第18話 「好き」の意味
さらに続く対話で、村上は問いかけた。
「そもそも恋愛って何だと思う? ある人が言うには4種類あって、ゲームと支配と憧れと奉仕・・・だって言うんだけどね」
「ゲームとか支配としての恋愛はあると思うけど、それは人を幸せにしないよね。憧れと奉仕は納得できるな」と秋葉。
「けど憧れってのは、つまり憧れるに足る価値のある相手だから、って事だよね。でれでそういう高スペックな相手を獲得するゲーム、って事になるんじゃないのかな? で、そういう相手に奉仕するってのは、憧れる下の立場がそうする訳だ。つまり相手は、それを受ける上の立場で、下の立場を支配するって事になって、その主導権をとるための駆け引き・・・なんて話になるんじゃないのかな?」と村上。
「結局同じ事なんだ。じゃ、村上君は恋愛って何だと思う?」と秋葉。
「理解と甘え・・・だと思う。違うかな?」と村上。
「そうだね。けどそれって、友達との間でも同じじゃないのかな?」と秋葉。
「恋愛だと、異性としての違いに対する理解が必要になるね。けど、違いに対する理解は友達でも同じ事なんだよね。結局違う人間なんだから。要は理解する内容の問題じゃないのかな?」と村上。
「私達だって友達を理解したいと思ってるよ。けど相手を知りたいって、下手すると相手をコントロールするために必要な情報が欲しい、って事だったりするよね?」と秋葉。
「ゲーム的な恋愛のも、それだね。けど、知る事と理解する事は、必ずしも同じじゃないよ。それに、理解したからって、それを受け入れるとは限らないし、批判するのだって、理解した上でそれが間違っていると指摘するのが批判だ。相手が求めている目的を肯定した上で、実はその要求はあなたの目的にプラスにならないよ、とかね。相手の目的自体を否定するのは、批判というより拒絶だね」と村上。
「そうね。愛情って、相手を思いやるとか幸せにしたいとかって事だよね。だから相手にとって何が幸せなのか知って、それを肯定的に受け止めるから理解なんだと思うの。でも性欲が自分が気持ちよくなりたいって事なら、自分が幸せになるために、気持ちよくなるために、相手を道具として使う訳だよね。そういうのは困る、って・・・」と秋葉。
「それは解る。達成感みたいなのもそうだよね。けど、幸せや気持ちよさって、誰かと奪い合うものだと思ってる人もいるけど、そうじゃないと思う。相手が幸せになる事で自分も幸せを感じる、相手が気持ちいい事で、自分にとっても気持ちがいい、ってのが本来の恋愛じゃないのかな?」と村上。
「一緒に気持ちよくなるって、セックスの事?」と秋葉。
「体の構造から言えばそうなるけど、それだけじゃないだろ。外で働くのは男性ホルモンが使命感を刺激して社会のために、って。そういうヒーロー的なのに、女はかっこいいと感じる。逆に女性ホルモンでみんなで仲良くってのに、男は優しさと癒やしを感じる」と村上。
「それじゃ、男性が女性の純潔を有難がるのって、何で? ふしだらとか言って非難するのって、性嫌悪を有難がるって事よね?」と秋葉。
「恋愛が相手の性嫌悪とのバトルなのと同時に、他の男性との競争だから独占欲を、ってのはあるよね、でもそういう独占欲は女性も同じで、あと妊娠出産能力を独占するためとかってのは、本能だろうけど、本来それは恋愛の後の結婚してからの問題の筈だよね。大きいと思うのはさ、女性って選別本能が強くて、それって選んだ人以外を嫌うって事だからね。前の男と比べられるのは嫌とか、惚れっぽい女だと、他の誰かを好きになって自分から離れてしまうのが怖いとか、ってのはあると思う」と村上。
「女性は性を抑圧された被害者で悪いのは男性の純潔願望・・・って言っちゃう人が、男性の性欲を非難するのは、私もどうかと思う(笑)」と秋葉。
「それとね、性嫌悪であっても、それは相手の一部なんだから守ってあげたいって、保護欲的な部分が歪むってあると思う」と村上。
「男性にも矛盾ってあるんだ」と秋葉。
「そりゃそうさ。けど、必ずしも矛盾だから悪いって訳じゃない。それをどう辻褄を合せるかの問題だよ。それを相手に皺寄せするから、やってらんないって事になる」と村上。
「女もね、いろんな人がいると思うけど、闇雲に拒んでる訳じゃないと思うの。たとえば彼氏ができたとして、自分の中にある性嫌悪と妥協できるまで待って欲しい、とは思うものじゃないかな?」と秋葉。
「逆に、女は男に性欲を我慢する事を求めてるでしょ。自分を求めている訳じゃない男に対してもさ。我慢は必要だろうけど、我慢のための我慢ってのはちょっとな。それを相手の気分的な要求で・・・とか言われたら、いつまでだよ、とか・・・」と村上。
「男性って溜まるものがあるからね(笑)」
「ま、そんなもん自分で出しちゃえばいいだけだとは思うけどね」と村上。
「えーっ?・・・(笑)」と秋葉。
「引いちゃったかも知れないけど、ある人が言うには、あれは女性に迷惑をかけない優しい行為だとか、性の自立なんて言い方もしてたっけ。だけど、その一方でそれすら否定して、オタクに対して性欲垂れ流しだから肉食系だとか、言っちゃう人も居る」と村上。
「確かにそうだね。エロ本チェックとかやって糾弾したりとか」と秋葉がふざけてみせると、村上は真剣な顔を見せた。
「日本のエロ本みたいなのに対して外国人がね、日本人は自分達のキリスト教を受け入れないから性的放縦な文化があって、それが許せない・・・みたいな宗教偏見のヘイトのネタにする、なんてのもある」と村上。
「それは怖いね。でも女性から見れば、自分の彼氏がそれで勝手に出しちゃうのは嫌かも。本来自分のものなのに(笑)」と秋葉。
「でも彼女が居ても、いつでもできるって訳じゃない。女性って、したくない時ってあるって聞いたよ」と村上。
「それは何となく解る。つまり女性の性欲って波があるって事だよね」と秋葉。
「生理の周期と関係があるって話だけどね」と村上。
「それで、したくない時を基準に、女はセックスなんてしたくないんだ・・・って思っちゃう人も・・・」と秋葉。
「性欲ピークの時の行動や思考を、減退してる時の性嫌悪で後悔する。自分はそんな女じゃないって自分自身に言い聞かせる・・・みたいな?」と村上。
「性嫌悪を自分に向ける訳だよね。解る気がする。レイプされると自分を責めちゃうって聞くものね。それでね、男性って好きな相手じゃなくてもセックスしたいんだ、ってみんな思ってるんだよね。どうなのかな?」と秋葉。
「先ず、セックスする事自体の意義・・・みたいな事を意識するってのはあると思う。特に俺らみたいな年代は、童貞を捨てる・・・って奴ね。それが今じゃ性的マウンティングヒャッハーな奴等が連呼して、童貞自体を馬鹿にする用語にするっていう、何だかなぁな状況になってるけど、それ以前に、知らないが故の憧れ・・・ってのがあって、ある意味どうしようもないってのはある。だから昔の人は女郎屋さんで童貞捨てたり、農村だと未亡人みたいな人に貰ってもらう・・・なんてのもあった。それで自信つけた所で落ち着いた恋愛を・・・って世界だったとか・・・」と村上。
「そうなりたくて必死に迫ったり、意識し過ぎてフォークダンスで手も握れないとか(笑)。あんなの漫画やアニメの中だけなんだろうけどね、そういうイメージにちょっと引いちゃう。気の弱い子だと男怖いから嫌いってなっちゃうのも解る」と秋葉。
「ああいう創作物は、そういう滑稽な姿を演出して嗤いたいんだよね。けど女にとっても、男がそうである事で優位に立てる世界であって欲しい・・・って願望もあると思う」と村上。
「それに、社会がセクハラとか言って抑えるのが、経験の浅い人にストレートに効いて、ますます歪むよね。逆に女の子で処女だと、知らないが故の恐怖心になる。その一方で、このまま処女のうちに年取っていいのか?・・・って焦る子もいる。女は自分の中での葛藤だから自己責任で決めろって話になって、本当は誰のせいにも出来ないって辛さもあるの」と秋葉。
「でも、その気にさせてくれる男がその気になるよう迫ってくれないのが悪い・・・って思ってるでしょ(笑)」と村上。
「そこが、何だかなぁ・・・なんだよね。男子は元々そんな葛藤が自分の中に無くて、ブレーキは外部だから、一直線に突っ走る存在だと思ってる。だから怖いと。脳内での勝手なイメージなんだけどね」と秋葉。
「やっばりそういう諸々あるってのを各自自覚して、双方が自分をどうコントロールするかってのが必要だと思うよ」と村上。
「それでなんだけど、セックスする意義と、したいってのは、必ずしも同じじゃないわよね。童貞卒業すりゃそれでいいって訳でもないし・・・」と秋葉。
「誰とでも・・・って話だよね。しようと思えば出来る、とは思うけど、本当の意味での気持ちよさじゃ無いと思う。感触的な気持ちよさはあるだろうけど、実はそれ自体は、自分でするのと大して変わらないって話もある。それ求めてやるとがっかりする・・・とかね。やりたい相手の範囲は女性に比べて広いだろうけど、その"やりたい"の中味も色々でね、もちろん征服欲的な意味でのやりたいと、その達成感としての気持ちよさってのもあるだろうさ」と村上。
「それが女にとっては、征服されるって事だから、引いちゃうのよね(笑)」と秋葉。
「だからそういうマッチョ的なのは何だかなぁ・・・と俺も思うけどね。あと、もし相手が求めてきたら、可愛いと感じて、してあげたくなるって場合もあると思う。ただ、本気で遠慮したい相手ってのも確実に居る。気持ちよさってのもね、ヤリチンが女を捨てるのって、実は気持ちよく無かったからで、そういう男と続けたいなら、気持ちいいと思わせろ、って女にアドバイスする人もいる」と村上。
「それって、気持ちいいから好きになるの? それとも好きだから気持ちいいの?」と秋葉。
「鶏と卵みたいな話だな(笑)。そもそも好きってどういう事か・・・って問題じゃないかな?」と村上。
「結局、特別な人と感じるって事だと思うけど、特別なっていうのが何なのか解らないから問題なんだよね。村上君は中条さんの事を好きなの?」と秋葉。
村上は少し考え、言った。
「中条さんと居ると楽しいよ。それが好きって事なのかは解らないけど、可愛いし守ってあげたいと思う。人ってさ、一緒に居て楽しいから、その人の存在が自分にとって気持ちいいから、もっと一緒に居たい。相手が自分に好意を持って優しくしてくれるから、一緒に居て安心だから・・・って、好きってそういう所から始まるんじゃないのかな?」
「だから相手に、自分と居て気持ちいいって思わせて惚れさせる、ってのがゲームとしての恋愛なんだ」と秋葉。
「そうだと思うよ。それでヤリチンは接待みたいな事をして、けど、それ自体が自分自身にとって気持ちいいかは別で、そんな記憶しか無い相手だからヤリ捨てる」と村上。
「そういう人って、気持ちいいって事がよく解ってないって事かな?」と秋葉。
「だろうね。征服欲って、征服したらそれまでだから」と村上。
「じゃ、村上君が思うセックスって何?」と秋葉。
「セックスはコミュニケーションだって言う人がいる。つまり相手が気持ちいい事で、自分も気持ち良くなれる。一緒に気持ち良くなる事で、その気持ちとか感覚を共有する。そうやって寂しさを埋めるもの・・・って。これが一番しっくり来るかな?」と村上。
「なるほどね。けど、そのコミュニレーションって、セックスでなきゃ駄目なの? 会話とかご飯作ってあげるとか・・・」と秋葉。
「駄目な事は無いし、むしろ必要だし欲しいと思う。けど、拒絶とか性嫌悪とかのマイナスなコミュニケーション内容で凹む・・・ってのはある。だから最初から求めるな・・・って話になる訳なんだが、それって既に暗黙の拒絶でもあるんだよね」と村上。
「まあ、セックスを目的にするな・・・ってのと、関係を深める手段としてのセックスを否定するのは違うよね。何だかセックスが付き合う目的の全て・・・みたいにみんな思ってるのが、ちょっとね。村上君は付き合うってどういう事だと思う?」と秋葉。
「寄り添う・・・って表現がぴったり来るかな。いろんな意味でね。そういうのの延長にセックスがあって、そうなるのに対する期待ってのは当然あると思う。でもそれと、それを目的に・・・ってのは別の話でね、それが同じに見えちゃって、そうならないのが前提だ・・・って言われたら、そりゃ寂しいとは思うよ」と村上。
「そうはさせないぞ・・・って意地になる女性も確かに居るからね。ただね、村上君はいろいろ解って言ってるけど、肉食系の人に聞けば、全然違う事を言うと思うの」と秋葉。
「そうだろうね。お前は俺の所有物だ・・・なんてノリも、ひとつのコミュニケーションだからね。そもそも性嫌悪って世の中全体にあって、男性の性欲は常に抑圧されてきた。そういうのに対して抵抗するのが恋愛・・・って部分があって、そのための障害を打破するエネルギーの元がテストテトロンなんだよ。だから男にとっても、それはかっこ好くもかっこ悪くもなる。女にとって魅力的にも気持ち悪くもなるのと同じでね。達成感を求めるマッチョな恋愛は無くならないとは思うし、マッチョの暴力的な部分だって、社会の悪い部分を変えていく中で必要なものではあるんだ」と村上。
「それが苦しいから、重い人は嫌だとか、って話になるんだけどね。で、その一方で性嫌悪も無くならない。マッチョな性欲と性嫌悪って正反対のものっていうより、何か一枚のカードの表と裏みたい(笑)」と秋葉。
「確かにそうだ(笑)。性嫌悪の根源って相手を選別するって事だからね。女性だとその選別が生殖本能の根底にあって、それが突っ走る所に性嫌悪がある。その、よりハイレベルな相手を獲得するため・・・って、女性のマッチョだよね。男性のマッチョ的なのも性欲とイコールというより、それが突っ走っる中から出て来るものだから、同じ事なんだね」と村上。
「まあ、何に向けて突っ走るかっていう目的も問題だというのもあるけどね、例えばさっき、相手の目的を肯定した上で・・・って言ったけど、その目的が支配だったら、ちょっと肯定は出来ないよね」と秋葉。
「そこだね。ただその支配ってのも二面性っていうか、その支配自体が目的なのか、それともその支配に別な、例えば必要な時に自分を満たして貰えるために・・・って目的があるのか、もし後者なら、その本当の目的が満たせるなら、必ずしも支配は必要ないって事に、ならない?」と村上。
「なるほどね。もし支配そのものが目的なら、そもそも支配さえ出来れば、セックス自体は必ずしも必要無いって事になるものね」と秋葉。
「結局、何が本当の目的かは本人にしか解らない。というより、実は本人にも解ってない・・・ってのが問題なんじゃないのかな?」と村上。




