第192話 大谷よ未来を掴め!
休日、武藤の実家の蕎麦屋で数人の仲間が集まる中、須賀教授と福原社長の不倫訴訟の話題が出た。
「なるほどねぇ」と頷く武藤。
「女って面倒くさいよな」と笑う佐川。
「それがいいんじゃん」と芝田が笑う。
「ってか、それ篠田さんが聞いたら泣くぞ」と村上。
「村上はいいよな。中条さんって全然面倒くさく無いし」と佐川。
「けど、これをどうにかしてくれって言ったのは里子ちゃんなんだが」と村上。
「それがいいんだろ、あの人は」と佐川。
その時、脇で聞いていた大谷が言った。
「要するに、その女社長に他の男が出来ればいい話だろ」
「大谷、何かやらかす気か?」と佐川が笑う。
大谷は意味ありげに「お前ら、俺がこの二年間、ただ黙って筋肉痛に耐えてるだけとでも思ったか?」
春月テキスタイルに、プロバスケ事業への参加の商談が来た。
営業に訪れたのは春月アスリート企画の内海だ。提携している春月スポーツ専門学校二年生の大谷が、案内役にと同行した。
「お話はうちの坂井から伺っております」と福原。
「彼はその坂井さんの同級生でして、今年卒業する専門学校生の選手候補の中でもトップクラスなんです」と内海。
「坂井の案はユニフォーム開発に参加しては、との事だった筈ですが」と福原。
「ついでにスポンサー事業の話も併せて御検討頂ければと。こういう事業は相乗効果がものを言いますのでね」と内海。
福原は「確かに」と一言。
内海は車を走らせ、提携している日本プロバスケットリーグの地元チーム「春月キグナス」の拠点に福原社長を案内する。
春月キグナスの経営陣との会談やユニフォーム部門との商談を終えた福原は、プロチームの練習の視察へと案内された。
チームの一軍・二軍の訓練施設。プロ選手を養成する専門学校の校舎。そして訓練の様子。
内海が練習を指導するコーチを福原に紹介した。
「こちらが、うちの佐々木コーチです」
「春月テキスタイルの福原です」と福原が佐々木に名詞を渡す。
「あそこで、プロチームの二軍と専門学校生の試合形式の練習をやっていましてね」と佐々木コーチ。
二軍とはいえ、さすがにプロ。専門学校生は一方的に押しまくられる。
佐々木コーチの怒号が飛ぶ。
「味方の動きもちゃんと見ろ。ゴール下に居ながら何やってんだ」
「すみません」と専門学校生たち。
「連携考えろ。声を出せ」と佐々木コーチ。
しばらく彼らに指導を浴びせた佐々木は、隣に居る大谷に言った。
「大谷、やってみるか?」
選手交代。歯の立たない同期の候補生をしり目に、大谷は二軍選手と互角以上に渡り合い、まもなくゴールを決めた。
二軍の選手が一名交代する。
「あいつはこの間まで一軍に居たんですよ」と佐々木が説明。
大谷は彼と互角に競り合った挙句にシュートを決めた。
向こうでトレーニングをやっている候補生たちはかなり動きが鈍い。
それを見て「両手両足に何か付けてますね?」と福原。
「手足に重りを付けて筋肉に負荷をかけ、筋組織を作り変えるんですよ」と佐々木。
スポーツには元々興味が無い福原も、重苦しい何かが伝わるのを感じる。
「大谷君もそんな練習を?」と福原。
佐々木は「筋肉痛が酷いっていつも文句を言ってます。けど、体を作り変えるというのは、そういう事なんですよ」
「それでも、選手として芽が出なければ別の道に行く事になるんですよね?」と福原。
視察が終わり、福原を彼女の会社に送り返す。社屋の入口で彼女の秘書と坂井が出迎えた。
「どうでしたか?」と期待顔の坂井。
福原は坂井・内海。大谷に言った。
「色々と興味深いものを見せて貰ったわ。あなた達も今日はありがとう」
一礼する内海と大谷。
そして大谷は言った。
「福原社長、もし時間があれば、もう一か所、見て欲しい所があるんですが」
「それってビジネスに関する件?」と福原。
大谷は「半分以上個人的な件って事になるかと」
「いいわよ」と福原。
内海の車に送られて向かったのは、一軒のホストクラブだった。
大谷は言った。
「実は俺の高校の先輩が勤めている店なんですが、社長の事を話したら是非にと。店の宣伝として奢るからというので」
「奢られるほどお金に不自由はしていないのだけれどね」と福原。
「福原さん、こういう所には?・・・」と大谷。
「来るわよ」と福原。
席に着くと、二人のホストが来た。
大谷が紹介する。
「俺の高校バスケ部の先輩、久留間さんと木ノ本さんです」
二人のホストが自己紹介。
「初めまして。久留間です」「木ノ本です」
「よろしくね」と福原。
福原の右側に大谷、左側に久留間と木ノ本が座る。
「実は俺たちはモテたくてバスケ部に入ったんですけど、大谷は才能が違うんで、プロの道を目指してましてね」と木ノ本が言った。
「もしかして大谷君も、モテたくてバスケやった口かしら? まるで本職のホストみたいよ」と福原が笑う。
「才能があっても芽が出ない奴って多いですから、万一の時はこっちの世界に転向するつもりで、色々教わってましてね」と大谷。
久留間も木ノ本もこの方面のプロだけあって、会話が弾む。気持ちがほぐれてゆくのを感じる福原。
その一方で、ぐいぐい来る大谷の若さに次第に引き込まれる福原。
「もしかして大谷君、私を落とすつもりかしら?」と福原が笑う。
大谷は「綺麗なお姉さんは大好きですから」
「だったら、ホテルにでも行く?」と冗談めかして言う福原。
そして・・・。
春月グランドホテルの一室で福原は大谷を抱いた。
行為が終わると、ベットの上で自分の過去を話す。
「大谷君、私と須賀教授の話は知ってるのよね?」と福原。
「知ってます」と大谷は答えた。
福原は言った。
「私が大学で教わった時は、まだ教授、若くてね、才能が凄くて自分で事業すれば確実に成功するのに、社会にはいろんな分野での事業が必要だから彼らを応援するんだ・・・って言って教壇に残ったの」
「そんな教授を応援するつもりで愛したんですか?」と大谷。
福原は笑って「まさか。私を何だと思ってるの?」
「素敵な女性だと思ってます」と大谷。
「私はただの強欲なエゴイストよ。あの人の奥さんは私の同級生でね、同じ人を愛しながらビジネスの夢を語り合うライバルだったわ。けど結局彼女はビジネスより恋と家庭を選んだのよね。けど私は仕事も恋も欲しくて、社長をやりながら愛人をやってるの」と福原。
「俺、そういう女性が好きです。女性の素敵ってそういう事だと思います。俺だってエゴイストですから」と大谷。
二人はそのベットで一夜を明かした。だが大谷が目覚めた時、福原の姿は消えていた。
一枚の書置きを残して。
書置きに曰く。「あなたをバックアップしてあげる。その気があるなら連絡しなさい」
大谷はホテルを出ると、さっそく書置きの番号に連絡した。
「福原社長ですか?」
「大谷君ね? 書置きは読んでくれたかしら?」と福原の声。
「読みました」と大谷。
福原は「で、受ける気はある?」
大谷は「是非、お願いします」
電話を切ると、大谷は両手の拳を上げ、万感の想いを込めて叫んだ。
「やったーーーーーー」
そして大谷は自分に開けた未来を思い描く。
あの新進気鋭の春月テキスタイルの女社長がホストとしての自分のパトロンになってくれる。ゆくゆくは自分の店を持ち、ホストの世界に君臨。
大谷は自らに向けて語った。
「これであの辛いシゴキからオサラバだ。ザマー見ろ佐々木コーチ。さようなら筋肉痛の日々、こんにちはナンバーワンホストの俺。人生万歳!」
大谷は専門学校に行くと、退学届けを書いて佐々木コーチの元に向かった。
大谷の姿を見ると、佐々木は上機嫌で言った。
「来たか、大谷。お前に大事な話がある」
「俺もコーチに話があります」と大谷。
佐々木コーチは「目出度い事なんだから、俺から話させろ。おめでとう大谷。お前の道が開けたぞ」
「道なら俺も・・・」と大谷は言いかけたが・・・。
佐々木は笑顔で大谷の肩をポンポンしながら言った。
「春月テキスタイルがプロ選手としてのお前のスポンサーになるって言って来たぞ。お前のプロデビュー決定だ」
「へ?・・・・・・・・」
大谷、唖然。
そういう事だったのか・・・とヌカ喜びの反動が彼を襲う。
(消えて行く。俺のナンバーワンホストの夢がぁ・・・・)と心の中で呟く大谷。
佐々木は満面の笑顔で大谷の肩を叩き、心から教え子を労った。
「嬉しくて声が出ないのは解る。何しろ大勢が芽が出ず去っていく中で、今までの苦労が実ったんだからな。好きなスホーツに生きて、スポットライトの下で活躍してスター選手だ。良かったな、大谷」
大谷は「は、はい。嬉しいです。嬉しいですとも・・・」と涙目に強張った作り笑顔で答えた。
「そうか。涙が出るほど嬉しいか」と佐々木。
そして佐々木は改まった顔で「それからな、大谷」
「はい」
「プロと決まったからには、更に練習はきつくなるが、当然ついて来れるよな? 今日からは、これを付けて練習だ」と佐々木は言って、大谷にとって見覚えのある、あの装置を出した。
「それって、ハイパーダンク養成ギプス・・・」と、大谷の表情が引きつる。
そして佐々木は思い出したように「そーいや、大谷も話があるとか言ってたよな。何だ?」
「いや、もういいです」と大谷。
翌日、福原社長が来校した。
大谷は学生課に呼ばれ、社長を交えてスポンサー契約の説明を受ける。いくつかの書類に署名する大谷。
書類作業が一段落すると、福原は大谷にそっと耳打ちした。
「大谷君。あなた、本当はホストになりたいんでしょ? 駄目よ。大谷君は私だけのものなんだから」
そして、大谷には更に厳しい練習の日々が続いた。
軋む筋肉の悲鳴に耐えながら、大谷は呟いた。
「こうなったら、最高のスター選手になって、モテまくってやる。世界の女は俺のものだ!」
数日後、村上たちは須賀教授の妻が訴訟を取り下げた事を知った。
福原社長が須賀教授と別れる事を承諾したのだ。




