第205話 聖夜の仲間たち
クリスマスが近づいた。
例の如く渡辺のマンションでパーティを、・・・という事で、何人かが計画を練りに集まる。
「去年は25日にやったよね」と鹿島。
「来年はいよいよ片桐さんが本番だし、止めた方がいいんじゃね?」と佐川。
すると渡辺が「それが片桐さん、自分のせいで中止になるのは心苦しいとか気に病み出して」
「そんなのだから司法試験で根を詰め過ぎるんだよ」と村上。
「状況はどうなん?」と小島。
渡辺は「アドバイスしてる顧問弁護士は心配無いって言ってるんだが」
小島は「他の奴等はどうなん? 専門学校組は卒業だろ」
「そういう小島は県立大に編入だろ?」と佐川。
「試験はもう受かった」と小島。
「八木は?」と内海。
「公務員試験は合格したって聞いた。短大は卒論は無いし」と柿崎。
だが津川が「いや、卒業レポートとかいうのがあって、奴はそれにかかり切り」
「面倒なのは看護士組だな。準看護士試験が二月にあるんだよ」と村上。
「専門学校は普段の勉強が大変だけどね」と秋葉。
「美大は進級制作があって藤河さんも清水君もそれにかかり切りみたい」と杉原。
「東京組はどうよ」と内海。
「みんな来れそうにないな」と渡辺。
「勉強で忙しいと?」と芝田。
「いや、彼氏彼女が離してくれないらしい」と鹿島が笑った。
「集まれる奴だけで・・・という事で24日でいいんじゃね?」と鹿島がまとめた。
年の瀬で、例年は各研究室の忘年会となる。
だが、文芸部の忘年会は中止となった。
斎藤の卒論が経済学部に属するジェンダー学講師の物言いで大変な事になっていたためだ。
文芸部の部室でその話になる。
「実はそれだけじゃないらしい」と文芸部室で桜木の噂話が出る。
「って言うと?」と芝田。
「森沢先生が原稿の締め切りで缶詰になってるそうだ」と桜木。
「懲りない人だなぁ」と部員たちが笑う。
それに先立つ研究室の忘年会は、斎藤卒論問題への抗議で、経済学部と文学部の学生の多くがボイコットを表明し、多くが中止となった。
そんな話題になった時、渋谷が言った。
「だったら農学部の忘年会に出ませんか?・・・って先輩たちが言ってるんですけど」
「どこでやるの?」と戸田。
「実習棟で、販売実習で売れ残った肉と野菜で豚汁パーティだから会費は要らないって」と真鍋。
「生化学研のみんなは参加するんだ。人工子宮の共同開発の縁があるからね」と村上。
当日。
実習棟の建物の内部を整理して出来た空間で、豚汁を煮る大きな鍋。
そして、いくつもの焼肉セット。
精肉実習で解体した牛や豚の肉を切り分ける畜産部門の上級生たち。
それを他学部の学生が珍しそうに見る。
「この肉って何ですか? 牛でも豚でもないみたいですけど」と文学部女子の竹下が訊ねる。
「実験で使った兎だよ」と答えたのは理学部の牛沢だ。
「兎ですか?」と竹下。
「美味しいんだよ。兎って。歌にもあるじゃん。兎美味しい、かの山・・・って」と村上。
「違うと思うような気がするんですけど」と理学部の一年生。
宴が始り、農学部の上級生が一気飲み競争を始める。
芦沼と秋葉が飲み比べを始める。
そのうち芦沼は秋葉に野球拳をやろうと言い出して理学部の人達が慌てて止めた。
「脱ぐ代わりに罰ゲーム決めない?」と秋葉が挑発。
「お前等が順番に一発芸やるってのでどうだ」と理学部の蟹沢が経済学部生たちを挑発。
「受けてやろうじゃん」と経済学部の学生たち。
秋葉がじゃんけんで勝ち、理学部男子の蟹沢が言い出しっぺとして一発芸に立つ。
蟹沢はジョークをやると言って「隣の空地に垣根が出来たんだってね。へー」
「引っ込め」と経済学部生からブーイング。
その後も立て続けに秋葉が勝ち、理学部の男子が次々に・・・。
村上に順番が回る。
村上は「それじゃ、青湯温泉で遭難しかけた時の事を再現します」
秋葉が慌てて「ちょっと待ってよ。勝った私が何で恥ずかしい思いする事になるのよ!」と物言い。
宴は終わり、酔い潰れた芦沼を佐竹が背負い、秋葉を村上が背負って、佐竹のアパートに向かう。
同行する中条と佐藤。
工学部の忘年会に出ている芝田に連絡。
「今、佐竹のアパートに居るんだが、お前も来るか?」と村上。
「俺は榊のアパートに泊まるよ。刈部や泉野さんも居るんだ」と芝田。
翌日、二日酔いの秋葉に代わって村上が秋葉の車を運転し、榊のアパートで芝田を拾って上坂市に戻った。
24日、渡辺のマンションでクリスマス。
参加者は渡辺ら国立大の面々と、県立大組と杉原、小島達三名、武藤たちスポーツ専門学校組と松本・内海、坂井と柿崎。
・・・の予定だったが・・・
試験勉強のため不参加・・・の触れ込みだった二人の女子に鹿島は笑って訊ねた。
「薙沢さんと篠田さんは試験は?」
篠田が「勉強もあるけど、準看護婦試験は正看ほど厳しくないから」
鹿島は「それで息抜きって訳だ。篠田さん、注射はちゃんと出来るようになった?」
「いっぱい練習したから、もう大丈夫。試してみる?」と篠田。
鹿島は慌てて「絶対嫌だ」
「ってか、大丈夫ってんなら、何でまだそんな練習用持ち歩いてるんだよ」と芝田が怪訝顔。
「試験といえば片桐さんの司法試験は来年だよね?」と薙沢。
「自室で勉強してるよ」と渡辺。
「去年はかなり鬼気迫ってたけどな」と山本。
「さすがに二年も続けばなぁ」とと村上。
「今はだいぶ落ち着いてきたけどね」と渡辺。
その時、部屋のドアが開いて、消耗しきった片桐が顔を出す。そして渡辺に言った。
「渡辺君成分補給してよ」
「ああ、今行く」と言って、渡辺は片桐の部屋に消える。
「あれって落ち着いてるのか?」と芝田は疑問顔で言う。
「ホラー映画みたいだったが」と村上も同調。
スポーツ専門学校に行った武藤と高橋は結局、選手にはなれなかった。
「大谷のプロデビューが決まったんだよね?」と柿崎。
武藤が笑顔で「あいつは同期の誇りだ」
「その大谷は?」と柿崎。
「福原社長とデート」と内海。
「女がスポンサーになって後押しって訳かよ」と芝田。
「けど実力はあるんだよ」と高橋。
「他の女に手が出せなくなったけどね」と松本が笑った。
「大谷ならどんな手を使っても手を出そうとするんじゃないかな」と佐川が言う。
すると鹿島が「そういう時の浮気調査も探偵の仕事でね」
そんな中を大谷が駆け込んできた。
そして渡辺に縋るような目で言った。
「頼む、渡辺、匿ってくれ・・・って何で鹿島が居るんだよ」と、言いながら鹿島を見つけて慌てる。
鹿島はあきれ顔で「お前、今日ここでパーティがあるって忘れてただろ」
「そうか、お前が居るんだった」と大谷。
「鹿島君って?」と杉原が疑問顔。
「福原さんから大谷の浮気の調査と監視、依頼されてるんだよ」と鹿島が笑いながら説明。
大谷は縋るような目で「頼む、見逃してくれ。親友だろ」
「プロなんでな。それに、お前と親友になった憶えは無いから。さ、可愛い年上彼女の所に戻るぞ、この色男」
鹿島はそう言って、大谷を連行した。
「福原社長も会社に居る時はクールなんだけどね」と坂井は言って、溜息をついた。
そして話を続ける。
「あの人は業界でも評価されてて、常に新しい売り物を見つけて、必ず成功するって実績があるの。それに女性の創業者だと、下手すると周囲を女性で固めようとするけど、彼女はそういう事をしないのよね。ウーマニズム界隈だと名誉男性とか言われてるけど、本人は誉め言葉だって言ってるわ」
「柿崎も三年ではゼミだよな」と村上。
「芸能マネジメントをテーマにしようかって思ってる。うちの教授が、去年の県立大の大学祭での秋葉さんのイベント運営、けっこう評価しててね、ああいうのをテーマに考えてみないかって」と柿崎。
「あの教授はうちの須賀先生の助手をやってた人なのよね」と秋葉。
柿崎は「国立大の渡辺の所の教授と一緒に、よく共同研究やってるよ。ところで須賀教授の浮気裁判の件はどうなったんだ?」
「浮気相手の福原社長が須賀教授と別れるって事で和解したのよ。新しい愛人が出来たからって」と秋葉。
「新しい愛人って?」と柿崎。
「プロバスケの選手よ」と秋葉。
「誰なんだ?」と柿崎。
「それは秘密よ」と秋葉。
柿崎は「大谷なら知ってるかな?」
そんな柿崎を横目に見て、村上は笑って言った。
「さっきの騒ぎ見てて気付かなかったのか?」
坂井は「柿崎君のそういう所が好きなんだけどね」
中条は水沢や山本たちと就職についての話題。
「水沢さんは来年から保育園だよね?」と中条。
「園児として・・・じゃないよね?」と内海。
「当たり前だ。保育士になるんだよ」と山本。
「その次の年は沢口さんも一緒になるの」と水沢。
「あのバスケ部のショタ属性の人か」と村上。
「結婚して男の子が生まれたら、入れていいのか考えちゃうわね」と秋葉が笑う。
「その後は里子ちゃん・・・だよね?」と村上。
篠田が「中条さん、保育士になるの?」
「そっち方面、目指そうと思うの」と中条。
「中条さんに面倒見て貰ったら、きっと優しい子に育つと思うよ」と内海。
パーティの予定時間も半ばを過ぎた。
「来年は社会人が大勢になるね」と杉原。
「高卒就職は五人しか居なかったからな」と津川。
「男子で社会人は内海と山本だよな」と芝田。
「ネクタイ付けてるからね」と篠田。
「山本のは水沢さんのプレゼントだろ?」と村上。
「そうだよ。ちゃんといつも付けてくれてるの」と水沢。
「俺、これしか持ってないからな」と山本。
秋葉が「ネクタイってのは女性が恋人に付ける首輪なのよ。プレゼントして付けさせて、これは自分の男だって証になの」と蘊蓄を垂れる。
すると山本が「そんなめんどくさい代物だったのかよ。外そうかな」
篠田が山本の後頭部をハリセンで思い切り叩く。そして言った。
「水沢さんが泣きそうになってるじゃないの」
涙目の水沢を見て山本は慌てた。
「悪い、冗談だってば、機嫌直せよ」と山本。
「じゃ、あーんして」と水沢。
山本は「ほら、あーん」と言って、ケーキを一口分フォークで・・・。
そんな中、篠田が内海を捕まえて「内海君のネクタイは高橋さんからのプレゼントよね?」
「も・・・もちろん」と焦り顔の内海
「ふーん?」と篠田。
内海が付けているネクタイは紺色の無地だ。篠田は向こうで話し込んでいる高橋の所に行き、耳元でささやく。
「内海君にどんなネクタイをプレゼントしたの?」
「何で?」と高橋が怪訝顔で聞く。
「ネクタイってのは、自分が選んだものを彼氏に付けさせる首輪なのよ。ちゃんと自分が送ったのを付けてるか監視するのが、女の愛なの」と篠田。
高橋は「そうなの? えっと・・・」
「内海君の方を見ないで答えて」と篠田。
高橋は「水色の・・・えーっと、縦縞」と答えた。
篠田は戻って内海に「内海君、高橋さんがくれたネクタイは水色だそうだけど」と問い質す。
「あれかぁ」と内海。
「もしかして、どれが高橋さんから貰ったか、忘れたの?」と篠田は問い質す。
内海は「面目ない」
高橋も一緒になって「内海君にとって、私ってどうでもいい存在なのよね?」と拗ねた口調で追及。
「そんな事は無いよ。俺、あれ貰ってすっごく嬉しかった。今度は忘れず付けるから」と焦り顔の内海。
「本当?」と高橋は内海の顔を覗き込む。
内海は「ちゃんと付けてくるから。水色の横縞のネクタイ」
高橋は「あ・・・」
篠田はあきれ顔で「高橋さん、縦縞じゃ無かったの?」
「えーっと・・・」と焦り顔の高橋。
「どんなネクタイだったか忘れたんだ」と内海。
「ごめんなさい」と高橋。
内海は拗ねた口調で「高橋さんにとって、俺ってどうでもいい存在なんだよね?」
高橋は困り顔で「内海くーん」




