものが作れるよ」と真鍋が言い出した。
レモン汁を牛乳に混ぜて凝固したものを容器の中ほどに固定したガーゼで濾す。ガーゼから水分が容器の底にポタポタ垂れる。
この容器を冷蔵庫に保管して、一晩。
翌日、ガーゼの中に黄色い物質が溜まっていた。
「このクリームみたいなのは?」と根本が聞く。
「チーズだよ。保存加工前のレアチーズさ」と真鍋が説明。
「チーズって酸味で牛乳を固めるのかよ。ヨーグルトと違うのか?」と鈴木が聞くと、真鍋が解説した。
「ヨーグルトは脂分が無いだろ。あれは乳酸菌で出来た酸味で固めるために成分の分解が起こる。チーズは脂分が残るから、あのとろ味がある」
見ていた面々があれこれ言う。
「牛乳を沸かして表面に張った膜を固めたのがチーズだって聞いたけど」
「ヨーグルトの水気を抜いたチーズってのも聞いた事がある」
「いろんな文化にいろんなチーズがあるからね。基本的に乳を固形化するのがチーズだよ」と真鍋が説明。
「牛乳に生えた青かびを固めるって聞いた」と、いつの間にか参加していた早渡。
「そんなチーズは嫌だ」と佐藤。
「それはチーズを発酵させるのに青かびを使うって話で、カビ自体を固めたチーズなんて無いよ」と真鍋。
農学部の先輩が「甘味なら、養蜂実習の時の蜂蜜がある」と言い出して、液体の入った瓶を持って来る。
そして「蜂蜜を元に作った飲み物なんだが、旨いぞ」と言って瓶を開ける。
文学部の柏木が一口飲んで「これ、お酒ですよね?」
そう問われて「蜂蜜酒さ」と・・・。
「スイーツじゃないよね?」と柏木。
こんな馬鹿騒ぎが数日続く。
話を聞いて文学部女子たちも参加。そしていろんな学部の学生たちも集まる。
住田と斎藤は居ない。住田は自分のバレンタインデーを満喫しようと校内をうろうろ。斎藤はそれを追いかけて牽制。
そして当日。
「渋谷農園究極自作チョコ。自家栽培のカカオ豆から作りました」と渋谷が例のチョコを持ち込む。
「そりゃ、凝り方が違うな」と佐竹。
みんなで一口食べてみる。
「滅茶苦茶苦いんだが、無糖?」と理学部の男子。
渋谷は「だってうち、サトウキビまでは栽培してませんから」
「そこまで自家栽培使わなくてもいいと思うが」と農学部の男子。
村上が「渋谷さん、これ、高校でクラス全員に配ったんだよね? 貰った人、何て言ってた?」
渋谷は「それが、誰も感想を言ってくれなかったんですよ」
その時、工学部の男子数名が機械を持ち込む。榊や刈部、泉野も居る。
「来たか、お前等」と芝田が片手を上げた。
「工学部だが、ご注文の品を待って来ました。三次元形成装置だよ。コンピュータの三次元形状データを元に立体成型するハイテク機械。チョコを使えるように改造するのにかなり苦労したけど、これでどんな手作りチョコも作れる」
女子達が集まる中を榊が説明。そして言った。
「サンプルなんだが、こんなのも作れる」
「柴野あかりのフィギュアだね?」と文学部の竹下。
「こんなのも」と榊は別のサンプルを出す。
「それ、エロフィギュアだよね?」と不審そうな目で見る女子達。
更に榊は「女性用のも作ってあるよ、思いきり傘の張った奴」
「女性用じゃなくてセクハラ用じゃないの?」と女子たち。
「入れると溶けちゃう」と小宮が茶々を入れる。
「どこに入れるのよ?」と文学部の梅田。
「まあ、見てよ。乙ゲー花のイケメン武将大戦の真畑幸町だよ」と言って榊はそのサンプルを出す。
鎧を着た長髪のイケメンが、番傘を肩にポーズを決めている。
「傘の張ったって、そういう事?」と竹下。
「何だと思ったの?」と榊。
竹下は「うるさいわね」
はしゃぐ女子たちは口々に言った。
「私、作ってみたい」「私も」
榊は「自分に似せた人形作って、私を食べて・・・とか言うんでしょ? 3頭身ディフォルメの小さい奴なら一度に12個作れます。髪型は16種類あるから、好きなのを選ぶといいよ」
機械に繋いだパソコン画面のメニューに、顔と髪型と服装の選択肢。
組み合わせて自分に近い姿のチョコ人形に。
これを見た秋葉は工学部の学生たちに「あなた達、これを商売にして売り出す気、無い?」
「秋葉さんは自分の人形を作るより、まずそっちに頭が行く訳ね?」と工学部の曽根。
秋葉は「私は買う側より売って儲ける側の人間なのよ」
機械を持ち込んだ工学部の学生も混ざって、お菓子を食べながら、わいわいやる。
人形の形にしたチョコを持って、好きな男子や仲のいい男子の所に行く女子達。
「何だかなぁ」と桜木が笑う。
そんな桜木に戸田と根本が自分の人形チョコを差し出して「これ、貰って」
「チョコはかなり貰って食べたから、ちょっと胸やけ気味なんだが」と桜木。
「誰にそんなに貰ったのよ?」と戸田が口を尖らす。
桜木は「戸田さんと根本さんだよ。大きなハート型のやつ、くれたじゃん」
「そうだっけ?」と、戸田と根本。
すると中条が「私も作ったんだけど」と言って人形チョコを差し出す。
「ありがとう中条さん」と桜木は笑顔で受け取る。
戸田は膨れっ面で「何で中条さんからだと喜ぶのよ」
そんな様子を見ながら、泉野が芝田たちにチョコを差し出して、言った。
「あんた達にはこれを。チョコが余っただけだから、勘違いしないでよね」
榊が「じゃ、俺たちからは、これ」
「あんた達の人形チョコなんか・・・」と泉野。
「それは知ってるから。好きな乙ゲーキャラなんでしょ?」と榊は言って、人形チョコを出す。
泉野はそれを一目見て、はしゃいだ。
「わぁ、"天界男児"の翼きゅんだぁ」
怪しげな荷物を抱えて理学部の学生たちが参加。
「理学部だが、甘味のパーティやると聞いて」
「市販のお菓子でも持ってきた?」と竹下。
「甘味物質のエキスパートとして、世界中の甘味を集めてきたよ」と理学部の蟹沼。
「外国の知らないお菓子? どんな?」と、ワクワク顔の女子達。
理学部の男子たちがドヤ顔であれこれ出して説明する。
「発酵させるとテキーラになる竜舌蘭の糖分」
「これは椰子酒の原料になる椰子の花の蜜の糖分」
「要するに、お砂糖だよね?」と女子たちはあきれ顔。
「お砂糖は確かに甘味そのものではあるが」と村上が言って笑った。
「経済学部だけど、お菓子を持ってきたよ」と数名の男子が荷物を抱えて入場。
「随分あるね」と他の学部の学生が目を丸くする。
「市場調査で賞味期限切れの奴を貰ってきた」と説明したのは、経済学部の時島だ。
理学部と工学部の学生も混ざり、あちこちで完成したお菓子を食べながら、わいわいやる。
農学部の学生が「クリーム、まだ大量に残ってるな」
「なら、コップにクリームを盛って、フルーツを載せてパフェとか」と理学部の学生。
「リンゴ以外のフルーツってあるの?」と笹尾が農学部生に・・・。
「渋抜きした柿がある」と農学部生。
パフェを作っている人達から「コップが足りないんだが」の声。
「これはどうかな?」と首を突っ込む芦沼が差し出した容器を見て、村上たちは唖然顔で言った。
「ビーカーじゃん」
「こういうのでコーヒーとか飲むのって、いかにも科学者って感じ、しない?」と、ワクワク顔の芦沼。
「アルコールランプで沸かして?」と寺田が笑う。
「紙コップがあるぞ」と理学部の笹尾。
「それ、検尿コップだぞ。どこから持ってきたんだよ」と工学部の男子。
「まあ、使用済みでなきゃいいんじゃね?」と刈部。
「それもそうか」とみんな納得する。
検尿コップにクリームを盛ったパフェを美味しそうに食べる仲間たち。
佐竹がふと「これ、本当に未使用なのか?」
「まさか・・・ね」と互いに顔を見合わせた。
理学部の男子たちが、めいめいチョコを持って「芦沼さん、ハッピーバレンタイン」
芦沼は「あら、ありがとう。けど、お返しが・・・」
「これでいいんじゃないかな。一袋いくらの一口チョコで」と村上
「これでもいい?」と芦沼
「もちろん。バレンタインのチョコは貰う事に意義があるんだから」と理学部男子たち。
すると隣に居る経済学部の男子が口を挟んだ。
「それにホワイトデーまで引き延ばすと利息がついて三倍返しを要求されるからね」
「その利率って、いわゆる"といち"より多いのか?」と理学部の能勢。
「そりゃそうだ。"といち"は十日で一割だから、複利計算だと30日で元利133%だからな。三倍返しってのは元利で300%の事だ」
男子たちは「ホワイトデー怖ぇ」
そんな会話を耳にして「経済学部にかかると女のロマンが台無しよね」と文学部の梅田。
秋葉は「それをどう黙らせるかが、女の見せ所よ。見てなさい」
「みんなにもあげるわ」
そう言って秋葉は一袋いくらの一口チョコを経済学部の男子達に配る。
男子たちは大喜びで「わーい、秋葉さんからバレンタインのチョコだぁ」「初めて貰った」
「ざっとこんなもんよ」と秋葉は女子たちにドヤ顔を見せる。
女子たちはあきれ顔で「単に物で釣って黙らせてるだけじゃん」
「けど、その釣る物があれだからね」と秋葉。
「結局、男はチョロいって言いたいんだよね?」と津川もあきれ顔。
彼らはその日、暗くなるまで、そこで宴を続けた。
その頃、住田と斎藤は、住田のアパートでお菓子と飲み物を前に・・・。
「まあ、これでも食べて機嫌直してよ、斎藤さん」
「そのチョコ、誰から貰ったのよ」と膨れっ面の斎藤。
住田は「誰だっけ」とすっ呆ける。




