第197話 オルグの魔宴
大学祭で、心理学研では前年と同じ動物行動実験を計画した。生化学研でも人工子宮実験の公開を予定した。
だが、生化学研の企画には別の話題が大きな影を落としていた。
ボランティア研究会が生命倫理のシンポジウムを行うというのだ。一般客からの意見を随時受け付けると、盛んに宣伝していた。
そんな中で国立大から鹿島が来て、情報を伝えた。
ボランティア研究会が反人工子宮派と連絡を取り合っているという。
生化学研究室の学生たちが鹿島を囲んで話を聞いた。
「国立大でも妨害工作を計画しているらしい。県立大でも攻撃する気で、生命倫理と言いつつ、中身は人工子宮研究を大々的に非難してやろうって計画みたいだぞ」と鹿島が言った。
「噂じゃないのか?」と上級生の蟹森。
「それが、裏のターゲットが人口子宮だって情報を意図的にばら撒いているらしいんだよ」と鹿島。
「標的は芦沼さんか?」と笹尾が心配そうに言う。
「去年派手にやったからな」と鹿島。
「無視した方が良くない?」と江口が意見する。
鹿島は「無視したら逃げたと宣伝すると思う」
「その、連絡を取り合っている反人工子宮派って?」と上級生の牛沢。
「バービー加山だよ」と鹿島。
バービー加山の本業は精神科医だが、女性運動の活動家として盛んにマスコミに出ている有名人だ。
村上が「正面からの議論ならコテンパンにしてやるんだが」と言ったが・・・。
鹿島は「そういう正攻法で来る奴等じゃない。雰囲気盛り上げて公開を妨害しようって事だろうな」
「その前に公開を終わらせたらどうかな。申請時間を開始直後にしてさ」と上級生の能勢が言った。
大学祭当日。
開場とともに実験の公開が始まる。人工子宮実験を解説する湯山教授。実演する鮫島助手。
鹿島が来客の様子をチェックする。
鹿島は「怪しい奴は居ないようだな」
「終盤のシンポジウムが勝負だって事か?」と村上。
「中条さんの所の動物行動実験も始まってるんだよな?」と鹿島。
双方の実演が終わり、中条はハロウィンのイベントに参加する。村上は文芸部へ戻る。
やがて中条がハロウィンを終えて文芸部に戻った。
村上が「沙友里ちゃんが教えてくれて助かったよ」と言って笑う。
中条は板チョコの裏に貼ってあった写真を示して「この写真、真言君ね?」と中条。
「睦月さん、みんなを巻き込んで、散々いたずらしたもんな」と村上。
「あれで怒るのは格好悪すぎよね」と中条。
「大学祭、廻ろうか」と村上。
その時、芝田が帰還し、村上と中条を見て言った。
「交代で抜けてきたぞ。お前等も居るのか。一緒に大学祭、廻るか」
「拓真君、これ」と中条が見せた写真に、芝田は爆笑。
「睦月の写真だろ。どうしたんだ?」と芝田。
「真言君がハロウィンのお菓子に仕込んだの。悪戯の仕返しで」と中条。
芝田は「睦月、みんなを巻き込んで、散々悪戯したもんな。これで怒ったら格好悪すぎだよな」
その時、秋葉が帰還し、村上たちを見て、言った。
「何よ、あの写真。真言君でしょ?」と膨れっ面。
三人が爆笑して「格好悪すぎの人が御帰還だな」
「睦月さん、みんなを巻き込んで、散々悪戯したもんね」と中条。
「悪戯はハロウィンの定番で子供たちの特権よ。トリックアンドトリートよ」と秋葉。
「いや、トリックオアトリートだから」と村上。
「それよりみんなで大学祭、廻らない?」と中条はウキウキ気分で言った。
四人で、あちこちのブースを巡る。
行く先々で秋葉の悪戯に関する苦情を聞かされた。
曰く「あの悪戯、秋葉さんだろ?」「すっごく恥ずかしかったんだからね」「俺、彼女に張り倒されたぞ」「勘弁してよ」
必死に秋葉を庇う村上と芝田。二人に同情する被害者たち。
「お前等も、こういう彼女持つと苦労するよな」
そんな言葉を聞かされる村上と芝田の横に居る、当の秋葉の涼しい顔を、あきれ顔で見る中条。
体育館では八上美園と月代佳奈芽のダブルライブをやっていた。
「八上さんと月代さんがデュエットかよ」と芝田。
「あの二人、仲直りしたのかな?」と中条。
「そうでもないみたいだよ」と村上。
入口に投票用紙と投票箱。投票用紙に八上美園と月代佳奈芽の名前。
「どちらかに〇をつけて投票箱へ・・・だってさ」と秋葉。
中条が「どっちに入れる?」
去年作成した人型ロボの実演を、メカトロニクス研究室単独のイベントとしてやっていた。
「やってるな、曽根」と芝田が声をかける。
曽根は昨年の大学祭でメカトロニクス研側で先頭に立っていた学生だ。
曽根は彼等を見て「見に来てくれたか、芝田。それに秋葉さんも」
「相変わらずね、曽根君」と秋葉。
「去年のあのイベントで、ロボット研究する奴が増えてさ。秋葉さんのミリアネスコラボももう伝説だよ」と曽根が笑って言う。
「曽根君もロボットを続けるの?」と秋葉。
曽根は「俺はドローンをやろうと思うんだ」
「それよりお前等はハロウィンの悪戯被害は受けなかったのかよ」と芝田。
「そうなるだろうって予想して、ハロウィンが終わった時間にイベント設定したからな」と曽根。
「この人の性格よく解ってるじゃん」と村上が笑う。
曽根は「お前らの方が解ってるんじゃないのか?」
大学祭も終盤に近付く。
「もうすぐシンポジウムだね」と中条。
村上は「俺、行くよ」
「私も行く」と中条。
芝田と秋葉も同行した。
シンポジウムが始まる。司会者はボランティア研究会の部長。
開会の弁とともに一節ぶつ。生命という言葉を連呼する部長。
そして言った。
「このシンポジウムは他と異なり、学問的にも思想的にも開かれた対話の場として設定しました。演説中であっても、質問のある方はどんどん挙手・発言して下さい。そうした議論の中でこそ、学問としての真実は定まります。私たちの示す真実に異論のある方もおられるでしょうが、彼らの過ちは彼らが議論に追い詰められて口を閉ざさざるを得なくなる事で、過ちと証明されるでしょう」
それを聞いて、これまで様々な議論もどきを見て来た村上が溜息をついて、言った。
「脅しでも何でも相手の口を塞ぐか、延々と同じ言い張りを繰り返して相手を疲れさせようって奴の言い分だな」
「そうだね」と中条。
最初のパネリストの演説。
宗教まがいの言説で人権運動を自称し、ネットで批判されている女性活動家が、どこかで聞いたような弁舌を垂れる。
「授精では、一億もの精子が、私たちのサイズに例えるなら、太平洋を泳いで渡るような必死の努力でたった一個の卵子を目指します。そんな膨大な精子が群がる中、卵子は最初に到達した一つだけを受け入れ、それが新しい生命の誕生となります。一億分の一という奇跡のような確率が生命を産み出す中、選ばれなかった多くの精子は死に絶える。それが自然の摂理なのです。それでも卵子は同時に二つの精子を受け入れる事はけしてありません。まるで貞操堅固な女性のようではありませんか」
横で聞いていた男性がぽつりと呟いた。
「そうやって男を消耗品扱いするんだよな」
他の男性客も嫌気がさしている様子が解る。
しばらく演説が続き、パネリストが交代。
次のパネリストが人工子宮を攻撃した。
「自然の摂理に反して人の手でこれを模倣し、勝手に生命を作ろうという人工子宮のために、研究と称して、実験動物の生殖機能を切り刻み、弄んでいる人達が、残念ながらこの大学にも居ます。子宮は神聖な部位であり、それによる生殖で個体数を増やして繁栄するのは、生物の存在意義の根幹です。それを切り刻み冒涜するのは、殺すより罪の重い行為です」
その時、一人の女子学生が挙手した。芦沼だった。
「質問があります。神聖とか罪とか、言ってる事は宗教じゃないですか。それにこれは家畜の増殖にプラスする研究ですよ」
「家畜は支配された存在で、動物の中の敗北者であり、家畜というシステム自体が罪です」とパネリスト。
「個体数を増やして繁栄するのが生物の存在意義の根幹だとさっき言いましたよね? だとしたら哺乳類で最も個体数の多いのは肉牛です。それはむしろ成功者と言えるのではないですか?」
「奴隷として保護されるのが成功と言えるか!」
「あなたが著作を賛美したバービー加山氏は、日本人は外国の奴隷になって重宝されるのが勝ち組の道だと言ってますが?」
その時、会場から芦沼に野次が飛んだ。
「黙れ売女!」
さらに四方から次々に野次が飛ぶ。いずれも女性の声だ。
「あんた、研究室の男とやりまくってる女だろ!」
「糞ビッチ死んじまえ!」
「男に媚びて楽しいか!」
「この淫乱が!」
芦沼の表情が強張り、手が震えた。
中条が心配そうに呟く。「芦沼さん」と。
その時、会場中央から大きな声が響いた。鹿島だ。
「ボランティア研究会三年の吉見さん。下品な野次は止めましょう」
次いで、会場の四隅から次々に声が上がる。
「こちら会場左手後方隅でボランティア研二年梶村さんの野次映像確認しました」
「こちら会場右手後方隅でボランティア研二年牧野さんの野次映像確認」
「こちら会場左手前方隅でボランティア研一年山下さんの野次映像確認」
「こちら会場右手前方隅でボランティア研二年保坂さんの野次映像確認」
場が静まる中、鹿島の発声が響く。
「はいお疲れさん。随時自由な質問を受け付けると言いながら、部員を使った組織的野次でしれっと口封じ。実に頂けませんね」
司会はおろおろしながら「し・・・証拠は・・・」
「野次を発声する現場はばっちり録画してありますが? 公開して確認しますか?」




