第188話 社の杜に集う
今年も上坂神社の夏祭りの日が来る。
文芸部の部室でその話題が出た。芦沼と佐藤・佐竹も居る。
「芦沼さんは今年は上坂の祭に来る?」と村上が聞く。
「勘当が解けたからなぁ」と芦沼。
「実家のお祭りと被るんだね?」と中条。
芦沼は「と、いうか、佐竹君の所のお祭りに招待されてるのよ」
「佐竹は?」と村上。
「芦沼さんの所のお祭りに招待されててね」と佐竹。
「両方の親はすっかりその気って訳だ」と芝田が笑う。
「お父さん、思い込みが激しいから」と芦沼。
「それと、うちの妹が芦沼さんの所に行きたがるんだよ」と佐竹。
芦沼は「うちの弟、可愛いからなぁ」
中条が「桜木君はどう?」
「うちも地元の祭りがあるからなぁ」と桜木。
「私、桜木君の地元の祭りに招待されてるの」と戸田が嬉しそう。
桜木は「されてるって言うか、させたって言うか・・・」
「将を射んと欲すれば、先ず親を射よ・・・って訳か」と村上。
秋葉が「先ず馬を・・・じゃ無かった?」
「いや、村上が言った方が実態に近い」と芝田。
「うちも農村だからなぁ」と桜木は溜息。
中条が「けど、地元には残らないんだよね? 親はがっかりするんじゃ・・・」と言う。
「がっかりで済めばいいんだが、今は考えたくない」と桜木は言って溜息をついた。
「佐藤君は?」と秋葉が聞く。
佐藤は「島本さんが彼氏と別れて、また付き合ってくれって言われてスケジュールがぎっしり」
中条が「あの人の彼氏、うまくやるとか言ってたんじゃ・・・」
「あの彼氏が別の女に乗り変えたんだよ」と佐藤が溜息をついた。
祭りの当日、四人で浴衣を着て神社に向かった。
「今年は誰に出くわすかな?」とわくわく顔の中条。
「短大や専門学校に行った奴等は卒業・就職だからなぁ」と村上。
鳥居の所で渋谷・中川・真鍋の三人に出くわす。
「こんにちわ、先輩」と中川。
「中川の受験があるんで、合格祈願で来ました」と真鍋。
「そうか。頑張れよ」と村上。
芝田が笑って「三人で息抜きに、のんびりお祭りデートって訳か」
「いや、この後いろいろ廻るんで」と真鍋。
「デートコース?」と中条。
渋谷が「合格祈願の神社のハシゴですよ。秋葉先輩にコース、教えて貰ったんです」
不審を感じた村上が「ちょっと見せてみろ」と、彼らの計画表を確認すると、あきれ声で言った。
「睦月さん、これって恋愛成就の神社だよね?」
「あら、そうだったかしら。母さんに教えて貰ったんだけど」と秋葉。
「睦月さん、わざとやってない?」と村上。
「だって面白いじゃない」と秋葉。
三人と別れて公園の露店を巡る。鈴木・根本・田中・高梨の四人に出くわした。
「こんにちわ、先輩」と鈴木。
根本が憤懣やる方ないといった声で「先輩、聞いて下さいよ。桜木先輩ったら、勝手に戸田先輩連れて、私を置いて自分の地元に行っちゃうんですよ。酷くないですか?」と訴える。
「仕方ないんで、こっちの祭りに連れてきました」と鈴木は困り顔。
「鈴木君、ちゃんと慰めてよね」と根本が鈴木に絡む。
芝田が「根本さん、アルコール入ってない?」
田中が「お酒は飲んでないと思いますよ。ここで買ったかき氷以外じゃ、さっきそこで会った大野さんから貰ったジュースくらい・・・」
「いや、それアルコール入ってると思うぞ」と村上が笑った。
高梨がそっと芝田に耳打ちして「ところで、鈴木君と根本さんって、付き合ってるんですか?」
芝田は「微妙な関係だな。根本さんは好きな人が居るんだが、その人には彼女が居て、けど根本さんは諦めなくて、鈴木は間を取り持ってるんだよ」
「要するに、根本さんがその人を諦めて、鈴木君とくっつけば、丸く収まるって訳ですね?」と高梨。
「おいおい、そんなにうまく行くかよ」と芝田。
高梨は自信顔で「大丈夫です。私に秘策があります」
そして高梨は自分の仲間たちを誘う。
「ねえ、近くの心霊スポットに行かない? すごく雰囲気がある所なんだけど、手を繋いでないと呪われるからね」
「もう、どこにでも連れてってよ」と根本は鈴木に絡み、さらに言葉を続けた。
高梨は「そこに行ったらお参りして、今日はみんなで鈴木君の家にお泊りでしょ?」
「そうだけど、まさか根本さんも」と鈴木は困り顔。
「何よ。私だけ仲間外れにする気?」と根本が口を尖らす。
彼らが去っていくのを確認すると、中条が言った。
「秘策って、あの野外ステージの霊たちの集会に参加して報告して将来結ばれるように・・・って」
「それ、高梨さんのオカルト妄想だよね?」と秋葉が笑う。
村上が「あいつら、あの二人を取り持つ気かな?」
「大丈夫かよ。田中と高梨さんだぜ」と芝田が笑った。
石段を登り、拝殿前に出る。八木と藤河が居た。
「お前等来てたのかよ」と芝田。
「八木君は公務員試験を控えてるから、息抜きも兼ねて合格祈願に来たのよ」と藤河。
「公務員といえば水沢さんの保育士も試験だよね?」と中条。
「あの人が就職試験とか想像出来ん」と芝田が笑う。
そこに水沢・山本・小島と園田が石段を登ってきた。四人とも浴衣だ。
水沢が「やっほー、芝田君・・・と」
小島が「愉快な仲間たち、って訳ぞな」と続ける。
「俺たちは芝田の付録かよ」と村上が口を尖らす。
芝田は笑いながら「知らなかったのか?」
「で、その拓真君は私の付録ね」と秋葉。
すると山本が「だったら、秋葉さんが中条さんの付録で、中条さんが村上の付録で、その村上が芝田の付録。一周回って元の位置に、ってのでどーよ」
「何だそりゃ」と芝田。
「で、水沢さんも合格祈願?」と村上。
水沢は「小島君と園田君の編入試験のもね」
「いや、それは終わったから」と園田。
「そうだっけ?」と水沢。
「で、どうだった?」と村上。
小島が「余裕で合格したぞ、ドヤっ」と胸を張る。
すると園田が「編入試験の受験者が少なかっただけだよ」
石段を登ると、舞殿で神楽をやっている。
「巫女さん姿で舞ってるの、八上美園じゃん」と小島。
芝田が「舞台下で旗持ってるのはパソコン部の奴等だろ」
「そーいや彼女、商店街のマスコットガールだったっけ」と山本。
十人並んで拝殿で柏手を打つ。
合掌しながら中条は(みんなが合格しますように)と呟いた。
その後、お御籤を買う。そして芝田が言った。
「八木はこの後、どうする?」
「家に帰って勉強再開だ」と八木が答える。
水沢は「私、もう少し遊びたい。綿飴買ってたこ焼き買って」
「そんな余裕は無いと思うぞ」と山本
小島は「少しぐらいはいいじゃん。守りたいだろ? この笑顔」
「小島は甘やかし過ぎなんだよ」と山本。
「お前等、余裕だな。採用試験が近いんだろ?」
そう後ろから声をかけたのは、佐川と鹿島、そして薙沢と篠田だ。
「準看護士免許の試験があるんで、合格祈願に来たの」と薙沢。
山本が「そっちだって試験は近いんだよな?」と言う。
「試験は二月だから、まだ時間はあるよ」と篠田が答える。
その時、渡辺に連れられて片桐が石段を上がって来た。
「気晴らしも兼ねて合格祈願に連れて来たんだ」と渡辺。
佐川は「そっちは来年の五月だよね? まだまだ先じゃん」
「というか、あと一年試験勉強が続く訳だ」八木。
薙沢が「私たちもまだ先とか言っていられないね」
すると渡辺が「それより篠田さん、注射はうまくうてるようになったの?」
「あと五十人くらい練習すれば大丈夫よ。あなた達、練習台になってよ」
「嫌だよ。佐川が練習台になれよ」と山本。
「お前の彼女だろ」と芝田。
佐川は「痛いのはもう嫌だ」
「彼氏なら根性見せなよ」と藤河。
「痛いくらい何よ。クラス全員敵に回した負けん気はどうしたのよ」と秋葉。
「大丈夫、痛くしないから」と篠田。
佐川は「十分痛かったぞ」
佐川が腕をまくると一面の青痣。
それを見て小島が「ご愁傷様でした」
「お前の根性はよーっく解った」と渡辺。
「人間と動物を分かつのは自己犠牲だって言うし、まあ頑張れ」と村上。
「彼女はちゃんと選ぶべきだってのがよーっく解る実例だな」と芝田。
佐川は「お前等、他人事だと思ってるだろ」と口を尖らす。
「もう一回、全員分お参りしようか」と中条が提案した。
16人並んで拝殿で柏手を打つ
合掌しながら中条は(みんなが合格しますように)と呟いた。
受験勉強中の奴等は家に戻り、村上達と小島達はまた公園に降りて露店を巡る。
山本があきれ声で「いいのか? 受験生の自覚の欠片も見えないぞ」
「保育士は人を増やしてるから大丈夫だと思うよ」と村上は笑った。
「そうなのか?」と山本。
芝田が「足りないからって世の中全体に死ねとか言って、それをマスコミがヨイショして顰蹙買う時代だからなぁ」
すると中条が「私も保育士志望なんだけど、そんな人達のおかげで楽に仕事にありついちゃって、いいのかな?」
「いや、文句言いたいだけのクレーマーに耳貸して増やしてる訳じゃないだろ」と村上が言った。
夕方になり、御神輿が始まる。
山車の上で八上美園が民謡を歌っている。
「あの人も音楽専門学校、卒業だからな」と芝田。
秋葉が「この後、境内の駐車場でミニライブやるそうだけど、見に行く?」
「見なくていいや」と村上と芝田が言った。




