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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
208/343

第208話 弥生姫が来た

県立大学後援会長の米沢父が、大学に視察に来る、という情報が広まった。

施設を見回り、農学部と経済学部、そして理学部の教授と懇談するという。


視察自体は珍しい事ではないが、この年は些か趣向が例年とは異なる。


経済学部の経営技術研に居た学生たちの間でその話題が出た時、秋葉は居たが、津川は席を外していた。

面白半分に好き勝手言う学生たち。

「農学部と経済学部は解るけど、理学部と何話すんだろうな?」

「さあな? 偉い人の考える事は解らん」

「それとさ、国立大の経済学部に居る娘の弥生さんが同行するって話だぞ」

「弥生姫が来るのかよ」

「それが、経済学部の学生との経営学談話を計画してるらしい」



時島が「どんな人なんだ? 秋葉さん、同級生だったんだよね?」と秋葉に訊ねる。

「そうね、凄い美人よ」と秋葉。


男子たちはわくわく顔で好き勝手言う。

「そりゃ楽しみだ」

「お近づきになれるかな?」

「本物の令嬢だもんな」

すると秋葉は「けど彼女、婚約者が居たの」

「そりゃ残念」と男子たち。


「けど、居たって、何で過去形?」と寺田が訊ねる。

「婚約破棄したのよ」と秋葉。

「嫌な相手だったのかな?」と寺田。

「どんな人か知らないんだけど、渡辺グループの御曹司って話よ」と秋葉。

「政略結婚かよ」と時島。


「けど破棄したんだよね?」と別の学生が言う。

「でも、まだ諦めてないらしいの」と秋葉。

「うわぁ」

「ストーカーみたいになってるって事かよ」と更に別の学生。

「どんな人か知らないんだけどね」と秋葉が何故か楽しそうに言った。


「実際、どんな奴なんだろうな?」と言う、男子たちの妄想が迷走する。

「30くらいで周りに女侍らせて札束切って前髪払いながらハニーとか言っちゃうみたいな?」と学生たちの妄想が膨らむ。

「引くわぁ」

「じゃ、うちに来て学生と交流するって」と寺田。

秋葉は悪戯っぽい表情で「逃げ込み先を探してるんじゃないかしらね?」



その翌日、教授は学生たちに計画を話し、談話への参加者を募った。

多くの学生がそれに応じた。

須賀教授は言った。

「あそこはレベルの高い授業を受けている。学生どうし切磋琢磨して自分の学問を深めなさい」


応募者が多数である事に気を良くする須賀教授。

研究室で助手と嬉しそうに話す。

「色々と残念な学生たちだと思っていたが、意外とやる気のある奴等だったんだな」

助手の斐川も嬉しそうに「先生の教育の賜物だと思います」



当日。


緊張する教授たちの基に、もうすぐ着くとの知らせが届く。

構内電話を受けた斐川助手は須賀教授に「米沢様とそのお嬢様、それとお付の渡辺様と矢吹様が、もうすぐ到着だそうです」

須賀教授は職員玄関へ。そして、それを聞いていた経済学部の学生たち。


「俺たちも見に行こうぜ」と時島が言い出した。

研究室を出て移動しながら、彼等の無責任な推測話は続く。

「お付の渡辺様って、もしかして元婚約者じゃないのか?」

「だろうな。どんな奴だろう」



黒塗りの高級車が駐車場に入る。

教授たちが横一列に並んで頭を下げ、車のドアから玄関に赤絨毯で出迎える。

学長の助手がドアを開ける。

米沢老は一言。

「こういうのは恥ずかしいから仕舞ってくれないかね」


赤絨毯がしまわれ、米沢老とその娘、随行する渡辺と矢吹の四人が車を降りる。

米沢老が彼らを紹介し、三人の学生が教授たちに礼。

米沢老らは教授たちに案内されて学長室へと消えた。



そんな様子を遠巻きに眺める経済学部生たち。それぞれ空想で好き勝手言う。

「あの二人の男子の、どっちが元婚約者なんだ?」

「どっちだろう?」

「30にしてはどちらも随分若そうだが」

「金にあかせて整形とかメンズエステで若作りしてるんじゃねーの?」

「眼鏡かけた方かな? 相当イケメンだぞ」


「けど、あれだけのルックスなら弥生姫も嫌がらないんじゃ・・・」

「あれだったら俺の彼女なら絶対靡くぞ」

「いや、お前の彼女と一緒にするのは失礼過ぎだ」


「まあ、顔は良くても行動が、女侍らせて札束切って前髪払いながらハニーとか言っちゃうようだとなぁ」

「上級国民の行動は俺らには理解できんからなぁ」

「けど、弥生姫は嫌ってるんだろ?」

「けどあのルックスだぞ。俺らで勝てるのか?」

「上級国民の選別基準は俺らとはレベルが違うからなぁ」

「とりあえず懇談まで待機だ。研究室に戻るぞ」


そんな彼らの会話を聞きながら、津川は首を傾げた。そして隣に居る秋葉に聞いた。

「秋葉さん、こいつら何言ってるんだ?」

秋葉は意味深な笑顔で「さぁ」



米沢老たちは教授たちに連れられて学内施設を見学。経済学部の教授たちと懇談。

それが終わると米沢老は言った。

「では弥生。それと渡辺君と矢吹君は学生どうしで話してきなさい。私たちは農学部に行くから」

米沢たちは別室に案内される。そこに待ち構える経済学部の学生たち。秋葉と津川も居た。



米沢たちが入室し、双方が自己紹介。

渡辺直人を名乗った男性を見て、学生たちは思った。

(こいつが元婚約者の渡辺かよ。こいつのルックスなら勝てる)


先ず、米沢が挨拶。

「今日はこんなに大勢の方に参加して頂き、感謝します。経済を学ぶ学生として、知っている事、知らない事、考えている事も多々あると思います。大いに語り合って、互いに見識を深めましょう。では、この地域の経済をより豊かにするために、何か有望なものはあるでしょうか?」



学生たちは米沢の気を引こうと盛んに意見を言った。そして渡辺がそれに応じる。

(こいつの鼻っ柱を折ってやれば姫が認めてくれる)

そんな期待を胸に、渡辺に論戦を挑む学生たち。


だが、中学の頃から起業を目指していた渡辺に敵う者は居なかった。

県立大の学生はそれぞれ彼に議論を吹っ掛けてはコテンパンに論破された。



その時、斐川助手が再び入室。

「米沢弥生様、お父上がお呼びです」


米沢が席を外し、部屋を出る。

ようやく本音で話せる・・・と、学生たちの中で時島が口火を切った。



「なぁ、渡辺君」と時島。

「何でしょうか」と渡辺。

「君は米沢さんの婚約者だったんだよね?」と時島。

「そうですけど、婚約は破棄になりまして」と渡辺。

「それでも諦めず、追いかけてる訳だ」と時島。

渡辺は「そうですね」と口ごもる。

「本人の想いって奴、少しは考えたらどうかな?」と時島は追い打ち。

「それは・・・」と渡辺。



その時、隣に居た矢吹が発言。

「そうだぞ渡辺、弥生さんの気持ちをちゃんと受け止めろ」

「いや、俺にだって選択の自由ってものが」と渡辺が抗弁。

「嫌がる女性に結婚を迫るのは選択の自由じゃないぞ」と栃尾が口を挟む。

「そうだそうだ」と学生たち。


そんな仲間たちの会話を聞きながら、津川の脳裏に違和感が広がる。

(何かがおかしい)


津川が仲間たちを止めに入る。

「ちょっと待てよ、みんな。話を整理したいんだが、もしかして、追いかけてるのは渡辺だと思ってる?」

「違うのか?」と学生たち。

矢吹と渡辺、唖然。


津川が思いっきりの疑問顔で「誰からその話を聞いた?」

「秋葉さんだが。お前等、米沢さんの同級生だったろ?」と寺田が津川に不思議そうに言う。


津川は頭を抱えて彼らに言った。

「みんなさぁ、秋葉さんと二年も付き合って、まだこの人の性格解ってないのかよ。秋葉さんは人をからかって遊ぶのが大好きなんだよ。追いかけているのは米沢さんの方だ」


全員唖然

そして、笑いの止まらない様子の秋葉を見て、口を揃えて「あーきーばーさーん!」

秋葉は「てへ」



渡辺は頭痛顔で言った。

「いったい俺、どんな奴だと思われてたんだ?」

「30くらいで周りに女侍らせて札束切って前髪払いながらハニーとか言っちゃうみたいな?」と時島。

「秋葉さん!」と抗議顔の渡辺。

「あれ言ったの、私じゃないわよ」と涼しい顔で秋葉が答える。

「けど否定しなかったよね?」と時島。

「だって面白いじゃない」と秋葉。

「秋葉さん!」と渡辺は悲鳴に近い声で・・・。


その様子を見て栃尾は「もしかして渡辺君も秋葉さんと同級生?」

「そうだよ」と渡辺。

「30くらいじゃ無かったの?」と寺田。

「だからそれはデマだってば」と渡辺。

「どんな人か知らないって」と時島。

「いや、よーっく知ってるから」と言いながら渡辺は頭を抱えた。

「周りに女侍らせて札束切って前髪払いながらハニーとか言っちゃうってのは?」と栃尾。

渡辺は「もういい、頭痛くなってきた」



「けどさ、何でそんなに結婚嫌がるの? あんなに美人でお嬢様で、凄い逆玉じゃない?」と栃尾が不思議そうに渡辺に訊ねる。

「それが嫌なんだよ。権力者の婿とか面倒くさ過ぎだろ」と渡辺。

「それに渡辺、彼女居るし」と津川が言った。


時島は「女侍らせて・・・ってのは本当なんだ」

渡辺は慌てて「片桐さんはそういうのじゃないから」

「一緒に住んであれだけイチャラブしてれば彼女だろ」と津川があきれ顔で言う。

「同棲してるのかよ」と学生たち。

「住む所が無いから面倒見てるだけだよ」と渡辺。


「けど、米沢さんは無料で住める所を世話してやるって散々言ってるぞ」と矢吹。

「彼女、司法試験の勉強でストレス溜まるから、癒してあげる奴が必要なんだよ」と渡辺。

「そういうのを癒してあげられるって、彼氏だよな?」と栃尾。

渡辺は「そうなのかな?」



「けど、それでもまだ追いかけてるって、よほど弥生姫、君の事が好きだって事だよな? なのに邪険にするのは可哀想だろ」と栃尾。

「邪険にしてるつもりは無いんだが・・・、それに彼女、性格きついし」と渡辺。

「きついのか?」と学生たち。


矢吹が「それは渡辺の責任だろ。お前が小さい頃からずっと優しくしてれば・・・」

「本当にきついのか」と学生たち。


寺田が「上坂で何があったんだよ」

津川は「米沢さん、転校してきた時、春月出版の重役の娘が居て、クラスの支配を巡って争った」

「何で上坂ってそんなにお嬢様だらけなんだ?」と寺田。

「知らないけど、それでその人とか片桐さんの悪い噂を流して」と津川。

「げ・・・」と学生たち。


すると秋葉が楽しそうに「後。針で穴開けたって話もあったわよね? ひに・・・」

そう言いかけた言葉を矢吹が凄い剣幕で遮って「秋葉さん! それ以上バラしたら、看過しないからね!」

そんな彼らの様子を見ながら、県立大生たちは一様に思った。

(よほど凄い事やったんだな)



その後、米沢は用事を済ませて談話の部屋に戻った。そして米沢は・・・。

「ごめんなさいね、談話を続けましょう・・・って皆さん、どこに行ったのかしら?」


学生たちの多くが馬鹿馬鹿しくなって談話室を出た後の、がらんとした部屋を見て唖然とする米沢と、頭を抱える渡辺、矢吹、津川たち。

部屋の隅の席では必死に笑いを堪える秋葉が居た。

僅かに残った県立大生の中に居た時島は、冷や汗をかきながら事態を誤魔化して、言った。

「いや、その、渡辺君とのレベルの差を見せつけられて、みんな自信無くして修業し直すとか言って帰っちゃったんだよ。あは、あはははは」


米沢はあきれ顔で「あらまあ、直人君、少しは手加減してあげなきゃ駄目じゃない」

渡辺は憮然とした顔で「いや、手加減して欲しいのは俺の方なんだが」

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