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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第20話 宮下さんの秘密

 宮下莉奈は男嫌いである。

 薙沢のような男性恐怖症とは違った意味で、意識的に男性嫌悪を剥き出しにした言動が、クラスの男子達に嫌われている。

 その一方で宮下は女好きである。

 所謂「レズ」の部類に属する性癖を持ち、入学当初から周囲の同性にハグを繰り返し、「バストチェック」のようなセクハラ紛いの行動も頻繁であった。

 その度に男子に向けて「どうだ羨ましいだろ」と言わんばかりの視線を送るのには男子達も間もなく慣れたが、女子達もそれが「同性としての気安さ」以上の意味がある事に気付いて、さすがに引くようになった頃には、水上のグループの中で男子を威嚇する役回りを得て、半ば嫌がられながらも明確に拒絶される事は無かった。


 そんな彼女にも不満があった。

 男子のように性的捌け口になるような「オカズ」の類に、女子としてはなかなか手が出ない・・・という問題だ。

 藤河のような腐女子ならBL本があるが、当然宮下には対象外だ。

 かと言って、男性向けのエロ本を書店で買う事には二の足を踏むし、スマホには親がフェルタリングをかけて、エロサイトにはアクセス出来ない。

「何で男ばっかり」という苛立ちが、彼女の男性嫌悪に拍車をかけた。



「もうすぐ夏だ。クラスの仲間と海に行けば水着姿を見放題だ」と自分に言い聞かせつつ、その日の昼休み、特別棟の空き教室の前を通ると、中で二人の男子の話声が聞こえ、宮下はとっさに息をひそめた。

 彼等にとって聞かれたくない会話である事は、声の調子からすぐに解った。

 会話の主は岩井俊也と八木俊一だ。


 岩井は牧村に負けないくらいの、どちらかというと線の細いタイプの美形で、入学初日には、かなり女子達にちやほやされていたが、三年に在籍している彼の姉が相当な弟好きで、早々に教室に乗り込んでブラコンぶりを見せつけてくれたお陰で、彼自身迷惑がっているにも関わらず、シスコン認定されて女子達も引いてしまった不運なイケメンである。

 八木俊一はいわゆる「オタク」だが、漫画でも百合日常物専門の、「百合豚」と呼ばれる特殊な趣味に特化している。

 宮下にとっては他の男子同様に男性嫌悪の対象だが、八木は気にせず、宮下がクラスの女子に求める過剰なスキンシップを見て「癒される」とか言って、他の男子から呆れられているような奴だ。


 二人は同じ中学出身の友人だが、話の内容からすると、どうやら八木はレズ物のエロ本を岩井に貸そうとしているらしい。

「ほら、これなんか凄いだろ。しかも無修正だぞ」と八木。

「無修正ったって、修正が必要な所は写ってないが」と岩井。

「そこがいいんじゃん。レズは美しいんだ。男なんて写ってたら普通萎えるだろ」と八木。

 (そうだ。百合は美しいんだ)と宮下は心中で呟いた。

 岩井は「そんなのお前だけだ。それにうちは姉さんがうるさいから、こういうのは持ち込めないよ」と言う。

 だが八木は「一晩だけなら見つからないって。とにかく一冊だけでも持って行って、オカズにしてみなよ。絶対病みつきになるから・・・」

 要するに趣味の布教なのだ。



 やがて二人が部屋を出る気配がして、宮下は隣の教室に隠れた。

 戸の隙間から覗くと、二人とも紙袋を持っている。あの中の本には、どんな女性がどんな姿で写っているのだろう。そんな思いが宮下の頭を占領した。

 五時間目の授業の間、それが頭を離れなかった宮下は、六時間目の体育のための着替えを終えると「忘れ物をした」と言って独りで無人の教室に戻り、岩井の席に行って鞄を漁った。

 例の紙袋はすぐに見つかった。おそるおそる本を取り出す。二人の女性のあられもない姿に、宮下の胸は高鳴り、頬が熱くなった。


 その時、教室の戸が開く音が聞こえた。

 宮下は心臓は破裂したかのように感じて入口を見ると、そこに居たのは八木だった。

 とっさに本と袋を後ろに隠したが、シラを切れる筈も無い。声が出ない。言い訳が思い浮かばない。

 身も表情も硬直した宮下に、八木は無邪気な笑顔を向けると、すたすたと自分の席に行って鞄から先ほどの紙袋を出した。


そして「それは岩井に貸したものだから宮下さんには貸せないけど、こっちのはもっとすごいよ」と言って紙袋を宮下に差し出した。

「借りて行くでしょ?」と八木。

 屈辱だ・・・と思いながらも宮下は、手が勝手に動いてそれを受け取ってしまう。

「あの・・・私・・・」と言うのが宮下には精いっぱいだった。

 だが八木は「だいじょうぶ、誰にも言わないから、それとさ・・・、レズは美しい。美しいは正義だ」と笑顔で言って、教室を出た。



 その後、宮下がレズエロ本を返す度に、八木は新しい本を持って来て、借りるよう勧めた。

 宮下は断れずにずるずる借り続け、その内容は次第に過激なものになり、ついには女どうしのSМものにまでなった。

 そんな中で1学期の期末試験も終わり、夏休み目前となったある日、新しいレズエロ本を借りて水上達と帰宅する途中の寄り道で、宮下は歩道の縁石に躓いた拍子に、鞄の中身をぶちまけてしまい、紙袋からはみ出したレズエロ本を水上に見つかってしまった。


「何これ?」と言って水上は、宮下が止める間も無くそれを開き、一同はそれを見て凍り付いた。

 宮下は必死に弁解し、八木が無理やり貸したものだと責任転嫁しようとしたものの、既に宮下の性癖を知っていた仲間達に通じる筈も無く、彼女達は完全に引いてしまった。

 翌日宮下は学校を休み、女子達にメールと電話で弁解し、ようやく取り繕ったものの、女子達から距離を置かれる存在になって、以前のようなスキンシップは出来なくなった。


 異変を察知した八木が宮下に「何かあったの?」と聞いたが、宮下は鬼のような顔で一言「あんたのせいだよ」と答えるのがやっとだった。

 だが女子達に距離を置かれて欲求不満の募る宮下に、新しいレズエロ本を貸そうという八木の申し出を断る事はできなかった。

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