第166話 運転って難しい
一月末の試験が終わると、春休みを利用して村上と中条が自動車の教習所に通い始めた。
教習は基本1日一回。
教習は毎回予約をとるが、中条は予約のやり方が呑み込めない。
「里子ちゃん、文学部卒業したら事務職も・・・って言ってたよね?」と村上。
「やっぱり無理だと思う」と中条。
村上が一緒に二人分の手続きをとった。
中条についたのは女性の教官だ・・・と聞いて、一緒に来ていた芝田が言った。
「良かったじゃん」
「女性の教官が優しいとは限らないわよ」と秋葉が笑う。
そして中条の教習が始まる。
教習では様々な段階を踏む。
ミラーの点検などの安全確認から始まり、エンジン始動、直進、カーブ、S字、バック、車庫入れ、坂道発進など。
教官から一通りの説明を受けて、実習開始。
先ず安全確認。各ミラーを確認して、エンジンを始動し、発進。
中条がアクセルをゆっくり踏み込んだつもりで、いきなりガクンと来てエンジンは止まった。
その夜、村上のアパートで四人で作戦会議。
中条は「なかなか発進がうまくいかなくて」と、悩み顔で言う。
「何でだろうな?」と芝田。
「間違って、ブレーキとアクセルを同時に踏んじゃうの」と中条。
「どうしたらいいんだろう」と秋葉。
「そういうのって昔、誰かが・・・」と村上はしばらく考え込む。
やがて村上は携帯で誰かに電話をかけた。
「親父、今大丈夫か?」と村上。
「大丈夫だが、どうした?」と電話の向こうに居るのは村上父だ。
村上は「自動車の教習受けてるんだが、一緒に受けてる里子ちゃんが・・・」
しばらく電話で父親と話し、終わって電話を切る。
「何なの?」と秋葉が訊ねる。
「親父が昔、マニュアル車から切り替える時に同じ癖で困った・・・って聞いた事があるんだ」と村上。
「マニュアル車?」と中条。
「今のオートマ車が出る前の車には、今と違ってペダルが3つ、アクセルとブレーキの他にクラッチってのがあった。で、クラッチを踏みながらギアを切り替えるんだ。そのギアの切り替えを自動にしたのがオートマ車で、クラッチペダルが無くなって、ペダルがアクセルとブレーキの二つになった。けど親父はクラッチがあった頃の癖で、クラッチの代わりにブレーキペダルをアクセルと同時に踏む、ってのを頻繁にやったらしい」と村上。
「で、対策は?」と芝田。
村上は「普通、左足をブレーキに使うだろ? それを止めて左足を遊ばせて、右足だけでアクセルとブレーキを切り替えて踏むようにしたそうだ」
村上は順調に課程をこなした。だが中条は、発進がスムーズに出来るようになった後も、なかなかうまく行かなかった。
何かやる度に、路側の目印のコーンを二~三個倒し、教官が補助ブレーキを踏む。
話を聞いた村上が「車両感覚が掴めてないんじゃないかな?」
「私が教えてあげるわ」と秋葉が言う。
秋葉家の近所に広い空地がある。元は施設建設予定地だったが、建設が中止になって放置されている。
そこにビニールロープを張って、それに沿って進む練習。
中条は秋葉の車のハンドルを握り、助手席に秋葉が座って指示。車の外で芝田と村上が見て、線を外れたら合図する。
ようやく車両感覚に慣れた中条だが、アクセルを踏むのを怖がって直線でスピードが出ない。
やがてスビートは出るようになるが、カーブでの減速でブレーキを踏み込みすぎてガクンとやり、教官に怒られる。
ゆっくり踏み込もうとするが、また怒られた。
教習が終わってから中条は村上に訊ねた。
「エンジンブレーキって何?」
「アクセルから足を離す事だよ」と村上。
「それだけ?」と中条。
村上は「素直にそう言えばいいのにね」と言って笑った。
車庫入れのバックができない中条。
ハンドルを右に回して「曲がる方向が反対」と怒鳴られた。
「睦月さんはどうやって覚えたの?」と中条が訊ねる。
秋葉は涼しい顔で「教習の時は何とかしたけどね、今は頭から突っ込むわよ」
「それだと出る時大変だろって話なんだけどな」と芝田が笑う。
「けど、入る時楽よ」と秋葉。
「苦労は先に済ませよう・・・ってのが日本の文化って事だろ」と村上。
「狭い所にバックで入るのと、広い所にバックで出るのとどっちが大変だと思う?」と秋葉。
「確かに・・・」
次第にハンドル操作に慣れる中条だが、楽しくなって調子に乗り、またコーンを倒す。
教官は補助ブレーキを踏み、中条はしこたま怒られた。
村上は仮免に到達して教官の監視の元、教習車で街を走った。
やがてその段階も終える。
「ついに実技クリアだね」と秋葉はねぎらう。
「おめでとう、真言君」と喜ぶ中条。
「後はいよいよ本免許取得の試験だな」と芝田。
「交通安全センターでしょ? いつ受けるの」と中条。
村上は「里子ちゃんが実技パスしてから、一緒に受けるよ」と余裕を見せる。
「いいの?」と、すまなそうな中条。
「筆記だけなんだから余裕さ。一緒に頑張ろうね」と村上は笑って、中条の頭を撫でた。
嬉しそうな中条。
中条はようやく仮免を取得し、教官の監視で街に出る。
異様にピリピリする教官。助手席の補助ブレーキにかける足に力がこもる。
「車の修理費っていくらかかるか知ってるわよね?」と教官は脅し口調で言う。
戦々恐々の体でハンドルを握る中条。
教官の顔色をちら見しながら運転し、一時停止に気付かず過ぎようとして補助ブレーキを踏まれる。
教官の怒号と中条の"ごめんなさい"の連呼が車内に響いた。
そろそろ春休みも終わりか・・・という頃、ようやく中条は実技をパスした。
秘密基地でささやかなお祝いをやった。
「いよいよ本免許の試験だな」と芝田。
「筆記だけだから余裕だよ」と村上。
すると秋葉が「念のため、テストしてあげるわ」
中条はスラスラ答えた。だが村上はいくつもの問題に答えられない。
「おい、村上」と芝田が残念そうな顔で言う。
「解ってる。皆まで言うな」と困り顔の村上。
「里子ちゃんは全問正解だったよね?」と秋葉。
「ものを覚えるのは得意なの」と、嬉しそうな中条。
「それに比べて村上は・・・」とあきれ顔の芝田。
「余裕って言ってなかった?」とあきれ顔の秋葉。
村上は焦り顔で「満点なんて大学入試だって求めてないだろ?」
「運転は人の命に関わるのよ」と秋葉。
「って言うか、余裕ぶっこいて里子と一緒に・・・とか言って本試験引き延ばして、これで村上だけ落ちたら・・・」と芝田。
「とんだ笑い物ね」と秋葉が笑う。
「ごめんね、真言君・・・」と、すまなそうな中条。
村上は「だだ、大丈夫だよ。あは、あははははは」
秋葉はあきれ顔で「私が使った問題集あげるから、試験日まで勉強しなさい」と言った。
その後、二人は交通安全センターで春休みが終わる直前、目出度く免許を取得した。




