第207話 兄嫁の春
大晦日の夜の中条家での宴。
食事を終えて順番に入浴する。
居間では芝田兄の結婚話を酒のつまみに、わいわいが続いている。
やがて全員が入浴を終えるが、学生たちも二階に行かず、芝田兄カップルを相手に・・・。
二人に甘える芝田。からかって遊ぶ秋葉。それを見て笑う村上と中条。
「いや、実に楽しい」と言う中条祖父と酒を酌み交わす大人男子二人。
「時が経つのも忘れるとは、こういう事を言うんですよね」と村上父。
その時秋葉が「忘れて・・・って、年明け、もうすぐなんじゃ・・・」
「忘れてた。あと何分だ」と芝田。
「もう二分切ってるよ」と村上。
カウントダウンが始まり、年が明けた。
「明けましておめでとうございます」と全員声を揃える。
「中条家の幸せのために」と村上。
「村上家と秋葉家と芝田家の幸せのために」と中条祖父。
「芝田夫妻の幸せのために」と村上父。
「それって私と拓真君の事じゃないのよね?」と秋葉。
「社会人独身楽しむんでしょ?」と市川が笑う。
「それと、人工子宮の完成のために」と中条。
「お祖父さんの長生きのために」と村上。
「あと、私と倫也さんの良縁のために・・・ですよね? 倫也さん」と秋葉母。
「それ、肯定しなきゃ駄目?」と村上父。
彼以外の全員が声を揃えて「駄目です」
そして各自の寝室に散った。
村上達は二階の畳部屋に布団を二組敷く。
村上と中条、芝田と秋葉で布団に入り、しばらく雑談が続き、やがて寝落ちする。
翌朝、目を覚ました四人が初日の出を拝もうと玄関を出ると、芝田兄と市川が居た。
「早いな、兄貴」と芝田。
「お前もな」と芝田兄。
「睦月ちゃんはいつ結婚するの?」と市川。
すると秋葉は「っていうか、市川さんはどうして五年も待ったんですか?」
市川は「それは哲真君が・・・」と言いつつ口ごもる。
「私、拓真君のプロポーズを待つつもり、ありませんから。結婚したくなったら、私からプロポーズします」と秋葉は言った。
「そうね。本来はそうあるべきなのよね」と市川は言って、少しだけ目を伏せた。
すると村上が「お兄さんたちは家計はどうしますか?」
「そんなの決まってるじゃない。私が口座の通帳預かって管理するのよ」と市川は断言。
「哲真さんには小遣いですか?」と村上。
「月二万が相場って聞いたわよ」と市川。
芝田兄は慌て顔で「それはちょっと」
市川は「私を愛してないの?」
そんな市川に中条はきっぱりした声で「そういうの止めません?」と言った。
「日本の伝統よ。譲れないわね」と市川。
「けどなぁ」と芝田兄。
すると中条は「私は真言君にそれは求めません」
秋葉も「私も要求しないつもりよ。だってきっと、私の方がたくさん稼ぐから」
「凄い自信だな、おい」と芝田が頭を掻く。
「けど、生活の計画立てるのは女性よ」と言う市川に、村上は言った。
「俺の親、離婚したんですけど、原因は母親の浪費でした」
「私は浪費なんてしないわ。小遣いだって私の分なんて無いもの」と市川。
「けど、化粧品とかは家計から出すんですよね?」と村上。
市川は「当然でしょ?」
村上は「それって家計イコール自分の小遣いって構図になりません?」
「さちんと家計簿つけて、規律のある家計を心掛けるわよ」と市川。
村上は「俺の母親もそのつもりだったと思います。けど女性って、買い物でお金を使う事に快感を感じるんです。そういう憶えってありません?」
そう言われて言葉に詰る市川に、芝田兄は「いや、俺は早苗さんに金を使うなって言うつもりは無いんだが」
だが、村上は続けた。
「男性は女性に贅沢をさせてあげたいと思うのが本能です。だから、そのうちタガが外れて歯止めが効かなくなるんです。母親がそうでした。今では離婚の原因の大半が実は金銭問題だそうです」
「それは夫の稼ぎが少ないからじゃないの?」と市川は抵抗を続ける。
村上は「規律ある家計って、その中で遣り繰りする事ですよね? けど、ママ友との付き合いで豪華ランチとか海外旅行とかエステとか。それで足りなくなると、夫の稼ぎのせいにするんです」
「そうね。解ったわ。生活費は出し合う事にしましょう」と、市川は折れた。
芝田兄は「俺は別に金をケチろって言うつもりは無いんだからな」
「いや、そうやってカッコつけるのが駄目なんだって」と芝田はあきれ顔で言う。
そして市川は「それと哲真さんも浪費は止めてね」
「そうだぞ、兄貴」と芝田も今度は市川の肩を持つ。
芝田兄は慌てて「これって俺にも矛先が来る話なの?」
「当然でしょ。子供が生まれて大学に行ったら、いくらかかると思ってるのよ」と市川。
芝田兄は「俺はちゃんと拓真を大学にやったぞ」
「それは親が貯めた貯金だろーが」と芝田。
「少しは兄貴の味方しろよ」と芝田兄は口を尖らす。
「甘ったれんな」と芝田は一喝。
そんな時、中条が「あの、もう初日の出、登ってない?」
「忘れてた」とその場のみんな口を揃えるように・・・。
すっかり顔を出した太陽に向かって六人が拍手を打つ。
そして(幸せな年になりますように)と心の中で呟いた。
やがて残りの三人の大人が布団を出る。
全員、居間に集まり、餅とお雑煮を煮て、おせちを並べ、神棚に拍手を打ってお神酒を降ろす。
全員で「明けましておめでとうございます」
お餅を食べながら会話が弾む。
「いよいよ芝田さんが結ばれる年だね」と中条祖父が言った。
すると秋葉母は村上父に「私たちもね。もうお互い四十とっくに過ぎてるんですからね」
「で、式はいつ?」と秋葉。
「年度末は忙しいからな」と芝田兄。
「じゃ、四月開けて?」と中条。
「年度初めも忙しいぞ」と芝田兄。
秋葉母はあきれ顔で市川に「こんなのに任せてると、ずるずる先延ばしよ」
「仲人はどうするんだ?」と芝田。
「私たちにやらせてくれない」と秋葉母。
市川は「奈緒さん、まだ独身でしょ?」
秋葉母は「だからその前に結婚するのよ。私と倫也さんで」
村上父は焦り顔で「哲真君、こういう時は職場の上司に頼むのが定番だぞ」
「倫也さんってば」と秋葉母が拗ねる。
朝食を終えて九人で初詣。
石段を登ると武藤の家族が居た。
そして松本と、その母親らしき中年女性も一緒だ。
武藤の父が村上たちを見て言った。
「君たちはいつぞや店に来てくれた大地のお友達だね?」
「お久しぶりです」と秋葉。
「そちらは御家族の方ですね?」と松本母。
困り顔の武藤に村上がそっと耳打ち。
「もしかして結婚圧力か?」
武藤は困り顔で「スポーツ選手の芽が出なくて跡継ぎ修行って事になったら、早速だよ」
親同士は早速自己紹介。
「中条里子の祖父です」
「村上真言の父です」
「芝田拓真の兄です」
「秋葉睦月の母です」
「松本陽菜の母です」
「武藤大地の親です」
武藤父が芝田兄カップルを見て「そちらは?」
「私たち、今年、結婚する事になりまして」と市川。
それを聞いて武藤父がはしゃいだ。
「それは目出度い。大地、聞いたか。こちらもご結婚だそうだ。お前も後に続かなきゃだぞ」
武藤は困り顔で村上に「結婚圧力強めるようなネタは持ち込まないで欲しいんだが」
村上は「知るかよ」と一言。
中条は嬉しそうに「松本さん、同期のトップバッターだね」
「うんと幸せになるからね」と松本も嬉しそう。
14人が拝殿に並んで柏手を打つ。
そして全員、心の中で(良い年になりますように)と呟いた。




