第178話 二次元をこの手に
その日、コンピュータ専門学校の小島と園田が県立大の工学部を訪れた。三年次に県立大に編入するための事前準備のための来校だ。
事務的な用事が終わった彼らは芝田達と会う。
「お前らがうちの工学部にかぁ」と感慨深げに芝田が言う。
小島は「八月に編入試験があって、翌月あたりには結果るとの由」
そして泉野は「授業が終わったらみんなで飲みに行こうよ」と提案した。
夕方の大学近くの駅前酒場でテーブルを囲み酒を酌み交わす仲間たち。
泉野は園田に言う。
「水沢さんとは会ってる?」
「時々、小島達と遊ぶけどね。優しくしてくれるのが心苦しくてさ」と園田。
泉野は以前に園田が言った「水沢さんが優しいのは、自分のせいでいじめられたっていう罪悪感からだ」という話を思い出す。
そして「水沢さんが優しいのは罪悪感なんかじゃないと思う」と言った。
そんな泉野の辛そうな表情を見て、園田は言う。
「けど、俺ってこんなだし、水沢さんには山本が居るし、あいつ、いい奴だから、水沢さんが好きなのも解る」
「けど、園田君だっていい人だよ」と泉野。
「そんなに気を使ってくれなくてもいいよ。それに、そういうのって泉野さんのキャラじゃないでしょ?」と園田。
「園田君からは、私ってよっぽど嫌味なキャラに見えてるんだね?」と泉野。
「いや、そういう訳じゃ・・・」と園田が口ごもる。
そこに芝田が口を挟む。
「いや、だって泉野さんだろ?」
「どういう意味よ」と、泉野は口を尖らせた。
そんな中で小島が話題を変えて言った。
「ところで、芝田が計画してるっていう作画システムはいつ完成するんだ? 専門学校の奴等が滅茶苦茶期待してるんだが、動画とか立体視とか3D幼女も出来るんだよね?」
「いや、そこまでは・・・」と芝田は口ごもる。
「やろうよ」と榊が言った。
「けど、どうやって作るのかも」と芝田。
そして刈部も「二年になって、どんどん授業も専門的になってるし、動き出すのは早い方がいい。何せ俺達の共同テーマだもんな」
小宮は「夏のコミケまでにはモノになるかな?」
「それはさすがに無理だろ」と芝田が尻込み。
「けど、デモくらいは」と刈部。
園田が「目とか口とか顔の形とか髪型とかを部品化して組み合わせるようなものは作れそうだけどね」
「それじゃ、まるで福笑いだな」と芝田が笑った。
そして刈部が「そういうのじゃない、ちゃんと描きたいものを描けるには何が必要か・・・ってイメージが先ず大事なんじゃないかな?」
芝田たちの作画コンピュータの試作に向けた手探りが始まった。
刈部が漫画での作画の原理を仲間たちに説明する。
「服を着た絵の元は裸なんだよ。更に、その元は骨格とか筋肉。体の構造を踏まえて表現しないとリアルにならないからね」
「手足の長さとか可動範囲ってのがあるよね?」と芝田が指摘。
「腕を上げると肩はどうなる?・・・とか」と榊が指摘。
「胸や腹や背中は、どこが盛り上がってどこが凹んで・・・とか」と小宮が指摘。
「って事は、身体の立体構造モデルが前提になる訳だ」と芝田。
「漫画の人だと、デッサン人形を見てスケッチするわな」と榊。
小宮が「むしろ三次元のシステムで作った人体モデルを下絵にデッサンすれば手っ取り早いんじゃね?」
「三次元ポインティングデバイスってのもあるし」と芝田。
小宮が「いっその事、3D画像追及した方が良くね? あれだって最近はかなりリアルに抜けるのになってるぞ」
「抜けるって何を抜くのよ」と、ゴミを見るような目になっている泉野を無視して話は進む。
「けど、3Dでリアルな女の子作る設計も大変だしな。それに二次元ならではの味がある」と刈部。
「だよな。細かい所に勝手に齟齬が出るし、質感が塩ビ人形みたいになっちゃうし」と芝田も同意。
泉野は目いっぱいの嫌な顔で物言いを試みた。
「要するにこれって、女の子の裸描きたいってプロジェクトなのよね?」
そんな泉野に刈部は「ショタキャラの裸とか描きたくないの?」
たちまち泉野の脳内がモザイクを纏った美男児の裸身で占領され、彼女は態度を変えて言った。
「頼りにしてるわよ、刈部君」
「泉野さん、涎が出てるよ」と刈部。
文芸部でその話題が出ると、戸田がゴミを見る眼で言った。
「つまり、芝田君と愉快な仲間たちは、女の子を裸にして、あんな事やこんな事をさせるエロ画像を描くためのシステムを造ってるって訳よね?」
「いや、そういうのを目的とした、じゃなくて、あらゆる視覚的想像を具現化させるシステムを・・・」と芝田が弁解。
「でも、そういう絵も描くんでしょ?」と戸田。
「それは・・・」と芝田。
「描かないの?」と戸田。
芝田は「いや、描くけどね」
戸田は「それごらんなさい」
村上が笑いながらフォローする。
「いや、それを使ってそういう事もやる、ってのと、元々そういう事をやるための物である・・・ってのは違うよ」
「けど、本音としての目的なんて、本人にしか解らないじゃない?」と戸田が怪訝顔で追及。
「だから、建前とやってる事の矛盾が出た時に突っ込むしか無いのさ」と村上は言った。
そして桜木もフォローした。
「それにさ、ここに居る奴等は小説書いてるけど、もし絵心があって漫画描くスキルがあったら、漫画として作りたいって思ってる奴、居ない?」
「そりゃ確かに」と戸田。
そして真鍋もフォローのつもりで「エロ小説よりエロ漫画の方がオカズになるし」
村上は頭を抱えて言った。
「そういうのはいいんだよ。折角いい話でまとめようとしてるのに、何で台無しにしてくれちゃうかなぁ」
その週の金曜日、泉野は春月保育専門学校を訪れた。
帰宅する専門学校生の中に水沢を見つけて声をかける。
水沢は彼女を見て「確か、泉野ちゃんだよね?」
泉野は「話があるんだけど」
水沢は笑顔で言った。
「山本君の事だね? 彼、あんなだけど、照れ屋さんなだけだから」
「そうなの?」と泉野。
「本当はすごく優しいんだよ。頭を撫でてもらうと気持ちいいの」と水沢。
「私はどちらかというと、頭を撫でてあげたい側なんだけど」と泉野。
「山本君、恥ずかしがるかもね? 小依もね、もっと普通にいちゃいちゃしたいの。どうしたら、そうなれるかな? って」と水沢。
「慣れ・・・かな?」と泉野。
「そうだね。泉野ちゃんも頑張ってね。けど、山本君は元々小依のだからね」と水沢。
泉野は「うん・・・って、違ーーーーーーーーーう!」
水沢は怪訝な顔で「山本君の話じゃないの? じゃ、芝田君?」
「違うから」と泉野。
「小島君?」と水沢。
泉野は「何であんなのの話が出るのよ。そうじゃなくて、園田君よ。水沢さん、あの人のこと、どう思ってるの?」
「大好きだよ」と水沢は笑顔で答える。
「園田君は、水沢さんが罪悪感で優しくしてると思ってるよ。自分のせいでいじめられたから・・・って」と泉野。
「そう思ってるかも・・・とは思ってた。けど園田君、小依の初恋の人なの」と水沢。
「その好きって、罪悪感から来たものじゃないの?」と泉野。
水沢は「違うと思う。だって彼がいじめられる前から好きだったもの。園田君が自分のこと好きなんだ・・・って知って、すごく嬉しかったの」
泉野は水沢と別れて帰宅の途につきながら、芝田がかつて言っていた台詞を思い出した。
「女には2種類いる。誰かが自分を好きだと知った時、その男を好きになる女と、嫌いになる女だ」
泉野は思った。おそらく水沢は前者なのだろう。
そして自分は・・・おそらく後者なのだろう。
自分は男にとって可愛いタイプではないと思っていた。だから女オタクになったのだと思っていた。
だが可愛さとは何だろう。優位に立てる年下だから? 自分が守ってあげる立場に立てる子供だから?・・・。
泉野は、自分が気になっている園田の事を思った。
(あの人は、好きな人に罪悪感を感じさせてしまう事に怯えているんだ。それって優しい人の発想だけど、すごく痛々しい事だよね? 私は彼をどうしたいんだろう)




