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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
191/343

第191話 それは不倫かロマンスか

夏休みが終わり、後期の授業が始まった。

その日の経営学各論の講義が終わり、秋葉と二名の男子が須賀教授の所に質問に来た。

「長くなるようなら歩きながら話そうか」と須賀教授。

講義に出てきた用語について説明しながら研究室に向かう。



研究室に入ると斐川助手が、待ってましたとばかりに声をかけた。

「お待ちしてましたよ、先生。お客さんです」


研究室の片隅の応接セットのソファーに居たのは、30代ほどの、大人な雰囲気を漂わせた女性。この年代としてもかなりの美人だ。

二つのソファーに挟まれた机の上に名詞がある。

「春月テキスタイル取締役社長 福原輝美」

隣に居る男性の前に置かれた名刺は、弁護士のものだ。


福原は嬉しそうに「先生、会いたかったです」

「福原君、何で」と言って須賀は頭を掻く。

「先生、なかなか会ってくれないじゃないですか」と福原。

「それで斐川君を頼ったと?」と須賀。

「数少ない味方ですから」と福原。

須賀は「職場に持ち込むのは勘弁してくれよ。斐川君も」

「そうもいきません。法律の問題ですからね」と、斐川助手はピシャリ。

須賀は頭を掻いて「訴訟の話なら、なおさら職場に持ち込まないで欲しいんだが、そちらは?・・・」

「うちの顧問弁護士です」と、福原が紹介。



秋葉は興味津々な顔で斐川に「あの人って?」

「先生の不倫の相手。奥さん、とうとう裁判に訴えたみたい」


ソファーでは弁護士が教授に裁判資料の説明をしている。

「これが先方から送られた証拠写真。こちらが探偵の鹿島光則氏の証言です」と弁護士。

「先生だって共犯なんですからね」と福原。

須賀は「私は別れたいと言った筈だ」

「本気で捨てるって言うんですか?」と福原は口を尖らせる。

「妻や娘を悲しませたくない」と須賀教授。

福原は言った。

「その奥さんや娘さんが居るのは、外で働く男性に癒しが必要だからですよね? 外で働く女性にも癒しは必要なんですよ」

「だったら相手を見つければいい」と須賀。

「先生は私が他の男に抱かれても平気ですか?」と福原。

須賀は「私にはそれに口を出す資格は無い」

福原は「それに、私を癒せるのは先生だけです」



文芸部室でその話が出た。秋葉の話を聞いて、村上たちは目を丸くした。

「奥さん、探偵を雇ったのかよ」と村上。

「鹿島君のお父さんだよね?」と中条。

「鹿島の親父が向こうに着いたのかよ」と芝田。

「そりゃ強敵だよな」と村上。


秋葉は「けど、福原さんの弁護士もやり手よ」

「もしかして睦月さん、あの人のファンになっちやった?」と村上。

「ビジネスウーマンよ。かっこいいじゃない」と秋葉。

「それに、恩師に恋をした学生がその想いを胸に抱いて、ビジネスの世界で闘うとか、ロマンスだよね」と戸田もウキウキ顔。

「女って・・・」とあきれ顔の男子たち。


だが「けど、教授の娘さん、沙友里ちゃんって言ったよね?」と、中条が悲しそうな顔。

「あの、"子はかすがい"の子かぁ」と村上。

「何だよ、それ」と桜木。

「山本君たちと五人で遊びに行った時、水沢さんの学校を見に行ったの。それで近所の公園で会ってね、水沢さんの保育実習の子で、両親のけんかで相談されたの」と中条が説明する。

「その子の父親が須賀教授で、夫婦喧嘩の原因が、福原社長との浮気って訳だ」と村上。


「あんな子を泣かせるのって、どうなんだろうって思うとね」と中条。

「子供には大人の世界は解らないわよ」と戸田。

「きっとその子だって、大きくなれば同じ事をすると思うわよ」と秋葉。

芝田はあきれ顔で「他人がやれば不倫で自分がやればロマンスかよ」

「何だかなぁ」と村上。


中条は「真言君、どうにかできないかな?」と彼の腕を掴んだ。



村上は鹿島に電話をかけた。

「福原社長の件で聞きたい・・・って言えば、解るよな?」と村上。

「先方はお前ん所の教授だったな? 悪いが、依頼主の利益が第一なんでな。それに多分、裁判ではこっちが勝つ」と電波の向こうで鹿島がピシャリ。

「奥さんが雇った弁護士って・・・」と村上。

「うちの講師だ」と鹿島。

村上は「まあ待て、睦月さんはともかく、俺は教授の味方って訳じゃないんだ。会って話せないか?」



時間と場所を打ち合わせて、村上は喫茶店で鹿島と会う。中条も一緒だ。

自分達の立場を説明する村上。


鹿島は「とりあえずお前の立場は解った。ここに中条さんが居るって事は・・・」

「私がお願いしたの。先生の娘さんに沙友里ちゃんって子が居るよね? あの子を泣かせたくないの」と中条。

「なるほどな」と鹿島。

「それで、お前の見通しとしては、どうなりそうだ?」と村上。

鹿島は「慰謝料って事になるだろうな。実のところ、福原社長に払えない額ではない。奥さんはそれを貰って、教授と離婚して、母と子でひっそり・・・って」


その時、中条は涙を浮かべて叫んだ。

「そんなの駄目だよ。沙友里ちゃんにはお父さんも必要なの。あんな小さな子が泣くのは駄目!」


鹿島は唖然とした顔で中条を見た。そして村上に言う。

「なぁ、中条さんって、こんなキャラだっけ?」

「この人にだって成長ってもんがあるんだよ」と村上が中条の肩に手を置いて、言った。

「で、どうする?」と鹿島。



その後、福原とその弁護士は度々研究室を訪れた。

教授は逃げようとしたが、斐川助手が逃がさなかった。

「では次の打ち合わせは一週間後に。それまでに上申書を仕上げておきますから」と弁護士が次の約束を取り付ける。

「ほんと、勘弁してくれませんか。相手は私の妻なんですよ」と困り顔の須賀。

弁護士は「裁判の世界では夫と妻が争うなんて普通です」


その時、研究室を訪れた幼女連れの女性。

「あの、私、須賀の妻ですが」と女性は言って研究室に入る。

「お父さん」と幼女が須賀に駆け寄って、その足に抱き付いた。

須賀は驚いた顔で「お前たち、どうしてここに」


「福原さん、久しぶりね」と、須賀の妻を名乗る女性が福原社長を見て言った。

「久しぶりね、芹沢さん」と福沢社長。

「今は須賀朱美よ」と須賀の妻。

福原は「そうだったわね」と一言。


幼女は心配そうな顔で「ママ、この人、誰?」

「パパを浚っていこうとしてる人よ」と須賀の妻。

「怖いよ」と須賀の娘。

須賀の妻は「ママが守ってあげるわ」

須賀の娘は「パパも守ってくれる?」

「もちろんよ」と須賀の妻。



「けどパパ、浚われちゃうんだよね?」

そう言うと、幼女は泣きながら福原のスカートを掴んで、必死に訴えた。

「お願い、おばさん、パパを連れていかないで。パパが居ないと沙友里、寂しくて死んじゃうの」

そして須賀教授を見て訴える。

「パパ、どこにも行かないよね?」


だが福原は幼い沙友里に言い放った。

「それは無理ね。おばさんは悪い魔女なの。だから、もしパパを守りたいなら、正義の味方にお願いしなさい。その人がおばさんをやっつけて、パパを守ってくれるわ」

「おばさん、やっつけられちゃうの?」と幼女は悲しそうに言う。

「そうなるわね」と福原。

「そんなの駄目だよ。おばさんも仲良くしようよ」と幼い沙友里は涙声で言った。



その時、弁護士が福原に移動を促す。

「あの、福原さん。そろそろ」

「そうね。それじゃ先生、また来週、お願いしますね」と福原。

「福原先輩・・・」と斐川助手は、去っていく福原に何かを言いかけた。

福原は笑顔で「斐川さん、感謝するわ。またよろしく頼むわね」


研究室では、幼い沙友里が須賀教授の胸で泣きじゃくっている。

須賀は娘の頭を撫でながら「すまない、朱美」と妻に言った。

「私、帰るわね。沙友里、パパにバイバイしようね」と須賀の妻。

「パパ、どこにも行かないよね?」と須賀の娘。

須賀は「パパはいつも沙友里と一緒だよ」



教授の妻はそこに居る人達に礼をして、研究室を出た。

それを追う斐川助手。


斐川は「芹沢先輩」と呼びかける。

「斐川さんも久しぶりね。それと今は須賀朱美だから」と須賀の妻はそれに答える。

斐川は「専業主婦、楽しいですか?」

「さぞ気楽に見えるでしょうね。けどあなた、子供を一人産んでみても、まだそんな事が言えるかしら?」と須賀の妻。


須賀の娘は怪訝な顔で「ママ、この人は?」

「パパのお友達よ」と須賀の妻。

「そうなんだ。おばさん、パパをよろしくね」と須賀の娘。

手を振りながら母親と幼女は去った。



その様子を見ていた秋葉は、彼女らを見送る斐川に訊ねた。

「教授の奥さんって?・・・」

「福原社長の同級生だった人で、私の先輩よ。よく会社を創る夢について三人で話したわ。けど、あの人は教授の奥さんに収まって、福原先輩は一人で夢を叶えた。だから福原さんは私たちの誇りなの。奥さんは代わりに出産っていう大変な事をやったんだって言うでしょうね。けど、一流の医師と設備に守られて危険なんて殆ど無い出産と、一歩間違えれば自分の人生を失う起業と、どちらが大変だと思う?」と斐川。


「それは考え方次第だと思いますけど。それに、育てるってのも大変ですしね」と秋葉は答えた。

「私だって相手が居れば子供なんて産めるわ。けど、自分の人生を賭けるなんて、やっぱり出来ない。だからこうして大学にしがみ付いているのよ」と斐川は言う。

秋葉は言った。

「育てた子供が悪い仲間に染まって駄目になるってリスクがあるんじゃないですか? そのリスクを乗り越えて、この国を支える人口を維持するって、起業と同じくらい必要な事なんじゃないですかね?」

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