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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第167話 文芸部の新人

4月となり、新年度が始まった。


村上達は二年生としてコースを選択する。それに応じて、それぞれ専門性の強い選択授業となり、クラス毎の必修授業は殆ど無くなる。

学年ごとのガイダンスで各教科の説明を受け、履修登録を出す。

村上・芝田・秋葉はそれぞれ仲の良いグループで選択を合わせた。


村上は関沢・笹尾・宮田・芦沼と物質化学コース。

芝田は小宮・刈部・榊。泉野とコンピュータコース。

秋葉は津川・時島・栃尾・寺田と経営学コース。


文学部では、戸田と桜木が文字文化コースを選んでいる。

中条は心理教育コースを選んでいる。同じコースは佐藤・佐竹・島本で、彼らと選択を合わせた。

早渡は歴史哲学コースを選んだ。



体育館では新入生たちの入学式が行われる。

彼らのガイダンス期間中の午後は新歓祭。大講堂や体育館で各サークルが新人勧誘のパフォーマンスを行う。

「文芸部は何かパフォーマンスとか、やらないんですか?」と戸田が斎藤に聞く。

「朗読会でもやる?」と斎藤が笑う。

「いや、いいです」と戸田。



他のサークルと同様に勧誘ブースを設置する。

長机と椅子を設置しながら、村上が訊ねた。

「今年から住田さんが部長ですか?」

斎藤は四年生になり、就活に卒論にと多忙となるため、サークル活動には専念できない。

「けど斎藤さん、就活といっても高校教員ですよね?」と戸田。

「教員試験は競争が厳しいのよ」と斎藤。


秋葉がふざけて「それより、住田先輩、部長としての抱負はありますか?」

住田は「俺が部長になったからには、文芸部は変わるぞ。部長権限で・・・」

「ヤリサーにはなりませんから」と戸田がピシャリ。

「何も言ってないぞ」と住田は口を尖らせた。


そんな冗談を言い合って笑う部員たち。

そんな中で中条がぽつりと言った。

「今年は来るかなぁ。後輩」

「去年は大漁だっただけに、反動が怖い」と芝田が笑う。

「大漁って、俺達自身の事だぞ、去年は魚扱いされたとか言って、ぼやいてただろーが」と村上が笑う。

「そーだっけ?」と芝田。


「それに今年は1名、確保済みだからな」と芝田が笑う。

「誰か入るって話があった?」と怪訝顔の戸田。

「コミケの時、居ただろーが」と芝田。

「鈴木かぁ、上坂の漫研の」と桜木。

ふと中条が「けど、落ちてたら?」

「あ・・・」

全員、不安顔になる。



その時、「先輩、久しぶりです」とブースの外から呼びかける声。

鈴木だ。


「鈴木、受かったんだな。良かったよー」と芝田が鈴木の手を取って歓迎。

「当然ですよ。芝田先輩だって受かる所ですから」と鈴木は胸を張る。

「どういう意味だよ」と芝田は口を尖らせた。

鈴木は慌てて「いや、そういう意味では」


「まあまあ、それより、文芸部に入るんだよね?」と住田が場を取り繕う。

鈴木は「よろしくお願いします」と頭を下げた。



鈴木は桜木を見て、一冊の冊子を出した。

「桜木先輩、頂いた短編、漫画にしてみました。読んでみてくれますか?」


桜木はそれを読む。そして言った。

「うん。良く書けてると思う。漫画として読み応えあるよ」

「ありがとうございます」と嬉しそうな鈴木。

「いい後輩に恵まれたと思う。また書いてくれるか?」と桜木。

「こちらこそ、お願いします」と鈴木。



「けどこれ、いいのか?」と、冊子を見た村上が言った。

「何が?」と桜木。

「リアルバレは駄目なんだろ? 原作者ポトマックって、なってるぞ」と村上。

「あ・・・」


鈴木は心配顔で「駄目だったでしようか?」

「これじゃ、リアルで関係者だって言ってようなものじゃん」と村上が指摘。

残念な雰囲気が漂う。


桜木は心配顔で「これ、あちこちばら撒いた?」

「身内に読ませただけですけど」と鈴木が答える。

「なら良かった」と桜木。

「すみません」と鈴木。

「まあ、これからは気を付けてくれ」と桜木。

「けど、どんなルートで漏れるか解らないぞ」と芝田が口を挟む。



その時、一人の一年女子がブースを訪れて、言った。

「あの、こちら文芸部ですよね?」

「入部希望者ですか?」と住田。

一年女子は言った。

「はい。入部したいです。それで、こちらにネット小説のポトマックさんが居るって聞いたんですけど」

全員の視線が鈴木に集中した。


何やら微妙な雰囲気になっている事を歯牙にもかけず、彼女は自己紹介。

「私、根本真帆って言います。文学部です。小説書いてます。よろしくお願いします」


桜木は改まって「鈴木君」

「何でしょうか」と、神妙な顔の鈴木。

「まだ聞いてなかったけど、学部は?」と桜木。

「経済学部です」と鈴木。


そのやり取りを見て、村上は思った。

(桜木、問題から目を背けたか)



2日目は何事も無く過ぎた。そして3日目も過ぎようとした新歓祭の終了間際、一人の見覚えのある一年生女子がブースを訪れた。

「先輩、久しぶりです」

そう言ったのは、上坂高校の園芸部で一年下の渋谷だ。


懐かしそうに中条が「渋谷さん、県立大に入ったんだね?」

「ここの農学部って、それなりに名門ですからね」と渋谷が答える。


県立大の元々のスタートは、明治時代に米沢家が農業の近代化のために作った農業学校だった。



部員の紹介を終えると、部長の住田が訊ねた。

「それで渋谷さん、文芸部で書きたいものって何かある?」

「詩です」と渋谷が答える。

それを聞いて上坂出身の面々は目を丸くした。


「渋谷さんがポエム?」と芝田。

「変でしょうか?」と渋谷。

「いや、てっきり農業にしか興味が無いものと」と村上が言う。

「私だって普通に女の子ですよ」と渋谷。

「そうだったね、それでどんな詩を書くの?」と村上。

「農業や農村のすばらしさを詠ったものを書きます」と渋谷。

全員、前のめりにコケる。



新入部員を部室に案内する。過去の部員達が残した作品が本棚に並んでいる。

「いろいろあるんですね?」と根本がはしゃいだ。

「伝統のある部だからね」と胸を張る斎藤。


三人の新入生は、めいめい適当に書棚の冊子を手に取る。

「これって昭和の頃の作品ですよね?」と渋谷。

「これ、面白そう」と根本。

「これ、江戸時代の作品でしょ?」と鈴木。

「そんな古いのはさすがに無いと思うが」と住田。

鈴木は「だってこれ、草書体って奴ですよね? 俺には読めないなぁ」

「いや、これは単に手書きの字の下手なやつだから」と住田。



一段落ついた所、桜木が根本に訊ねた。

「ところで根本さん、ここにポトマックが居るって誰に聞いたの?」

「友達が言ってたんです。彼の原作で漫画描いた人が、本人の居る、ここの文芸部に入るって」と根本。

「鈴木の事じゃん」と芝田が笑う。

「そうなの? って、居るのは当然か」と根本は納得した。


桜木は改まって「で、ここに居るってのは、口外しないで欲しいんだが」と根本に念を押す。

「鈴木君が?」と根本。

「いや、ポトマックが、だよ」と桜木。

「そうですよね、ネットで活動してる人のリアルバレって、避けなきゃですよね」と根本は納得した。


そして改まって根本は「それでポトマックさんって誰なんですか?」

「俺だよ」と桜木。

「・・・」


鈴木が笑って「ここに居る桜木先輩だよ。ってか、この流れで普通解ると思うが」

「そうですよね。桜木先輩だと思ってました。憧れてたイメージにぴったり」と根本は焦り顔。

桜木は「いや、そういうのはいいから」

「じゃなくて、憧れてたんです。先輩の作品読んで、私も小説書いたんです」と根本は真顔で答えた。


桜木は頭を搔きながら「ところで、根本さんの小説って?」

「異世界転生の悪役令嬢物です」と根本。

「最近流行ってるよね?」と桜木。



そして根本は「それで、鈴木君が漫画で渋谷さんが詩で、先輩達は?」

「俺は異世界転生」と桜木。

「それは知ってます」と根本。

「私は恋愛小説」と戸田。

「私も小説」と中条。

「中条さんのはギャグが面白いよね」と桜木が笑う。

「そんなつもりは無いんだけど」と中条がテレる。


村上は「俺ら三人は評論だな。それで斎藤先輩が小説で住田先輩が評論」

「三年以上は二人だけですか?」と鈴木。

「昔は大勢居たんだけどね、漫研に引き抜かれたのよね」と斎藤が言った。

「それで、どんな活動をするんですか?」と渋谷。

「作品を持ち寄って、みんなで論評するのよ。それと、ここの顧問の事は知ってる?」

「文学部の教授ですか?」と根本。

「小説家の森沢涼弥先生よ。兼任講師をやってるの」と斎藤が言った。

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