第179話 禁断のコミカライズ
鈴木は当初、桜木の小説を漫画にする以外に、自分が考えた物語を作品にしようと、色々と構想を練ってみたが、まもなく限界を感じた。
その鈴木が、桜木以外が書いた小説を漫画にするようになったきっかけは、根本が鈴木の周囲をうろうろするようになった事だった。
当初鈴木はこの根本の行動を、桜木を諦めたのかとも解釈したが、まもなく彼は、桜木の小説を漫画にするためいつも桜木と一緒に居る鈴木に、桜木との仲介役になってもらおうという意図なのだと解釈した。
鈴木は根本を桜木との打ち合わせに引き込み、根本も嬉々として打ち合わせに割り込んだ。
桜木と鈴木の打ち合わせに割り込む根本を、だが桜木は"根本自身の作品も漫画にして欲しい"のかと、気を回すようになった。
「根本さんも小説を漫画にしてもらったらどうかな?」と、気を遣ったつもりの桜木。
「そうですね、鈴木君、私の小説も漫画にして貰える?」と根本は話を合わせ、精一杯の愛嬌で鈴木に漫画化を頼んだ。
桜木に近付くために鈴木を利用したいだけとは言えない根本であった。
そうして鈴木によって漫画になった根本の作品は、読んだ人達から高評価を得た。
これで気を良くした根本は、次第に鈴木と仲良くなる。
斎藤や戸田も、鈴木に作品の漫画化を依頼する。
まもなく、真鍋が鈴木に頼んで自分のエロ小説を漫画にしてもらい、これが裏で出回った。
これを渋谷と根本が見つけて追及する。しらを切る真鍋と鈴木。
「絵が鈴木君のと同じなんだけど?」と根本。
「似たような絵を描く奴は他にも居るよ」と鈴木。
「内容が真鍋君が書いたのと同じなんだけど?」と根本。
「パクリだろ」と鈴木。
「題名が同じなんだけど?」と根本。
「・・・」
このやり取りを横で聞いて、あきれる村上と芝田。
彼らのエロ漫画の元データは没収された。
その後、没収したエロ漫画の内容が気になる根本と渋谷。
「あの中身、確認しておかない?」と渋谷。
「部の名誉を守るために必要だものね」と根本。
「別にエロいものに興味があって見る訳じゃないんだから」と渋谷。
「そうよね、あは、あはははははは」と渋谷。
備え付けのパソコンでデータを開く。
「女子のアソコってこんなになってるんだ」と渋谷。
「って・・・変じゃない? 自分にもついてるのに」と根本。
「けど、自分のをまじまじ見る女性なんて居ないでしょ?」と渋谷。
「確かに。男性のも、こうなってないよね?」と根本。
「なってるわよ」と渋谷が断言する。
根本は「けど、小さい頃お父さんとお風呂に入った時、象さんだったよ」
「皮を剥くと亀さんになるのよ」と渋谷が解説。
「渋谷さん、彼氏が居るんだものね。写真とか無いの?」と根本。
「ある訳無いし、あっても見せないわよ。彼は私のだし、実物なら身近に居るじゃん」と渋谷。
「いや、鈴木君や真鍋君はさすがに・・・」と根本。
「じゃなくて、桜木先輩よ」と渋谷。
「戸田さんに殺されるし、誘っても相手してくれないわよ」と根本は溜息をつく。
そんな根本を見て、渋谷は言った。
「私の高校の先輩に岸本さんって人が居るんだけど、いざって時は男性に手錠を使うんだって」
「どんな人よ」と根本。
「住田先輩の元カノの一人だそうよ」と渋谷。
根本は部室で住田に、岸本について尋ねた。
「岸本さん? ああ、付き合ってたよ。あれはいい女だったなぁ」と住田。
「住田先輩も手錠で拘束されました?」と根本。
「まさか。あんないい女に迫られたら、拘束される前に自分でズボン脱ぐぞ」と住田。
「ですよねぇ」と根本は溜息をつく。
そして住田は「あの人は、誰かに相談された時、どうしても相手を落としたかったらこれを使え・・・って勧めるとも聞いたな」
「桜木先輩に振り向いてもらえない私みたいな子に・・・ですか?」と根本。
「そういう事になるかな。後、岸本さんの事が知りたかったら、村上に聞けばいいと思うぞ。奴は彼女のクラスメートで、しかも岸本さんがミス上坂になった時のエスコート役だ」と住田。
根本は部室に居る村上たちを見る。中条が村上に甘え、芝田に甘える。
そんな彼らを見て、根本は考える。
(友達と二人で中条さんを愛するって、どんなだろう)
桜木と自分について考える。
(戸田さんと二人で桜木先輩を愛するなんて出来るのかな? それとも、桜木先輩が他の誰かと二人で自分を愛するとか。他の誰かって誰だろう?)
そんな脳内問答の最中、根本は目の前に居る人の呼びかけで我に返った。
「根本さん、どうしたの?」
そう鈴木が自分に話しかけている。慌てて根本は鈴木に言った。
「べ・・・別にあんたに期待してる訳じゃないんだから、勘違いしないでよね」
唖然とする鈴木。彼は怪訝な顔で言った。
「まあ、漫画にしたからって、ストーリー的に良くなる訳じゃないからね」
自分の作品の漫画化についての打ち合わせ中だった事を思い出して、根本は言った。
「そ・・・そうね、作品を漫画にする話ね」
勘違いに気付き、おかしな事を言ったと、赤面する根本。
そんな根本を見て、鈴木は思った。
(自分に期待・・・って、漫画化の事じゃないのかな? だったら何だろう。まさか恋愛対象として・・・じゃ無いよな?)
桜木先輩との仲を取り持って欲しい・・・という期待なんだろうな・・・と、鈴木はとりあえず結論付けた。
そして(3人で出かけられたらいいな)と思った。
その翌日、部室で鈴木は桜木を誘って言った。
「桜木先輩、春月古池通りにコミック専門店が出来たんですけど、一緒に行きません?」
「男どうしでか?」と怪訝顔な桜木に、鈴木は続ける。
「先輩が評価する漫画ってどんなのか、知っておきたくて」
「まあ、いいか」と桜木。
桜木の了解を得ると、鈴木は脇に居る根本を誘って、言った。
「根本さん、週末に桜木先輩とコミック専門店に行くけど、一緒に来る?」
根本は喜んで「行く」と答えた。
桜木と三人で通りを歩く。漫画の話題で会話の弾む鈴木と桜木。
後ろをついていく根本は会話に加わりたいと思うが、解らない用語があって、よく理解できない。
不意に鈴木が話を振った。
「根本さんはどう思う」と鈴木。
「その、オノマトペって何?」と根本。
用語を解説する鈴木。何とか自分なりに解釈して答える根本。
次第に漫画に関する会話がスムーズになる。
「本当は漫画を描きたいけど、絵を描けないから小説書くって人、居ない」と桜木。
「居ると思います」と鈴木は答えて、話を根本に振って言う。
「根本さんはどう?」
「そういう所、あるかも」と根本は答えた。
3人で専門店に入る。書棚に並ぶ漫画。
自分の小説を鈴木が漫画化した作品を思い出す。
(もっと漫画として面白く出来ないかな?)と思考する根本。
そんな中で桜木が「これなんか根本さんの作品に近い話だよね」
「そうですね」と根本。
そんな会話を根本は楽しいと思った。
そんな根本に桜木は「これから鈴木の家に行くんだが、根本さんも来る? 漫画の描き方とか見るのも参考になると思うよ」
「行きます」と根本は答えた。
その後のある日、根本は村上が理学部棟から出て来る所に出くわした。
「村上先輩、これから部活ですか?」と根本。
「そうだよ」と村上。
「先輩、岸本さんって人、住田先輩の元カノだったそうですけど、仲良かったんですか?」と根本が以前から気になっていた事を問う。
「まあね」と村上。
「あの人って、男性に手錠を使っちゃうって聞いたんですけど」と根本。
「好きな人が居る女子に相談されて、どうしても落としたかったらって時に、これ使えって勧めたのは聞いたよ」と村上が説明。
「それでうまく行くんですか?」と根本は疑問顔。
村上はさらに説明した。
「山本って奴が居てね、ガキっぽい奴で、なかなか彼女に手を出さなかったんだよ。そいつの彼女が悩んで相談したら、これを使えって言ったそうだ。その時、こう言ったそうだよ。"これを使えば山本君を悪者にしないで済むよ"・・・って」
根本は溜息とともに、その言葉を反芻する。
(悪者にしないで済む・・・かぁ)
根本は話を続けて言った。
「男って、悪者になってでも、欲しい女を自分のものにする生き物ですよね? そういう情熱を女は認めるんじゃないですか?」
それに対して村上は「昔はそれで良かったかもね? けど、その"悪者"って"何に対する悪者"かって言うと、自分が獲得しようとする"好きな女"に対する・・・だよね? それってその女が嫌がってる・・・って事でしょ? それは建前なのかも知れないけど、女の気持ちは女自身にしか解らないよね?」
根本は思った。
相手が嫌がる素振りを見せたら、遠ざかるのは確かに"優しさ"なのだろう。
だが、女が自分から求めるのを"はしたない"と言う人が居る。"女は求められてこそ"という価値観もある。
それは"恋愛に対するリスク"を男に負わせてる、という事なのだ。そんな甘えを許してきたのが、これまでの男の優しさではなかったのだろうか。
それに甘えて、男が女を求める事を糾弾する風潮がある。
男性に負わせるリスクを増幅しているのは、その甘えを許されてきた女性自身ではないのか。
男性の草食化と呼ばれるものは、その声に応えた、紛れも無い優しさなのだ。一体誰が悪いのだろう。
根本は言った。
「先輩が中条さんを好きなのって、そういう、男性を悪者にするのと真逆なタイプ・・・だからですか?」
村上は「それはあるだろうね。俺だけじゃないと思う。芝田とか桜木とかも・・・」
「他にも、文学部の佐藤さんとか佐竹さんにも懐いてますよね。何だか、男性に媚びてるみたいに見えるんですけど」と根本。
「そういう同性を嫌う女性は居るだろうけどね? けど、媚びてるように見えるって、異性に優しいって事だよね? それって男性が女性に優しいのと同じじゃないのかな?」と村上。
根本は少し考え込むと「まぁ、優しさにも色々ありますけど、男性が女性に冷たい世界は、やっぱり嫌ですよね」




