第171話 ヤリサーの扉
一年生男子として、新たに真鍋が入部した。真鍋は農学部だ。
新歓祭が終わって新メンバーでスタートした後での入部という事で、訝しむ向きもあったが、かつて弱小だった事もあって真鍋は歓迎された。
部の説明などが一通り終わると、真鍋は先輩たちに言った。
「ここについて、変な噂を聞いたんですが」
「噂って?」と村上が怪訝な顔で聞く。
「ここがヤリサーだって」と真鍋。
斎藤があきれ顔で「まさか、そんな事を期待して入ったとか?」
「気になったんで聞いただけですよ」と真鍋は弁解した。
戸田が「何でそんな噂が!」と憤る。
「住田先輩が居るからじゃないんですか?」と秋葉が笑う。
「で、具体的に何か聞いてる?」と桜木が真鍋に確認する。
真鍋が噂として聞いた事を話す。
「日替わりで別の女性を・・・とか」
「やっぱり住田さんじゃない?」と戸田。
「いや、日替わりはさすがに無いぞ。そこまで女が簡単に引っかかったら苦労は無い」と住田。
「4P5P当たり前・・・とか」と真鍋。
「村上君たちの事よね?」と戸田が村上ら四人に不審の目を向ける。
「何だよその悪意ある表現は」と芝田が憤る。
「理学部で羞恥プレイを・・・とか」と真鍋。
「それは完全に尾鰭だし、文芸部の女性じゃないから」と村上。
根本が「尾鰭ですか? デマじゃなくて」
村上は冷や汗をかいて、誤解を解こうと必死に説明。そして言った。
「いろいろ誇張があるようだけど、あくまで私生活での話で、活動は至って健全だから、文芸部に入ったからって、エロい事なんて出来ないから」
「そうなんですか?」と真鍋。
そんな真鍋に渋谷が「真鍋君、もしかしてがっかりした?」
「してませんから」と真鍋は慌てて言った。
「活動だって作品を持ち寄っての論評だよ」と桜木。
「合宿だって文化人の史跡を見て、海で遊んで」と芝田。
「海で遊ぶのは健全な文芸活動かな?」と鈴木。
「健全だろ。別にエロい事してる訳じゃないし」と村上。
斎藤が「夜は論評会やって、その後は・・・」
一同、急にバツの悪そうな表情になり、残念そうな目を互いに向け合う。
「まあ、とにかくだ、仮にそういう事があったとして・・・」と住田が言いかける。
「あるんですか?」と真鍋は思わず嬉しそうに聞き返した。
周囲の残念な視線が真鍋に集中。しゅんとなる真鍋。
その時、住田が言った。
「まあ、童貞を卒業したいって願望はあるだろうさ。だからって、それを突いて何がしたいんだって話だろ? んな事は部の活動と無関係に、俺がナンパの仕方を教えてやる」
「住田先輩」と真鍋は、感激の声を上げて住田の手を握る。
住田は真鍋の肩をポンポンしながら「頑張れよ」
「兄貴と呼んでいいですか?」と真鍋。
「俺はホモじゃないぞ」と住田。
「俺もです」と真鍋。
数日後、住田と真鍋は疲れた表情で部室に居た。
そして真鍋にナンパを教えた時の状況を残念そうに語る。
「駄目だ、こいつは。意気地無さ過ぎだ」と住田のあきれ声。
「だって・・・」と弁解声の真鍋。
住田は「ここぞって時に押し倒してモノにする事も出来んのか!」
「そんな事出来ませんよ」と真鍋。
斎藤があきれ顔で「住田君、大概にしないと、そのうち強姦罪で捕まるわよ」
「斎藤先輩の時はどうだったんですか?」と根本が興味深々な顔で尋ねる。
「それがこの人・・・」と住田が何か言おうとしたのを、斎藤が鬼の表情でぴしゃりと言った。
「住田君、口は災いの元って、知ってる?」
そんな様子を見て戸田が提案した。
「とりあえず真鍋君、合コンにでも出てみる?」
すると真鍋は不安顔で「けど合コンって、知らない女性にお酒飲まされて、いじられまくるんですよね?」
「こいつ本当にナンパの練習したんですか?」と男子一同あきれ声。
「ここのメンバーでシュミレーションしてみたら、どう?」と秋葉が提案した。
合コンの席を模して三対三の座席を設ける。
女性陣は戸田・秋葉・渋谷で男性陣は村上・桜木・真鍋。
男性が会話を盛り上げようと無理に多弁になると、自然と関心のある話に偏る。
村上が思想の話をする。外野から物言いが出る。
芝田が「合コンでそんな固い話をする奴があるか。もっと女子が喰い付きそうな、エンターテイメントの話をしろよ」
桜木が文学の話をする。外野から物言いが出る。
住田が「プロの小説家になろうって奴のレベルで語ってどうする」
相手役の秋葉は「二人とも話がマニアック過ぎよね」
戸田は「合コンマスターの二つ名を持つ村上君はどうしたのよ」
「仲立ちした責任とか言われて引っ張り込まれただけだ」と村上。
戸田はさらに「桜木君だって合コンに出てたよね?」
「理由も解らず引っ張り込まれただけだ」と桜木。
戸田が「誰に?」と尋ねると・・・。
村上と桜木は「戸田さんに」
周囲の残念な視線を感じて戸田は慌て、「そ・・・そんな事あったっけ?」
「とにかく話題のレベル下げて、相手が乗りやすい軽い会話にしろよ」と住田がアドバイス。
村上がアニメの話をする。外野から物言いが出る。
斎藤が「オタクネタに走ってどーするのよ」
「里子ちゃんはこれで乗ってきたけど」と村上が抗弁。
「そんな寛大な人を基準にしちゃ駄目でしょ。真鍋君でさえこんなに自然に会話してるじゃない」と斎藤。
二人の先輩の悪戦苦闘を他所に、酪農の話を延々と続けている真鍋。
「思いっきりマニアックなんだが」と村上。
唖然として真鍋たちの会話に耳を向ける先輩たち。
動物の交尾の様子を生々しく語る真鍋の話に、秋葉も戸田も完全に引いた。だが、元々農業に関心がある渋谷だけは別だ。
「真鍋君の実家って酪農農家なの?」と渋谷。
「親が、彼女見つけてお嫁さん連れてこいって、うるさくてさ」と真鍋。
先輩男子たちが真鍋を部屋の隅に連れて行き、ひそひそとお説教。
あきれ顔の芝田が「何だよ、お前。渋谷さんと話が合うんじゃん」
「いや、あの人は彼氏が居るじゃないですか」と真鍋。
住田は「お前はとにかく、友達として仲良くなって女性に慣れろ。話はそれからだ」
その後・・・。
その日の活動は真鍋の小説の論評だ。
一同、真鍋が持ち込んだ小説のコピーを読む。
森沢講師はバツが悪そうに頭を掻く。男子達の残念そうな視線が真鍋に向く。
女子達は頬を赤らめ、不審そうな視線を真鍋に向ける。
戸田は溜息をついて言った。
「これ、エロ小説だよね?」
「官能小説と呼んで下さいよ」と真鍋は不満顔。
「いや、呼び方はどうでもいいんだけどさ、"修作の猛々しい〇〇が美佐子の小さな××に"・・・って」と戸田。
「駄目でしょうか?」と真鍋。
戸田は「駄目に決まってるじゃない。普通に引くわよ」と声を荒げた。
「けど文芸は自己満でナンボですよね?」と真鍋。
秋葉は笑いながら言った。
「私はいいと思うわよ。で、これを図書館とかラウンジとか、いろんな所に置いて、みんなが読むのよ。著者名として真鍋君の実名付きでね」
真鍋は「いや、さすがにそれは・・・。別の方向性を考えます」
農学部は授業として様々な実習がある。
畜産実習棟で家畜の世話する真鍋とその同級生たち。
管理室に戻って仲間と一緒に一息。仲間の一人がバッグから一冊の漫画を出して、読み始める。
別の仲間がそれを見て話題にする。
「それ、"ハテナのマーカス"だな? 懐かしいな」
その漫画について、あれこれ言う仲間の学生たち。
「擬人化した猫が主人公のギャグ漫画だよね?」
「スーツ来てビジネスマンやってる猫のマーカスが、猫の習性で蝿追いかけたり、猫じゃらしにじゃれ付いたり」
それを聞きながら、真鍋は思った。
(動物の習性をネタにしたギャグ・・・かぁ)
仲間の一人が話題を転じる。
「知ってるか? 犬が交尾する時にさ・・・」
畜産課の人達は様々な動物の習性に詳しい。特に交尾に関する知識は下ネタとして大好物だ。
真鍋の口から独り言が漏れ、隣に居た仲間の耳に入る。
「書いてみようかな」
それを聞いた真鍋の仲間が言った。
「掻くって・・・。いや、下ネタとして盛り上がるのは好きだが、動物の交尾をオカズかよ。真鍋はさすがに上級者だな」
「いや、その"かく"じゃないから」と真鍋は慌てて言った。
更に後日・・・。
真鍋は新作を書き、文芸部に持ち込んだ。再び彼の作品の論評会となる。
部員たちは真鍋の作品を読む。
兎のメスが赤い頭巾を着て、遠くに住む病気の祖母のお見舞いに行った。
祖母の家に着いて寝室に行くと、ベッドには異様に大きな祖母が寝ていた。
「お祖母ちゃんの口は何故そんなに大きいの?」と兎は言った。
「お前を食べるためさ」
そう言ってベットから飛び出したそれは、ライオンだった。
「お前の祖母は美味しく・・・は無かったが、とにかく俺が食べた。今度はお前の番だ」と言うライオン。
兎は逃げようとするが、捕まってしまう。
「獅子は兎を狩るにも全力を出すのさ」とライオン。
兎は「許して下さい。私にはたくさんの子供が居ます」
「そんなものは自然界の掟の前では無意味だ」とライオン。
兎は言った。
「解りました。諦めます。けど、交尾も知らずに死ぬのは嫌です。どうか私をメスにして下さい」
ライオンは「お前、子供がたくさん居るんじゃ無かったのか?」
「細かい事は気にしないで下さい」と兎。
「だが、それでいいのか?」とライオン。
兎は「いいんです。兎は弱い分、盛んに繁殖して数を維持するので、生殖には積極的なんです」
ライオンは兎を家にお持ち帰りして行為に及んだ。だが・・・
延々と続く交尾の中、兎は「これ、いつまで続くんですか?」と尋ねる。
「ライオンは天敵が居ない分、時間をかけて交尾を楽しむのさ」とライオンは言って、交尾を続ける。
そんな事をしているうちに、ライオンの連れ合いが帰宅する。兎との交尾の真っ最中の夫を見て、ライオン妻は激怒した。
「あんた、私が苦労して獲物を狩っている間に、兎なんかと何をしてるのよ!」とライオン妻。
「いや、これはだな」と慌てるライオン。
兎は不審そうに「ライオンさん、奥さんが居るんですか?」と尋ねた。
「当たり前だ。俺は非モテじゃないぞ」とライオン。
「けど、奥さんが狩りって、ライオンさんって、もしかしてヒモ?」と兎。
「ライオンの世界では狩りはメスの仕事なんだよ!」とライオン。
そんな彼等を他所に、ライオン妻は更に夫を追及して言った。
「で、何なの、その泥棒猫・・・じゃなくて泥棒兎は」
「お前が口出しする事じゃない」とライオン。
「私というものがありながら」とライオン妻。
「オスの甲斐性というのが解らんのか」とライオン。
ライオン妻は「不倫は人・・・じゃないけど道に反するのよ。慰謝料請求するわよ」
ライオンの家では壮絶な夫婦喧嘩が始まり、兎はその隙に悠々と逃げ延びた。
そして兎は言った。
「ライオンさん、天敵は居ないって言ってたけど、ちゃんと居るんですね」
森沢は苦笑しながら言った。
「つまり赤ずきんのパロディーって訳か」
「動物の習性をネタにしたギャグって事だね」と村上も苦笑。
「けどこれって、ある意味エロ小説なんじゃ・・・」と戸田が物言い。
「下ネタギャグなんですけど」と真鍋。
だが戸田は「でも・・・"ライオンの猛々しい〇〇が兎の小さな××に"・・・って」
そんな中を中条が部室に入る。
「すみません、遅れました」と中条。
森沢は「今、真鍋君の作品を読んだ所だ」
「そうですか。で、どんな作品なんですか?」と中条。
「元ネタが赤ずきんで、兎とライオンが出てくるんだよ」と村上が説明した。
中条は「楽しそう。子供向けの絵本にしたらいいと思います」
桜木は「いや、こんなモザイクが必要な絵本は駄目だと思うよ」と言った。




