第204話 学者馬鹿は風邪ひかない?
気候が寒さを増す中、文芸部で雑談中に中条が小さな咳をした。
それを見て桜木が「風邪かな?」
「熱はある?」と村上。
村上がおでこを中条のおでこに合わせる。
「解るのか?」と怪訝顔で芝田が訊ねる。
「まあ、定番だから」と村上。
「ちょっと気分が良くなったかも」と中条は笑顔を見せる。
「って事は、さっきまでよく無かったの?」と戸田が心配そう。
「体温計があるよね」と真鍋。
「里子はあまり丈夫じゃないからなぁ」と芝田。
「芝田は丈夫なのか?」と村上。
「風邪なんか今だかつてひいたことは無い」とドヤ顔する芝田。
村上は笑って「馬鹿は風邪ひかないと言うから」
「お前、俺を馬鹿だと思ってるだろ」と芝田は言って口を尖らせた。
「けど、馬鹿っていっても色々あるから」と桜木。
「学者馬鹿とか?」と鈴木。
「研究してる事を徹底的に考えて、すごい成果を出すけど、それ以外はからっきし興味が無い」と秋葉。
「芦沼さんみたいな?」と根本。
「芦沼さんって風邪ひくのかな?」と渋谷。
「そーいやそろそろ実験の当番だった」と村上は言って、部室を出て研究室に向った。
研究室に行くと芦沼が、マスクをしてせき込んでいる。
湯山教授が心配そうだ。
村上は「実験は俺一人で何とかなるから」と、芦沼に帰宅を促す。
だが芦沼は「大丈夫よ。それに今日の分のデータが気になるの」
実験室で機器を操作する村上と芦沼。
「芦沼さん、何だか辛そう。俺がやるから休んでなよ」と、機器から離れるよう促した。
とりあえず芦沼を休ませて、村上は実験を続ける。
その日の分の実験を終え、データを記録して機器を自動モードに戻す村上。
芦沼は苦しそうに実験机にうつ伏している。額に手を当ててみる村上。
異常を感じて村上は言った。
「すごい熱だ。すぐに帰らなきゃ。歩ける?」
「大丈夫よ」と芦沼は辛そうに立ち上がる。
村上は芝田に連絡して状況を伝え、湯山教授にも報告。そして佐竹に連絡した。
佐竹が車で迎えに来る。二人で芦沼をアパートに担ぎ込んで布団に寝せる。
緊急事態だと右往左往する二人。
佐竹が「とにかく熱をどうにかしなきゃ」
「氷嚢だな。冷蔵庫に氷があるだろ。後はビニール袋だが」と村上。
「コンビニのがあるぞ」と佐竹。
コンビニの袋に氷を入れて水を灌ぐ。小さな穴から盛大に水が漏れる。
困り顔で「どうするよ」と佐竹。
「洗面器があるだろ。氷水を張ってタオルを絞ろう」と村上。
芦沼の額に冷たいタオルを乗せる。
「次は何だ?」と佐竹。
村上が「体力をつけなきゃ」
「おかゆだな」と佐竹。
「味噌で味付けて卵で蛋白質」と村上。
電子ジャーからご飯を小鍋に入れて水を入れてコンロの火にかける。
卵を溶いて、味噌を少々。
佐竹が「玉子酒ってのが効くって言うが」と言い出す。
「酒と生卵を混ぜるんだよな? 酒はあるか?」と村上。
「ウィスキーならあるが」と佐竹。
「強すぎないか?」と村上。
佐竹は「水割にすればいいんじゃ・・・」
村上は「水割りってどのくらい混ぜる?」
「よくワンフィンガーとか言うよな」と村上。
「知ってる。指の幅の分だけコップに注いで、後は・・・って奴」と佐竹。
村上は「なるほど」と一言。
コップに指一本幅だけ水を灌ぐ。ここにウィスキーをコップ一杯分・・・。
そこで村上が「ちょっと待て。逆じゃないのか? 指一本分ウィスキーを注いで、そこに水だろ」
「それより何だか焦げ臭くないか?」と佐竹。
村上が気付いて言った。
「おかゆ煮てる鍋の火が付きっぱなし」
そんな彼らを、芦沼は頭痛や寒気と闘いながら眺める。
「あなた達が居ると退屈しないわね」と言って芦沼は少し笑った。
「それより、眠りなよ」と村上。
「先ず、おかゆを食べてからだ」と佐竹。
「その前に、焦げたおかゆを作り直しだ」と村上。
そんな中を芝田・秋葉・中条がアパートに乗り込む。
「風邪薬買ってきたぞ」と芝田。
「何やってるのよ、おかゆが焦げてるじゃない。本当に男って使えないわよね」と秋葉はあきれ顔。
秋葉がおかゆを作り直す。
「風邪薬があるなら早速・・・」と佐竹が言い出す。
秋葉が「食後に飲めって書いてあるでしょ?」
芦沼は何とか、おかゆを食べる。
食べ終わると村上は、さっそく薬を・・・と、買って来た風邪薬を確認。
「薬は・・・咳止めと熱さましか」と村上。
「対症療法だな。風邪そのものを治すんじゃ無いのかよ」と芝田。
「風邪薬ってそんなものだ」と村上。
「明日、朝一で病院に行くぞ」と佐竹。
だが中条が「明日から土日だよ」
「病院、休みじゃん」と村上が言う。
佐竹は薬を飲ませようと、コップに水を用意。そして「先ず咳止めだな」
芦沼は上体を起こして、咳止め薬を飲んでコップの水を・・・。
佐竹は「それと熱さまし・・・って何か変な形の薬だが」
「これ、座薬じゃん。誰よ、そんなの買ってきたの」とあきれ顔の秋葉。
中条が「薬を選んだの、睦月さんだったよね?」
「あ・・・」
「お尻に入れるんでしょ、いいわよ」
そう言って芦沼は、後背位のポーズで下着を下ろす。
「ほら、私がやるから男子は向こう向いて」と秋葉が仕切ろうとするが、芦沼は・・・。
「いいわよ、みんなやった仲だし、それに私、レズじゃないから」
「そういう話じゃないんだけど」と秋葉は不満顔。
佐竹が座薬を入れて、芦沼はまた横になる。
「芦沼さんが風邪だって?」
そう言いながら、数人の理学部の男子が来訪。
「玉子酒作ってきたよ」と蟹森。
「ネギが効くって聞いたんだが」と関沢。
「実家に伝わるお呪いなんだが」と笹尾。
十人ほどが布団の芦沼を囲んでわいわいやりだす。
「何なんだこの状況は」とあきれ顔の佐竹。
「眠った方がいいんだけどな」と村上。
「それより腹減ったぞ」と牛沢が言い出す。
「おかゆの残りがあるが」と佐竹。
「それは病人食だ」と村上。
「芦沼さん、もう食べたのか。パンとお握り買ってきたんだが」と蟹森。
「俺も」と言って寺尾がパンを出す。
「それ揚げパンじゃないか。病人が食べるようなものじゃないぞ」と能勢。
「そうなのかな?」と寺尾。
「腹減ったんなら食べようよ。俺も食べ物を買ってきた」と関沢。
「ジュースとかあるし、芦沼さんも飲みなよ。水分とって汗かいた方がいい」と笹尾。
芦沼は布団の中で、この馬鹿騒ぎを眺める。
そして(こういうのも楽しいな)・・・。
そう思いながら、やがて、うとうとし出す芦沼。
それを見て理学部の面々は「芦沼さん、寝ちゃったね」
「うるさくすると、起きるちゃうかもね」と笹尾。
「実験に熱中して無理したんだろうな」と蟹森。
「俺たち、帰るわ」と能勢。
理学部の面々が部屋を去ると、「俺らも帰るか」と芝田。
「誰か残ったほうがいいと思う」と村上が言い出す。
中条が「佐竹君が居るけど」
すると秋葉が「病人食とか必要だから、私が残るわ。みんなは車で帰るといいわよ」
だが村上が「車は睦月さんのだよね?」
結局、村上たち四人はそこに泊まった。
翌朝、芦沼の熱は平熱近くまで下がり、土日の間にすっかり回復した。
月曜には、いつものように大学へ。
研究室で湯山教授が声をかける。
「芦沼さん、風邪で倒れたんだってね。実験に熱中して無理したからだよ。当分実験はいいから、しばらく体を休めなさい」
芦沼は困り顔で答えた。
「そうしたい所なんだけど、みんな風邪で寝込んじゃいましたからね。これって私の風邪が感染ったんですよね?」




