第196話 トリックアンドトリート
十月、資格取得のために三年になってから受ける選択科目の説明会がある。
佐藤と佐竹は高校教諭資格、島本は小学校教諭資格、中条は幼児保育資格の説明会に参加した。
中条はそこで文学部の柏木と鉢合わせた。
「中条さんも幼教?」と柏木が訊ねる。
中条は「うん」と一言。
「村上君とはどう?」と柏木。
「相変わらず優しいよ。柏木さんは宮田君とはどう?」と中条。
柏木は言った。
「いい感じだよ。ところで中条さん、幼教目指すなら大学祭でハロウィンやらない? 児童文化研究会が企画してるの」
児童文化研究会は保育士や小学校教諭を目指す女子主体のサークルだ。
付近の保育園の子供たちを集めて、仮装させてあちこちのブースを巡るという企画に、中条は乗った。
そして企画準備の会合に出席した。
そこで中条は、思いがけない参加者と鉢合わせた。
「あら、里子ちゃんも参加するの?」と彼女に話しかけたのは秋葉だ。
「睦月さん、このサークルの人?」と中条。
秋葉は「友達が居て、誘われたの。部長さんが経営技研の先輩の彼女でね」
「睦月さん、子供が好きなの?」と中条。
「そうじゃないんだけど、お菓子をケチるブースに悪戯するのって、わくわくしない?」と秋葉。
「ハロウィンってそういうのだっけ?」と言って苦笑する中条。
部員と参加者達はいくつかの保育所を廻り、保育士に誘いをかける。話に乗った中に、あの春月保育専門学校の隣の保育園があった。
そこで中条は、あの須賀教授の幼い娘と再会した。
「子はかすがいのお姉さんだぁ」とはしゃいで中条に抱き付く教授の娘。
中条は「沙友里ちゃん。パパとママはどう?」
「あれから仲良くなったけど、また喧嘩するようになったの。けど今はすっかり仲良しだよ」と沙友里。
「良かったね」と中条。
沙友里は「それで、あのおじさんはいないの? あの人、お姉さんの彼氏なんでしょ?」
「大学を廻ってると会えると思うよ」と中条。
参加する子供たちの名簿を作り、班分けをして担当を決める。
そんな中、打ち合わせに行った保育園で一人の園児が言った。
「うちに居る保父のお兄さんみたいなイケメンは居ないの?」
すると、その隣に居た園児が「無理言っちゃ駄目だよ千恵ちゃん。この人達、非モテ女子だから」
さらに別の園児が「かわいそう。うちのお兄ちゃん、紹介しようか?」
そう言われた女子大生はこめかみをヒクヒクさせながら、無理な造り笑顔を見せながら「これだから子供って・・・」と呟く。
そして他の仲間に「誰か彼氏連れてきてよ」
秋葉が経済学部の仲間に呼びかける。
だが「子供は苦手なんだが」と時島。
「要求してるのってイケメンだろ?」と津川。
多くが参加を渋る中、栃尾と寺田が参加を承諾した。
児童文化研究会の会合に連れて行かれた二人を見て、部長は言った。
「この二人ってロリコンじゃないよね?」
「それは言わない約束よ」と秋葉。
「ってか俺たち、秋葉さんの要望に応えただけだから」と二人の男子は口を尖らせた。
その他、柏木の彼氏として宮田、中条の話を聞いて佐藤が参加した。
更に打ち合わせが続く。
「どんな仮装をさせる?」と部長がみんなに言うと・・・。
秋葉が「映画研究会で特殊メイクやってる友達がいるわ」
経済学部の研究室で秋葉が当の男子学生に話を持ちかける。
「お願いがあるんだけど、ハロウィンの仮装、試してみてくれない?」
一人の園児を映研の部室に連れてきて仮装を試す。
「仲間からはハリウッドでも通用するって言われてるんだ」
そう自慢しながら彼はノリノリでゾンビメイクを施す。
「すごいリアル」と、秋葉に同行した女子学生も満足げ。
秋葉も「いいわね」と・・・。
だが、園児は鏡を見て、怖がって泣いた。
「過ぎたるは及ばざるが如しってやつね」と秋葉は呟く。
仮装が決まった会合の席で、秋葉は言い出した。
「さて、お菓子をくれない所には、どんな悪戯をしようかな」
「いや、あれって元々ただの脅しでしょ?」と他の女子たちが言う。
「それに、噂が広まってるから、お菓子をくれない所は無いと思うわよ」と柏木が言った。
最初は無邪気な子供のイベントと受け取られていたハロウィンだったが、秋葉が一枚噛んでると伝わると、面白がって手の込んだ事をやらかすに違いないという話になっていたのだ。
「何されるか解ったもんじゃない・・・って噂が広まってて、みんなお菓子を用意してるそうよ」と部長も言った。
「つまらないわね。ハロウィンって、いたずらしてナンボだと思わない?」と秋葉は悪戯っぽく笑ってみせた。
秋葉は嬉々として参加者たちをそそのかし続け、次第に彼女たちはその気になった。
そして学祭当日。
二人一組で担当時間を決め、数人の園児を引き連れて、あちこちのブースを巡る。
籠を二つ。一つはお菓子を入れてもらうもの。もう一つには様々ないたずらグッズが入っている。
ネズミ花火、ゼンマイ仕掛けで自走する玩具のネズミやゴキブリ、そしてエロ本や女性の下着が入った紙袋。
「これ、何が入ってるの?」と紙袋を見て不思議そうに聞く園児に、秋葉はおどして言った。
「魔法の悪戯グッズだから、開けると魔法が発動して酷い目に遭うわよ」
サッカー部ではスポーツイベント会社の内海の協力で地元チームのグッズを販売している。
四年生になった元部長が園児たちに対応していた。キャラメル二箱を籠に入れてあげる。
籠を持っていた女児が無邪気な笑顔で言った。
「ありがとう、お兄さん、抱っこして」
女児を抱えて、はしゃぐ元部長。
元部長は「ほーら、高い高い」
「ありがとう、お兄さん、大好き」とはしゃぐ女児。
満面の笑顔で園児たちを見送る元部長を横目に、一人の部員が壁に何か貼ってあるのに気付いて言った。
「これ、部長じゃないですか?」
「さっきの子供を抱えてる写真だよね?」と他の部員。
「インスタントカメラで撮ったんだな。あれ? 何か書いてあるぞ」と、さらに他の部員。
写真の下の部分に一言。「ロリコンおじさん発見」とマジックで書いてあった。
芝田達の作画コンピュータ実演ブースでは泉野が対応した。男の子にやたらベタベタする泉野。
彼らが去った後、まもなく刈部がそれに気付いて言った。
「泉野さん。背中に何か貼ってるよ」
「何よ、これ」と泉野は背中の紙をとって見る。
背中に貼られた紙には「美少年男児求む」と書かれていた。
心理分析研究会では角田が籠にビスケットを一箱入れてあげた。
彼らが去った後のブースの入口に「モテテク指南致します」の張り紙。
女子高校生たちがそれを見て笑って言った。
「何? あれ」
「ヤリサーってやつでしょ?」
まもなく男子高校生の二人組がブースに入った。
「いらっしゃい」と角田。
男子高校生は「あの、表の張り紙見て来たんですけど、どうすれば女子にモテますか?」
人工子宮実験の公開では、園児たちは一枚の写真を残した。
一年男子の一人がそれを見つける。それには、芦沼に抱き付かれて迷惑そうな山本が写っていた。
それを見て彼は芦沼に「これ、芦沼先輩の彼氏ですか?」
農学部の動物触れあいコーナーでは、園児たちは兎や子豚を見てはしゃいだ。
「兎って可愛い」と園児たち。
そこで動物を満喫した後、お菓子を貰い、出がけにそっと兎のぬいぐるみを"ある物"に被せたものを残した。
来客の数人の女性が気付く。そして口々に言う。
「こんな所にぬいぐるみ?」
「ここのマスコットかしら」
「何か入ってるわよ」
彼女らの一人がそれを出してみる。
「何これ、変な筒みたいな・・・」
横に居たその女性の友人が、その正体に気付いて言った。
「それ、オナホールよ」
エスニック料理研究会のバザーでは、女子学生たちは可愛いを連呼して園児たちの頭を撫で、あれこれ食べさせた。
その後、子供たちはお菓子を貰い、出る時に可愛くリボンで飾り付けたバイブレーターを残した。
その園児の中に居た沙友里が佐藤に訊ねる。
「さっきのあれ、何?」
佐藤は「大人のおもちゃだよ」と答えた。
沙友里は納得したように「あれかぁ。お母さんが遊んでたのは。けど、どうやって遊ぶの?」
笑ってごまかす佐藤。
そして佐藤は相方の中条に「この後、どこに行くんだっけ?」
中条は「文芸部よ。沙友里ちゃん、真言君に会いたがってるの」
そして中条たちは文芸部の部室に入る。
「トリックアンドトリート」と園児たち。
「いらっしゃい」と彼等を迎えたのは村上だ。
「子はかすがいのおじさんだ」と沙友里は村上を見つけてはしゃいだ。
村上は彼女と一緒に居る中条に「里子ちゃん、この子って?・・・」
「須賀教授の所の沙友里ちゃんよ。真言君が御両親の不仲で相談に乗ってあげた」と中条。
「そうか。パパとママは、まだけんかしてる?」と村上は沙友里に言った。
「もう、すっかり仲良しだよ。おじさん、ありがとう」と沙友里。
村上は籠に一つかみの一口チョコと一枚の板チョコを入れてあげた。
沙友里はそっと村上の耳元で囁いた。
「ネズミ花火に気を付けてね」
一人の園児が部屋を出る間際、そっと部屋に投げたネズミ花火に、村上は素早く濡れ雑巾を被せた。
そして「どうやら、お菓子をくれた所も盛大にいたずらされてるらしい」と村上は笑った。
「それ、ハロウィンの趣旨に反するんじゃないですか? だってトリックオアトリートですよね?」と部屋に居た真鍋は首を傾げる。
「いや、さっき確か、トリックアンドトリートって言ってなかった?」と村上。
真鍋は「そういえば・・・」
「睦月さんの差し金だね」と村上は言って笑った。
各グループが予定を一通り廻る。
部長が「これで終わり?」と確認すると、秋葉が手を挙げて言った。
「もう一か所行っていいかしら。里子ちゃんのグループ、ついて来てよ」
行った先は経営技術研究室だった。
「トリックアンドトリート」と園児たち。
「パパ」と沙友里が言って教授に飛びつく。
「沙友里か。よく来たね」と須賀教授。
「お菓子、ある?」と沙友里。
教授は「あるよ。斐川君、茶菓子をあげてくれないか」
斐川助手が茶菓子の饅頭をいくつか籠に入れてあげる。
研究室に居た学生たちが興味深そうに「その子が沙友里ちゃんですか?」
「可愛いだろ?」と自慢げな教授。
その時、秋葉は沙友里に聞いた。
「ねぇ、沙友里ちゃん、パパとママは、今、仲良し?」
「今は仲良しだよ」と沙友里。
「前は喧嘩してたの?」と秋葉は続ける。
「うん。悪いおばさんが、パパを連れて行きそうになったの。パパはその人と別れるって言って、ママと仲直りしたんだけど、おばさんがパパを離してくれなくて、また喧嘩になっちゃったの」と沙友里。
「そのおばさん、しつこかったの?」と秋葉。
沙友里は「おばさんに仲間が居て、パパが別れられないようにしたんだって。パパとママが離れ離れになりそうになって、沙友里、すごく悲しかったよ」
斐川助手はこめかみをヒクヒクさせて秋葉に言った。
「秋葉さん、私に何か言いたい事でもあるのかしら?」
「いえ、なーんにも」と秋葉は意味深に笑う。
廻り終えた子供たちと引率学生らは準備部屋に戻る。
「それじゃ、戦利品を集めて、みんなで頂きましょうか」と児童文化研究会の部長。
「わーい」と子供たちの歓声が響く。
大はしゃぎの園児たちの宴が始まる。
引率学生たちもお菓子を食べ、笑いながら悪戯の成果を報告し合う。
佐藤の膝の上で中条も笑う。
その時、一人の園児がそれに気付いた。
「あれ、板チョコの裏に何か貼ってあるよ」
それを見て子供たちが笑う。
そして、上機嫌で悪戯の成果を肴に祝杯を上げている秋葉の所に、それを持ち込んで、言った。
「ねえねえ、この写真に写ってるの、おばさんだよね?」
一目見て秋葉は真っ赤になって「何よこれ!」と叫んだ。




