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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第19話 杉原さんの男女交際

 鹿島のパソコンから発する音声に、男子も女子も、固唾を呑んで耳を傾けていた。

 最初はみんな笑い半分な表情で、際どい単語が出る度に「えーっ」と冷やかし混じりの声も上がったが、話が進むにつれ、次第に場はある種の緊張感に包まれていった。

「村上君は中条さんの事を好きなの?」と聞く秋葉の声に、中条は期待で身を固くし、その後の「好きって事なのかは解らないけど」という村上の声に、少しだけ落胆した。

 だが側にいた佐川の「まあ、この場じゃそう言うわな」という呟きを聞いて、中条はほっとする気持ちを感じた。

 その後しばらく会話を続けた後、村上達はそれを切り上げて教室に戻った。


 彼等が教室に戻ると、クラスの面々は各自、自分達の場所で雑談やら荷物の整理やらに戻っているように装いつつ、ちらちらと横目で村上と秋葉の様子を伺った。

 村上が芝田達の所に戻ると、芝田は「お疲れ」と言って村上の頭をポンと撫でた。

 中条は村上の上着にしがみつくように体を寄せた。村上が中条の頭を撫でて「そんな中条さんは好きだな」と言うと、中条は嬉しそうに頷いた。

 村上が芝田に「聞いてた?」と聞く。「・・・てない訳は無いわな」と芝田は答えて、教室を見回す。



 最初に様子伺いモードを切り替えたのは佐川だった。

「女王様におかれましては御不満の御様子だったけどね」とふざけて水上の方を向くと、水上は「あら、私は秋葉さんの言ってる事、けっこう共感したわよ」と、わざとらしく取り繕った。

 篠田が「けど水上ちゃん」と言いかけると水上は、「私もステータスで恋愛するのって、少し違うって思ってましたから。帰りましょ」

 そう言って水上は、取り巻き達を引き連れて教室を出た。

 村上は1人で道具を整理している秋葉を見て「秋葉さん、だいじょうぶ?」と声をかけた。

 秋葉は笑顔で頷いて、教室を出た。



 杉原はベットの上で、スマホを通じて村上と秋葉の対論を聞いた。

 屋上に向かう秋葉からの電話で「これから村上君と話すから」という一言の後、彼女と村上の対話がスマホから流れた。

 話が終わってスマホを切ると、杉原は秋葉と村上の会話を反芻しながら自問自答した。


 中条が何かの我慢を強いられてる訳ではないというのは解っていた筈だ。結局自分がやっていたのは、男性に対する正体不明な不満に対する、一種の八つ当たり的なものだったのではないか。

 女である自分に性欲が無い訳ではない。

 女として持っている自らの「価値」をより高く売り付けようとしない中条に、歯痒いものを感じていたのかも知れない。

 けれど、それこそゲームじゃないか。そんな恋愛を誰かに強いる事に意味はあるのか。


 自分と津川の関係が頭に浮かぶ。体育祭が終わって松葉杖がとれた後、不器用ながらも声をかけようとする津川に対して、うるさそうな素振りをしながら、内心それに期待する自分がいた。

「甘やかしたから調子に乗ったんだ」と言う宮下に話を合わせながらも、津川の不器用さを自分の中で「誠実」という言葉で表現するのが、心地よかった。

「その人の存在が自分にとって気持ちいいから」・・・と、そんな村上の言葉を思い出す。

「そうか、津川君の好意が自分にとって気持ちよかったんだ」と心の中で呟いた。

 そしてその気持ちよさが、彼の好意に対する気の無い素振りで味わう優越感だった事に気付き、罪悪感で心が痛んだ。その態度が彼を傷付けていたのではないか・・・。

「告白しなくて本当に良かった」と言い放って教室を出た津川の、哀しそうな後ろ姿を思い出す。あれはあの時の一言だけに対するものではなかったのかも知れない。


 そんな罪悪感に抗う気持ちが岸本の言葉を思い出させた。

「男なんか傷つけてナンボ。傷とか恐れず女を求めるのが男だよ」

 だけど・・・。岸本と付き合うような肉食系ならそうなのだろう。けれども誠実な男子ほどそうした傷は深いのではないのか。

 あの時、岸本の言葉に反論したのは鹿島だった。


「だから傷を恐れず女を求めて草食系を抜け出せ・・・って言うけどね、そもそも彼等に恋愛との距離を置かせたのは、性欲を否定する女の要求を受け入れようって気持ちからだよ。女は自分達のそういう要求に責任を感じるべきなんじゃないの?」

 その時は(責任っていったい何をしろと・・・)と思ったが、そういう問題でない事が今になって解る。

 自分は大事なものを失ったんだ・・・と、この言葉を言語化したことで、取り戻したい・・・という強い想いに変わった。

 それは自分が傷つけた津川に対する・・・ではなく、自分自身に対する責任なのだと。



 翌日、登校した杉原は教室に入ると、その場に居る男子全員に向かって言った。

「あの、男子みんなに聞いて欲しいの。この前は何も知らないで酷い事言ってごめんなさい」。そう言って頭を下げる。

 そして更に杉原は「私、性欲ってだけで男性を理解したつもりになってた。けど、もっとちゃんと理解したいの、だから・・・」

 そう言うと、そのまま津川の前に行き、彼に言った。


「私、体育祭の後から津川君が私の事好きなんじゃないか、って気付いて、すごく嬉しかった。だからこの前、嫌いになったって言われて、すごく悲しかった。私、多分津川君の事が好きなんだと思うの。だから出来ればもう一度私のこと、好きになって欲しいの。私と付き合って下さい」

 教室は一瞬で静まったが、津川が少し考えて「返事は少しだけ待ってくれるかな」と言うと、女子の間から「えーっ?」と声が沸いた。


 その後すぐ担任が来てホームルームを始めたので、場は収まったが、一時間目の授業が終わると、男子達が津川の所に集まり、口々に言った。

「考える事かよ」

「何無理してんだよ」

「かっこいいOKの仕方とか考えてるだろ」



その時、村上が津川の肩を叩いた。

「ちょっと顔貸せ」


 連れ立って教室を出て、トイレの前まで来ると津川は「言っとくが、まだ付き合うって決めた訳じゃないからな」

「知ってる」と村上は言うと、津川の方に向き直って、言った。

「付き合うかどうかは、お前が決めればいい。ただ、こういうの知ってるか? 女には2種類いる。誰かが自分を好きだと知った時、その男を好きになる女と、嫌いになる女だ。杉原さんはどっちだと思う?」

 津川は少し考えて「好きになる方、なんだろうな」と答えた。

 相手と自分のステータスの差を気にする女は、自分に告白した男は自ら下だと認めたのだと受け取る。だから優越感を感じるとともに、相手を軽蔑する。そういう事なのだと津川にも理解できた。


 村上は続けた。

「じゃ、可愛い女と言えるのはどっちだと思う?」

 津川はハッとして言葉に詰まった。

 その様子を見て村上は「つまりそういう事だ。よく考えるんだな」と言って教室に戻った。



 その日の放課後、クラスの面々は、津川と杉原が連れ立って生徒玄関から出るのを教室の窓から眺めた。

「朝は面白半分に煽ったけど、こうあっさり決まると、何だかなぁ」と言ったのは内海重だ。

 隣に居た山本が「羨ましいなら、お前も彼女作ればいいじゃん」と言う。

「そういう話じゃないんだが、ってか、何お握り作るみたいに簡単に言ってんだよ」と内海。

「だって俺には関係無い話だもん」と山本。

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