第175話 芦沼さんの花婿
学食で村上たちが昼食を食べている時、秋葉と芦沼で温泉の話になった。
「秋葉さんが今までで一番良かった所って、どこ?」と芦沼が訊ねる。
「"良い"の基準が何か・・・ってのに拠るよね」と村上。
「温泉の良し悪しって言うなら泉質かしら」と秋葉。
「青湯温泉はどうかな?」と芝田。
「川の水で薄めてるからなぁ」と秋葉が難色を示す。
「星山温泉は?」と芝田。
「実はあそこは温度が低いのを沸かして使ってるんだよ」と村上が口を挟む。
その時、中条が思い出したように「そういえば佐竹君の地元の温泉って、湧いたのをそのまま使ってるよね?」
「何せ湯舟の底から温泉が湧いてるからなぁ」と佐竹。
村上が「あれ、何温泉って言うんだ?」
佐竹は「昔は山湯温泉って言ったらしい」
秋葉が「また行こうか」と言った。そして仲間たちが賛成する。
週末、佐竹の地元の温泉に、桜木・戸田・佐藤・芦沼含めた九人で訪れた。
この地を訪れた高僧の法力で湧いたという伝説の温泉がある古寺の境内は、以前にも増して雑草に覆われている。
「とりあえず、また草刈りしようか」と村上が提案。
「前回は、散々蚊に刺されたからなぁ」と芝田が渋る。
「まだ蚊の出る季節じゃないよ」と佐竹。
佐竹が物置から鎌を出して、全員でしばらく雑草を刈る。
「古そうなお寺だね」と桜木が言った。
「確かにボロい」と佐藤が言った。
桜木は残念そうに「いや、由緒ありげな・・・って意味で言ったんだが・・・」
「確かに雰囲気あるよね」と戸田が言った。
芝田が「何か出そうというか」
本堂の背後に庭園があり、その背後の林は墓地になっている。
佐竹は思い出深げに「子供の頃、ここで肝試しをやったんだ」
「佐竹君、ちゃんと廻れた?」と秋葉が笑う。
「当然だろ。仲間の先頭を歩いたよ。蚊には随分刺されたけどね」と佐竹。
佐竹が管理人の家で鍵を借りて、温泉のあるコンクリ建物の鍵を開ける。
脱衣所で男女背中合わせになって服を脱ぐ。
「戸田さん、水着着るんだ」と秋葉が笑って言う。
「秋葉さん、下は巻かないの?」と戸田があきれ顔で言う。
秋葉は「慣れちゃった」
中条は下にタオルを巻く
「中条さん、上は?」と戸田。
中条は「慣れちゃった」
戸田は口を尖らせて「桜木君だって居るんだから少しは遠慮してよ。ってか男子はタオル巻いてるのに、何で芦沼さんも秋葉さんも」
男子達は「俺たち、戸田さんが気にすると思って巻いてるんだが、気にしないなら」
「気にするわよ」と戸田は更に口を尖らせた。
馬鹿馬鹿しくなった戸田は水着を脱いで、上下にタオルを巻いた。
相変らず浴槽の中で村上や芝田にじゃれる中条。
佐藤と佐竹にかまう芦沼。
村上と芝田にかまう秋葉。
戸田は桜木の傍を離れない。
洗い場で体を洗った中条は、下のタオルを着けずに浴槽に入った
温泉を出て、佐竹が管理人の家に鍵を返しに行く。
管理人の家では佐竹の両親が待ち構えていた。
佐竹は唖然とした表情で「何でここに親父たちが居るんだよ」
「吉野さんから連絡を貰ってね。まさかうちに寄らずに帰るつもりじゃないよな?」と佐竹父。
「いや、その予定は無いが。友達を案内して来ただけなんだから」と佐竹。
「秋葉さんも居るんでしょ?」と佐竹母。
両親は佐竹を連行して吉野家を出ると、外で待っていた仲間たちに挨拶する。
そして彼等に「ぜひうちに寄っていって下さい」
秋葉は待ってましたと言わんばかりに「こんにちは、お父さん、お母さん」
「秋葉さん、また綺麗になって」と佐竹母。
「ここの家族になるのが楽しみです」と秋葉。
佐竹は困り顔で「秋葉さん、いい加減、そういう冗談止めてよ」と苦言を言った。
佐竹の両親は彼らを佐竹家に迎え入れると、式の日取りとか言い出す。
「そういう話はせめて卒業してからにしてくれ」と佐竹は頭を抱える。
父親はノリノリで「卒業したら式を挙げるそうだ」
母親もノリノリで「なら婚約を」
「だから違うってば」と佐竹は頭を抱えた。
母親が来客たちにお茶とお茶請けを出す。
秋葉が心配そうに「昆虫系じゃないですよね?」
「昆虫系って?」と芦沼は興味津々顔で喰い付く。
佐竹が解説して「イナゴの佃煮とか蜂の子とか、虫を使った食べ物だよ」
「面白そう」と芦沼が興味を示す。
「食べてみますか?」と佐竹母も喰い付く。
芦沼は「是非」
「まだ季節じゃないけど、獲れたら送ってあげますよ」と佐竹母。
芦沼が送り先をメモして佐竹母に渡す。佐竹妹がそれを見て、気付いて言った。
「この送り先って、兄ちゃんのアパートじゃない?」
芦沼は何も考えず「一緒に暮らしてますから」
「つまり同棲、って事は・・・こっちが彼女さん?」と佐竹母の驚き声。
父親も「秋葉さんじゃ無かったんだ」
「だからそう言ってるだろーが!」と、佐竹は、ようやく解ってくれたか・・・と安堵の声を上げたが・・・
佐竹父は満面の笑顔で息子の肩を叩いて「でかした敏行」
佐竹は唖然として「は?」
佐竹母は喜びの涙で芦沼の手を取り「あなたが息子のお嫁さんなのね? よろしくね」
芦沼も釣られて「こちらこそ、ふつつか者ですが」
佐竹は慌てて「違うだろ芦沼さん。特定の彼氏作らない主義じゃ・・・」
「あ・・・」
佐竹父、改まった表情で「どういう事だ? 敏行!」
佐竹はうんざり顔で「いや、だから芦沼さんも彼女って訳じゃ・・・。ねぇ、芦沼さん」
「そうなんです。それに私、不妊手術受けているから」と芦沼。
それを聞いて佐竹父、態度を一変させて怒りを露わにする。そして言った。
「敏行、お前って奴は!」
「は?」と怪訝顔の佐竹に、父親は怒鳴った。
「妊娠したら面倒だからって、自分の恋人にそんな事をさせるなんて」
佐竹妹も「兄ちゃん、最低」
佐竹母も「あなたをそんな子に育てた覚えはありません」
佐竹は困り顔で「違うんだよ。芦沼さんが不妊手術受けたのはね・・・」
芦沼本人が説明する。
唖然とした両親は「そんな事を・・・」
「それに、佐竹君のアパートに住み着いたのは単に、親から勘当されて家賃払えなくなったからでして」と芦沼は説明を続ける。
佐竹も「そうだよ。芦沼さんはモテるんだからね。俺以外に彼氏になりたいって人は大勢居るんだよ」
そして佐竹母は「つまりライバルと競争してる訳ね? 頑張ってね」
「だから違うんだってば」と佐竹はうんざり顔。
その時、佐竹父は改まった声で言った。
「芦沼さん、親御さんの連絡先を教えてくれないか」
佐竹は芦沼に釘を刺す。
「教えちゃ駄目だよ。婿の親として挨拶とか、頓珍漢な事をやって話ややこしくするに決まってるんだから」
「お前、自分の親を何だと思ってるんだ。勘当を解いてくれるよう説得しに行くんだよ」と佐竹父は口を尖らす。
芦沼は「そんな事までして頂かなくても」と辞退するが、佐竹父は言った。
「息子の嫁になる人のために、それくらいさせてくれ」
「だから違うって。俺の話を聞けよ」と佐竹はさらに、うんざり顔。
「それに、勘当はもう解けてるんです」と芦沼は説明を続ける。
だが佐竹母は「でも同棲は続けているのよね?」
「だから同棲じゃないって」と佐竹、うんざり顔。
「じゃ何なの?」と佐竹母。
「何だろう」と佐竹と芦沼は頭をひねる。
「お前が悩んでどーする」と佐竹父。
芦沼は何とか説明を試みる。
「部屋を借りると家賃がかかるし、バイトする時間は惜しいし、それに佐竹君の所って居心地いいし、したい時に出来るし」と芦沼の説明。
「したい・・・って、何を?」と佐竹妹は興味津々。
そんな妹に佐竹は「小学生が聞く事じゃない!」
「それに、居心地がいいって事は、敏行の事嫌いじゃないって事よね?」と母親。
佐竹は「いや、嫌いじゃないと好きは違うから」
芦沼も「それに、お孫さん、産めないですよ」
だが佐竹母は平然と「人工子宮で作るんでしょ?」
「いつになるか解らないですよ」と芦沼。
「父さんの孫なら、私が産んでやるよ」と佐竹妹。
「そうだよ。何の問題も無い」と佐竹父。
佐竹妹は得意げに兄を褒める。
「けど兄ちゃんって、すごいね。草刈り勝負で負けた中条さん含めて、三人も彼女が居るなんて」
佐竹は「えっへん。見直したか・・・って違ーーーーーーう。まだその嘘真に受けてるのかよ」
そんな会話を兄妹で続けている間に、佐竹の両親は芦沼と向き合って会話をしている。
「実家は夏日市街ですか」と佐竹母。
「なんだ近くじゃないか」と佐竹父。
佐竹はあきれ顔で「教えちゃったのかよ」
芦沼は佐竹の両親に訊ねた。
「あの、聞いていいですか?」
「何?」と佐竹母。
「この土地に陰産というのがあるって聞いたんですが」と芦沼。
「最近はやって無いねぇ。みんな病院で産むから」と佐竹母。
「やった人は居るんですよね?」と芦沼は更に・・・。
すると佐竹母は「私はやったよ。敏行を産んだ時にね」
佐竹は意外そうに「そうなの? もう産婆さんの時代じゃ無かったんじゃ・・・」と言った。
「産婦人科のお医者さんに来てもらって、自宅で産んだのよ」と佐竹母。
「そうだったのかよ。病院の方が設備があるだろ」と佐竹。
佐竹母はなつかしそうに思い出を話す。
「そりゃ、ね。けど、どうしてもこの人にやって欲しくてね。初産で不安だったし。それに、見ず知らずの医者と自分の旦那と、どっちを頼りたいと思う?」
「どうでしたか?」と興味津々そうに聞く芦沼に、佐竹母は答えた。
「それがね、この人があまり痛い痛いと騒ぐものだから、呆気にとられてるうちに、ぽろっと産まれちゃったよ」
彼らが帰る時、母親は芦沼に言った。
「敏行の事、お願いしますね。あの子、優しいけど気が弱いのよ。お寺の墓地で肝試しやった時なんか、墓地の入り口から一歩も歩けなかったのよ」
秋葉は笑って佐竹に「先頭を歩いたんじゃなかったの?」
佐竹はバツが悪そうに「蚊に刺されたのは本当だぞ」
「それ意味あるのか?」と村上と芝田が笑った。
後日、佐竹の実家から虫系の料理が送られてきた。
喜んだ芦沼は生化学研究室に持ち込んだ。珍しがる学生たち。
「イナゴの佃煮に蜂の子に、マムシの蒲焼きまであるよ」と牛沢。
「この芋虫は?」と蟹森。
「テッポウ虫ですよ。カミキリムシの幼虫さ」と村上。
「意外と美味いな」と笹尾。
「マムシって精力つくんだよね」と関沢。
芦沼は楽しそうに「ムラムラしてきたなら、エッチする?」
「そんなに急に効くものでも無いだろ」と村上が笑う。
そして芦沼は言った。
「この手の虫って見かけはアレだけど、けっこういけるね。今朝、車に轢かれた猫に似たような虫が湧いてたけど、あれ、今度とってきて食べてみようか」
全員、一気に食欲を無くした。
村上は残念そうに「芦沼さん、それ、蛆虫だから」




