第17話 男と女
先ず、秋葉が切り出した。
「とりあえず、杉原の言った事って間違ってるの?」
「その前にはっきりさせたいんだけど、そもそも性欲って何だと思う?」と質問を質問で返す村上だが、秋葉にはそれが当然返ってくる答えを想定してのものなのだと解る。
「それは・・・生殖本能?」と秋葉。
「そう言われるよね。けどじゃあセックスしたい人って、子供を産むためにやるの? 違うよね? 気持ちいいからでしょ? よく言われるのは、セックスすると妊娠するリスクが・・・って事だよね。でも、だったら避妊すればいいって話になる。けどそうならないのは何故?」と村上。
「避妊は確実じゃないから・・・って性教育で言ってた」と秋葉。
「だったらどういう時に失敗するか、って話にならなきゃでしょ? けどそうならないのは、つまり、確実じゃないっていうのは、セックスするなっていう脅しなんだよ。ヤリチンだって、女が妊娠したら堕ろせって言うでしょ? 生殖本能と矛盾するよね。違うかな?」と村上。
「違わないと思う。けどそれで杉原の言った事って間違いって事になるのかな?」と秋葉。
「それって男に性欲があるかって事? そんなのあるに決まってるじゃん。問題はそれにどういう意味があるかだよ。性欲があると納得できないのは何故? それってつまり、どうしてエッチなのはいけない事になってるのか、って事でしょ?」と村上。
「それは・・・妊娠するから・・・じゃないって事だよね?」と秋葉。
「性嫌悪・・・という本能があるからでしょ?」と村上。
「本能・・・なの?」と秋葉は、解っていた筈なのに不意打ちを受けたような奇妙な感覚で聞き返した。
「例えば、鳥とか動物の繁殖期にさ、メスはオスが近付くのを、選別して追っ払ったりするよね。ああいう本能の延長でしょ? 確かにね、性欲の根底は生殖本能で、それがセックスの気持ちよさの元のひとつなんだろうし。性嫌悪の元にあるのは、望まない妊娠を回避したいって本能なんだろうね。同じ本能でも、生物としての目的が違うってのは解る。けど、本能の赴くままが危険なのは、動物的で理性が効かない。だから・・・って事だったんじゃなかったのかな?」と村上。
「じゃ、性嫌悪は我慢して受け入れるべきなのかな?」と秋葉。
「受け入れる・・・って、つまり、させてあげるって事? そんな我慢必要無いし、我慢させてまでやりたいとは俺は思わないよ」と村上。
その言葉に秋葉は少し安心して言った。
「村上君はそう言うと思ったよ。でも、する・しないって、付き合ってる男女の間で問題になる事なんじゃないの? そんな中で男性は性欲を我慢してる訳で、同じように女性も何か我慢を、って話にならない?」
「よく聞く話で、何か違うなって思うのはさ、例えばいきなり襲ったりしないってのは、我慢以前の問題だよ。例え犯罪じゃなくたって、自分がやった事で自分が求めた女が目の前で泣くのは俺は嫌だ。それに、女性が自分と無関係な事で、男性の性欲を非難するのも、させるさせないの話じゃないよね? 何の権利だよって思う事もある」と村上。
「それは解る。今回のエロ本の話って、そういう事だもんね。けど解って欲しいのは、普通の女性は別に男性の性欲を全否定してる訳じゃなくて、実害が出る事に対して自衛を・・・って事だと思うの」と秋葉。
「それ、何を実害と言うかだよね。生理的にとか言って、極端だと嫌いな人はそこに居るだけでセクハラだとか(笑)。恣意的なその場の感覚で独裁者みたいに。そういう人はごく一部ってのは解るけど、そうする権利があると思ってるのが問題なのさ。そもそもさ、女を支配して関係を無理強いするのがセックスだ・・・ってみんな思っちゃうから、おかしな事になるんじゃないのかな?」と村上。
「レイプって、そういう実害だよね?」と秋葉。
「ああいう事件を起こす奴って、実は彼女が居たりとか、意外と経験豊富な奴が多いそうだよ。要するに経験上、やってしまえばこっちのもの・・・みたいなノリで強引に、っていうパターンが多いらしい。セックストリガーって言葉があってね・・・」と村上。
「それ、聞いた事ある。セックスした事で相手を好きになる事があるっていう、女性の心理の事だよね。つまり、ああいうのは肉食系の人達だけで、普通の男性はやらないって事なのかな?」と秋葉。
「まあ普通の男性はやらないだろ。やるのは一部の犯罪者だもん。衝動的に・・・とか言うけど俺はそういうのよく解らない。リスクとか以前に痛々しいだけだと俺は思うよ」と村上。
「けど、レイプには相手を傷つけたいって願望があるってのも聞いた事がある。実際に被害受けた人は泣いちゃう訳だし。それって好きにさせるってのと逆じゃないのかな?」と秋葉。
「それだよね。女性に性嫌悪がある一方で、女性にも性欲だってある・・・と少なくとも彼等は思ってる。そんなものは無いって言う女性もいるし、俺も何が本当かは解らないけどね」という村上の説明に、異性だから解らない・・・というのがこういう問題の難しさなのだろうと、秋葉は思った。だから理解して欲しい。好意的に・・・だけど嘘ではない何かを。
「私は無いとは思ってないよ。ただ、好きな人ができた時に出てくるものだと思う」と秋葉。
「でも、好きな人が居なくても、自分でしちゃう人って居るでしょ。しない人も居るとも聞いてるけどね」と村上。
「そうだね。私、性欲ってよく解らないけど、気持ちいいってのを知識として知ってて、それへの興味はあるとは思うよ。けど、どっちにしろそれを認められない自分が居て、つまりそれが性嫌悪なんだろうけど、そういうのを無い事にしたいって事なのかもね?」と秋葉。
「つまりさ、本人が意識するしないは別として、女性の中には性欲と性嫌悪が共存して矛盾し合ってる。だから相手をモノにするために、性嫌悪という障害物をぶち壊したい、ってのがレイプの攻撃性の元なんじゃないのかな?」と村上。
「それで、本当は感じてるんだろう・・・とか酷い事言うんだ」と秋葉。
「だろうね。傷つけたいのは相手そのものじゃない筈なんだけど、それが解らないんだね」と村上。
「本能だから? まあ、性嫌悪も本能だから闇雲に攻撃的になるのを、どうにかしなきゃってのは解る。相手じゃなくて自分のためにね。だけど、女性にも性欲があるからって、暴力的なのを肯定されると困るの。性嫌悪は自分そのものじゃないから、それで自分を全否定されても困る。だけどやっぱり自分の一部ではあるんだから、それを強引に誰かに否定されるのって辛いんだよね。性欲も性嫌悪も、それが誰か特定の人に向くのも、どうにも出来ない部分ってあるし・・・」と秋葉。
「そうだね。性欲もだけど、必要なのは否定や我慢じゃなくて、コントロールする事だよね。それはあくまで自分自身のためになんだから、そういうのがあるって意識しようよって事なんじゃないかな?」と村上。
「そうね。きちんとコントロール出来てる人に、頭の中で考えてるでしょ、は確かに失礼・・・っていうか、失礼以前の問題かもね?」と秋葉。
「暴力もそうだけど、努力とスキルで女を落として、他の男に誇示して羨ましがられているつもりなヤリチンとか、発想がマッチョなんだよ」と村上。
「でも男ってマッチョな肉食系を目指すものじゃないのかな?」と秋葉。
「そうあるべき、みたいな価値観はあると思う。自分の性欲を誇示するとか。ヤリチンは極端だけど、恋愛で異性から認めて貰うために頑張って、それが人としての価値を決めるとか・・・。馬鹿馬鹿しいだろって話でね。自分の価値を決めるのは女じゃなくて自分自身だよ。そういうのから離れたのが、いわゆる草食って奴だよね?」と村上。
「村上君は草食?」と秋葉。
「草食って、自分で名乗るものじゃないよ。ただ、あの気持ちは解る。認めてもらうための努力やスペックの競争とか、付き合う義理は無いと。そもそもそういうマッチョ的な価値観って、むしろ女が求めてるものじゃないのかな。自分のために頑張らなきゃ嫌だとか」と村上。
「マッチョ=男の魅力・・・みたいな価値観はあると思う。そういう人がむしろモテたりもするしね」と秋葉。
「その男らしさを促すホルモンがテストテトロンだよね。マッチョ的な発想とか性欲とか暴力的な何かとか、それって結局、目的のために頑張るって意志を促す。それがあるからいろんな困難を乗り越えて凄い成果を出したり出来る訳なんだけど、そういう達成感を恋愛に求めて、相手をゲットした時の気持ちよさを・・・ってのを恋愛だと思っちゃう。要するにゲームで、それが目的になって突っ走るとヤリ捨てヤリチンになるみたいな・・・」と村上。
「女はむしろ、そういう恋愛ゲームみたいなのに対して、受け身の立場よね?」と秋葉。
「どうかな? 昔、三高って言葉があったけどね。高スペックな彼氏を落として勝ち組になる、ってほぼゲームだよね。そもそも女は、相手を選別する本能が恋愛行動にはっきり出るでしょ。王子様とか・・・」と村上。
「確かに、誰かに人気が集まると、その人が王子様になってみんな憧れるってあるよね。彼氏を自慢したい人とか。けど本当は、この人は自分が望まない相手かも知れない、みたいな恐怖心があって、好きになる理由が欲しいとか、みんなが支持する人だから安心だとかって考えちゃうからで、別に得をしたい訳じゃないと思うの」と秋葉。
「本能で優秀な遺伝子を、とか、餌を運んでくる能力を、とかって言う人も多いけどね」と村上。
「そうね。でもそんなの違うってみんな思ってると思うの。だから自分の中の恋愛センサーが反応する人を待つ、みたいな人って居るけど、それで何も無く年とっちゃうのが怖い(笑)」と秋葉。
「自分が望む相手を獲得したいんであって、獲得されるのは嫌だでバリア貼って警戒されたら、そりゃ男は萎えるよ。女ってそういうものだと、みんな思ってる」と村上。
「獲得って発想が問題なのよね。けど、本気で好きで情熱的に自分を求める誠実な男性に出てきて欲しい、って願望だって女にはあるよ。矛盾だってのは解るけど」と秋葉。
「そういう男性なら、自分のために命だって捨てるだろう・・・みたいな期待を、スペックとして計算してるって話じゃないのかな? それ」と村上。
「確かにそうなんだけどね、そういう自己犠牲を美しいと感じるのが、恋愛っていう文化なんだよね」と秋葉。
「そうやってマッチョに頑張る人を女は求めるんだよね。まあ、女を落す達成感と女を守る達成感は別物だからね。秋葉さんは、好きな男に自分の犠牲になって欲しいと思う?・・・ってな事を聞く奴が絶対モテないって事は解るけどさ(笑)」と村上。
「モテなくても中条さんが居るものね(笑)。でね、命を犠牲にされるのは怖いけど、何かを自分のために犠牲にしてくれると感動はするよ。でもそれに対して罪の意識ってあるし、好きな人がそれで辛いのは嫌かな。矛盾だよね」と秋葉。




