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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第199話 山里の湯と収穫の秋

「体験農場に行かない?」

文芸部で出し抜けに渋谷が言った誘いに、真っ先に根本が反応して言った。

「私と鈴木君はパス」

芝田が笑って言う。

「根本さんに勝手に決められちゃってるけど、いいのか? 鈴木」

「根本さん抜きで俺が参加すると、後で何言われるか解りませんから」と鈴木は笑う。


「中川も一緒に行くんだよね?」と真鍋。

「また真鍋君、自動車を出してくれる?」

その渋谷の台詞を聞いて秋葉は興味津々顔で「またって事は、前にも三人で?」

「宝野温泉って所に」と渋谷。

「なんちゃって混浴の温泉でして」と真鍋が不満顔。

渋谷が「なんちゃってって何よ」

真鍋は「だって水着で入るとか」

秋葉が「欧米の温泉では大抵そうらしいわよ」と笑う。

芝田も「アニメじゃ、プールでも水着見られるから男子はお断りなんて女子キャラに言わせたり」



「まあ、三人で楽しんで来なよ」と村上。

すると渋谷は「先輩達も行きません?」

戸田は「私もパス。虫とか苦手だし」

「果物の収穫体験もありますよ」と渋谷。

「果物はお店で買って食べるものよ」と戸田。

「また身も蓋も無い事を」と桜木が笑う。


渋谷は「秋葉先輩たちはどうですか?」

「畑仕事を楽しむ趣味は無いけどなぁ」と秋葉。

「温泉もやってる所ですけど」と渋谷。

秋葉はいきなり乗り気になって「行くわよね? 真言君、拓真君」


渋谷はさらに「住田先輩は?」

「興味ないと思うわよ。ナンパする女の子も居ないんでしょ?」と斎藤。

「そういえば中川はここの大学を受けたんだよね? 発表はまだなんだろ?」と村上。

「自己採点でも大丈夫みたいですよ」と鈴木。

「何で鈴木が知ってるんだ?」と芝田。

真鍋が「あいつ経済学部なんで、去年受けた経験でアドバイスしてもらってるんですよ」



行き先は閑谷温泉。

山間部の農村にある温泉として、かつてはそれなりの集客もあった。だが今は集客は途絶え、農村も廃村状態だ。

その廃絶した設備を遺産として受け継いだ人が、流行りの体験農場を備えた温泉として再生しようとしているのだ。

話を聞いた村上は「もしかして渋谷さん、単に温泉や畑仕事を楽しもうってだけじゃなくて・・・」

「農業の事業化の実例として見てみたいって目的もあったんです。夏合宿で行った所と似てるな・・・って」と渋谷が説明。



村上たち四人は秋葉の車で、渋谷達三人は真鍋の車で、二台連ねて目的地を目指す。

上坂市から車で一時間半。川沿いの谷間の道路を抜けた小規模な盆地だ。

あまり大きくないコンクリ建物を改装した宿。背後に体験農地が広がる。


受付の手続きを済ませて部屋に案内される。

宿の人は言った。

「それなりにお客さんは来てくれるようになりましたが、料金は高くできないんで、収益はかつかつです。けど農家としての収入もあるので、何とかやっていけています。閑谷農園のブランドで売ってまして、途中の道の駅にも置いて貰っているんですよ」

話を聞いて村上が「帰りに寄ってみるか?」



果物は、桃は既に終わってる。ブドウと梨、そして栗とサツマイモ。

渋谷が宿の人にあれこれ質問する。


オレンジ色の実が多く実る果樹を見て、渋谷は「あれは柿畑ですね?」

「甘柿は終わってまして、今のは串柿や晒柿用ですね」と宿の人。

「採ったものを食べられないというのは痛いですよね?」と渋谷。

「そうでもないですよ」と宿の人は言うと、そこに案内する。

そして真っ赤に熟れた柿をとって「食べてみますか?」


皮を取り、グズグズになった中身を、スプーンで掬って食べる。

「甘くて美味しい」と部員たち。

「商品としては駄目になったものなんですけどね」と宿の人。



サツマイモを掘ってみようという事になり、体験用の畑に向かう。


途中の畑の畝に百合の葉と茎が並んでいる。

「あれは切り花用?」と中条が訊ねる。

「ユリ根ですよ。掘ってみますか?」と宿の人。


真鍋が「ユリって女の子どうしでイチャラブするって、あの・・・」

村上が笑って「語源的には間違ってないが、先ずそれが出るのが真鍋君らしいというか」

「俺はそういうのはパス」と芝田。

「俺らは同級生に宮下さんが居たからなぁ」と村上。


渋谷は「どんな人ですか?」

「ゲスレズって仇名のついたガチレズ女で、男に対してやたら攻撃的。今、エステの専門学校に居るよ」と村上。

「エステかぁ」と渋谷。

「女の体に触りまくれるって動機でね」と芝田。

渋谷は「それはちょっと・・・」と苦笑い。


「こっちはビートですね?」と渋谷。

「いろんな作物で差別化を試みているんです」と宿の人。


 

サツマイモの畝に着く。

宿の人が掘り方を説明しようとするが、渋谷と真鍋が「これを掘るんですね?」と言って掘り始める。

「お客様、お上手ですね」と宿の人。

村上が笑って「あの二人は大学の農業科でして」


他の面々も説明を聞いて作業開始。

芝田が「おい、村上、こんな大きいのが掘れたぞ」

村上が「こっちの方が大きいと思うぞ」

芝田と村上が掘った芋の大きさで競争を始める。


「真言君、こんなのが掘れた」と中条が掘った芋を見せる。

「一番は里子ちゃんだな」と村上。

嬉しそうな中条を前に、小さな芋を幾つも抱えた秋葉が言った。

「何でもそうだけど、大きいのは大味って言って、むしろ小さめの方が上等だったりするものよ」


それを受けて芝田が「胸とかもそうかな?」

秋葉はハリセンで芝田の後頭部を思い切り叩いた。



昼食。

掘った芋を洗って水を切り、石焼窯で焼く。

焼けた芋を出され、部員たちが食べる。

「やっぱり掘りたては美味いな」と村上。

「こっちの小さめのはもっと甘い」と芝田。

「大きいのは大味って本当だったんだ」と村上。

秋葉が怖い顔で「真言君もハリセンが欲しいのかしら?」

村上は慌てて「ごめんなさい」



午後はブドウと梨の収穫。その場でブドウを食べてみる。

ジューサーで梨を絞って飲んでみる。


栗拾いを体験。

イガを拾い、道具で開いて茶色の実を取り出す。

「栗のイガってウニみたい」と中条。

村上は笑って「普通はウニを見て栗みたいって言うんだけどね」

「夏に海で遊んた時に見たからね」と言って秋葉が笑う。


ふと中川が畑の脇の林を見て「あの、蔓になっているのは?」

「アケビです」と宿の人。

「あの薄紫の割れてるのが・・・」と中川。

「割れた中に見える白いのを食べます。食べてみますか?」と宿の人。


実を割って、中の白い泡のようなものをスプーンで掬って食べる。中にはたくさんの黒い種。

「甘いですね」と渋谷。

「種はすぐ出した方がいいですよ」と宿の人。

芝田が「スイカは種ごと食べるのが通なんだけどな」

「またそういういい加減な蘊蓄を」と村上が笑う。

「お前、種を呑み込むと腹の中で芽が出て、体中から生えてきてスイカ人間になるとか脅されて信じたクチだろ」と芝田が笑う。

調子に乗ってもぐもぐやっている芝田が、急に顔をしかめ、「苦い」と言って種を吐き出す。

「ほら、言わんこっちゃない」と村上が笑った。



農場を引き上げ、食堂へ行き、桃や晒柿を出される。

渋谷と真鍋が経営について宿の人に質問する。


「私、卒業したら農業会社を起こすつもりなんです」と渋谷。

宿の人は「私たち、経営については素人ですから」

真鍋は中川の肩をポンポンして「この中川は大学で経営学を学ぶんです」

宿の人は言った。

「それは頼もしいですね。農家のブランドって、日本中の農家がやってますから、差別化が大変でして、それで観光を兼ねて知名度を上げようかと」

「観光農園も全国にありますよね」と中川。

「それでユリ根とかアケビとか、他所でやってないものをと」と宿の人。


「経費節減とかにも苦労されますか?」と渋谷。

「この建物の部屋も、半分くらい閉鎖してます。お風呂は男湯だった所だけ使ってます。家族連れとかも来ますけど、同時に二組とか来ないし、必要な時は男女時間を決めて入って貰ってます」と宿の人は言った。



夕方が近づき、入浴しようという事になる。

村上は三人の後輩に「俺たちは四人で入るが、君等はどうする?」

「俺と真鍋さんで入ります」と中川。

「中川は男と風呂に入るのが趣味か? お前と渋谷さんで入りなよ」と真鍋。

すると渋谷は「三人で入らない?」


「いや、渋谷さんは中川の彼女なんだし」と遠慮顔の真鍋。

中川は「俺は構いませんよ」

「お前、俺が先輩だからって、変な気の遣い方するなよな」と真鍋。


すると秋葉が笑って「何なら真鍋君、私たちと入る?」

「ほら、そうなるから・・・真鍋君はこっち」と渋谷。



湯舟の中で渋谷は中川を膝の上に乗せる。

真鍋は眼のやり場が無さそうに「渋谷さん、俺が居るんだし、胸くらい隠しなよ」

「これ、気持ちいいよ、真鍋君も来なよ」

真鍋は照れて「そういうのはいいから」


渋谷は急に真面目な表情になって、真鍋に言った。

「芦沼さんに聞いたの」

「何を?」と真鍋。

「真鍋君、あの人の誘い、断ったのよね。私のことが好きで操を立ててるんだって」と渋谷は目をうるうるさせる。

「・・・」

渋谷は「真鍋君って、いい加減なフリしてるけど、本当はちゃんとした人なんだね」


そして中川も言った。

「俺、それ聞いて感動しました。俺だったら多分、乗っちゃうと思うから」

真鍋は慌てて「彼女の前でそんな事言っていいのかよ」

「男ってそうでしょ? それに中川君は中川君のものだもの」と渋谷が言う。

「だから俺、もし真鍋さんと渋谷さんの間に何があっても、気にしませんから」と中川が言う。



唖然とする真鍋。そして溜息をついて、言った。

「いや、違うんだよ。あれは勘違いだから」

「勘違いって?・・・」と渋谷。

真鍋は言った。

「秋葉さんがいつも冗談ばかり言ってるでしょ? それと同じだと思ったんだよ。芦沼さんも冗談で言ってるんだって。そうでなかったら断ったりしないよ。だから俺の事なんて気にしないでいいから」


渋谷と中川、唖然。やがて浴室に笑い声が響く。

「そうだったんだ」と渋谷。

真鍋は頭を掻いて「俺ってそういう奴だから」

「やっぱり真鍋君はそうでなくっちゃね。安心した。だから真鍋君って好き」と渋谷は笑った。

「俺も真鍋さんの後輩で良かった」と中川は笑った。

真鍋は「後輩は大学にちゃんと入ってからだから」

  


真鍋たち三人が上がり、村上たち四人が温泉に入る。

「普通に温泉してるね」と中条。

「女湯が閉鎖中なんて思えないよな」と芝田。

秋葉は「以前は客が居たんだろうな」

「復活するといいよね」と村上が言った。



夕食になる。

鍋の蓋を開けるとボルシチだ。

「ロシアの人から教わりまして」と宿の人。

「いろんな所からネタを仕入れているんですね」と感心顔の渋谷。

宿の人は嬉しそうに「珍しいものがあると、やってみたくなるんですよ。家畜だと、ヤギとか羊とかの乳製品を加工するいろんな民族のレシピがありますよね?」

「トナカイの乳はコクのあるチーズが出来ますよ」と真鍋。

「肉も旨いらしいですね」と中川。

「なんせ北極のイヌイットは生で食べるくらいですから」と村上。

宿の人は少々困惑顔で「けど、あまり手を広げ過ぎるのも・・・」


百合根の煮付け、シメジとブロッコリの天ぷら。おかずの種類が豊富だ。

「豚肉は提携している畜産農家から仕入れています」と宿の人。

「うちも実家は酪農家なんです」と真鍋が言った。

秋葉は「このワインは?」

「ブドウの代わりに柿を使ったものです」と宿の人。

「いろんなのがあるんだね」と中条。



食事が終わる。

二部屋用意されている。二年生部屋で七人が布団に寝転んでわいわいやる。

寝ようという事になる。

一年生部屋に引き上げた三人。三組の布団が敷いてある。

「君等は同じ布団で寝なよ」と真鍋が二人に言った。

渋谷は「一つの布団で三人、寝れるよ」


二年部屋に残った四人。

中条と村上、芝田と秋葉で同じ布団に入る。

秋葉が「あの子たちと別の部屋になったのって、久しぶりに四人でやるため?」と言って笑う。

「いや、あいつら三人の仲が進展するように・・・だろ?」と村上。

「ってか、やりたいのかよ」と芝田。

「女に言わせる気?」と秋葉。

「相手に言わせる気かよ」と芝田。

村上は笑って「そういうのはいいから。里子ちゃん、いいかな?」

「私、やりたい」

そう言って、中条は用意してきた避妊具を出した。

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