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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第169話 斎藤さんのライバル

鈴木が漫画化した桜木の小説は、原作者を架空のペンネームに変更して学内各所に置かれた。

文芸部の作品としては珍しく好評で、その堅苦しいイメージを一変させ、多くの学生が次の作品を期待した。


そんな中、元部長の斎藤は、教員採用試験の準備に時間を圧迫されつつ、卒論の構想固めにも追われる毎日。

担当教授の居る上山ゼミでは、その進捗状況を報告して教授の指導を受ける。

そんな彼女に、日頃何かと突っかかって来るのが、同じゼミに居る櫛木だ。



ゼミが終わって廊下に出た所で、早速、言い合いが始まる。


「ウーマニズム批判とはまた随分と安直なテーマよね」と批判する櫛木。

「社会に対する影響の大きさを考えたら、意議のある事だと思うわよ」と受け流す斎藤。

「漫画の影響力を軽視して古臭い文芸に固執してきた人とは思えない発言ね」と櫛木。

「小説は、今や漫画に匹敵する表現スタイルとして定着しているけどね」と斎藤。

「小説じゃなくてラノベでしょ? それだって、漫画の原作としてのみ存在意義を認められているんじゃなくて?」と櫛木。

「その漫画はアニメの原作としてのみ存在意義を認められている・・・と言われたら、どう反論する?」と斎藤。


「うるさいわね。漫画はサブカルの中核よ。オタクにとって最大のイベントであるコミックマーケットは何をする言葉かしら?」と櫛木。

「コスプレして同人ゲームを売る場を意味する言葉でしょ?」と斎藤は言って笑った。

「あのねぇ、コミックというのは漫画の事よ。視覚的表現こそが命であり、それを持たない媒体はそっぽ向かれて当然なの」と櫛木は苛立ちを募らせながら言う。

「自分が居る文学部は何? 文学とは文章で表現する芸術の事よ」と斎藤。

櫛木は「だからそれが時代遅れだと言うのよ。そもそも漫画とは」

すると斎藤は「櫛木さんのその我田引水なドヤ顔みたいな滑稽なものを、言われない? 漫画みたい・・・って」

「何ですって!」と櫛木。

「何よ!」と斎藤。



「あの・・・斎藤先輩」

そう声をかけたのは、怯え切った表情の中条だ。

「あら、中条さん。怖くないのよ」と斎藤は笑う。

「その人、お友達ですか?」と中条。

「ただのサンドバックよ」と斎藤。

「誰がサンドバックですって」と櫛木の金切り声。

斎藤は楽しそうに「あら、聞こえちゃった?」



学食で中条から話を聞いた村上たちは苦笑いして声を揃えた。

「こ・・・怖ぇーーーーーーーー」

「斎藤さんに不倶戴天の敵って訳か」と村上。

芝田は「河豚と鯛の天ぷら?」

「違うぞ、芝田」と村上。


「けど、何者だろうな?」と野次馬気分な佐藤。

その場に居た刈部が困り顔で言う。

「多分、うちの元部長だよ。恥ずかしながら」

「漫研の?」と佐竹。

「あそこと文芸部って、仲悪いの?」と佐藤。

「他の人は別に何とも思ってないんだけど、昔、いろいろあったらしいから」と刈部は頭を掻く。

「何があったのかな?」と中条。


「そういえば漫研に部員が大勢引き抜かれたって言ってたよね?」と村上が口を挟む。

「けど、文芸部の部員が漫研に行ったって、漫画描けないだろ?」と佐藤は怪訝顔。

「けど、ストーリー作るとかは出来るんだよね」と刈部が説明。

「だから、漫画描ける人と組んで合作で作品作るって訳か」と桜木。

「鈴木君がやったみたいに?」と中条。


刈部が頭を掻きながら言った。

「それなんだよね。あのやり方で漫研が大発展して、文芸部を廃部寸前まで追い込んだって喜んでた所が、お前ん所の新人が真似して」

「別に真似した訳じゃないんだが」と桜木が困り顔で言った。

「で、文芸部のくせに漫画出して滅茶苦茶評判良かったもんだから、櫛木さん怒っちゃって」と刈部。

「それでか」と芝田。


「けどそれって、うちが文章で勝負するの止めて漫画の優位性認めたって理屈にならない?」と他人事のように言う村上。

刈部は「だから櫛木さんも、これは敗北宣言だよねザマーミロってあざ笑ってやるんだって言ってたんだが・・・」

「そんな事言ってなかったと思うけど」と怪訝顔の中条。

刈部は困り顔で「あの人、すぐ相手のペースに巻き込まれて、自分が言いたい事言わずに終わっちゃうんだよね」

「要するに自爆した訳ね?」と戸田が笑った。


「けど、漫画にすると売れるかな?」と佐藤。

「とっつき易いとは思うけどね」と村上。

「コミカライズってあるじゃん」と佐竹。

戸田は「私の小説も漫画にするよう、鈴木君に頼んでみようかな」

「文芸部の作品をみんな鈴木がコミカライズしたら、それこそ文芸部じゃなくて第二漫研になるぞ」と芝田が笑った。

村上は「まあ、俺らのは評論だからなぁ」と他人事のように言う。



部室で部員たちが住田に訊ねた。

「住田先輩、漫研の櫛木さんって知ってます?」

「今は男嫌いで通ってるけどな」と住田がぽつりと言う。

戸田は「そーいう事を聞いてるんじゃないんですけど」

「住田先輩は手を出さないんですか?」と中条。

戸田が困り顔で「中条さん、いちいちそういうのに乗らなくていいから」


その時、その場に居た斎藤が言った。

「そういう事をあまり詮索するものじゃないわよ」

住田も頭を掻きながら「まあ、そういう事だ」

戸田は「そうですね、けど斎藤さん、何か焦ってません?」

「な・・・何でもないわよ」と斎藤。


桜木は話題を変えて「ところで住田先輩、哲学ゼミは?」

「変人ばっか。そーいや哲学研究会の奴が居たな」と住田が笑った。

「あの新興宗教の?」と桜木。

「いきなり生命ガーとか言い出して布教始めたりしてさ。まともなのは天堂教授くらい」

「教授がまともじゃ無かったら困るよね」と芝田。

「まともじゃない教授も多々居るけどね」と秋葉。


「そんな所でヘーゲル批判なんかやって大丈夫なんですか?」と村上が笑う。

「いきなり刃物振り回したりはしないと思うが」と住田は笑って言った。そして改まった表情で後輩たちに言う。

「それで、お前等もこれから自分の選んだコースの中で、自分の専門分野を見つける訳だよな」



二学年のオリエンテーションでは、各コースごとに説明があった。

コースの趣旨と所属する研究室、そしてそれを学ぶための選択授業についてだ。

村上の物質化学コースは、化学を中心に生物学や物理学も応用して、素材の特性を見極めたり、新たな発見や合成法を探ったりする。

有機化合物やファインセラミック、高機能合金なども扱う。生体に関わる物質を探り、それを利用する生化学もその枠内だ。

それらの言葉が発するハイテクの匂いが学生たちのワクワク感を誘う。

関沢が「高機能合金っていうと、超合金Zとか?」とはしゃいで言う。

「今ならオリハルコンだろ」と村上が言って笑った。


中条の教育心理コースでは、人間形成やそれに関わる精神的な問題を扱う。

教育学や青年心理、行動や認識の仕組みの解明、心理療法に関する実習もある。

芝田の電子工学コースでは電子情報産業を発展させる様々な技術を学ぶ。

秋葉と津川の経営学コースでは企業経営のための戦略や運営に必要な知識を学ぶ。



課題を与えられてレポートを書いたり、自分で課題を設定して調査する実習的な授業も増える。

既に多くの生徒は、関心ある分野で学ぶために出入りする研究室を決めて、そこに通っている。

そこの教授は多くの場合、三年に進むとゼミの担当教授となり、四年では卒論の主査になる。



村上のアパートで四人で居る時、その話題が出る。

「専門性が高くなる分、勉強も難しくなるし、課題もレベルが高くなるわよ」と秋葉。

「本で勉強しても、難しい用語とか出て来るよね?」と中条。

「パソコンで検索すれば大抵わかるよ」と村上。

「レポートとかもパソコンで打った方が早いし、必要な情報をコピー&ペーストで保存すれば、いつでも読めるからね」と秋葉が補足。


「里子ちゃんもパソコンを使ったらどうかな?」と村上が言った。

中条は「ネットのつなぎ方とか教えてくれる?」

「俺も繋ぐ時は悪戦苦闘したけどね」と村上は弱音を吐く。


秋葉が「ここに専門家が居るじゃん」と芝田を見て笑った。

だが芝田は「授業でパソコン言語とかは勉強して使えるようになったけど、一般人としてネットを繋ぐとなると・・・」

村上は「ってかお前、自分のパソコン持ってるのか?」と芝田に質す。

「スマホで十分だろ」と涼しい顔で言う芝田。


村上は「あれって、見付けた情報をコピー&ペーストするのが前提になってないだろ?」

「必要な時にネットでアクセスするさ」と芝田。

「それでいいのか?」と村上。



結局、芝田と中条は工学部の榊に面倒を見てもらう事になった。


「これで芝田もエロサイトにアクセスできるよな?」と、接続を完了したパソコンを見て村上が笑う。

「それは言わない約束だ」と赤面する芝田。

「言っとくが、セキュリティソフトは必須だぞ」と榊が念を押した。

「それはやってくれないのかよ」と芝田。

「忘れてた」と榊。


中条は「そういうの見ない人は要らないの?」

「いや、ウィルスはどこから来るか解らんから、中条さんも付けなよ」と榊は念を押した。



二人がパソコンを導入したという話を文芸部室で聞いた秋葉は笑って言った。

「曲がりなりにも絵を描ける理想のパソコン作ろうって人が、自分のパソコンを友達に頼る訳ね?」

「いや、パソコンはネット以外にもいろんな機能があるんだよ」と困り顔の芝田。

秋葉は笑って「で、これで変なサイト見放題と?」

「そういうのじゃないから」と焦り顔の芝田。


「セキュリティソフトが必要だって言ってた。私も付けて貰ったよ」と中条は何も考えず会話に乗る。

秋葉は笑って「里子ちゃんもエロサイト見るの?」

そう言われて中条は真っ赤になって口ごもる。

村上は苦笑して「睦月さん、そういうからかい方は止めようよ」


「ところで秋葉さんはパソコンは?」と戸田。

「経済学部の栃尾って詳しい人が居て、面倒見て貰ったわよ」

戸田が「それって男子?」

秋葉は「当然でしょ?」

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