第206話 年越しの兄と弟
正月の準備が始まる。また中条家で正月を・・・という事になった。
村上のアパートでその話が出る。
中条が「今年は芦沼さんは?」
「勘当が解かれたんで、実家でやるそうだよ」と村上。
秋葉母が村上父に催促する。芝田兄にも誘いをかけると、恋人の市川と一緒に参加したいとの事。
それを聞くと中条祖父は「なるほどね、いよいよという訳か」
「何がいよいよなんですか?」と村上。
「当日になれば解りますよ」と中条祖父は笑った。
大晦日前日に村上父が帰還。
夕食を食べながら「人工子宮、進んでるか?」と父が言った。
「進めるさ。来年はゼミだし」と村上。
「それで、お前が中条さんと結婚したとして、彼女は自分のお腹で産むのか?」と村上父。
「そうなるのかな」と中条。
村上父は息子が生まれた時の事を話した。
「お前が生まれた時、大変だったぞ。前の晩から陣痛が始まって、生まれたのが翌日の夜だぞ。周期的に来ては収まるんだが、その度に痛みがひどくなる」
「骨盤の骨がずれるんだよな?」と村上。
「そう。子供の出口を開けるためにな。これ、いつまで続くんだって思っても、隣で手を握ってるしか出来ない。いっそこのまま産まれてくれないかって思うと、収まっちゃう。病院に連絡して、車に乗せて行くんだが、待機室みたいな所で寝かされて放置さ。そこでまた陣痛の波の繰り返し。やっと分娩室に行ったが、それからが大変だ。なんせあの敏感な所が裂けて生まれて来るんだからな」と村上父。
「そうだよな」と村上。
「けど、そんなになりながら、幸せそうなんだよな」と父の思い出話は続く。
「オキシトシンだろ。母親も、それと父親も出るんだろ。幸せだったか?」と村上。
「そりゃな。妊娠を知った時からずっとさ。だから、変な自慢する奴って居るけど、女を何人孕ませて中絶させたとか、よくそんな事言えるよな。あいつらだってオキシトシン、出てた筈なのに」と村上父。
村上は「だから息子であるお前を愛してると? そういうのは腹一杯だ」
村上父は「まあ、そう言うな。ヤリチンとか愛人作る奴とか、無責任に子種ばら撒く悪党みたいに言われるけど、それって産んだ母親に子供を人質に取られるって事だもんな。怖いと思わんか?」
「それは怖いな。で、母さんは結局、その大変さの元を取ろうって事であの浪費って訳か?」と村上。
「そんな意図は無かったかも知れんが、無意識ってものもあるからな」と村上父。
「そういうのは女の本能なんだろうけどね」と村上。
「だから大目に見ろって訳にはいかないよ。なんせボーナス貰った翌月に、カードで買い物した引き落としで口座が空になって、振込の催促が来るんだぞ」と村上父。
「それは怖いな」と村上。
「ま、中条さんは小遣い制なんて絶対要求しそうにないけどな」と父は遠い目で言った。
翌朝、秋葉母が迎えに来る。
芝田は兄・市川とともに既に中条家に着いていた。
「じゃ、また材料の買い出しに行きますんで」と秋葉母は村上父を車に乗せて、芝田兄に言った。
「俺も行きます」と芝田兄。
秋葉母は「哲真君、私たちを二人っきりにさせない気?」
「なるほど、そういう事ですか。ならせめて材料費の分担だけでも」と芝田兄。
「そういうのは親世代に任せなさい」と村上父は言って笑った。
「解りました」と芝田兄は答えると、玄関に居る恋人を振り返り、言った。
「早苗さん、買い出し部隊は午後までかかるそうだから、昼食の用意をして食べててくれ・・・だそうだよ」
「いや、そんなには・・・」と秋葉母は不意打ちを喰らったような顔で言ったが・・・。
「一緒にファミレスにでも行くんですよね?」と芝田兄。
「母さん、こっちは任せて」と秋葉も追い打ち。
秋葉母は笑って「じゃ、倫也さん、ご馳走になろうかしら」
「高級レストランとか言わないよね?」と村上父も冗談めかして言う。
「イタ飯っての、行ってみたいなぁ」と秋葉母。
「あれって既に死語なんじゃ・・・ってか、この辺にあるの?」と村上父。
昼食を終えた頃、買い出し部隊帰還。
女性たちがおせち作りを始める。
例年、秋葉が握っていた料理の主導権は、完全に市川に奪われた。
「奈緒さんって、お料理は?」と市川。
「私が夜の仕事で生活が不規則だから、睦月に頼ってるのよ」と秋葉母。
「じゃ、村上さんと一緒になった後も睦月さんが?」と市川。
秋葉母は「出来れば二人っきりを楽しみたいけどね。でも倫也さんって、意外とお料理、出来るのよ」
そんな大人女子達の会話が漏れ聞こえる中、村上は笑って父に言った。
「完全に親父が奈緒さんと結婚するのが前提になってるぞ」
「勘弁してくれ」と村上父も笑う。
お節が完成し、夕食となる。
年越し蕎麦にお雑煮に焼鮭に大晦日のおかず。
神棚に全員で柏手を打ち、お神酒を降ろして各自の盃に注ぐ。
宴が始まると、中条祖父は言った。
「芝田さん、何か報告したい事があるのでは?」
すると芝田兄は「お見通しでしたか。実は私たち、来年、結婚する事にしました」
「えーっ?・・・」
その場に居た面々は口々に二人を追及した。
「式場はどこに?」と秋葉母。
「新婚旅行はどこへ?」と芝田。
「気の早い奴等だなぁ」と村上父が笑う。
「温泉巡るんですよね?」と秋葉。
「まさか睦月さん、ついて行くとか言わないよね?」と村上。
秋葉は「駄目?」
「駄目に決まってるじゃん」と芝田。
「お土産は買ってくるから」と市川は笑う。
そんな中で村上が言った。
「けど、付き合って五年もかかったんだよな」
「早苗さん、散々待たされたよね?」と芝田。
「けど、何かきっかけとか?」と中条。
芝田兄は「秋に拓真の誕生日がありまして、家族っていいな、って実感しまして」
「私、弟って欲しかったんですよね」と市川。
「俺に姉さんかぁ」と芝田。
市川は「いっぱい甘えていいのよ、拓真君」と言って芝田の頭を撫でた。
すると秋葉は悪戯っぽく拗ねた声で「あら、拓真君のお姉ちゃんは私なんだけど」
「って事は睦月ちゃんは私の妹って事よね?」と市川。
秋葉は「お姉さまは要らないかなぁ」
「また、そんな意地悪を」と市川。
そんな市川の声に秋葉は「ごめんなさい。けど身近に、あまり有難くない姉の実例があるからなぁ」
「それって杉原さんのお姉さんの事?」と村上。
秋葉は「そうよ」と一言。
「もしかして杉原さんがウーマニズムにかぶれてるのって」と芝田。
「お姉さんの影響よ」と秋葉。
「そういう事か」と村上。
すると芝田は「って事は、杉原さんと津川が結婚したら」
「あの人が津川君の姉って事になるわね」と秋葉。
「津川君、可哀想」と中条。
すると市川は「けど睦月ちゃん、あなたが拓真君と結婚したら、自動的に私の妹って事になるんだけど」
「じゃ私、真言君と結婚」と秋葉は意地悪口調で笑う。
中条が「それは駄目。真言君は私のだもん」
「里子は俺は嫌か?」と芝田がふざけて言う。
「そ・・・そうじゃなくて・・・」と中条は困り顔になる。
村上は「里子ちゃんは芝田の妹だろうがよ」と助け船を出す。
「そ・・・そうなの、お兄ちゃんとは結婚できないの」と中条。
「うまく逃げたわね?」と市川。
「さすが村上だな」と芝田。
「いや、それほどでも」と村上。
「褒めてないから」と秋葉が笑った。
すると秋葉母が「それにね、私が倫也さんと結婚したら、睦月は真言君と兄弟という事になるのよ」
「じゃ、真言君が私の弟ね」と秋葉。
「睦月さんが生まれたの、俺より後だったよね?」と村上。
そんな彼らを見て村上父は言った。
「とにかく目出度い。後はこの四人がいつ結婚するかだが」
「俺たちまだ学生ですから」と芝田。
「学生結婚ってものもあるのよ」と秋葉母。
「それに二年なんて、あっという間だぞ」と芝田兄。
「しばらくは社会人独身やらせろよ」と村上は焦り顔で言った。
「それより、私、まだ倫也さんからプロポーズして貰ってないんですけど」と拗ねてみせる秋葉母。
「まだなんですか?」と芝田は村上父に・・・。
「親父、いい加減覚悟決めろよ」と村上。
村上父は焦り顔で「いや、俺、まだ再婚するとは・・・」
「倫也さぁん」と秋葉母は甘え声で催促する。




