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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第2話 村上君が死んじゃう!

 村上真言はいつものように朝7時の少し前に目を覚まし、アパートの畳部屋の布団から起き上がる。

 目覚まし時計が7時にセットしてあるのは、寝過ごしを防ぐ予防なのだが、起床する時これを解除し忘れて、朝食の味噌汁を火にかけた頃に時計がけたたましく鳴って慌てるのも毎朝のことだ。


 味噌汁は鍋で作ると、一人暮らしなので数日は食いつなげる。

冷蔵庫には、同様に夕食で数日食いつなぐ煮物の鍋を冷蔵している。そして卵を割って湯飲みに落として出汁醤油を垂らしてレンジで加熱。簡単だが、時間を間違えるとレンジの中で爆発するので、経験が必要だ。

 レタスは葉を二枚ほど毟ってさっと水洗いして千切ってドレッシングをかけて・・・。


 簡単な朝食を済ませると弁当を作る。ラップでご飯を包んでお握りを作り、作り置きの卵焼きや鶏肉炒めなどを、大き目の器からとって小さなおかず入れに詰めれば完成だ。これをカバンに入れてアパートを出る。



 学校の名簿では、村上は保護者である父親と二人暮らしという事になっているが、父親は仕事で全国を飛び回り、家には殆ど寄りつかない。そのため村上は中学の頃から実質一人暮らしだ。

 それをいいことに、小学校の頃からの悪友である芝田は、村上のアパートを「秘密基地」と呼んで入り浸って休日を過ごしている。



 アパートから学校までは大部分が一本道で、中条の家はその途中にある。しばらく歩いていると、後ろから来た自転車が、追い越し際にカバンで軽く村上の背中を叩いて止まった。芝田だ。彼は振り向いて声をかけると、自転車を引いて村上の隣を歩いた。

 会話はいつものように、前の日に見たアニメの事、クラスメートや教師の事、そして数日前から行動を共にするようになった中条の事だ。


「中条さんみたいに人前で話せないのって、いろんな種類があるけど、要は他人との関わりが怖くて・・・みたいなので、家族とは話せたりするみたい」

 そんなふうに、村上はネットで調べた知識で説明する。

「どうすればいいかとか無いのか?」と芝田。

「話しても大丈夫って体験で解らせる・・・とか書いてたな。周囲が積極的に関わってみるとか」と村上。


 そんな事を話しているうちに、中条の家に近付く。家の前で中条が待っていた。村上達が歩いてくるのに気付くと、ぺこりと頭を下げる。(手を振るとかすればいいのに)と村上は思って、手を振って答えた。

 毎朝三人で登校し、休み時間には村上と芝田の会話に混ざり、昼休みはあの階段の踊り場で三人で昼食を食べ、放課後には市内のあちこちで寄り道した。商店街や上坂川の河川敷公園、商店街の背後の丘陵にある上坂神社と周囲の公園など・・・。



 そんなある日の放課後、いつものように三人で商店街を歩いていると、二人組のチンピラに絡まれた。

 心配する中条だったが、村上は「芝田に任せておけば大丈夫」

 その言葉通り、芝田ひとりに撃退された二人のチンピラは「このくらいにしといてやる」と捨て台詞を残して逃げた。


 その翌日、三人で通りを歩いていると、一台の車が彼等の横に止まり、芝田は中から出てきた若い男性と親しそうに話し始めた。

 男性は芝田の頭を撫で、嬉しそうにしている芝田を見ながら村上は「芝田のお兄さんだよ」と中条に教えた。



 芝田は幼い頃に両親を亡くし、年の離れた兄に育てられた。

 そのため兄には懐いており、自分も兄のようになりたいと、ややもすると村上に対して兄貴風を吹かせたがるのだという。中条は芝田が村上の頭を軽く撫でる癖を思い出して(そういう事か)と納得した。


 その後、村上は芝田兄に挨拶し、車から出てきた女性を芝田兄は彼女だと紹介した。女性はわざと同僚だと自己紹介し、自分の彼氏の気を引くそぶりをするのを、中条は微笑ましいと感じた。

 彼女と芝田兄弟でしばらく話をした後、芝田は「これから兄貴と行く所があるから、後は二人で適当にやってくれ」と村上に告げた。村上が了解すると、芝田は兄の車に乗った。



 走り去る車を二人で見送ると、村上は「喫茶店にでも寄って帰る?」と中条に提案した。中条が頷き、二人が歩き出した時、村上は後ろから肩を掴まれた。

 昨日、芝田に撃退された二人組のチンピラだった。その一人が言った。


「お前等、昨日の奴の連れだろ。奴はどうしたよ」

「居ないけど、何の用ですかね?」と村上。

「何の用かじゃねーんだよ。昨日の治療費をきちんと払えって話なんだが、ダチなんだからお前が払ってくれんだろーな」とチンピラは凄んでみせた。

「治療費って、あなた達の方がこのくらいにしといたんじゃなかったんですかね?」と笑みを浮かべて返す村上の胸ぐらを、チンピラは掴むと「うるせーよ。さっさと財布出せ!」


 覚悟を決めた村上は、チンピラの手を振りほどいて財布を出しながら、中条にそっと「安全な所まで逃げて110番通報、出来るよね」とささやく。

 村上は財布と携帯を中条に持たせると「走って」と叫んだ。

 駆け出す中条に「ちょっと待てコラ」とチンピラの一人が怒鳴って追いかけようとしたが、村上はもう一人に右手を掴まれながらも、左手で中条を追いかけるチンピラの手を掴み、「離せよコラ」と振り返る彼にペッと唾を吐きかけた。

 そして二人がかりの暴行が始まるのを、離れた所から見ながら中条は、渡された携帯のキーを必死で押した。


「こちら緊急通報センター。どうされましたか?」と係官の声。

 助けを呼ぼうとするが声が出ない。向こうでは引き倒された村上が踏まれ、蹴られている。

 (やめて・・・村上君が死んじゃう・・・やめて)と中条の心が叫ぶ。

 動悸が高まり、脚ががくがくと震えた。

 助けを呼ばなきゃ・・・村上君を助けなきゃ・・・。そんな声で頭が破裂するかと思えた、その声はやがて頭から溢れ出し、喉に詰まった詮を突き破るように、かすかな声になって絞り出た。


「たす・・・けて・・・」

「もしもし、どうしましたか? 今どこにいますか?」と繰り返す係官の声が、中条の背中を押す。

「村上君を・・・助けて・・・死んじゃう・・・」

 その中条のか細い声はやがて泣き声に変わり、友人が暴行を受けている事を話せるようになる頃には、携帯のGPSによる位置情報で誘導されたパトカーのサイレンが、中条の耳に届いた。



 知らせを受けた芝田が病院に駆け込むと、病室には手当を受けてベットに横たわる村上と、ベットの隣で彼の手を握る中条が居た。

 村上はあちこち包帯やら絆創膏やらで、見かけは満身創痍だが、芝田が入ってくると元気そうに片手を上げた。

 不安そうだった中条の表情も明るくなり、隣の椅子に座った芝田の上着の裾を握った。


「昨日のチンピラにやられたって?」と芝田。

「中条さんが警察呼んでくれたんだ。お手柄だったんだよ、中条さん」と村上。

「私、携帯とか持ってないから、村上君が貸してくれて逃がしてくれたの」と中条。

「そーいや中条さん、普通にしゃべってんじゃん」と芝田。

 中条の変化に気付いて驚く芝田に、中条は嬉しそうな表情をしながらも、照れて俯いた。それを見て芝田はおよその出来事を察し、中条の頭をポン、と軽く撫でた。


 芝田は「そーいや、あのチンピラはどうした? 今度会ったらただじゃ済まさねーぞ」と憤ってみせたが、村上は「その必要は無いと思うよ」と笑った。


 チンピラ達による暴行の最中、サイレンが迫るのに気付いたチンピラが逃げようとした。

 その時、村上は傷だらけの手でその片割れの足を掴んだ。

「ここまでやって逃げるとか無いよね」と笑ってみせる村上の手を、チンピラは必死でほどこうとするうち、彼はパトカーから降りた警官に取り押さえられた。


そんな経緯を説明し、村上は言った。

「もう一人も捕まった奴の自白で逮捕。強盗未遂に暴行、傷害。れっきとした凶悪犯だ。これだけやられたんだから、社会のゴミを駆除するくらいの成果は出さないとね」

「お前ってやつは」と呆れたように言う芝田を見て、中条は嬉しそうに笑った。

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