第203話 絵師たちの今と未来
その頃、芝田は工学部の仲間たちと一緒に、アルバイトにありついていた。
コンピュータメーカーの独自ОSの開発・・・といっても、やる事は既存ソフトの改良だ。
担当者に案内されてコンピュータルームに行った芝田たちは、一緒に作業を行うメンバーと引き合わされる。
専門学校の小島・園田の他、国立大情報科学科の剣持という学生が居た。そして何人かの正社員技術者。
担当者が作業内容を説明して、作業開始。地味な打ち込みが続く。
そして休憩時間。
お茶を飲みながら、剣持が芝田たちに言った。
「県立大に村上って人が居るよね? 一緒じゃないの?」
芝田は「奴は友達だけど、コンピュータとは無縁だが」
小島が「奴が何ぞやらかしたん?」
剣持は言った。
「俺が居るコンピュータ研究会で、議論の中での、各自が持ち出す論点の根拠付けや批判の関連性を整理するシステムの開発に、協力して貰ったんだよ」
「あの、議論の勝ち負けを視覚化するシステムか。あいつは言い争いには強いからな。喧嘩じゃからっきしだけど」と芝田。
「剣持君もそういうのを作ってるの?」と泉野。
「あれは部全体のプロジェクトだから参加はしたけど、俺が作ってるのはアニメーション制作支援ソフトなんだ。絵の描ける奴が自作の絵を元に運動曲線を設定して中割りとか描いて短い動画を作るための支援ツールさ」
「だったら、俺たちが作ったのを見たら興味持つんじゃないかな?」と刈部が言い出す。
「何を作ったの?」と剣持。
「作画コンピュータさ」と芝田。
「漫画作成支援ソフトみたいな?」と剣持。
芝田はスマホに入れてあったデモの動画を剣持に見せた。
剣持は興味深そうに「これなら絵の描けない人もアニメ絵が描けそうだな。是非見てみたい」
翌日、双方が自作のシステムが入ったパソコンを持参。作業終了後、互いのパソコンを立ち上げる。
剣持は自作の動画支援ソフトを動かす。そして作業を実演。
「おー、動く動く」と、県立大の面々が感動の声を上げる。
「この元画、剣持が書いたの?」と刈部。
剣持は「俺、こういう絵は描けないんだよ」
「俺は漫画は描けるけどね」と刈部。
「使ってみる?」と剣持。
刈部が踊っている女の子の絵を描き、短い動画に仕上げる。
「巧いものだね」と剣持は驚きの声。
「あと、こういうのとか」
調子に乗った刈部はそう言うと、男女が騎乗位で交わっている絵を描き、短い動画に仕上げる。
「巧いものだと思うけど、ちょっと・・・」と剣持は困り顔。
泉野は「これだから男って」
榊が持参したパソコンを立ち上げ、作画コンピュータのソフトを動かして見せる。
「これなら漫画描けない人でも、あちこち変形させて好きなキャラに出来そうだね」と剣持。
「使ってみる?」と榊。
剣持は標準形女子キャラの背丈を変え、顔の形を変える。
「これが剣持の好み?」と榊。
「好きなアニメのヒロインのイメージなんだが」と剣持。
「幼女キャラだよね?」と榊。
「あ・・・」
小島は満面の笑顔で剣持の肩をポンポンしながら言った。
「ロりオタの同志よ。共に権力の抑圧に立ち向かおうぞ」
「いや俺、ロリコンじゃないからね」と剣持は困り顔。
泉野は「これだから男って」
芝田は笑いながら剣持をフォローする。
「まあさ、ものには其々の良さがあるんだよ。男も女も子供キャラも大人キャラも居て、初めて作品世界は成り立つのさ」
「そうだよね。俺、大人女子キャラ大好き」と剣持。
大人キャラの全身画像を、あちこち変えて別のキャラにする。三次元人体データと連動させ、二次元画像上に凹凸表現をつけていく。
榊と刈部が得意顔で解説をつける。
「陰影をつける場所が記録されて表現に反映する訳だ」と榊。
「肋骨が浮き出た表現とかも、こんなふうに」と刈部。
「ポーズはポイントを指定してこんなふうに」と榊。
泉野はあきれ顔で「何、М字開脚とかやらせてるのよ」
「肝心な部分は線一本書いてないからモザイクは不要でしょ?」と刈部。
「いや、だからって」と泉野。
「けど描線機能で線一本書けば」と小島が画像に手を加える。
「線の回りに陰が無いと、リアル表現がいまいち」と刈部が指摘。
「陰の範囲とグラデーション指定でこの通り」と小島が画像に手を加える。
泉野は「あんた達、大概にしときなさいよ」
そんな彼らの様子を見ながら、ふと剣持は「こういう作成データって・・・」
「線とか色範囲から作成作業工程、画面全体まで、いろんなレベルでオブジェクトとして記録されるからね、輪郭線を書き直すのも、消して書くんじゃなくて、線をあちこち動かしたり」と榊が解説しながら画像を操作。
剣持は「画面はいわばオブジェクトの集合体って訳か。手が込んでるな」
「だから、モザイクの要らないこの画像も、あるオブジェクトを追加すれば、こうなる」と榊がさらに画像に手を加える。
「要モザイクのエロ絵完成。すげー」と剣持。
「夜のオカズとしてお持ち帰りする?」と榊。
剣持は思わず「いいの?・・・って、いや・・・その・・・」
「けどさ、俺たちのツールもアニメーション機能追加したいよね」と刈部が言い出す。
「こっちのツールにも、使える描画機能が欲しい」と剣持が言う。
「参考用に、システムデータ交換する?」と芝田が言い出す。
「いいね」とみんなが賛同。
アルバイトの日々が続き、作業を通じて仲良くなる8人。
昼食中にわいわいやる。帰りにファミレスに寄る。
一緒に飲みに行こうという話になる。
最終日、剣持が、またパソコンを持参した。
「アニメーションツールに機能を追加してみたんだ」と剣持。
パソコンを立ち上げ簡単な画像を立ち上げる。中割を入れる作業が実にスムーズだ。
「かなり高機能になったな」と芝田。
「これ、売れると思う。みんな喜ぶよ」と刈部。
「いろんな補助機能を追加したからね」と剣持。
ツールフォルダーを開く。
「これとこれが描画用の新機能のためのツールで」と剣持は説明する。
並んでいるアイコンの中に、刈部は何やら怪しげなデータを見つける。
「これは?」と刈部は深く考えずにタッチパネルに触ってデータアイコンを・・・。
「それはダメ」と剣持が慌てる。
描画コンピュータで作ったあの要モザイク画像だ。動画化されてぬるぬるとリアルに動く。
「すげー」と感動する芝田たち。
「これは試験的に作ってみただけだからね」と焦り顔の剣持。
小島は「うん、解るよ。エロ動画は男のロマンだ」と言った。
泉野は「これだから男って」
アルバイトが終わり、手続きして報酬を受け取る。
去ろうとする剣持に芝田たちは「これから遊びに行くんだが、剣持も一緒に、どう?」
「悪い。用事があるんだ」と剣持は辞退した。
駐車場に出ると一台の車が待っていた。
「迎えに来たんだ」と剣持は言って車に右手で合図した。
一人の女性が車から降りる。
「もしかして彼女?」と芝田。
「年上で社会人だけどね」と剣持。
「どう見ても年下に見えるが」と刈部。
女性は芝田たちを見て、笑顔で「剣持君のお友達ね?」
「こんにちは。彼女さんですか?」と芝田。
「そうよ」と女性は笑顔で答えた。
「彼とは長いんですか?」と榊。
女性は言った。
「そうね。だけどこの人って奥手で、パソコンが恋人みたいな人だから。少しはリアル彼女に熱を入れて貰えると嬉しいんだけど」
そんな彼女を見ながら小宮はそっと榊に耳打ちした。
「なあ、あの人に彼がパソコンを何に使うか教えてあげたら、何が起こるかな?」
「また、そういうそういう悪趣味な事を」とあきれ顔の榊。
「いや、教えないけどね」と小宮。
泉野はあきれ顔で「そもそも彼をあんなふうにそそのかしたの、あんた達でしょ?」




