第174話 新歓さん、いらっしゃい
各サークルでは、入部した新入生を迎える新人歓迎コンパ、所謂"新歓コンパ"が行われる。
「うちは新歓コンパって、やらないんですか?」と文芸部室で真鍋が先輩たちに何気なく訊ねた。
村上は笑って「去年はやらなかったな。それで俺たちは死人部屋でのたうち回る事も無く、無事にこうして居られる訳だ」
「何ですか? 死人部屋って」と真鍋。
昨年の忘年会で聞いた事を新入生に説明。
「怖ぇーーーーーー」と一年生たち。
斎藤が笑って言った。
「うちは毎年、新歓合宿ってのをやっていたのよ。去年は在校生が二人しか居なかったけど、今年は八人も居るんだから、やらなくちゃね」
5月の連休で、近くの温泉旅館で合宿のための宿泊を予約した。
それについてラウンジでたむろする一年生部員たちが噂する。
「部員用の部屋を3つとったそうだ」と鈴木。
「男部屋と女部屋と・・・あと一つは何?」と根本。
「死人部屋ってやつじゃないのか?」と真鍋。
鈴木と真鍋は戦々恐々状態だ。
そんな同級生の様子を見た渋谷は図書館で見かけた秋葉と村上に訊ねた。
「部屋は三つとったそうですけど、一つは死人部屋ですか?」
「そうよ。急性アルコール中毒が出た時のための緊急医療セットを用意してるから、安心して限界に挑むのよ」と秋葉が楽しそうに答えた。
「勘弁して下さいよ」と渋谷。
村上があきれ顔で言う。
「睦月さん、下級生脅しちゃ駄目だよ。俺たちは大部屋で一緒に寝るから、お前等は男女でひとつづつ。それで3部屋だ」
渋谷は「大部屋で一緒にって、4P5P当たり前・・・って」
「いや、一緒の部屋で寝るからって、別に、やるって訳じゃないから」と村上は困り顔。
「けど、先輩達は仲良しですよね。大勢でわいわいかぁ。いいなぁ」と渋谷。
教員試験と卒論の準備で不参加となった斎藤を除く11名の生徒と顧問の森沢が、三台の車に分乗して目的地を目指す。
行き先は番所沢温泉。
旅館に荷物を置いて、午前中は近くを歩く。
渓谷にかかる吊り橋があり、新緑が美しい。あちこちにある文学碑を巡る。
昼食は大庄屋の館を改造した料亭。明治大正の文人が湯治に来て、ここの当主に歓待されたという。
午後は旅館で論評会。上級生の作品を次々に俎上に載せる。一年生は各自感想を義務付けられる。
芝田のアニメ評論で好き勝手言う一年生。
次第にレベルが高くなる上級生の作品を前に、彼らは頭を抱える。
そして入浴。
先輩男子に連れられて男湯に入る鈴木と真鍋。
「混浴って事は無いですよね?」と真鍋が言った。
「あるとしたら、入ってるのは婆さんばっかりだが、それでも入りたいか?」と住田が答える。
「いらないです」と真鍋。
先輩女子に連れられて女湯に入る根本と渋谷。
「ここってまさかまさか混浴じゃないですよね?」と根本が言った。
すると秋葉が「混浴よ。入口は別だけど、中は一緒になってるの。もしかして、水着持って来なかったの?」
「えーっ?」と渋谷・根本。
「バスタオル巻けばいいですよね?」と渋谷が言う。
「濡れたバスタオルは乾かすのが大変よ」と秋葉。
二人の一年生女子は「どうしよう」
「大丈夫、上と下別々にタオル巻けばいいのよ」と秋葉。
根本と渋谷は腰にタオルを巻き、胸にもタオルを巻いて左の脇の下で縛る。
「先輩達はタオル巻かないんですか?」と根本。
「もう慣れちゃった」と秋葉。
根本と渋谷は思った。(やっぱりここってヤリサーだったんじゃ)
浴室に入る。大きな浴槽と洗い場。
中を見回しなかせら根本は「それで桜木先輩はどこに?」
「嘘に決まってるじゃない」と秋葉は笑う。
根本と渋谷は声を揃えて「秋葉先輩!」
そんな様子をあきれ顔で見る中条と戸田。
夕食となる。宴会として四人の一年生がひな壇に並ばされる。お膳とビールが並び、4人の一年生の席には一升瓶が置かれる。
「もしかして、これ・・・」と一年生の怯え声。
「お前等のノルマだ」と住田。
「あの死人部屋って奴ですか?」と鈴木。
「伝統だからな」と住田。
一年生四人、額を寄せて「どーするよ」
「どーするもこーするも、覚悟を決めるしか無いだろ」と真鍋が言った。
そんな中、渋谷は自分の席の瓶をふって、あきれ顔で言った。
「でもこれ、空瓶だよ」
そんな彼らに、住田は笑って言った。
「酔っぱらった演技をして貰うのさ。そういう状況の自分を想像するんだよ。劇の台本ってのも戯曲として立派な文芸だからな」
「もしかして斎藤先輩が言った、自分の時も似たような事って」と村上。
森沢が「無理な飲酒で急性アルコール中毒ってのが多発したんで、せめて演技で・・・って事になったのさ」
根本は酒乱で大暴れを演じ、鈴木は部屋の隅で膝を抱えて愚痴を呟きつつ眠る。渋谷は笑い上戸をやる。
そして真鍋は抱き付き魔を演じた。
先輩女子に次々に抱き付く。
戸田に抱き付いて貼り倒され、秋葉に抱き付いて頬をつねられた。
だが、次に抱き付かれた中条は、笑って真鍋の頭を撫でる。
「中条さん、そういう奴を甘やかすと調子に乗るよ」と戸田が言ったが、中条は・・・。
「大丈夫だよ、ほーら、怖くないよ」
すっかり調子を狂わされた真鍋は、しゅんとなって中条から離れて「ごめんなさい、中条先輩」
中条は笑って真鍋に訊ねた。
「真鍋君、昔、演劇やってなかった?」
「どうして解ったんですか?」と不思議そうな顔の真鍋。
中条は言った。
「お祖父ちゃんが若いころに演劇やってたんだけど、言ってたの。何かを演じてると、それになり切って、考えられない事をする事って、あるでしょ? レズで男性が嫌いな人が、相手役にキスしちゃうとか」
それを聞いて芝田は「もしかして、上坂の演劇部のあの劇も」
「宮下さんが岩井君にキスしたのも、それじゃないかと思うの」と中条。
「けど真鍋、お前、演劇なんてやってたのかよ」と村上が訊ねた。
真鍋は「演劇部に入ると部の女の子と仲良くなって彼女ができるって、友達にそそのかされたんですよ」
「で、仲良くなれたのか?」と村上。
「それが、部には男しか居なくて、引っ込みつかなくてしばらく続けてたら、転校してきた上級生女子が入部しました」と真鍋。
「その人とは仲良くなれたのか?」と村上。
「それがその人、部の実権握るとBL物ばっかりやるんですよ。ホモの演技強制されるんで、みんな辞めました」と真鍋。
「何だかなぁ」と村上。
真鍋は「その人、みんなからサークルクラッシャー認定されて、俺達はオタサー姫取り合って自己崩壊したアホの集団だってボロクソに言われました」
宴の時間が過ぎる。
宿の人がお膳を片付け、布団が敷かれる。森沢講師は引率部屋に引き上げ、学生たちも各自の部屋へ・・・という事になる。
「じゃ、お前等はよろしくやってろ」と住田は後輩達に言って部屋を出る。
「住田先輩は?」と桜木。
住田は「旅行先で一夜の相手を現地調達ってのも男のロマンだ」
「女性の宿泊客にナンパですか?」と村上はあきれ顔。
一年生部屋に向かう下級生4人。
「じゃ、また明日」と、鈴木と真鍋は男子部屋の戸を開ける。
だが根本と渋谷は「ねぇ、寝るまでは私達も一緒の部屋でおしゃべりしない?」
男子部屋でお菓子とジュースを持ち込んで男女でわいわいやる新入生。
そこに住田が女性を連れて駆け込んできた。
「頼む、匿ってくれ」と住田。
「どうしたんですか?」と鈴木。
「彼女が悪者に追われているんだ」と住田が言う。
すると「旦那が浮気旅行だって疑って、宿に乗り込んで来たの」と女性が言う。
一年生たちは「自業自得ですよ。土下座でもして許して貰えばいいじゃないですか」
「見つかったらきっと私、殺される」と女性が怯えた顔で言う。
「この人、ヤクザの愛人だったんだ」と住田。
「何て人に手を出したんですか」とあきれ声の一年生たち。
住田は「知らなかったんだよ」
住田は怯える女性の肩を抱いて言った。
「千歳さん。俺が必ず守るから」
女性は「逸久君・・・」と言って住田に抱き付く。
浴衣姿で住田と女性は見つめ合い、唇をかさね、4人の目を気にせず初めてしまう。
目のやり場に困る下級生達。
「俺たち、他所に行こうか」と真鍋。
「そうだね」と根本。
「先輩、俺達は女部屋に行きますんで」と鈴木が言って、部屋を出た。
女部屋では桜木と戸田が盛大に盛り上がっていた。全裸で桜木の上に乗って腰を振る戸田。
4人の下級生が固まる。戸田と桜木も固まる。
「失礼しましたー」と叫んで鈴木は戸を閉めた。
そしてその部屋の前で・・・。
「凄いものを見てしまった」と真鍋。
「やっぱりここってヤリサーだったんじゃ?」と根本。
「けど、ヤリサー疑惑で一番怒ってたの、戸田さんだったよね?」と渋谷。
大部屋の前で4人は、入ろうかどうしようかと躊躇う。
「村上さん達もやってるかな?」と真鍋。
「4P5Pってあの人達の事だって言ってたよね?」と根本。
「静かみたいだけど」と鈴木。
「誰か見てきてよ」と渋谷。
根本は「真鍋君見てきなさいよ、ああいうの一番見たいの、真鍋君でしょ?」
「俺を何だと思ってるんだよ」と真鍋は口を尖らせる。
鈴木も「ってか、それ痴漢だからな」
そして真鍋は「男子が行けば痴漢なんだから、女子が見てきてよ」
「女性にそういう事させる気?」と根本。
鈴木は諦め顔で「しょうがないな。俺が見てくるよ」
鈴木がそっと入口の戸を開け、小さな声で呼びかける。
「先輩、起きてます?」
「何もしてないから、入ってこいよ」と彼らに言ったのは村上だ。
一年生たちが部屋に入る。
「本当にやってないんだ」と真鍋は少しがっかり声。
「いつもやってる訳じゃないから」と芝田。
「けど一緒の布団で寝てるんですね?」と根本が、村上と寝ている中条、芝田と寝ている秋葉を見て不審声。
「気持ちいいよ」と中条の声。
「彼氏が出来たら最初にやりたいのが、エッチ抜きで一緒の布団に入る事ってアンケート結果があるそうね」と秋葉が言った。
「女部屋は桜木たちが行ってただろ?」と芝田が笑って言う。
「見てはいけないものを見てしまいまして」と真鍋。
「男部屋は住田さんがナンパした女性の旦那に追われて隠れてまして」と鈴木。
「布団は余ってるから適当なのに入りなさい」と秋葉が促した。
一年生四人、別々の布団に入る。
渋谷と根本は思った。(一緒の布団で寝るのって、気持ち良さそうだな)
翌朝、ロビーに出た彼らは、住田がヤクザとその情婦の三人で居るのを見た。
ヤクザは上機嫌で住田の背中をポンポンやっている。
ヤクザが「お前みたいな肝の据わったカタギを初めて見たぞ。俺の舎弟にならないか。いい目を見させてやるぞ」
「遠慮します」と神妙な表情の住田。
「何かあったら何時でも来い」
ヤクザはそう言って、揚々と情婦を連れてチェックアウトし、玄関を出て黒塗りの外車で去った。
後輩たちはあきれ顔で住田に言った。
「結局、捕まったんですか?」
「ああ。そしたら彼女、自分はレイプされて脅されたんだとか言い出すんだもんな」
住田は、疲れた顔でそう言った。そして話を続ける。
「それでヤクザがケジメをつけろとか言って、俺は観念して、煮るなり焼くなりしろって言ったら、自分で始末つけろとか言われて拳銃渡されてさ、しょうがないんで自分の頭に向けて引き金引いたら、弾が抜いてあってさ」
「自分の手を汚させずに自殺しろって訳ですか。けどそれでも自殺強要と銃刀法違反ですからね」と村上が笑う。
「ヤクザが言うには、この女は男引っかけてバレると毎度同じ事を言うんだそうだ。で、相手の男に拳銃持たせると、みんな追い詰められて自分に向けて引き金引くんだとさ」と住田。
「で、弾は出ない。もし先輩がそれやったら・・・」と村上。
「半殺しじゃ済まなかったろうな」と住田。
芝田は「実質やってる事は美人局じゃないですか。怖く無かったですか?」
住田は「怖いに決まってるじゃん。けど男って、女の前では見栄を張るものなんだよ。特に、好きな女と自分が抱いた女の前ではな」
戸田があきれ顔で「大概にしないと、そのうちコンクリ詰めにされて春月港に沈められちゃいますよ」と言った。
その時、森沢講師があくびしながらロビーに出て来る。
そして「夕べは何やら騒がしかったが、お前等何か聞いてるか?」と森沢。
「何も無かったですよ。至って平和です」と、住田がしれっと答える。
「そうか。朝飯食べたら、帰りにどこかに寄って行くか」
そう言って備え付けの新聞を広げる森沢を見て、部員たちは呟いた。
「呑気な引率だなぁ」
その時、バツの悪そうな顔で桜木が出て来る。
「あのさ・・・」と桜木。
渋谷が気を遣って「桜木先輩、夕べは私たち、何も見てませんから」
「すまん、気を遣わせちゃって」と桜木。
「で、何を見たんだい?」と森沢が笑いながら訪ねる。
「戸田先輩と桜木先輩が全裸でズッコンバッコン・・・」と真鍋。
根本が真鍋の後頭部をハリセンで思い切り叩く
桜木は困り顔で「それで戸田さん、布団被って引き籠っちゃってさ。どうにか引っ張り出せないかな」




